2019年8月7日
Honda 400X試乗『Real Life Partner』 堂々と、背伸びをしない
■文:ノア セレン ■撮影:松川 忍
■協力:ホンダモーターサイクルジャパン https://www.honda.co.jp/motor/
何かに特化するというのは、特に最近の各社バイクラインナップでは良いこととされているようだ。しかしアドベンチャーモデルだと長距離を走るのが前提である以上、特化はしてもいいが尖ってはいけない。尖りゼロのオールラウンド400アドベンチャーを紹介する。
400という選択肢
アドベンチャーモデルというと、どうにも1200ccクラスのような巨大なものを連想してしまうように思う。ポルトガル西端からロシアの東端まで、大陸横断も何のその。永遠に乗ってても疲れない巨大な船のようなバイク。
確かに1200ccクラスはそのような能力を持っているし、加えて各車ともそれぞれ方向性があって興味深い。しかし、「いかんせん大きいだろう!」と感じる人も少なくないはず。大陸横断は夢があるかもしれないが、それを実現させる人はごくわずかである。例え実現させなくても、そんな夢をイメージしながら近距離ツーリングを重ねるのももちろん良いのだが、あまりの大きさや、近場ツーリングには「過ぎる」と感じることもありそうな性能がマイナスの方に働かないとも限らない。
日本におけるアドベンチャーモデルは、どちらかというとこれらフラッグシップモデルの弟分としてラインナップされることの多い650cc~800ccクラスぐらいが良いんじゃないか、と筆者は常々思っていたし、実際に自分でも650ccのアドベンチャーモデルを日々の移動に、ツーリングにと重宝している。
一方で最近は250ccクラスにもアドベンチャーモデルが登場してきた。ホンダではCRF250ラリーがそれにあたるだろう。軽二輪の枠で長距離で疲れないようなモデルがあっても良いじゃないか、と思うのは自然なこと。実際によく売れているというが、乗ってみると高速道路やタンデムといった場面ではもう少し余裕があってもいいと感じることもある。ではその間の、普通二輪免許枠で乗れる最大排気量の400はどうだろう、と思いそうなものだがなんとこのクラスは今回紹介するホンダの400Xしか存在しないのだから不思議だ。乗ってみるとこれが絶妙なのだからそのうちライバルも現れるのだろうか。
絶妙な十分加減
筆者が忘れてしまいがちなのは、自分がライダーの平均年齢よりもずいぶん若いという事と、185cmの長身で元気で力もちであることだ。だから650ccクラスでも普段使いで難儀することはない。しかし自分のバイクを人に貸すとそのサイズを認識させられる。車格の大きいアドベンチャーモデルでは650ccクラスですら、「けっこう大きなバイク」なのだ。
一方でこの400X、見た目は堂々としているにもかかわらず、乗ると非常にコンパクトで250ccクラスと変わらず自信をもって接することができる。シートが低く、バイクとライダーを合わせた重心も低く、手の内感がある。難解なライディングモードの設定などもなく、誰でも大きいだとか長いだとか重いだとかわかりにくいといった気構えやストレスはほぼ無く乗り出せるだろう。何よりもこのサイズ感が魅力であり、欧州では(あちらでは500Xだが)大変によく売れているというのもうなずける。大陸横断はともかくとして、何にでも使いやすい良きパートナーとしてジャストサイズ、というのは先代とも共通する内容なのだが、今回のモデルチェンジでは各部の質感が大幅に向上し、フロント19インチホイールを採用したことでルックスも今まで以上に堂々としたものになったため、「使える」サイズにもかかわらずクラスレスな高級感を持っているのだ。
今までアドベンチャーは650ccクラスがベストじゃないかと思っていた筆者の考えが揺らぐ、とてもバランスの取れた400ccアドベンチャー。ライバル不在の孤高の存在だ。
変わったことと変わらないこと
400Xが新型になった際に開発者インタビューを交えてそのアップデートの数々をレポートしたが( http://www.mr-bike.jp/?p=158907 )、インプレッションに移る前に簡単におさらいしておこう。
一番の変更点はフロントホイールの19インチ化だろう。これまでの400XはNC750X同様にフロントには17インチホイールを採用しており、オフロード走行はあまり考慮されていなかったと言えるが、今回のモデルチェンジではタイヤ銘柄もよりオフロード向けのものとし、プロモーションでもオフロード走行をしっかりと謳っている。これに伴いフォークのオフセットが変更され、副産物的にハンドル切れ角も増加した。見た目には大柄になっておりホイールベースも25mm伸びたにもかかわらず、Uターン時など小回りが利くのはこのおかげだろう。リアホイールは従来通りの17インチだが、リアホイールトラベルは108から118へと伸ばされ、やはりオフロードユースを考慮している。なおリアサスはこれまでのシンプルなWチューブ式のものからシングル加圧式へとアップグレードされている。
