2019年10月4日
Honda NC750S 愛すべき「でっかいカブ」 わき役に徹して移動を支える、 モビリティのホンダ
■文:ノア セレン ■撮影:富樫秀明
■協力:ホンダモーターサイクルジャパン https://www.honda.co.jp/motor/
かつて大型バイクの価格破壊を起こしてくれた、安くて実用的なNC700シリーズ。しかし今はライバルも出現し、同時にNCも750になり価格が上昇。価格面においてのアドバンテージは少なくなった。しかしスポーツだとか性能だとか、そういったことに縛られないよきスタンダードとしては変わらず存在感のあるNC。ETCやグリップヒーターも標準装備となった新型に試乗する。
ありがたき「全部乗せ」
乗っての魅力の前にまずは装備面に注目したくなるのがNCだ。700として登場した当初から、最高回転数を抑えてとにかく燃費が良い事をアピールしたNCは、750化した時にはファイナルをロングに振りさらに燃費を伸ばした背景がある。タンク容量を少なくコンパクトにでき、通常のタンクスペースにはかつてのNS-1のようなラゲッジスペースを確保することができたのはシリーズ共通だ。
この特長は750にも受け継がれたが、さらにETCとグリップヒーターが標準装備されたのも嬉しいところ。大型バイクにとってETCはもはや当たり前の装備であるし、グリップヒーターについては快適装備ではなく大切な安全装備である。バイク、特にスポーツバイクにおいては「楽しければ多少の不便はかまわないでしょう?」というエクスキューズをもっているモデルが多いと感じる中で、NCは四輪ファミリーカー的な「便利で当然」という空気感が根底にあって大変に好ましい。
さらに、全く無理のないポジションや快適なシート、十分な面積を持つタンデムシートなど、全てにおいて「使える」装備が満載。NCに接するといかに最近のバイクは逆に「使えないか」を痛感してしまう。昔のバイクが持っていたような汎用性をしっかりと受け継いでいるのがNCと言えよう。独立して使える昔ながらのヘルメットホルダーさえつけてくれればもはや完璧とも言える充実の「使える」大型バイクである。
回らないエンジンが気にならない
NCが出た当初、6000回転ほどしか回らない四輪車のようなエンジンに賛否両論あった。当時はまだ「バイクは高回転まで回してナンボ」という意識が強かったのだろう、アクセル全開にしてすぐにレブリミッターに当たってしまう特性に疑問をぶつけるジャーナリストは多かった。一方で普段からシングルやツインが好きで、かつスポーツというよりは実用性の高いバイクが好きな筆者はそれが特別気になることはなかった。大きな盛り上がりがあるパワーバンドを経てからレブリミッターに当たるのが通例だった中、何のストレスも盛り上がりもないまま突然当たるのはちょっと慣れが必要ではあったものの、このエンジンはディーゼルターボのように低回転域の力強さを有効利用してすぐにシフトアップしていけば良いのだ、と気づいてしまえば難しさや不満は何もない。
このエンジンが750ccとなった今、その低回転域のトルクフルさはなお増強されているわけだが、しかし速くなったかと言えばそうでもなく、ファイナルがロングになっていることで加速感は大差なく、2軸バランサーになったはずなのに700よりもドコドコとしたツインらしいキャラクターが際立っている。一般道を流すようなペースではまるでハーレーかのようなズンドコした鼓動があり、それは高速道路の法定速度域でも続いている。ある程度以上の回転域になるとトゥルルルとスムーズになっていった700に対して750はこの点で主に排気量アップが感じられるだろう。
そしてよりトルクフルになったことと、ファイナルがロングになったことで700時代のようにすぐにレブリミッターに当たることも少なくなった。むしろ当てようとしてもレッドゾーンに近づいてくると回転感が苦しくなってくるため、ライダーの感覚として自然と「そろそろ頭打ちかな?」と感じ取ることができシフトアップするだろう。
