2017年8月15日
SUZUKI GSX-R1000R 『Simple and Effective 戻ってきたビッグネーム』
■試乗&文:ノア セレン ■写真:富樫秀明/依田 麗
■スズキ http://www1.suzuki.co.jp/motor/
かつてはナナハンクラスまで国内販売もされていたGSX-Rブランドが、久しぶりに国内市場に戻ってきた。様々な最新の電子制御を備えるだけでなく、幅広いパワーバンドを犠牲にすることなく最高出力も向上させるという、確かな基本性能の向上を果たしたのは、さすが本家スーパーバイクブランドというべきか。袖ヶ浦フォレストスピードウェイにて行われたプレス向け試乗会をレポートする。
こちらの動画が見られない方、大きな画面で見たい方はYOU TUBEのWEBサイトで直接ご覧下さい。https://youtu.be/dgiiM19oggw |
「極まる」ということはあるのだろうか
いきなり他社の車名を記して恐縮だが、このクラスのスタートはCBR900RRである。しかし今ある「スーパースポーツ」カテゴリーを本格的にスタートさせたスーパーバイクは、2001年に衝撃的なデビューを果たしたGSX-R1000であることに異論がある人は少ないだろう。それ以前も高いスポーツ性だけでなくその扱いやすさ、言い換えればライダーとの高いシンクロ率でいつでも高い評価を得続けてきたGSX-Rブランドだが、1000の登場で世界中のメーカーが指標とするモデルとなったのだった。
あの衝撃からすでに16年がたっているわけだが、他のメーカーの追撃も激しさを増した。電子制御技術も進み、このカテゴリーは新たな時代に突入したともいえる。さらには年々厳しくなっていく環境規制などにも対応しなければいけない。各社とも苦労が多いだろうが、そんな中でも確実に進化をし続けるこの1000ccスーパースポーツカテゴリーは素直に凄い。エンジンや車体の基本レイアウト、排気量を変えずに、一体どこまで進化できるのか。技術の進歩が止まることはないのだろうが、特にこのカテゴリーにおいてはそういった最新のものが全く妥協なく投入されていくため、こんなご時世においても「極まる」もしくは「熟し切る」ということがなく進化を続けるのだから、技術者とその努力、熱意には脱帽するしかない。
試乗前の技術説明時にチーフエンジニアの寺田 覚さんは、この新型GSX-Rについて「No.1スポーツバイクの称号を取り戻す」と話していた。国内外の他社もこのカテゴリーを極め続けている中で、GSX-Rはこの称号を誰かに譲っていたということ、ですか……? と後に質問したら、「誰に譲ったということではないですが、他社が最新モデルを次々投入する中で、前モデルのGSX-Rは少し設計が旧くなってきていたということです。最新の技術でアップデートし、他社に追いつくだけでなく再び頂点に立ちます」とのこと。力強い言葉に押され、試乗への気持ちが高まっていった。
国内仕様とは一体??
これまでこのカテゴリーで国内仕様車は少なかった。それは馬力の自主規制があったり、もしくは日本独自の騒音規制があったりと複雑な要素が絡み合っていたことが大きく、こういった超ハイパワーなモデルを各種規制のために本来の姿ではない仕様で国内投入することが本意ではない、ということが大きかっただろう。
しかしそういった特殊な規制は見直されつつあり、現在では海外仕様と全く同じ仕様で国内への投入も可能になった。GSX-Rもスペック上の馬力表示には輸出仕様と国内仕様に差異があるが、これは計測方法の違いによるもので実馬力は全く同じ、エンジン内部の仕様も全て共通である。
これまでGSX-R1000は全て逆輸入、並行輸入という形でしか国内に存在できなかったが、正規の国内仕様を求める声は多かったという。スズキディーラーで他の車種と同様に購入でき、保証も受けられる安心の国内仕様というわけだ。なお今回の国内投入に合わせディーラーへの講習会なども実施し、アフターサービスの体制も充実させているという。
なお、エンジンだけでなくその他の部分も輸出仕様と国内仕様では全く同じであり、日本市場に合わせてシート高を下げるなどの手も加えておらず本来の運動性能そのままである。違いと言えばETCの標準装着と、180キロリミッターの追加のみだ。サーキット走行をする際このスピードリミッターが厄介であり、スズキ側としてサーキットでの使用に限ったリミッター解除策の提示がなかったのは残念だ。もっとも他社も同様だが。これだけハイパフォーマンスなモデルを180キロで無残にもカットしてしまうのはあまりにもナンセンスであり、この国内リミッターについては業界あげて取り組む課題に思う。
とはいえ、試乗が行われた1周2.4kmの袖ヶ浦フォレストレースウェイでは、リミッターが効くことはあるもののそこまで邪魔に感じることもなかったため、大きなコースに行かない限りリミッターの煩わしさよりもマシンのパフォーマンスを楽しむ気持ちが上回ることだろう。
ブロードパワーシステムとは?
