2017年8月29日
MBHCC E-1 西村章 MotoGPはいらんかね
第12戦 イギリスGP「Red」
「速い選手」「上手いライダー」「高いポテンシャル」など、ライダーの技術や能力には様々な形容があるが、今のアンドレア・ドヴィツィオーゾ(ドゥカティ・チーム)の状態は「強い」という表現がいちばんピッタリくるのではないかと思う。
第6戦イタリアGP、第7戦カタルーニャGP、第11戦オーストリアGP、そして今回でシーズン4勝目。それぞれレース展開や勝負の駆け引き、バトル内容等の異なる戦い方と勝ち方で、その全方位対応っぷりが、現在の彼らの「強さ」をなにより大きく印象づけている。
転倒ノーポイントで終わった第2戦アルゼンチンGPを除けばすべてシングルフィニッシュで、ワーストリザルトは第9戦ドイツGPの8位。ドヴィツィオーゾは今回の優勝でランキング首位に返り咲いたのだが、2番手のマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)とは9点差。マルケスからランキング3番手のマーヴェリック・ヴィニャーレス(モビスター・ヤマハ MotoGP)までが4点。4番手のバレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)は、そこからさらに13点差。そして、9点離れてダニ・ペドロサ(レプソル・ホンダ・チーム)がランキング5番手、という状態だ。ドヴィツィオーゾからペドロサまでは35ポイントの開きがある。シーズン残りは6戦なので、今後のレースでは最高で150ポイントを獲得できる計算である。
この現状に対して、
「まだシーズンの先は長いし、ランキング5番手のダニまで(チャンピオンの)可能性があるので、チャンピオンシップの可能性を語るのはまだ時期尚早。点差も少ないし、6戦で状況は変わるので、今は一戦一戦に集中したい」
と、淡々と語るドヴィツィオーゾは、やはり〈リアリスト〉である。
2位のマーヴェリック・ヴィニャーレスは、上位陣の選手では唯一、リア用にソフトコンパウンドのタイヤを選択した(ちなみに、彼を除く上位陣は全員がハードコンパウンド)。しかし、この選択はいわゆる逆張りを狙ったギャンブルなどではなく、彼にとっては必然の選択だった、と述べた。
「ソフトでセットアップを進めてきたので、レースでもタイヤを持たせることができた。レース後半は、どこが自分たちの強みかわかっていたので、勝負をできた」
今年のヤマハは高い温度条件になると苦労することが多かったが、気温25℃路面40℃という今回のレースで良い走りをできたのは、ウィーク前に実施したミザノテストで電子制御の煮詰めが進歩したからだ、ともヴィニャーレスは認めた。確かに日曜日はこの週末で最も温度が高くなったのだが、このコンディションが、ヤマハファクトリーが今シーズン苦戦してきた、いわゆる〈高い温度条件〉に該当するのかどうか、ということについては、若干の留保が必要かもしれない。というのも、イギリスGPは伝統的に天候が崩れて寒くなることが多いため、今回のようなすっきり晴れ渡った好天は比較的珍しく、そのために想定していたよりも暑く感じたというある種の認知バイアスも考慮しておく必要があるかもしれない。40℃という路面温度は(確かに低くはないものの)けっして極端な高温ではない。たとえば、彼らが苦戦した第7戦のカタルーニャGPでの路面温度は54℃である。とはいえ、ヤマハファクトリー勢が、苦手項目を着実に克服してきていることは、確かなようだ。
チームメイトのバレンティーノ・ロッシは終盤までトップを走行し続けたものの、ラスト数周でドヴィツィオーゾとヴィニャーレスにオーバーテイクされて3位でフィニッシュ。 ロッシは土曜段階でレース後半のタイヤ消耗についてすでに指摘しており、その懸念が決勝レースで的中してしまった形だ。
とはいえ、今回が最高峰クラス300戦目で、それを表彰台で飾るのだからたいしたものである。
現在はランキング4位だが、チャンピオン争いに関しては
「不可能ではないと思うけれども、現状はレース後半が厳しい状態で、ランキングも4位だから難しいと思う」
とかなり醒めた見方をしているようである。その一方で、
「ランキング上位5人が同点の状態で最終戦を迎えて、金曜と土曜が晴れで日曜の朝に雨が降ったりする、と面白いよね」
と笑いながら話すあたり、勝負に賭ける自信はまだまだ衰えていないように見受けられる。
4位はカル・クラッチロー(LCRホンダ)、5位がホルヘ・ロレンソ(ドゥカティ・チーム)、6位にヨハン・ザルコ(モンスター・ヤマハ Tech3)が入った。そして7位にダニ・ペドロサ。シルバーストーンサーキットは路面のバンプが多いことでも有名なコースで、ペドロサのように体躯の小さな選手はその影響が特に大きく出るようだ。その苦しい状況下でもできる限り上位を目指すという目標はとりあえず達成できた、とのことで、レース後にはむしろさばさばしたような笑顔も泛かべていた。
「FP1から低い順位に沈んでいたので、今日はできるだけ上位で終えることを目標にした。難しいレースでずっと苦戦してきたなかで、狙いは達成できたと思う。苦戦してきたことを考えると速いペースで走れて、ポジティブな内容だった。今回のレースは終わったので、次のレースに向けて頭を切り替えたい」
チームメイトのマルク・マルケスは、決勝でトップグループを走っていた最中に、ホンダには非常に珍しいエンジンブローのためにリタイア。
「アンラッキーだった。とてもよい感じだったので、終盤までアタックする機会を待っていた。ヤマハやドゥカティを相手に優勝争いをできたことを、良い風に考えたい」
ところで、今回のレースウィークには、金曜のFP2後にフラッグトゥフラッグの新しい段取りがテストされた。チェコGPでマシン交換の際に、アンドレア・イアンノーネとアレイシ・エスパルガロの出入りが交錯してイアンノーネが転倒するという一件があったが、より安全なフラッグトゥフラッグのマシン交換方法として、今回の案が試された、というわけだ。
従来と違うのは、選手たちがピットレーンからピットボックスへ戻ってくる経路を案内する表示が路面上に設置されていることと、乗り換え時のマシン配置が、ピットインしてきたバイクの停まる前輪位置と、ピットアウトしてゆくバイクの後輪位置が直交するようなレイアウトになっっていること。そして、F1のようにメカニック1名がライダーに対してピットアウトの指示を出す〈ロリポップ〉を担当する、というところ。
この案で安全性が向上するのかどうか、という点については、ライダーによって考え方は様々なようで、多種多様な意見と指摘を聞くことができた。
「この方法には何も問題がないとは思うけど、これでイアンノーネとエスパルガロの間に発生したような出来事が解決するのかというと、そこは何も変わらないし、これで問題が解決するとも思わない」(ロッシ)
「少しだけ安全になったかもしれないけれど、そもそも24名もライダーがいるので(選手間の)スペースが狭く、そんなに安全になったとは思わない」(ロレンソ)
「長所と短所がある。でも、テストをできたのは良いことだと思う。本当に安全な方法を探すのは難しいけれども、ベストなソリューションをみつけるように努力することは大切」(ドヴィツィオーゾ)
「今までとそんなに大きく変わらないと思う。路面の表示は判別するのが難しく、その前を行けばいいのか後ろを走るべきなのかもハッキリしない。また、前方を見ているべきときに路面を注視する格好になるのも、混乱しやすい」(ペドロサ)