回らなさ、で言えば700が「ストレスなく回るのに回させてくれない」感覚だったのに対し、750は「回らないことが苦にならない」設定になったと言える。今さらNCを「回らないからイヤダ」という人も少ないとは思うが、750は700以上に回らないことが気にならず、低回転域でのトルクで走らせることが自然とできる味付けに思う。
あらゆる場面を許容する
出だしから「カブ」呼ばわりしたが、それは見下しているわけではなく誉め言葉。実際成り立ち的にも横型エンジンや車体下部を這うフレーム、シート下のタンクなどカブ的要素はたくさんあり、高い実用性や燃費などカブと共通する部分も多い。使える実用車なのに趣味的要素もあるという意味でもカブ的である。しかしだからと言ってスポーツバイクとしてつまらないかと言ったらそうでもない。
今回の試乗では紀伊半島のワインディングを走ったのだが、これが大変に気持ち良い。同じ650~750ccクラスのバイクと比べてどうか、ということではなく、素直に付き合いやすいバイクに思えるのだ。紀伊半島には気持ちの良いワンディングもあれば、ちょっと荒れた舗装林道もあれば、いきなりダートになるような場所だってあった。ツーリング先ではこのように様々なシチュエーションに出会うのが普通のこと。NCは特別パワーがあるわけでもなく軽いわけでもないためいわゆる「スポーツバイク枠」で言えば目立たないものの、こういったマルチなシチュエーションではその低重心の安心感や1520mmというロングホイールベース、さらにはキャスター27°、トレール110という、今のスポーツバイクの常識からするととても緩慢な数字が効いてくる。良いシチュエーションでの一体感やビシッと決まった感を求めるなら他の選択肢もあるだろうが、路面状況や天気に左右されずに常に一定のペースを、安心感を持って維持し続けられるような、そんな能力で言えばNCの右に出るバイクはなかなかないんじゃないかとさえ思う。
とはいえ、ワインディングだって苦手というわけではない。バンク角は意外に深く、またシングルディスクなのにブレーキもとてもコントローラブル。車体はユルい方向ではあるものの、だからこそライダー側でピッチングを引き出してあげて積極的に乗ってあげればしっかりとスポーツでき、公道レベルでツーリング仲間に後れを取るようなことは考えにくい。実用的であることは間違いないのに、趣味的楽しみ方だって十分許容する、こういったところもカブらしさみたいなものを感じてしまうのだ。
無理なく付き合える相棒
これだけたくさんのバイクがラインナップされている中、一体何に乗れば良いのかわからなくなる時があるだろう。事実、新車を次々と乗り換えながら「なんか……違うんだよなぁ」なんて言っている声も耳にする。その「違う」は人によってバイクに求めるものが様々なため一概には言えないものの、NCを「違う」という人は、案外少ないんじゃないかと思う。というのも、乗ることに無理がないからだ。
大きすぎてガレージから出してくるのが億劫だとか、音が大きすぎて近所に気を遣うだとか、速すぎて疲れちゃうだとか、維持費がかかりすぎるだとか、そういった「過ぎる」ことがほぼない。だからこそ気軽に乗れて、バイクで出かけていくということを素直に楽しめるように思う。走っていても積極的に飛ばそうという気になるような構成でも味付けでもないし、燃費だけなくタイヤサイズやシングルディスク設定など維持費に対しても「無理がない」。
バイクの性能を本気で引き出したいだとか、限界領域を追求したいという、バイクとライダー1対1の関係を楽しみたいならサーキットが適切だろうが、公道はそういう場面はとても少ない。ライダーとバイクに加え、出掛けて行った場所や風景、人々、食べ物、お土産……などなど、さらには他の交通との無理のない共存も重要だ。バイクの存在感が強すぎると逆にツーリングを楽しみにくいこともあるのだ。バイクは時として脇役に徹しなければいけない場面もあり、NCはいい意味でそんなバイクだと思うのだ。
大型バイクに乗り続けたいのにそのハードルの高さを感じているライダーも多いかと思う。そんな人に薦めたい、自然体で付き合えるビッグバイクである。
(試乗・文:ノア セレン)
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