2019年9月27日

野左根航汰と水野 涼──“次世代エース”の戦い

■取材・文:佐藤洋美 ■写真:赤松 孝

 
全日本ロードレース選手権第6戦が開催された岡山県岡山国際サーキット、JSB1000の予選はドライだったが、決勝スタート前、雨が激しくなっていた。大粒の雨が路面を濡らし、ウエット宣言が出され、24周の長丁場の戦いが始まった。

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 静寂を切り裂くエンジンの咆哮が鳴り響き、シグナルグリーンと同時に飛び出したのは、ホンダの水野 涼(MuSASHi RT HARC-PRO. Honda・21)。水野はホールショットを奪うが、ヤマハファクトリーの野左根航汰(23)がトップを奪い返す。野左根と水野のふたりは、雨の量が変わり、路面コンデションが変化していく難しい路面を攻め、ファステストラップを記録し合う攻防を見せた。
 この戦いは、8度ものタイトル記録を持つ絶対王者、ヤマハファクトリーの中須賀克行(38)とホンダワークスの高橋 巧(29)を突き放すものだった。
 終盤、野左根は周回遅れを交わし、上手くそれを利用するテクニックを見せ、攻撃的なライディングを貫き、勝利のチェッカーを受けた。野佐根は2017年もてぎ以来、2年振りの優勝を遂げ、水野が、前回のもてぎに続き連続2位、中須賀が3位、高橋は4位となった。
 

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ライバルである水野、そして絶対王者である中須賀を抑えての優勝。よほど嬉しかったのだろう、バーンアウトでファンに応えた。


 
 ウイニングランで、野左根は「勝ったらやろうと思っていた」とダブルヘアピンとメインストレートで、2度も派手なバーンアウトで観客の声援に応えた。
「初優勝の時より嬉しい」と喜びがあふれるパフォーマンスに盛大な拍手が沸き起こった。表彰台に水野、中須賀を従えて、真ん中に野左根が立った。嬉しすぎて、何を見ても、何をしても笑顔の野佐根とは対照的に憮然と表情を崩すことなく遠くを見つめる水野がいた。
 野左根にとって3勝目の勝利は格別のものだった。過去2回は中須賀が転倒しての勝利だった。中須賀が走り切っての勝利は初である。中須賀を見下ろす形の表彰台に「素晴らしい景色でした。これまで、支えてくれたスタッフの喜ぶ顔も見えて、本当に嬉しかった」と答えている。

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降り出した雨は大粒となり、激しさを増した。決勝はウエットの状態でスタートが切られた。


 

“次世代エース”の二人の、戦いが始まった。

 野左根と水野の“次世代エース”の急成長と激闘に沸いた岡山の戦いの予兆は、水野の躍進から始まっている。
 鈴鹿8時間耐久から、先輩の高橋と同等のマシンを手に入れた水野の速さは際立っていた。鈴鹿8耐ではチームのミスからペナルティを与えられ、スタートライダーの水野は、ペナルティエリアで90秒のストップを課せられることになる。それでも最後尾から追い上げ、鈴鹿に集まった大観衆の声援の後押しを受け7位となった。
 鈴鹿8耐直後に開催された全日本第5戦もてぎ2&4では、中須賀とのバトルを繰り広げ中須賀に続き2位に入った。表彰台の上で、水野は初めてのJSB1000での2位の歓びと同時に、勝てなかった悔しさを知るが「中須賀さんが一枚も二枚も上手だった。タイヤのマネージメント、レースコントロールを学ばなければ」と答えていた。
 
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全日本第5戦もてぎ2&4で、水野はJSB1000で初めて表彰台に上った。中須賀に戦いを挑んでの2位。歓びと同時に悔しさを知った2位だった。


 岡山国際予選でもレコード更新の中須賀、2番手野左根に続き3番手で初のフロントローに並んだ。昨年の予選が15番手だったことを考えれば、水野の成長には目を見張るものがある。そして決勝は野佐根との一騎打ちを見せ2位となった。
「もてぎでの2位は初表彰台だったので喜びもあったけど、今回は悔しさしかない。負けた相手が同世代の野佐根君だったから……。中須賀さんと巧さんなら、挑む相手だから、こんなに悔しくないと思う」
 レース後の水野はそう言って唇をかんだ。
 
