2019年7月26日

パオロ・イアニエリのインタビューシリーズ第10弾 ファビオ・クアルタラッロに訊く

パオロ・イアニエリのインタビューシリーズ第10弾 ファビオ・クアルタラッロに訊く ライバルから走りを学び、経験を積む“冷静”なゴールデンルーキー

たしかに彼の右腕は腫れ上がっているようにも見えた。

「医師は問題ないと言ってくれているし、僕はその言葉を信じているよ。まだ少し痛みがあるから、手術以降まだ本格的なトレーニングをしていないんだけどね」 

ファビオ・クアルタラッロ(Petronas Yamaha SRT)のインタビューは、そんな会話から始まった。今季からMotoGPに昇格してきたゴールデンルーキーのシーズン前半は、3回のポールポジションと2戦での表彰台という成績で折り返した。腕上がりの手術直後のレースとなった第7戦カタルーニャGPで2位、次戦の第8戦オランダGPはレース中盤までトップを快走する内容で3位を獲得、と上々の内容だ。

■インタビュー・文:パオロ・イアニエリ 
■翻訳:西村 章
■写真:YAMAHA
ファビオ・クアルタラロ

#20 ファビオ・クアルタラロ
(Fabio Quartararo)
国籍:フランス
生年月日:1999年4月20日
所属チーム:PETRONAS Yamaha Sepang Racing Team

主な成績
2015年 世界選手権Moto3 ランキング 10位
2016年 世界選手権Moto3 ランキング 13位
2017年 世界選手権Moto2 ランキング 13位
2018年 世界選手権Moto2 ランキング 10位

―CEV(FIM CEV レプソルインターナショナル選手権)を走り始めた頃から、あなたは注目の的でしたね。

「CEVに参戦した初年度の2013年に総合優勝して、翌年の2014年も連覇できた。高く評価してくれた人たちもいたけど、まだマイナーカテゴリー時代の話だよね」

―きっとその当時から、かなりのプレッシャーだったのではないですか。

「Moto3初年度の2015年が、特に厳しかった。シーズン2戦目のオースティンで表彰台を獲得し、第5戦のル・マンでポールポジションを獲ったので、その頃からマルケス二世と言われはじめた。そんな評判は、僕にあまり良い効果をもたらさなかった。以後は何度も転倒して、チームも移籍を重ねた。2016年は特に大変だった。結果を残せないし、バイクとチームにもいろんな問題を抱えていた。僕に対する評価が下がっていくのは、辛かったね」

―自分の才能に疑問を感じたりしましたか?

「それはないね。いいバイクさえあれば、絶対に結果を残せると思っていたから」

#20

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―ドゥカティのチームマネージャー、ダビデ・タルドッツィはずっとあなたを高く評価していましたよ。

「うん、そのようだね。彼のことはあまりよく知らないんだけど、2016年からずっと、落ち着くようにと言ってくれて、自分でもそれを実践してきたんだ」

―あなたは、ごく普通の中流家庭出身ですね。

「レースを始めた最初の頃は、いろんなことを犠牲にしなければならなかったよ。2007年から2012年まで、スペインでトレーニングやレースをするために、父は何十万キロも車を運転してくれたんだ。毎週500キロ以上の距離を移動して、ときには3000km以上走ったこともあったよ」

―学校にも通えなかったでしょう。

「うん。どっちにしろ、学校はあまり好きじゃなかったけどね」

―あなたはフランス生まれですが、シチリアの血も引いているそうですね。

「ファミリーヒストリーについては、あまり良くは知らないんだけど、どうやらパレルモ近郊の出身らしいんだ。だから、シチリアにはいつか行ってみたいと思っている。家では、祖父母はフランス語とイタリア語のちゃんぽんで喋っているし、祖母のきょうだいはフランス語を話せないんだ。だから、僕も彼らと話すときはイタリア語だよ」

―御父君のエティエンヌさんは、いわばあなたの最初のファンですが、今までの多大な苦労も報いられたようですね。

「ここまでの成績には皆が驚いていると思うけど、誰よりもビックリしているのは僕自身なんだ。今年の目標はルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得すること。ランキングは9位や10位でも、充分にいい結果だと思う。ヘレスでは、初めてポールポジションを獲って、決勝でも中盤まで2番手の位置を走行できた。次のル・マンでもいいペースで走れたし、ムジェロ、バルセロナ、アッセンでも調子よく乗れている。次のステップが見えてきた感じだよ」

#20

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第4戦スペインで初ポールポジションを獲得。第7戦カタルニアでは2度目のポールを獲得、決勝では初表彰台となる2位。

―レースで勝つために、足りないものは何ですか?