様々な意見があって、これという決定合意にはなかなか至らない、とライダーたちは以前にも話していたが、まさに議論百出状態である。とはいえ、ドヴィツィオーゾが指摘するように、最善の方法を探って皆が努力することは大切、ということはまちがいない。
さて、Moto2クラスでは中上貴晶(IDEMITSU Honda Team Asia)が今季初優勝を達成した。来シーズンのMotoGPクラス昇格を発表した直後だけに大きな注目が集まっており、ここで結果を出しておくべき重要な一戦でしっかりと最高のリザルトを獲得できたことの意義は大きい。
「今回のレースウィークでは先週の発表についてたくさん取材を受けたし、いろんな意味で注目されていることもわかっていました。『日本人だから昇格させてもらえたんだろう』とか『ホントに走れるだけの力があるのか』という批判があるのも知っていました。それを見返して自分の力を証明するには、優勝して結果を出すしかないと思っていたので、今回はそれがすべていいモチベーションになりました。次のミザノは自分にとって特別なサーキットなので何がなんでも勝ちたいし、今回以上に強い気持ちで臨めると思います」
次戦はサンマリノGP。戦いの舞台はミザノワールドサーキット・マルコ・シモンチェッリ。中上の言葉にもあるとおり、いろんな人の様々な思いが交錯する場所でもある。では、二週間後にお会いいたしましょう。
■2017年8月27日 第12戦 イギリスGP シルバーストーンサーキット |
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順位 | No. | ライダー | チーム名 | 車両 | ||||
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1 | #04 | Andrea Dovizioso | Ducati Team | DUCATI | ||||
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2 | #25 | Maverick Viñales | Movistar Yamaha MotoGP | YAMAHA | ||||
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3 | #46 | Valentino Rossi | Movistar Yamaha MotoGP | YAMAHA | ||||
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4 | #35 | Cal CRUTCHLOW | LCR Honda | HONDA | ||||
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5 | #99 | Jorge Lorenzo | Ducati Team | DUCATI | ||||
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6 | #5 | Johann Zarco | Monster Yamaha Tech3 | YAMAHA | ||||
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7 | #26 | Dani Pedrosa | Repsol Honda Team | HONDA | ||||
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8 | #45 | Scott Redding | OCTO Pramac Yakhnich | DUCATI | ||||
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9 | #42 | Alex Rins | Team SUZUKI ECSTAR | SUZUKI | ||||
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10 | #19 | Alvaro Bautista | Pull & Bear Aspar Team | DUCATI | ||||
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11 | #44 | Pol Espargaro | Red Bull KTM Factory Racing | KTM | ||||
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12 | #53 | Tito RABAT | EG 0,0 Marc VDS | HONDA | ||||
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13 | #17 | Karel Abraham | Pull & Bear Aspar Team | DUCATI | ||||
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14 | #8 | Hector Barbera | Avintia Racing | DUCATI | ||||
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15 | #76 | Loris BAZ | Reale Avintia Racing | DUCATI | ||||
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16 | #43 | Jack Miller | Marc VDS Racing Team | HONDA | ||||
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17 | #38 | Bradley Smith | Red Bull KTM Factory Racing | KTM | ||||
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RT | #41 | Aleix Espargaro | Aprilia Racing Team Gresini | APRILIA | ||||
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RT | #9 | Danilo Petrucci | OCTO Pramac Yakhnich | DUCATI | ||||
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RT | #29 | Andrea Iannone | Team SUZUKI ECSTAR | SUZUKI | ||||
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RT | #93 | Marc Marquez | Repsol Honda Team | HONDA | ||||
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RT | #22 | Sam Lowes | Aprilia Racing Team Gresini | APRILIA | ||||
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