2017年5月31日
Honda CBR1000RR SPサーキット試乗編
『1500秒でどこまで僕は近づけたのか?』
■試乗&文:松井 勉 ■撮影:富樫秀明/依田 麗 ■協力:Honda http://www.honda.co.jp/motor/
「いよいよである。ようやくコイツを全開にできる。天気? 雨でも上等。余計に電子制御がわかる。さあ来い!(こっちが行っているのだが)。そんな思いが袖ヶ浦フォレストレースウエイに着くまで止まらない。途中まで館山道ではホントに雨に降られた。それがなんだ。気合いが乗る。ニッキー・ヘイデンが笑みを浮かべ新型のことを語るビデオをYouTubeで学習し、以前の自分の印象を思い出し、それでも完璧に欠けている全開走行というピースを今日、僕は拾いに行くのである。」
こちらの動画が見られない方、大きな画面で見たい方はYOU TUBEのWEBサイトで直接ご覧下さい。https://youtu.be/vKLLw6F58OM |
あの日、3月の御殿場(CBR1000RR SP試乗・公道編 http://www.mr-bike.jp/?p=127331)から季節は巡った。エアコンを入れたクルマは順調にサーキットへと向かう。千葉の北では雨がぱらついたが、市原あたりは曇。南下するほど空が明るくなる。
袖ヶ浦フォレストレースウエイのパドックに入ると、ブリヂストンのトレーラーが駐まっている。ピットガレージにタイヤチェンジャーやタイヤラックを下ろしCBR1000RRから外されたタイヤが縦に積まれ、その代わりにレーシングバトラックスV02というスリックを履いたホイールが並ぶ。
雨を想定してレース用ウエットタイヤ、レーシングバトラックスW01を履くセットも……。これは本気だ。
パドックで出番を待つCBR1000RR SPは、御殿場で走らせたモデルと同じだが、レーシングスタンドで前後輪を浮かせ、タイヤウォーマーがスリックを適温まで温めている。
「このスリックは市販ですが、JSBにも対応したタイヤで、今日は前後ミディアムを装着しています。フロントは2.3、リアは1.8程度のエアです。」
温間でそれになるよう合わせたタイヤは、フロントが120/600R17、リアが200/655R17なことが後から解った。このタイヤ以外は基本的にすべてデフォルト。
今回のテストで開発の一人、本田技術研究所2輪R&Dセンターで、ファン領域モデルのプロジェクト・リーダーを務める吉井さんが「トータルコントロールをうたうCBR1000RR シリーズがスリックタイヤで試乗会、というのは初めての試みです。峠道で、一般道で、速度を問わず操りやすさ、包容力の広さを目指して開発してきました。そこは歴代モデル同様、大切にした部分です。スリックタイヤ、というレーシングシーン対応のタイヤに履き替えても、それが楽しめるよう、新型では包容力の領域を広げています。レース用タイヤを履き、それに対応するために車体をレース用パーツに交換して改造する、ということが必要なのではなく、特にSPに装備した電子制御サスペンションの設定をライダーが手元で簡単に変更する事で、より好みに合ったバイクに仕立てる楽しみ。そこまで広げたコトを、今日、ジャーナリストの皆さんに体験いただき、それをお客様にお伝えいただきたいと考えています。」
このあたりからジワジワ自分でも緊張感が高まってくる。
「いや、それが自分に解るんだろうか……。」
正直、視線が泳ぐ。が、近くに陸地も捕まれそうなものもない。やるしかない。
思い起こせば、3月の御殿場周辺での試乗は、低い気温、ワインディングのある山岳地帯は前日の降雪で入れず、一般道を実力の20%程度で走っていたに過ぎない。それでも軽い、意のまま、乗りやすい、包容力、気持ち良さは伝わった。プリセットされたライディングモードのうち、一番マイルドなもの、サスの減衰もソフト目なものをチョイスしていた。
しかし、今日は、プリセットの中でも最もスポーティーなモード(サーキットだから当たり前だ)、しかも190/50ZR17のOEMの後輪からしたら、装着しているスリックはいかにも外周が大きく、寝かした時の接地面がワイド。よく言うエッジグリップなんて表現では全然足りず、後輪のセンターからサイドまでワイドなベルトで路面を掴むような形状に見える。