ホイール以外では、エンジンもバルブタイミングの変更やエアファンネルのストレート化、マフラーの変更などが加えられているが、これは基本的に共通のエンジンを搭載する兄弟車種のCBR400Rと共通の変更が多く、パフォーマンスも向上しているものの、同時に各種環境規制や騒音規制に対応したアップデート項目でもある。
もう一点、高速道路での快適性を向上させるべくウインドスクリーンも従来型より20mm高くなっている。
こういった変更点を並べるとそう多くが変わった感じはないのだが、実物を見るとデザインの変更によりまるで違うバイクに見えるほどの変化で、先述したように400ccというクラスに囚われない堂々とした存在感を持っているのだ。
いざ走り出す
跨った時点で親近感を覚えるのはシートの低さ、足着きの良さだ。アドベンチャーモデルはシートがやたらと高いものも多いが、400Xはとても足着きが良い。シート高自体は800mmと先代より5mm高くなっているはずだが、シート形状が良いのだろう、むしろ先代よりも足着きは良くなっているようなイメージだ。
ステップに足をのせると、そのステップが意外に後方にあることに気づく。アドベンチャーはオフ車に近いイメージで前寄りにステップがついていることが多いが、400Xはロードモデルのように膝の曲りが強めの印象。アップハンも見た目ほどオフロード感がなく、ルックスとは裏腹にポジションは一般的なネイキッドに近いと言える。長身だとシートからステップまでが少し近いような印象もあるが、慣れれば気にならない範疇だと思う。
エンジン始動、先代に対して排気音は大きめなイメージではあるもののその音質はまろやかで、攻撃的な感じはなく安心できる。
クラッチを握るとその軽さに驚く。今回アシストスリッパークラッチが新採用され、スリッパー機能を作動させることはまずないものの、クラッチが軽くなるのは大歓迎。繋がり感も秀逸で、駆動力の伝達が思いのままできる快感がある。ホンダらしいカチッとしたミッションタッチに嬉しくなりながら、この激軽クラッチをスイッと繋ぐとトルクフルなエンジンが車体をストトッと押し出した。
19インチ感
一番の変更は19インチホイールにもかかわらず、そこまでの変化は感じられなかったというのが正直なところだ。というのも、実は先代モデルも許容度が高く多少の不整地をこなすのは可能だったからだ。そもそも400ccクラスのバイクは軽いとはいえやっぱり250ccオフ車のような軽快さはないし、価格帯を見てももはや高級車の領域にいるのだから、そこまで積極的なオフロード走行をしたいものでもない。
ただ、オフロード性能はともかくとして、19インチはオンロードにおいて確かなおおらかさをもたらしている感はある。先代よりも一回り大きいバイクに乗っているイメージで、フロントからピッピッとコーナリングしていくオンロード的ハンドリングがあった先代よりも車体全体をグイーっと寝かしていくような、ちょっと旧車っぽいようなテイストになっている。アドベンチャーモデルで長距離や不整地走行を考えると正しい進化・変化に思えると共に、オンロードにおいても安定感、安心感が増した変更といえる。
もう一つ19インチになって良かったのは、オフロードテイストのタイヤの選択肢も増えたこと。一般的なアドベンチャーモデル用の前後タイヤサイズになったおかげで、充実しているこのサイズ帯のタイヤが選び放題。普段から砂利ダートを走りたいだとか、北海道の津々浦々まで探検したいというユーザーはオフロード寄りのタイヤが選べるという意味でも楽しむ幅が広がったと言えよう。
ついでにリアについても記しておきたいが、新たにシングル加圧式サスが採用されたのは大きと思う。先代も一人で乗っている分には不満はなかったのだが、タンデムやフルパニアだととたんにリア周りが頼りなく感じる場面もなくはなかった。しかし新型はサスにコシがあり、明らかにグレードアップしているのが感じられる。見た目だけでなく乗り味も高級感が増しているのだが、それはフロントの19インチ化よりもリアサスのしっかり感が演出していると感じる。
ちなみにブレーキは前後ともシングルディスクではあるものの、ものすごく良く効くことを伝えておきたい。特にフロントはコントローラビリティも絶対制動力も非常に高く、こんなシンプルなピンスライドキャリパーのどこに秘密が隠れているのだろうと不思議になるほどだった。
エンジンが良い!
