2017年8月9日
BMW HP4 RACE試乗 『“RACE”という名が体現する凄味、 それ以上に気になる明日の姿、なのか!?』
■試乗&文:松井 勉 ■写真:富樫秀明
■協力:BMW Motorrad Japan http://www.bmw-motorrad.jp/
HP4 RACE──BMWが“ハイパフォーマンス”を頭文字に冠したシリーズHP。2005年、HP2 ENDUROに始まり、数えて5台目のHPは歴代でも異彩を放つ存在となった。
その名はHP4 RACE。文字通り公道走行は不可。1000万円という切りのよい数字。ワールドスーパーバイクのレギュレーションよりも8キロも軽く仕上がったその秘密に、走りの素晴らしさだけではないBMWが未来に賭けたバイク像を感じとるのだった。
路面温度50度にもなる真夏の富士スピードウエイで汗まみれになって対峙した部分は、そんな不思議な芳香だったのである。
HPって?
エンジニア達が造りたい物を妥協せずに造ったら……。
2005年、突如放たれたBMWのHP2 エンデューロはそんな表現が相応しい一台だった。2004年にモデルチェンジをしたR1200GSのエンジン周りが大きく軽量化されることを知った一部のエンジニアが、これならオフロード性能に特化したモデルが作れると目論み、密かに造り上げたのがHP2 エンデューロだったのである。
丁寧に溶接された軽量フレーム、リアサスはスプリングのないエアサスペンションを採用。本気のオフロードマシンだった。かつてBMWはボクサーエンジンを搭載したワークスメイドのエンデューロマシンで、ISDE他オフロードの大排気量クラスで活躍していた。スクランブラーなどではなく、完璧なレゴラリータ。そう、オフロードレーサーだった。軽く仕上げた車体、そこにBMWの空冷ボクサーツイン搭載し、大排気量クラスに嵐を起こした。その時代へのオマージュでもあり、現代版ならこうなる、を妥協無く追求したのである。これがHPシリーズの発火点となった。
以後、ロードホイールを履き、外装を専用デザインとしたHP2 メガモト、耐久レースで活躍したHP2 スポーツを送り込み、ボクサーツインの頂点を極める。プレミアム感と高性能を融合させたコンセプトはどれも煌めいていた。
そして2012年にはS1000RRベースのHP4を発売する。カーボン外装や後に標準装備となるセミアクティブサスを搭載するなど、ストリートバイクとして妥協のない造りだったのが印象的だ。
BMWのカーボン技術が見せた
シャーシへの可能性。
しかし、ここに紹介するHP4 RACEは今までとは次元が違う。個体としてベース車両となったS1000RRと同様のカタチをしているが、BMWが培った技術でメインフレーム、ホイールをカーボン製としている点、レース用エンジンをそのまま搭載している点、ハイエンドなサスペンション、ブレーキユニットを惜しみなく使っている点など、カテゴリーなどに縛られない「本気」仕様となっている。
カーボン製フレームやホイールは、理想的なしなりや柔軟性、強度を得ているのが特徴で、軽量化の面以外にも車体造りにおおいに貢献している。すでにBMWは四輪部門でi3やi8に独自のカーボンテクノロジーを投入するほか、Mモデルでもカーボパネルをボディーに使い、その運動性を上げてきた歴史がある。この自社で持つ技術を駆使して二輪のフレームを生産したのだ。
また、アルミ鍛造ホイールと比較しても、30%の軽量化となったというカーボン製ホイールは、スポークとリムとの結合に独自の製法を使うことで、コーナリング時など、タイヤの接地面から伝わる力を理想的なたわみを持たせて乗り易さに替えるという。同時に、路面にある障害物を乗り越えるテストでは、アルミ鋳造ホイール、アルミ鍛造ホイールが空気漏れを起こすような衝撃でも、カーボン製は衝撃吸収性の高さを見せたという。これも、BMW独自の製法がなし得たもので、カーボン製ならなんでも、ということではない。
フレームのスイングアームピボットやエンジンハンガー締結部など必要に応じてアルミをインサートしているが、そうした部分にも独自の製法を用いている。また、HP4 RACEに採用されたカーボンフレーム最大の特徴は、ワンピース構造をとることだ(S1000RRのアルミダイキャスト製フレームは、ステアリングヘッド部、両サイドのメインビーム、スイングアームピボット部の3つのパートを溶接組立している)。ワンピースのメリットは、剛性が欲しい場所、柔軟性が欲しい場所、縦剛性、横剛性などを理想的にすることができること。