車体姿勢が前下がりとなった事を補正するため、フロントフォークスプリングにイニシャルプリロード3mm掛けてあるという。
走行枠は20分1本、30分1本の2回。ミスター・バイクチームは、それをミスター・バイクBG組とシェアするので、10分+15分の25分。そう、トータルたった、1500秒。一瞬も無駄に出来ない。
走行1本目。
制限速度50キロのピットレーンエンドを越えたら、基本、速度無制限のサーキットだ。1月、2月に新型の試乗やタイヤのテストなど幾度も走ったコトがあるトラックで、慣れているつもりだが、何時もと“見え方”が違う。5月末だと、グリーンの草が伸び、伏せた状態でイマイチ向きを変える場所が把握しにくい。
それに寝かしていると、フロントに舵が当たって曲がる、というより、後輪のプロファイルのせいか、寝たまま感が強く、内向性が強く「曲がる」瞬間を補足しにくい。いや、自分が焦っているだけなのだが。
さらにペースを上げて全開加速をしたとき、8000、9000rpmあたりからフロントが浮き上がり、手強い感が……。
ただ、それを除けばとても乗りやすい。ラップ毎になれてゆくと、CBR1000RRを一般道で走らせた時の感触、一体感が蘇る。包容力だ。自分がある程度外していても、攻める気持ちが萎えない。さっきのラップはあそこでリーンしたら早かったから、ポイントを奥にとるか、もっとペースを上げるか、選択肢を絞りながらトライができる。その対話が楽しい。
最初の10分はその辺で終わった。次のセッションに向けて担当エンジニア(吉井さん)に相談。変化を段階的に体感するために、まず加速時。パワーバンドに入った瞬間、スリックタイヤの強力なグリップ力が路面に伝わった挙動として起こるフロントの浮き上がりを抑え、路面を舐めるような加速とするため、サス設定をデフォルトから10段階あるうちの、ACC+3へ。これは加速時に減衰を高める設定。
そして、体重(現在裸で82.7キロ、装備で88キロ程度)や高グリップのスリックタイヤを考えると、デフォルト設定から2段階ほど上げたジェネラル+4が良いのでは、と勧められた。これは、デフォルト設定に対し、サスペンションの減衰圧の圧側、伸び側とも高めにすることで、ブレーキング時、加速時の姿勢変化を穏やかに、小さくする方向のセットになる。そのため、前後の車高変化も少なく、あたかも車高を上げたように、重心位置が走行時に近づいたようにライダーには感じられる、という。
基本的にバイクの重心そのものは低く、ライダーはその位置から離れた高い位置に座っている。その距離感を近づけることで、一体感を感じやすくする方法だそうだ。
吉井さんは、僕がロングストロークのアドベンチャーバイクが好き、というコトも知っていて、以前、AfricaTwinの乗り味で「ここが好き!」というお話をしたから、好みはこうではないか、と推測してオススメしてくれたのだ。
ちなみに、ジェネラル+4にしたとき、まず試す加速時のみ減衰を高めるACC+3はデフォルトに戻して、ということにして、一つ一つの作用を確認しやすいようにした。
2回目の走行、残り15分……!
走行枠前半、ミスター・バイクBGのテストライダー、ノア・セレンが走る。彼も色々と設定変更を試したようで、気持ち良さそうだ。彼がピットに止まるとはぎ取るようにバイクを奪い設定を変更。まずは加速時の減衰設定の変更だ。3コーナー立ち上がり、5コーナー立ち上がり、最終からの立ち上がりでフワーっと浮いてしまうのを嫌って覆い被さっていた1回目の走行とは全く違っている。浮くには浮くのだが、イメージとしては5センチだけタイヤが浮いて、とにかくぐんぐん加速させられる印象。怖さが減った。実はこの段階でエンジンのモードもマイルドになったと勘違いするほど。
その乗り易さを確認したところでピットイン。今いじっているのはサスだけです、と吉井さん。車体姿勢変化が変わると、ライダーが感じるフィーリングまで変わるんだ……。セッティングは面白い! と思う。
加速時の減衰をデフォルトに戻し、サスセットをジェネラル+4に変更。ピットにバイクを停め、設定ボタンでメニューを呼び出し、変えたい設定をアップライトし、長押しで決定。今回、全てを開発者の人にしてもらったが、自分でマスターすれば、ものの10秒で設定が変更できるのがSPに装備されたオーリンズのスマートECの強みでもある。