試乗記に入る前に少しおさらいしておくと、新型の大きなアピールは「ブロードパワーシステム」だ。このカテゴリーの最高出力は200馬力周辺に届くようになったが、ブロードパワーシステムはピークパワーだけでなく全ての回転域で力強くしようというもの。中低回転域を犠牲にせず、最高出力も稼ぐために投入されたシステムだ。
特に話題となっているのはSR-VVTと呼ばれる、カムタイミングを変更させる機構だ。インテーク側のカムシャフトのスプロケに内蔵されており、その仕組みは斜めの溝が切られたガイドプレートに配置されたスチールボールが、回転が上がって遠心力が増えると外方向へとスライドしてインテークバルブタイミングを遅らせるというシンプルなもの。遠心クラッチやスクーターの駆動系を想像すればわかりやすいだろう。軽量コンパクトで、シンプルな構造ゆえに信頼性も高く、非常にスズキらしいと感じる機構だ。
このSR-VVTに加え、エギゾーストパイプの1番と4番、2番と3番をそれぞれ連結しその間にバタフライバルブを設けるSET-A、インテークファンネル上部に配置したインジェクターから噴射することで高い燃焼効率やスロットルレスポンスを実現するS-TFIがブロードパワーシステムを形作る。この他に、エアクリーナーボックス内の吸気ファンネル長が可変となるS-DSIや、従来のバケットタイプではなくフィンガーフォロワータイプとしたことで軽量化したバルブ駆動方式などにより、総合的なパフォーマンスアップを果たしているのだ。
コンパクト・スリムな車体
一目見ただけでそのコンパクトさには驚かされるが、事実新設計された車体はとても小さい。フレームは横幅を抑え、またエンジンの前傾角が起こされたことでもコンパクト化。フロントアクスルからピボットまでは短縮され、逆にピボットからリアアクスルまでは延長された。ハンドルやシート、ステップの位置などライディングポジションは従来型と同じとされているが、明らかに一回り小さいという印象でそれはライダーにとって自信にもつながるだろう。
国内に投入されるのは車名の最後にRがつく上級仕様のみで、これにはショーワのバランスフリーフロントフォーク、バランスフリーリアクッション、ブレンボ製ブレーキシステムなどが装備されている。また電子制御も慣性計測ユニットIMUを用い、「モーショントラック」と名付けられたトラクションコントロールシステム及びABSシステムを搭載する。トラコンは10段階に設定することができ、ABSはコーナリング中も作動可能なもので、緊急時のアシストだけでなく、サーキット走行など積極的なライディングもサポートするシステムだ。
そろそろ乗ろう! ここから試乗記です
新機能が多くついつい書いてしまったが、詳しくはすでに当サイトで公開されているhttp://www.mr-bike.jp/?p=131950をご覧いただくとして、試乗記に移ろう。
あらかじめ宣言しておくが、筆者は豊富なレース経験もなければ自分でスーパースポーツモデルを所有し積極的にサーキットを攻め込んだ経験もない。様々な車種の乗車経験や走行会・草レース程度のサーキット走行はしてきたが、あくまで一般ライダーの延長線上。この最上級車両を評価するなどと言うのは恐れ多く、中級レベルのライダーが乗った個人的感想と思ってここから読み進めていただきたい。
そんな筆者の自然な気持ちとして、200馬力のバイクと聞いて最初の感情は「怖い」だ。こういうモデルに対して、常用域でも十分楽しめますよ、だとか、初心者でも乗れますよ、という言葉も聞くが、あれはウソだと思う。モトGP直系の、GSX-Rの場合はスズキによる、渾身の一台なのである。イヤというほどパワーがあり、尋常ではない速さを持っている。そしてそのパフォーマンスを受け止めるための車体をしているのだ。確かにアクセルを開けずにトロトロと走ることもできなくはないが、気軽なネイキッドモデルと同じ気持ちで接することはできない。やはりそれなりの心構え、それなりのスキル、さらには覚悟、そういったものをもって向き合うタイプのバイクだ。
最初に乗ったのは、サーキット向けにフロントサスの減衰を圧側+0.5回転、リアは伸び側+0.25回転、圧側+1.0回転のわずかなサスペンションセッティングの変更はあったものの、それ以外は出荷時そのままの状態の車両。タイヤも純正装着のブリジストンRS10だ。ドライブモードセレクターS-DMSにより3段階に選べるモードはもちろん最強のA、トラコンは10段階のうち「5」だった。
