2019年10月11日
パオロ・イアニエリのインタビューシリーズ第11弾 レプソル・ホンダ・チームのマネージャー、アルベルト・プーチに再び訊いた マルケスというライダー、ロレンソ引退の噂などなど……
タイGPの金曜FP1でマルク・マルケスがハイサイドクラッシュを喫した際には、おそらく彼もまた息が停まるような思いだったにちがいない。グラベルエリアに横たわるマルケスの様子が映し出されるTVモニターの画面を、ピットレーンのチームキャノピーに腰掛けるアルベルト・プーチはいったいどんな気持ちで眺めていたのだろう。あの瞬間は、チャンピオン決定を確実視されていたこの週末が、一気に暗転するかもしれない状況だったのだから。病院で検査を受けた後、サーキットへ戻ってきたマルケスは、午後のFP2でいつものように圧倒的な速さでタイムシートのトップに立った。
(※このインタビューは、決勝レース前の土曜に行われた)
■インタビュー・文:パオロ・イアニエリ
■翻訳:西村 章
■写真:Honda/Honda Racing
-アルベルト、マルケス選手はFP2でも相変わらずの速さでしたね。
「どこもケガをしていませんでしたからね。FP2もいつもと同じ走りでした。マルクは、ああいう状況の対応がばつぐんにうまい選手です。誰にでもできることではありませんよ」
-転倒の瞬間はどんな気持ちでしたか?
「大きな転倒でしたからね。最初は心配しましたが、検査の結果は何も問題ないということだったので、安心しました。まあ、ああいうこともありますよ」
-バレンティーノ・ロッシ選手は、今季のマルケス選手はほぼ完璧なシーズンだと言っています。あなたも同じ意見ですか?
「なんといえばいいのか、正直なところ、私はあまりそこは気にしていないんですよ。肝心なのは、タイトルを獲得することですから。それに、分析するのは私の仕事ではないですからね」
-あなたはマルケス選手を、長い期間よく観察されてきたと思います。最初は、ペドロサ氏のマネージャー時代に、自分のライダーのライバルとして。そして今は、チームのボスとして。マルケス選手は、どんなふうに進化をしてきましたか?
「マルクは何も変わっていないと思います。どんなコンディションでも全員を打ち負かしたい、という彼のありかたは、ずっと同じです」
-今後もまだ、彼は成長すると思いますか?
「あの若さですからね。すると思いますよ。たとえばロッシ選手は、30歳から40歳になっても成長を続けましたよね。マルクの場合は、まだ30歳にもなっていないのですから」
-成長するとすれば、どういう部分でしょうか?
「どんな状況にでも対応して、常に全力を発揮するタイプの選手がいます。そういう選手は、技術的な条件や環境が変われば、その分だけさらに限界を引き出してしまう能力を持っています。誰にでもできるわけではありませんが、そういうことをできてしまう並外れた能力の持ち主が、ごくまれにいるんですね。トップに立つのは、そういう選手ですよ」
-あなたから見て、マルケス選手の優れたところはどこだと思いますか?
「ふつうの人間なんです、彼は。まったくふつうの若者で、スーパースターを鼻にかけるようなところが全然なく、周囲への気遣いは昔からなにひとつ変わりません。彼の最大の長所はそこでしょうね。もちろん、ライダーとしても優れているのですが」
-こういうことを指摘するのは少し気がとがめるのですが、もしもマルケス選手がいなければ、今年のホンダはかなり厳しい状況だと思います。ホンダはマルケス選手を囲い込んでいる状態なのでしょうか?
「そんなことはないですよ。マルクが我々の陣営にいてくれるのは、とてもラッキーなことだと思っています。他メーカーは喉から手が出るほど彼を欲しがっているでしょうから。マルクがホンダの選手でよかったと思うし、今後もホンダのライダーでいてもらうために全力を尽くすつもりです」
-そのためなら、何をすることも厭わない?