一旦、加速(ACC)時の減衰をデフォルトに戻し、ジェネラル+4に。そして走り出す。旋回に入る瞬間や加速、減速に入る瞬間が、確かに前後のサスにイニシャルプリロードを掛けた時の受け止め方のような印象だ。
全体に足周りがしっかりして、ラフな路面でも動きが少ない。ラインに載せ、ブラインドの多い袖ヶ浦のトラックを相当気持ち良く走れる。バイクにもコースにも慣れた、というのもあるが、コース幅が広く見え始めた。そう、乗りやすくなっているのだ。3速アクセルオフで向きを変え、3コーナーに向かって加速する2コーナーのアプローチも、最初のセッションよりもさらに細かくラインの善し悪しがわかる。今の自分のペースだと、向き変えのための寝かし込みはここから、開け始めはここから、アウトに膨らむのはここまで、とか組立がものすごくしやすい。コーナリング時の荷重も、ブレーキングの荷重もじんわり、しっかりとタイヤの接地面に乗せて行くような好みの走りだ。
ただし、最初のセッションの時は回転が上がってくると、フワッとフロントが浮いてきたが、バイクとコースになれ、アクセルが開いているのもあってか、今度はポンと浮く感じに。もちろん、ウイリーコントロールが入っているので、まくれる心配などないのだが、今は浮かしたくない。ライダーのコントロールの幅を広げています、という言葉通り、浮いた瞬間、制御が入る、ということがない。だから、もう少し実を任せるのが吉なのかもしれない。が、いずれにしても、引っ張る区間が長くないこのコースで、前輪が上がると、下がるのを待つのが長く感じるので、症状改善が出来るのかを探るためにピットイン。今度はACCをマイナス3に。これはすでにジェネラル+4で減衰圧が掛かっているので、さらに掛けても、タイヤに伝わった駆動力が逃げ場を失い、さらに急激な浮き上がりになるからとの吉井さんの判断だ。
ピットアウト。1コーナーから加速をする。開けた印象はエンジン特性がマイルドになったかのような不思議な感じ。2コーナーへのアプローチでアクセルを閉じ、舵が入る感じを確かめ、アクセルを開けて行く。膨らみながら開けているが、前輪が持ち上がるまでの時間が長く、ゆっくりになった。
とても不思議だが、最初のデフォルト時の印象とも違い、マイルド。加速感が弱まったかのようだが、そうではない。その先の複合コーナーも、減速を残しながら、寝かすともっと曲がる事を発見してからは、さらに攻めて走らせてもこの安心感が持てたことで、試す勇気が出た。
包容力、対話できる楽しさ。どんどんCBR1000RR SPが僕の好みに近づいてきてくれる。こんな体験、初めてだ。こうなると、フルにパワーを使うかどうか、ではなく、自分の意識下に141kWのエンジンがあり、安心して旋回をし、そして減速を楽しむ。正に走ること全てを楽しんでいる自分がいた。
僅かトータル25分程度でランデブーは終わったが、後半、僕が感じたのは、御殿場の一般道で体験した以上の乗り易さだった。一般道とは比較にならない加速、減速、旋回速度だが、CBRが標榜するトータルコントロールは確実にそこにあった。
一般道で感じたCBR1000RR SPの細身な体躯と自分の身体の密着感が一部得にくい、と思った部分もあったが、エネルギッシュに走る今日のセッションでは、シートの後部に乗るブレーキング時、コーナリング速度やバンク角によって体の入れ方、落とし方をダイナミックに変えて走る必要がトラックでは、全く不満がない。完璧なホスピタリティーで僕を迎え入れてくれた。
逆に、今自分のレーシングスーツの肘をこう曲げた時、背中から首周りをあと数mm伸ばせば、もう少し別のアプローチ姿勢を取れる! なんて落とし込み(当たるかどうかはやってみないと解らないけど)ができたのも発見だった。
結論としてこのバイクはトラックでも素晴らしい才能を見せつけた。そして、SPに搭載された電子制御サスペンションというアプリをしっかり使いこなせたら、スタンダードのマニュアルサスに乗っても、セットアップの好みの方向性が解るな、とも思った。なにせ、このアプリ、どんなことを試しても、違うかな、と思ったら手元で全部デフォルト設定に、というコトも簡単だから、試すコトへのストレスがない。
それを含めたトータルコントロール。その真意を感じられた短くも濃密な1500秒だったのである。
(松井 勉)
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