堂々としたルックスや19インチ化によるオフロード性能の向上ばかりが注目されているように思うが、今回の試乗で感動した一番のパートはエンジンである。とにかくトルク帯が広く、どこでも使えるフレキシブルさがあるのだ。先代も使いやすかったこのエンジン、今回のチェンジでは全体的にトルクが上乗せされているようで、3000回転に届かないような領域からすでに実用的なのだ。
トップギア時速60キロがおおよそ3000回転、ここからの加速でシフトダウンが必要と感じる場面はまずない。アクセルひとひねりでグイグイと車速を伸ばしてくれる。また高速道路では時速100キロでおおよそ5000回転。ここもまた、高速道路事情に合わせた加速感が得られる領域で、アクセルを開けるだけでストレスなく追い越し車線に出ていける。
数値的には3000~7000回転でのトルクを3~4%向上させているというが、この数値以上にトルクフルに感じさせてくれ、市街地でも郊外の一般道でも高速道路でも、本当にいつでもストレスなくグイグイと車体を引っ張ってくれた。ちなみに今回は様々なシチュエーションで距離を延ばしたが、燃費はおおよそ30km/L前後といったところ。トルクフルだからあまり回すことなく走れるのが要因だろうが、かなり意地悪に高回転域ばかり使って最低燃費を出そうと試みても20km/Lを割ることはできなかった。普通に使っているぶんには25km/Lを割ることも難しいだろう。レギュラーガソリン仕様で燃費が良いというのは正義である。
ライダーサイズを問わない快適性
足着きを重視するシート形状だと巡航時のお尻の快適性が損なわれることもあるのだが、400Xについてはちょっと後ろ目に座っておけばかなり快適だった。タンクの方に座ると座面積が少なくなってくるが、お尻をひけばタンデムシートとの間の盛り上がりにフィットしなかなか快適。タンデムシートも広く、タンデムグリップもしっかりしているためタンデムや荷物の積載も容易だろう。
今回20mm高くなったウインドスクリーンは筆者のように長身だと助かる変更。それでいて高速でも風の巻き込みがほぼなく、スピード域に関わらず快適性が確保されていたのが嬉しい。
一方で、こういった「使える」モデルなのだからこそ、純正でグリップヒーターやETC、シガーソケットなどは備えて欲しかったという要望もなくはない。シーズンや天候を問わず乗れるバイクだからこそグリップヒーターは快適装備としてではなく安全装備として必要だし、これだけトルクに余裕のあるエンジンだと高速道路を走る機会も多いからETCは必須装備といえる。車両価格もプレミアムな領域ということを考えると、こういった装備は当たり前のようについていて欲しかった、というのが正直なところだ。
買って間違いのない一台
数日間色々なところを乗り回せばアラも出てきそうなものだが、(相変わらず使いにくいウインカースイッチとホーンスイッチの配置を除けば)全く不満が出てこないばかりか「こりゃ本当に良いな!」とどんどん好きになってしまった400X。堂々としたルックスは排気量の枠組みを超えた存在感を持っているし、各部の仕上げはもちろん、乗り味も含めて大変高級に感じさせてくれる。どこかの性能が抜きんでているだとか、こういった場面に限っては最高に楽しい、などと興奮させてくれるような尖ったところはないが、逆にここがもう一つ……という所が全然思いつかず、スキのない仕上げに納得するしかない。週末のプレジャーライドにも、毎日のゲタにも、良きパートナーになることだろう。
ではどんな人に薦めるか。基本的には誰でも納得する作り込みだと思う。
リターンライダーが最初に選んだとしたら、高速道路でも不満なく、リターン仲間に自慢できる高級感があり、それでいて大変に乗りやすく足着きも良いから怖い思いをすることはないだろう。
アドベンチャーモデルを検討している人にも薦められる。長距離走行の快適性は確保されているし燃費もよく航続距離も長い。リアサスのグレードアップのおかげもあり、重積載やタンデムも大丈夫だし、あらゆる道、あらゆる地域で楽しく、機能的なライディング体験を提供してくれるだろう。
初心者でもOKだ。見た目こそアドベンチャー感があるが、ライディングポジションはロードモデルに近いため教習所で慣れたバイクから乗り換えても違和感はないと思う。ただ若いライダーにとっては価格的なハードルがあるかもしれない。
そして、最後のバイクを探しているアナタ。これが答えかもしれない。最後に一台、良いのを買いたいというシニアライダーの声を聞くことがあるが、400Xなら無理がなく、それでいて様々なバイクを知っている熟練ライダーでもアラを見つけることは難しいと思う。
ということで、試乗を通して400Xは誰にでも薦められる、無理のない、良いバイクであると確信することができたと共に、日本の走行環境においては650ccクラスアドベンチャー以上にジャストフィットに思えた。「なんかいいバイクないかなぁ」などとボンヤリ考えている人も、是非とも乗ってみて欲しい一台である。
(試乗・文:ノア セレン)
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