「経験だね。スピードは発揮できていると思うんだ。アッセンでも途中までレースを引っ張って、もっとうまく戦うためにはどうすればいいかということがわかってきたし、マルクの後ろについて走ることでいろんなことを学べたよ」

―MotoGPへ昇格できるかも、と思ったのはいつ頃なんですか?

「去年のアッセンで2位に入ったあと、マネージャーと車で帰宅する途中に、ペトロナスとヤマハが作るチームに入れるかも、という話を聞いたんだ。『それは実現性のある話なの、それともただのアイディアレベルの話なの?』と訊ねると、プロジェクトはすでに始動しているので真剣に検討してみてほしい、ということだった。その場で即答したよ。だって、ジョアン・ミルはすでにスズキと来季の契約を発表していたから、僕もチャンスを逃したくなかったんだ」

―そして最高峰デビュー後、たった4戦で皆に注目される選手になり、あっという間に表彰台を2戦続けて獲得しました。

「3戦でポールを獲れたしね。バルセロナで表彰台に登ったことで、気持ちがラクになった。僕が速いのは土曜までだ、と言われているのは知っていたけど、そうじゃないことを証明できたからね。一発タイムを狙うのも好きだけど、決勝レースでもうまく走れるようにがんばっているし、バルセロナとアッセンではそれをしっかりと示せたと思う」

ピット

表彰台

第8戦オランダでは3度目のポールポジションを獲得。決勝では3位表彰台。

―ロッシ選手やヴィニャーレス選手は戦々恐々としているでしょうね。

「ヤマハのマシンはとてもいいバイクだ。M1は、短所もなくはないけど、長所がたくさんある。ムジェロのようなコースでは直線で苦労するのは事実だけど、それでもものすごくいいバイクだよ」

―ファクトリーチームで走るという夢が近づいてきましたね。

「そんなことは考えてもいないよ。今のチームは、僕のライダー人生でも完璧な場所だと思っている。僕が今、取り組んでいるのは、もっとうまく走ること、ピットボックスでもっとうまくコミュニケーションを取っていいバイクに仕上げていく、ということなんだ。それ以外のことは、まだずっと先の話だよ」

―マルケス選手がMotoGPに昇格したとき、彼はあっという間にパワーバランスを変えてしまいました。あなたも彼と同じようなことをできると思いますか?

「あんなふうにはできないよ。僕はもっとシンプルに、僕の道をゆく。自分の望む方向をチームとしっかり話し合いながら、自分たちの進むべき方向に合わせこんでいくんだ」

―自分自身の性格を、簡単に描写してみてください。

「友だちと外で遊ぶのが好きだね。遅くまでツルんでいるけど、極端に夜更かしはしない。家に籠もっているのはあまり好きじゃない。旅をするのも、好きだよ」

―今まで行ったなかで、お気に入りの場所はどこですか。

「シドニー。三日間過ごしたんだけど、とても楽しかった。バリ島にも行ってみたいね」

―今シーズンの課題は何ですか?

「何事もやり過ぎないこと、かな。今のところはうまくやれていると思う。たとえば、マレーシアのプレシーズンテストでは、バニャイアが僕より1秒2速かったけど、僕たちは落ち着いて自分たちのプランを進めていった。このやりかたが、今年の僕たちのテーマなんだ。もちろん、レースでは最終ラップに110パーセントの力を発揮できることを目指すよ。予選までにバカな失敗をしないことも大切だね」

―自分の長所は何だと思いますか?

「合理的で冷静なところかな。もちろん誰よりも前を走りたいし、自分にはそれをできることも証明できたと思う。でも、いつも落ち着いてクールに状況を見極めることが大切なんだ」

―自分のお手本にしている選手はいますか?

「誰からも、何かしら学ぶことがあるよ。マルクの攻めの姿勢はすごく勉強になるけど、ヤマハの乗りこなし方に関してはホルヘから多くのことを学んだ。彼はすごい選手だよ。プラクティスで区間ベストタイムをどんどん更新していったあの走り方は、圧倒的だね。ヤマハのバイクは、アグレッシブさと同時に優しく丁寧に扱ってやることがコツなんだ」

#99

―ファビオ・クアルタラッロはやがてマルク・マルケスを追いつめるでしょうか?

「そうなりたいね。いつも、もっと速く、さらに速く、ということを目指してがんばっていて、ここまではうまく進めてきたと思う。あまりやり過ぎて燃え尽きてしまわないこと、が大切だね」

#20

【パオロ・イアニエリ(Paolo Ianieri)】
国際アイスホッケー連盟(IIHF)やイタリア公共放送局RAI勤務を経て、2000年から同国の日刊スポーツ新聞La Gazzetta dello Sportのモータースポーツ担当記者。MotoGPをはじめ、ダカールラリーやF1にも造詣が深い。


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