アルミ鋳造では各部の肉厚のコントロールがカーボンフレームと比較して狙い切れない部分が出てしまうそうだ。同時に、カーボンワンピースフレームは剛性バランスも高レベルで均質化できているという。
HP4 RACEのカーボンフレームは、高温にも強く、耐候性も充分な年数が与えられた。まるで今まで持っていたカーボン素材へのイメージをガラチェンさせる物に仕上がっているのだ。
シートフレームもカーボン製となり、外装一体式となる。高さを3ポジションに変化させられる事で、コース、コンディションに合わせたセッティングができようなっている。
エルゴノミクスでいえば、他にもハンドルバー位置やステップの位置などライダーの好み、コンディションに合わせたセットアップが可能となっている。
リアスイングアームはBMWのS1000RRが参戦するスーパーバイクレース用に仕立てられたアルミ製となる。カーボン製としなかったのは、アルミ製スイングアームの性能が高く、カーボン製で同等の性能を出すには製法的な面でコストが大きく掛かってしまうから、だという。
スイングアームピボットの位置や、ステアリングヘッドアングルも変更が可能になっていることから、いかにこのバイクが本気でサーキットを攻める仕様なのかがお解りいただけるだろう。
フレーム以外にも、フロントフォークはオーリンズ製FGR300(フロントフォークだけで1万3000ユーロ=約170万円もするそうだ)、リアショックユニットは、TTX36GPを使う。
ブレーキキャリパーは、ブレンボのレース用モノブロック、GP4PRを装備。このキャリパーは雨天用のMOTO GPマシンや、MOTO 2、SBKやJSBでも用いられるハイエンドなレーシングパーツだ。それだけに、このキャリパーをBMWがブレンボに発注した際、1500個(限定750台分のフロントブレーキ数)を伝えたとき、大いに驚かれたという。
フロントブレーキプレートも同様にレーシングユースのもの、という。φ320mm、厚みが6.75mmあるスチール製と、熱容量の大きな物で「とにかく慣れないうちはフルブレーキングに注意しろ、凄いから」と言われたのが印象的だった。
シャーシ周りの話題が先行したが、エンジンもハイチューンだ。最高出力は158kW(215ps)、最大トルクは120Nm。ギアレシオもレーストラック用にクロス化されている。トラクションコントロール、ウイリーコントロール、エンジンブレーキコントロールなど、レーストラック用に特化した電子制御のプログラムを搭載する。市販車同様に搭載されるライディングモードも、ウエット、インターミディエイト、ドライ1、ドライ2とレース用にチューニングされている。履いているタイヤはピレリのSBK用スリックときている。
満タンの装備重量で171キロ、ドライなら148キロを誇るこのバイク。いったいどんな走りを見せるのか。
凄すぎて慣れるのに時間が……。
慣れるとそのスゴサが楽しさに。
さらに未来が見通せる気がした……!
HP4 RACEに乗る時間が来た。ハンドルについたスイッチのレクチャーを受けることから始まった。青や赤のスイッチごとに機能が異なり、まずはライディングモードの切り換えだ。走行中のライディングモードの切り換え方を確認する。
跨がると、やや幅広になった座面とカチっとしたリアサスでシートが高い。高く後退したステップ、伏せたときにヘルメットまですっぽり覆うようなウインドスクリーン形状など、S1000RRとはファーストタッチの印象がかなり異なるのが解る。メンテナンススタンドを掛けた状態で跨がっているが、タイヤウォーマーを外し、スタンドを外す。そのままピットボックスを後にして、走り出した。
何よりも軽い。左右にバイクを振った時の軽快さ。ホイールのジャイロモーメントが軽くなる、ということはこういうことか、と解る。それでいてフラフラするのではなく、4気筒らしい安定感もある。素早い動きに軽く、ゆったりとしたロールには適度な手応えがある。魔法のような乗り味だ。
最初の一周、S1000RRとはかなり異なる足周り、ブレーキのタッチに慣れることから始まる。フロントブレーキは、街中で使う程度の握力でレバーを引いても、あっという間に速度を殺してしまう。メインストレートエンドにある200メートルと150メートル看板の間を目印に減速を開始したのでは、あれれ、と思うほど手前で減速が終了、それにまず驚く。
その後も何度かトライしたが、加速に目が追いつかない、という言葉は聞いたことも使ったこともあるが、減速に目が追いつかない、という印象は初めて。これは間に合わない! と思ってからギュンと減速し、風景が一気に平和になっている。あれれ? とハテナマークが出るとはこのこと。