ピットレーンから出て行きタイヤを温めてからペースをアップ。ブロードパワーシステムのおかげか中回転域で十分以上のパワーが出ていて、それ以上は怖さが先行し回し切ることができない。最初は9000回転ほどでシフトアップしており、こんなにも軽く、小さい車体に200馬力を浴びせることはなかなか難しかった。それでもペースはとても速い。直線は短く感じるし、コーナーではトラクションコントロールの介入を知らせるTCマークがピカピカと光っている。3速、4速と使っていてもトラコンは介入するしスピードリミッターも効いてしまう。これで本当に回し切ったら一体どうなるのか……。
慣れてくると改めて1万4000も回ることに気づき、2速でしっかりとレッドまで引っ張ってみる。速いなんてものではなく、トラコンがフロントのリフトアップを抑えてくれていなければ簡単にひっくり返りそうだ。2速ではリミッターが介入しないため、何にも邪魔されずにレッドまで行ける。恐ろしい加速。最終コーナーを立ち上がって、まっすぐ加速すらできずに右にはらんでしまうほどだ。ストレートの中ほどで2速フケ切り。3速以降はリミッターが作動するよう設定されているため、シフトアップしたとたんに作動しそれ以上の加速はできない。しかし2速フケ切りでもう200キロ近いのだから、袖ヶ浦の短い直線でも十分に興奮できる。モトGPライダーも気づかなかったという高回転域でのカムタイミングの変化に気付くはずもなく、ただただ全回転域でとてつもなくパワフルだ。もちろんサーキットでは適切なギアを選んだ方がタイムにはつながるが、たとえシフトミスしても、どこからでも力が湧き出てくるためロスは少ない。
しかし一方でペースが上がってくるほどにタイヤの役不足が鮮明になってきた。トラコンは全てのコーナーで介入しっぱなしで、しかも車体が軽くとても簡単に寝かせられるため、積極的にパワーをかけていかなくてもコーンリングフォースに負けてタイヤが滑り出してしまう。パワーをかけることとは違う原因で滑り出してしまうのであれば、優秀なトラコンでもそれを止めることはできない。とくに袖ヶ浦FRWには低速のコーナーもあり、1速フルバンクからアクセルを開けていくような場面もある。これはタイヤに対して大変な負担であり、トラコンも効いているにもかかわらずリアが滑り出すことも多々あった。
1本目が終わると、腕がパンパンに張っていることに気付いた。肘の辺りはつっているし、手のひらは痛くてペンも握れない。こんなに力が入っていたのか……。トラコンの介入が多すぎて曲げられないのだろうか……。またフロントからのインフォメーションももう少し欲しいような気もする。怖さゆえに抑え込んでいるのだろう。
2本目はトラコンをより介入度の少ない「3」にし、フロントタイヤの空気圧を少し下げた。するとフィット感が増しペースが明らかに上がった。ブレーキを握りながらクリップに寄せられるようになったし、アクセルを開ければリアがある程度回り込んできてくれる。TCランプは相変わらず光りまくるが、バイクの向き変えが容易になり1本目よりはかなり楽しめた。しかもセッションが終わった後に腕も上がっていなかった。これならばトラコンを2や1にしても良いかとも思ったが、1と2はウイリーコントロールがないため、まくれる可能性も出てきてしまうのでやめておいた。
しかしリアの滑りは相変わらず大きく、一度は大きく滑り出してしまい、それがグリップしハイサイド気味に。身体が完全に宙に浮き、絶対に転んだと思った。なんとか持ち直すことができ一安心。トラコンがついてるのに!? と疑問に思ったが、そもそもこのタイヤに対して寝かせすぎ、及びコーナリングスピードが速すぎたのだ。これはトラコンの性能とは別の所に原因がある。
開発ライダーの方と話し、改めてコーナリングについて認識した。バンク角があり、遠心力があり、コーナリングフォースがある。それの上に、パワーをかけていく行為があり、すでにかかっているあらゆる荷重にどれだけ駆動力を足していけるか、ということだ、と。限界の中でそれらの荷重とそこにかけていけるパワーの割合を考えながらコーナリングしないと、と。1000ccとはいえ超軽量なGSX-R、バンク角も深くコーナリングスピードも高いため、パワーを掛けずともスタンダードなタイヤでは限界域に近づいて行ってしまうそう。トラコンは足していった駆動力に失敗があった場合は助けてくれるが、それ以外の要因はライダーがちゃんと把握する事柄なんだと改めて思い知らされた。
自分は怠けていたのだ。ビクともしない車体、強力なブレーキ、深いバンク角。何かあってもトラコンが助けてくれるという慢心。もっとバイクの状態をちゃんと把握し、性能を引き出せるよう上半身もしっかり使ったアクションが必要だったのだ。
「もっと体をグイっと入れて、出口を意識的に見ないと。視線をビッと送ればスッパーンと曲がっていくもんで」と擬音語を多く交えた遠州弁で色々とフレンドリーにアドバイスを頂け、次の走行へとつなげることができた。