「最後に選択権があるのは、ライダーですから。他のチームは、彼を欲しがっているでしょうね。すでに交渉しようとしているところもあるようですし。自分たちは否定しているみたいですがね。どこに行くか、誰を信用するのか、を決めるのはマルク自身ですが、そうすぐに他へ行くことはないのではないか、と思いますよ。充分に納得して残留してくれる方向で合意をできる、と私自身は信じています」
-マルケス選手に勝てるライダーは、今のところいませんからね。
「でも、レースに〈絶対〉などあり得ませんよ。優秀なライダーはたくさんいるし、私は彼ら全員に敬意を持っています。誰しも、いつか負ける日が来る、マルクはそれをよくわかっています。いつかその日は必ずやってきます。しかし、当面のところはマルクに勝つのは簡単なことではないでしょうね」
-マルケス選手は、クアルタラロ選手をマークしはじめていますね。
「速いライダーですからね。それになんといっても、若い。ただ、ライダーの成長を予測するのは難しいですよ。クアルタラロ選手がマルクのライバルになるのかどうかはなんとも言えませんが、速さを発揮しつつあることは間違いありませんね」
-今季のマルケス選手のパフォーマンスには非常に満足されていると思いますが、ロレンソ選手にはがっかりしているのではありませんか。
「誰もこんなことになるとは思ってもいませんでしたから。ホルヘ自身もね。私がいま気がかりなのは、世界チャンピオンのホルヘが、厳しい時期を過ごしているということです。今年のホルヘは、まだ一度も気持ちよくバイクに乗っていません。我々にできることは、精一杯彼に手助けをしてあげることだけです。実際、今も我々はそうやって取り組んでいます。しかし、ホンダのバイクはやはりどこまでいってもホンダで、他メーカーのようなマシンに変えてしまうことはできません」
-この状況はいつまで続くんでしょうか?
「我々はあくまで契約を尊重します。シーズンが終わってホルヘがどう考えるのかはわかりませんが、今後よくなっていくのかどうかは、日々の状態を少しずつ見ていかなければなんともいえません」
-引退の噂はまだ根強いようです。
「真実を知っているのはホルヘ自身です。彼がどういう結論に至ろうとも、我々はそれを必ず尊重します」
-万が一、ロレンソ選手が引退するとすれば、今フリーな選手はヨハン・ザルコ選手だけです。
「彼だけがフリー、というわけではないでしょうがね」
-では、可能性はあるのでしょうか。それとも、永遠に扉を閉ざしてしまうのですか?
「いや、それはまったく話が違いますよ。彼が好人物であることはわかっていますし、シーズン中に確かに彼とは話をして、今どんな状況なのかということは聞きましたが、その話はそこまで。あくまでそれだけの話です。我々は、まったく誰も考えていません。そもそも、ホルヘとの契約があるわけですから。もしもホルヘが何らかの決断をするのであれば、それはそのときになってから考えます。今はそんなことを検討する時期ではありませんし、それ自体がホルヘに対して失礼というものです」
-では、ロレンソ選手の現役継続は100パーセント確実なのですか?
「この世には、100パーセント確実なものなどありません」
-ザルコ選手がKTMに順応できなかったことが、障害なのですかね?
「ヨハンは2回世界タイトルを獲得しました。ホルヘは、5回の世界チャンピオンです。今シーズンは両選手とも苦戦をしていましたが、だからといって彼らはダメなライダーなのですか? 違いますよね。彼らはやはり、世界チャンピオンなんですよ。ときには予想外のことも起こります。そのことだけで彼らを判断して実績もすべて否定するのは、大きな間違いですよ」
-マルケス選手だけが全力で乗りこなせるバイク、という今の状況は、他の選手をためらわせるものでしょうか?
「我々のバイクはちょっとクセがあるんです。でも、リザルトをじっくり見てもらえれば、あなたがいうほどひどいバイクではないとわかると思いますよ。バイクの乗り方を、マルクはうまく理解しています。そしてそれができれば、すぐに勝てるんです。ストーナーを憶えているでしょう? 彼とマルクは、最初の年からいきなり勝っていましたよ」
MotoGPの世界では、各バイクはどんどん個性的になってそれぞれの特徴がハッキリしていく方向なのでしょうか?
「技術者がこの回答を読んだらきっと私を愚か者だと思うでしょうが、私はバイクはどんどん似てきている、と思っているんです。どんどん同じモノを使う傾向が進んでいますから。タイヤもサスペンションもブレーキも電子制御も、フレームのタイプもね。例外はKTMだけです。1980年代は、何もかもが違っていました。今や、違いといえばV4か直4か、という程度です」
-だとすれば、選手たちはバイクを乗り換えるとなぜあんなに苦労するのでしょうか?
「エンジン特性でバイクはガラリと変わりますから。個人的には、ホルヘのスタイルに完璧に合うのはインラインフォーだと思っています。たしかにホルヘはドゥカティで勝利しましたが、それはいずれもエンジンサーキットでしたね」
-この世界が好きですか?
「もちろん、世界選手権は本当に面白いですよ。この世界には優れた選手とバイクがひしめいていますから。NSRの時代は、70パーセント程度しか勝てる可能性のないバイクではなかなか実力を発揮できませんでした。いまは、あらゆる要素が平準化しています。差を作りだすのは、ライダーです。そして、ほかの誰よりも大きな差を作ることのできる選手が、マルクなんです」
国際アイスホッケー連盟(IIHF)やイタリア公共放送局RAI勤務を経て、2000年から同国の日刊スポーツ新聞La Gazzetta dello Sportのモータースポーツ担当記者。MotoGPをはじめ、ダカールラリーやF1にも造詣が深い。