指一本で制動するクセを付けないと、強力ブレーキングを繊細にコントロールできないようだ。いつものクセで3本指でかけようものなら……、なのである。
コーナリングではスリックタイヤのラウンド形状と持ち前のグリップを把握するまで気後れしたが、数周で慣れてくればこっちのもの。
最初に感じたのは、気持ち良いペースになると、自在感が豊かになること。最初に感じたゆったりしたロールモーションではしっとり感がある。それでいて、最終パートのように速度が低く、切り返しがあるような場面ではススッとロールする印象なのだ。
特に100R。右に深くバンクし、旋回時間が長く、寝た状態で安定感抜群なのに、ラインを選ぶのがとても簡単で、しかもまるで吸い付くようなグリップ感が味わえる。
ヘアピンを立ち上がり、300Rへ。アウトめからも、インからも加速しながら旋回し、しっかりと立ち上がって行ける。ダンロップ先でのブレーキングも相当にスタビリティーが高い。よじれて左右にフラフラすることがない。緩い減速など想定外です、と言わんばかりの強力無比のそれだが、フロントフォークが受け止める容量も含め、まだまだ余裕がある。シケイン状の入口から始まる富士の最終区間は、それまでの荷重を乗せられたセクションとはことなり、路面のカント変化とカーブと上りが続き、クリップポイントの先はブラインド、というややこしさ。それまで、減速から旋回、立ち上がり、と荷重を乗せやすかったのに対し、180度逆のキャラクターのカーブが続く。まるで抜き足、さし足。ソローリと走る印象だ。
これだけ高荷重設定のバイクなら、一番鈍感で苦手になる部分だ。それでもHP4 RACEは、S1000RR並という表現が使える程度に乗りやすく、ラクに通過ができる。
最終からの立ち上がりからのフル加速ではパワフルなはずなのに、スクリーンが伏せた状態に合わせた形状のため、S1000RRよりも風切音が少なく、快適に感じるほど。それでていストレートの通過時間が明らかに短い。あぁ、こんな時、GPS直結の速度表示があれば、と思ったのは速さを速度計から知る習慣がもたらすもの。
何度か最終コーナーから全開で立ち上がった。今まで経験したバイクだと、旋回のバンク中に路面と接するタイヤのグリップに負けて、オーバーステアというか、直線を加速しているのに、僅かだが右にバイクが寝た状態でピットウォール側に寄ってくるコトが多かった。
HP4 RACEは何度やっても何事もないかのように直線的に立ち上がる。これもカーボンフレームの恩恵なのだろうか。とにかく慣れれば慣れるほど自信が深まる。これ以上はもうムリ、という思いに支配されない。わずか15分という短い走行時間ながら、その性能の深みにその可能性の高さを感じるのだった。
高性能パーツの集合体であり、レーストラックを速く走るための機能に満ちたこのバイク。その性能を引き出すには時間を要するし、ギア毎に15段階に設定可能なトラクションコントロールなど、その機能を使いこなすにはテクニックはもちろん、優秀なエンジニアを雇う必要があるかもしれない。でもこれは買えるワークスマシンでもある、と思えてきた。
同時に、カーボンは調理方如何でバイクの乗り味はこう変わる、というもう一つの実験的な体験でもあった。世界で750台。国内価格は1000万円。どちらも桁外れで、気軽に買うことはできないが、MotoGPマシンに迫る重量を可能にしたのも、カーボンワンピースとしてできたのも、四輪と協調したカーボン技術がもたらしたもの。
今あるカーボンシャーシテクノロジーを、例えばスーパースポーツでパッケージ化すると、こうなります、というもの。これは正に今買うことができるコンセプトモデルではないのだろうか。
BMWにはCエヴォリューションという電動スクーターがある。すでに市販され、公道を走っているモデルだ。バッテリーの性能で決まる航続距離が短いのを逆手にとった、お仕事用や短距離用のモビリティーではない。同社のCシリーズと同様の大型スクーターで、2人乗りで高速道路も走行可能なモデルだ。
なにより、この電動スクーターの加速感たるや病みつきになるほどパンチがある。楽しいのだ。どうしてバイクの名産地、日本のメーカーからこれが出ないのか。それが不思議だ。
話がそれたが、HP4 RACEを関係者は「エンジニアが造りたい物を造った。それに尽きますね。」と笑顔で話す。確かにカーボンフレームを量産する事は並大抵ではない。しかし、カーボンという素材を軽く、理想的なフレームのマテリアルにつかったとしたら。近い将来のゼロエミッションモデルが見せる加速と、このフレームが融合したら……。
BMWが目論む未来が詰まっているに違いない。そんなことを思いながら富士スピードウエイを後にしたのである。
(試乗・文:松井 勉)