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若手の二人、ライバル同士の二人が中須賀を従えて表彰台に上った。野左根の弾けるような笑顔と、水野の悔しい顔が印象的だ。


 水野は故加藤大治郎が始めた大治郎カップ出身のエリートライダーだ。全日本に昇格したのは2013年。3年目にはJ-GP3でチャンピオンになり、2016年J-GP2にスイッチ。2年目にはタイトルを獲得している。マシンの特性を掴み、ライディンを変え、合わせてしまえば難なく勝利を挙げて来た。
 2018年、水野はホンダワークスに移籍した高橋に代わってハルク・プロのエースライダーとしてJSB1000に挑戦を開始。オフのマレーシアテストからトップライダーと変わらぬタイムを記録し非凡ぶりを示していたが「やっぱりJSBは、他のクラスと違う」と初年度は苦戦しているように見えた。
 だが、2年目を迎え、その才能が開花し始める。水野は、若さに似合わず冷静沈着、常に平常心で、クールだ。勝っても負けても感情の起伏が見えにくい。その水野が岡山国際では悔しさを露わにしたのだ。
「JSB1000の優勝という高い壁を越せるかも知れないと思っていた。だけど、残り4ラップ、リスクを冒して転んでも仕方がないと思った。でも、野佐根君は諦めなかった。最後まで攻めていたんだと思ったら、悔しさがこみあげて来た」
 水野にとって負けた悔しさは単純ではなく、自分への戒めでもあった。 
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幼い頃から非凡な才能を持っていた水野は、J-GP2に挑戦して2年目の2017年にチャンピオンとなった。2018年からはJSB1000にステップアップ。今年は春先のテストから調子が良かった。


 

ライバルに闘争心を燃やす。

 野左根は鈴鹿8時間耐久には参戦出来なかったが、昨年にも増してテストから積極的に参加し、チームの一員として重要なポジションで関わっていた。タイムも、レギュラーライダーに匹敵するもので、その速さは磨かれていた。だが、第5戦もてぎ2&4で野左根は決勝中に転倒してしまう。
 もてぎは野佐根が得意とするコースで、2017年の初優勝ももてぎで、2勝目ももてぎだった。中須賀がトップ独走中に転倒したレースではあったが、野左根はきっちり勝利を収めている。代役参戦した日本GPでも速さを示し、その名を世界に響かせたコースでもある。
 今季初優勝、3勝目を狙った野左根にとって痛恨の転倒だった。再スタートして11位でチェッカーを受けたが、今季初めて、表彰台に立てないレースだった。そこに水野が食い込んだ。
 
 水野がJSB1000に昇格したシーズンから同世代の水野に負けるわけにはいかないという意識があった。その水野がもてぎの事前テストから頭角を現し始めた。
「中須賀さん、巧さん(高橋)に続くのは自分、そのふたりを追うのは自分だと思っていたのが、予想外に涼が来た。驚いたし、意地があったし、焦りがあった」
 と野佐根は振り返る。
 だが、この水野の出現が、野左根の闘争心に火をつけた。年下の水野、JSB10002年目の水野の先行を簡単に許すわけにはいかなかった。
 野佐根は、チームノリック(故阿部典史が立ち上げたチーム)出身のエリートライダーだ。これまで、常に若手の注目株として活躍、常に最前線で走り続け、年下に負けたことなどなかった。水野の存在が刺激になり、起爆剤として、野左根のポテンシャルを引き出す。野左根は事前テストからロングランをするなど、入念な準備を重ねてレースウィークを迎えている。予選では中須賀に続き2番手につけた。
 
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チームノリック出身の野左根。ノリックの父である阿部光雄さんに育てられる。2013年にはJ-GP2のチャンピオンとなった。