合計3本あった走行枠の最後はハイグリップタイヤR10を装着した枠だった。先ほどの反省を踏まえ、トラコンのないバイクに乗る時のように、しっかりと体を入れ、アクセルはバイクを起こしながら開けていくなど基本を確認しながら走り出す。トラコンは「3」だ。まずはタイヤ性能の大幅向上が素晴らしい効果をもたらしていることに気付く。フロントの安心感も段違いに高く、またリアはかなりパワーをかけていってもTCランプは光りださない。無駄に寝かせ過ぎないように意識して体をイン側に落とし、しっかりと車体を起こしながら加速すると、強大なグリップ力のおかげで加速度もさらに異次元となった。ライディングフォームを改めることで気持ちも積極的になり、今まで以上にフロントに覆いかぶさるように乗ることができ、バイクが本来持っている運動性能をより引き出せたように思う。予想外の挙動が起きないためこんな大パワーでも恐怖心は薄らいでいき、ペースはどんどん上がっていく。
……やはり自分は怠慢だったのだ。最初の2本は、高性能なバイクと高性能な電子制御にぶら下がって、生意気にも「滑りますよね」などと言っていたのだから恥ずかしい。GSX-RはNo.1スポーツバイクなのだ。そう、バイクは、特にサーキット走行は、「スポーツ」なのであり、性能に寄りかかっていては本当の意味での一体感や充実感、速さは発揮できないのだな、と3本目は自戒のセッションとなった。
結局トラコンは「3」のまま、一度もTCランプが光るのは確認できなかった。そうだ、これが本来の姿だろう。基本的にはライダーの技量で操り、トラコンは何かのミスの時に助けてくれる装置と捉えたい。GSX-Rを極めているテストライダーによれば、トラコンなんて「1」でも「5」でも変わらない、基本的には作動させずに走るもの、だそうだ。もっともテストライダーというのはある種神がかっているため、どこまで話を真に受けて良いのかわからない部分もあるが……。
ちなみに純正装着のRS10を擁護しておくと、公道を走る前提であるこのバイクに装着するにあたり、気温4℃の雨の中といったコンディションなどでもテストをしているそう。そういった使用環境の可能性も考えると、良いバランスのタイヤなのだそうだ。事実公道での使用において、念のためトラコンは切らずにいてほしいが、不満が出るとは考えにくい。しかしサーキット走行をするのならばぜひハイグリップを履いていただきたい。まるで別のバイクのようになり、GSX-Rへの愛や尊敬が一層深まるだろう。
理解すれば、怖くない。さすがNo1スポーツバイク
理解すれば、というか、怠けなければ、というのが正しいのかもしれない。とにかく凄いバイクだから黙ってても凄いんでしょ? という意識でいては楽しむのは難しいのだと思う。スポーツバイクとして真摯に、本気で、取り組んでこそ本当の美味しさが楽しめるだろう。
最初に書いたように筆者はあくまで一般ライダーの延長線上にいる。名だたるジャーナリストのように8耐参戦経験や全日本転戦経験もない。しかしこのGSX-Rには特に良い印象を得ることができた。走らせたときのパワー感や車体のフィーリングも、1日が終わる頃にはとても自分にマッチしているように感じることができたし、そもそも走り出す前の操作に難解な部分がないのも嬉しい。トラコンの設定やパワーモードなど手元で簡単に変更でき、一部外車勢に見られる辞書のような厚みの説明書を読む必要もない。オートシフターもスムーズで誤作動は一度もなかった。とてつもなく高性能ではあるのだが、しかし同時に普通のバイクの延長線上にあり、操作においてはすぐに体にフィットするのもGSX-Rの魅力だろうし、そういったアプローチにはスズキの哲学があるようにも思える。シンプルで機能的。質実剛健だが実力はトップクラス。ちなみに排気音もライバルに比べると静か。
今さら明かすが、僕はこんなスズキが好きだ。
先述したが、こんなバイクを「誰でも楽しめますよ!」と無責任に言いたくはない。ノービスライダーが無理して200万円をつぎ込んで購入したとしたら、幸せなバイクライフをスタートする可能性は低いのではないかと思う。特に公道しか走らないのであれば、より楽しみやすい場面の多いGSX-S1000という素敵なスポーツバイクもある。しかしその先にある、最先端のスポーツ性を味わいたいのなら、是非、である。また色々なバイクを乗り継いできた中堅ライダーが、そろそろ本気のスポーツバイクを買ってサーキットデビューしようかと思っている、などとしたら最適だろう。ただの高性能な機械ではない、体にフィットしたスポーツバイクとして楽しめるスズキの最先端モデルである。
(試乗・文:ノア セレン)
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