2017年5月17日
BMW R nineT Racer試乗
豊かなオートバイライフに、 高い運動性能が必ずしも必要ではないということを 体現しているレトロスポーツ
■試乗&文:濱矢文夫 ■撮影:依田 麗
■協力:BMWジャパン http://www.bmw-motorrad.jp/
JAIA 日本自動車輸入組合 http://www.jaia-jp.org/motorcycle/
『R nineT Racerは、1970年代のスポーツモデルを彷彿させる、レーサースタイルのバイク。伝説のスーパーバイクの時代を追体験できるモデルですが、単なるレトロ主義やなロマンチシズムを追ったバイクとは一線を画す存在。BMW Motorradならではの革新的な技術、クオリティから生まれたカスタマイズ可能なバイクです。人目を引く、ハーフタイプのロケットカウルにセパレートハンドルを採用し、低いハンドルグリップを握ると、ライダーは完全なクラウチングスタイルとなり、パワフルなボクサーエンジンの独特なフィーリングを体感できます。好ポジションにつけていち早くコーナーを駆け抜ける。それができるのは、ストリートでも、人生でも、この R nineT Racerのような強い個性の持ち主だけです。』(BMWジャパンのWEBサイトより)
ロケットカウルによって前にボリュームあるから、少しスタイルが悪いんじゃないか、という思いがあったけれど、目の前にして安心した。ロケットカウルはスマートで頭でっかちどころか、タンク部分と対比してコンパクトに見るくらい。小さなテールカウルまでのバランス、セパレートハンドルを採用した低さ、シルバーに塗られたチューブラーフレームと共に醸し出すクラシックカフェレーサー的雰囲気から、素直に「カッコイイね」という言葉が出てきた。ベースとなっているR nine Tとは見事なくらい別のバイクという存在感。
またがってハンドルを握ると、身長(170cm)だとグリップまでが遠い。最近のスーパースポーツなどはセパレートハンドルでも近い場所にあるが、それとは違う。その昔、スズキのGSX1100Sのセパレートハンドルに始めて掴まった時を思い出した。そして当然ながら低く、結構な前傾姿勢になる。ペグはシートに腰掛けたお尻の真下より若干後ろ目で高さも程よく、コンパクトでも窮屈にならない、ステップを踏み込みやすい位置。
スターターボタンを押すとブルっと震えてエンジンが目覚め、ブリッピングするとシャフトドライブのいわゆるトルクリアクションによって震えながら車体が傾く。BMWの技術であれば、これをかなり押さえ込むことができるだろうが、それをあえてしていないところがミソ。その生き物の息吹のように感じる部分も含めテイストとして演出している。実用的な利便性や完成された走りより、これまでのBMWラインナップになかった、カスタマイズも考慮したファッション的な要素を持ち込んだのがR nine Tシリーズだ。このRacerもその道から外れてはいない。それは乗っても伝わる。
空油冷のボクサーエンジンは1169ccもあるのだから、低中回転域から厚いトルクが出ていて、鼓動と共に加速は力強い。気難しいところはまったくなく、スロットルを開けたら開けただけ前に出る。回せるだけ高回転にして走るより早めにシフトアップして中回転域のトルクを使って走るほうが気持ちいい。ハンドリングは、倒し込みから素直で、深くリーンさせても不安定になることはなく連続するコーナーも楽しく走れる。ただ今のロードスポーツバイクのようなフットワークの軽さや、旋回性とは違うもので、いい意味で穏やかだ。
サスペンションは柔らかめで乗り心地が良いが、試乗スタート位置の駐車場に設けられた小さなコースで、コーナー進入前にちょっとがんばってフルブレーキをすると、大きくノーズダイブして、後ろのサスペンションが伸び、ABSが早めに効いてくる。そう、こういう風に走るオートバイではないのである。
「Racer」という名が付いているけれど、それはスタイルにおいてという意味。速く走ろうとシャカリキになるものではない。豊かなオートバイライフに、高い運動性能が必ずしも必要ではないということを体現しているレトロスポーツ。決して若いとは言えないライダーだから、長時間の乗車し続けることを心配したけれど、ニーグリップもしやすいから意外なほどすぐに慣れて気にならなくなった。
質の高いオートバイを作り続けているBMWだから、あえて割り切りこういう味付けにしている。見た目はビンテージ風だけど、走りは現代のロードスポーツモデルと遜色ないものを求める人ならば、向いているとは言い難い。だが都市をスタイリッシュに駆け抜け、ワインディングで気持ちよくコーナーリングを楽しむ、これが普通にできるのだから十分すぎる走りだと言い切れる。何より魅力的なルックスだ。
(試乗・文:濱矢文夫)