 
「雨の岡山は、自信があった。去年の雨の岡山は、決勝は台風で中止になったけど、予選までの調子は悪くなかったので、雨でもドライでも優勝を目指す気持ちに変わりはなかった。涼の存在は大きく、涼を勝たせるわけにはいかないという思いもあった。そんなに簡単に勝てると思われるのは困る。最初からトップに出て逃げる作戦だった。何度も詰められ、引き離そうとトライし続けた。トップでレースを引っ張るのは辛く、何度か、転びそうになったけど、それでも、走り切った。涼に勝てたこともあるが、中須賀さんがいての初めての優勝だったので、本当に嬉しかった」
 野左根は2013年J-GP2チャンピオンになり、2014年からJSB1000に挑戦を開始している。キット車で走り、2015年からヤマハの育成チームで鍛えられ、2017年にヤマハファクトリー入りし初優勝を飾っている。そして、やっと納得できる勝利を自力で掴んだ。

若いふたりの“宣戦布告”。

レース後の岡山国際は、雨が上がり、雨の激闘が嘘のようなうっすらと青い空が広がり、秋を感じさせる風が吹いていた。悔しさを抱える水野は、ピットロードで、ST600の激闘を制した小山知良に出会う。
小山は「簡単に勝てたらつまない」と水野に声をかけた。
水野は「ここで、勝っていたら、こんなに、勝ちたいという強い思いで、残りのレースに挑めなかったかもしれない。こんなに悔しい気持ちになったことは、初めてだし、意味があると思いたい。この経験を生かしたい」と湧き上がる思いを口にした。
 野左根も「今度はしっかりドライで勝ちたい。この優勝は、自信になった。中須賀さん、巧さんに勝つことは簡単なことではないけど、そこに、今まで以上の気持ちで挑みたい。もちろん、涼に負ける訳にはいかない」と宣戦布告だ。
 水野はホンダワークス入り、野左根は世界へと、未来につながる戦いを賭け、激突することになる。
 
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野左根航汰(写真ふたつ上)と水野 涼(写真上)の戦いはこれからも続くだろう。そして中須賀克行と高橋 巧という“二つの壁”を越えてゆかなければならないのだ。


 
 ライバルの存在は、アスリートにとって、自分でさえ気が付いていない力を引き出してくれるものなのかも知れない。そうであるならば、野左根と水野は、お互いの存在を意識し競いあうことで、レースの奥深い魅力を知り、高め合っていような気がする。その力は、新たな戦いの幕を確実にこじ開けた。
 
 中須賀はレコードを更新しポールポジションを獲得し、決勝では目の前で繰り広げられる若手の戦いを見て3位となった。野佐根に「おめでとう。祝福する」と声をかけている。今季ノーポイントを経験している中須賀はリスクを冒すことはできなかった。同様にもてぎ2&4の事前テストで右足腓骨を骨折している高橋も「最低限の仕事が出来た」と4位でチェッカーを受けた。
 
 ランキングトップは高橋、2位に中須賀、3位野左根、4位水野、全日本は残り2戦の4レースで、タイトルの行方は、まだわからない。岡山国際の事前テストから野左根、水野がトップタイム争いに絡み、タイムアタックでも中須賀、高橋に匹敵するタイムを記録していることは紛れもない事実だ。野佐根、水野の次世代エースの急成長で、全日本4強激突時代突入かと期待が高まる。
 
 全日本ロードレース選手権第7戦は10月5日~6日、大分県オートポリスで開催される。JSB1000は2レース開催。アップダウンがあり、多用なコーナーが連なるオートポリスで、誰が笑い、悔しさを抱えることになるのか見物だ。

※追伸 ここ数年、野左根と水野は、プライベートでも仲の良い友人関係だ。JSB1000の濱原颯道と、今季からオートレーサーに転身しデビューした上和田拓海と集まることが多いと言う。野佐根と濱原はダート仲間、野左根と上和田はチームノリック出身、水野と上和田は大治郎カップの幼馴染。大学のサークル仲間のノリで、一緒に飲み食いしたり、ゲームしたりする仲間。ゲームで勝利するのは野佐根で「いつも、これが、前哨戦だから」と言って勝っているようだ。水野の「そんなことない」とクールに構えている姿が目に浮かぶようだ。ふたりは「仲が良いだけに負けたくない」と口を揃える。
(文:佐藤洋美)
 
 

●2019 JSB1000 Race Calendar

第7戦 10/5(土)~10/6(日) 大分・オートポリス
第8戦 11/2(土)~11/3(日) 三重・鈴鹿


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