2019年7月12日
鈴鹿8耐Preview 『8耐の夏がやってくる。』
■取材・文:佐藤洋美 ■写真:赤松 孝
■写真協力:YAMAHA https://www.yamaha-motor.co.jp/mc/
鈴鹿8時間耐久レースの季節がやってきた。“日本最大のバイクイベント”、“真夏の祭典”と、鈴鹿8耐を表す言葉は多い。バイクファンの多くが、この時期、どこかソワソワと落ち着かない気持ちになるのは、1978年から始まったこの大会が、独自の存在感を持って時代と共に変化し、数多くのドラマを生み、さらに耐久とは名ばかりの8時間のスプリントレースとして進化して来たからだ。その勝利は、MotoGPチャンピオンに匹敵する価値があると言われ「鈴鹿8時間耐久優勝はライダーの勲章だ」と世界中からトップライダーたちが集結する。
今年はどんなドラマが生まれるのだろう。
ヤマハファクトリーは、テック21カラーを復活させ鈴鹿8耐5連覇に挑む。テック21は、資生堂の男性化粧品で平 忠彦(1983年~85年全日本500チャンピオン)をイメージモデルに起用した。起用直後はライダーであることを伏せていたが、最終的にはライダー・平 忠彦を全面に出し広告展開。1982年に大藪春彦の小説「汚れた英雄」が映画化され、平が主人公(草刈正雄)の吹き替えを務めたこともあり、平人気は一大ブームとなる。
日本のヒーロー平と、ロードレース世界選手権(WGP)500ccクラスで1978年から1980年までV3に輝き、欧州で絶大なる人気を誇り、キングと呼ばれたケニー・ロバーツが組んで1985年の鈴鹿8耐に参戦することになった。それも、ケニーは、1983年にフレディ・スペンサー(1983年、85年WGP500ccクラスチャンピオン)と激闘を演じ、ライダーとして絶好調の時期に引退していた。もう、ケニーの走りを見ることは叶わないのだと絶望していたファンにとっては、まさにドリームチーム誕生だった。
鈴鹿には15万5~6千人もの観客が詰めかけ、社会現象として多くのメディアに取り上げられ、バイクブームを象徴する出来事として語り継がれることになる。この時のカラーリングがテック21だった。バイクのカラーリングとしては異色の薄紫のマシンが、優勝目前でストップ、トラブルによりリタイヤとなった。その後、平は1990年まで戦い続け、悲願の勝利を飾る。資生堂は応援し続け、平と共に走り続けたのだ。今年、このカラーリング復活に平は資生堂への感謝を口にした。
今年のラインナップは全日本JSB1000の中須賀克行、ワールドスーパーバイク(WSB)のアレックス・ロウズ(英国)、そしてマイケル・ファン・デル・マーク(オランダ)だ。この3人は、同メンバーで過去3度勝利しており、ヤマハ陣営の絶大なる信頼を得ている。だが、第7戦イタリアでマイケルが右手首と肋骨を骨折、鈴鹿8耐本番まで約1ヵ月という時期でのケガという微妙な状況にある。鈴鹿8耐レースウィークの金曜日までライダー変更は可能なため、ヤマハはギリギリまで参戦ライダーを悩むことになりそうだ。代役として全日本JSB1000の野佐根航汰の名が上がっている(http://www.mr-bike.jp/?p=161548参照)。6月末の非公式テストにマイケルは現れず、中須賀、アレックス、野左根がテスト参加していた。アレックスはケニーのトレードマークである鷲のヘルメットデザインで現れ、ケニーに敬意を表した。どんな陣営になるにせよ、ヤマハの5連覇必勝態勢は変らない。
2018年にホンダワークスが10年ぶりに復活。全日本タイトルと鈴鹿8耐優勝を掲げ、元MotoGPライダーであり、鈴鹿8時間耐久最多勝利5勝の宇川徹監督で走り出したホンダだったが、ヤマハの中須賀克行の全日本8度目のチャンピオンを許し、鈴鹿8耐4連覇を阻止できずに惨敗した。
今年の鈴鹿8耐にはMotoGPを引退したダニ・ペドロサがやってくると盛り上がったが、KTMのテストライダーに収まったことで実現できず。6月下旬にはホルヘ・ロレンソが自身のツイッターで日本へ行くとつぶやき、鈴鹿8耐公開テストにやってくるのではと噂されたが、別の用事ということで空騒ぎに終わった。昨年参戦した中上貴晶は一時、古巣のハルク・プロから参戦の情報もあったがMotoGP優先となり参戦なし。
今季からワールドスーパーバイク参戦を開始した清成龍一の起用が発表された。清成は鈴鹿8耐4勝を誇る強者。エースライダーの高橋巧は、鈴鹿8耐過去3勝しており、ふたりは過去2度組み、2010年優勝、2012年はリタイアだが、高橋巧は「誰と組みたいか」の質問に、常に清成の名を上げ続けて来た。高橋巧は、その理由を「清成さんとなら勝てるから」と答え続けた(http://www.mr-bike.jp/?p=160162参照)。第3ライダーにはMotoGPテストライダーのステファン・ブラドル(ドイツ)とMoto2の長島哲太がオーディションに参加。ふたりは、ほぼ変わらないタイムを叩き出したが、ブラドルがその座を射止めた。ブラドルは、過去にTSRで鈴鹿8耐参戦することが決まっていたが、中耳炎で飛行機に乗れなくなったと参戦が取りやめになったことがあり、ちょっと心配だが、ホンダはこの3人が「勝てる体制」だと判断、28回目の勝利を目指す。
今季、カワサキも、遂に2001年以来となるワークスチームを復活させた。昨年WSB4連覇を誇るジョナサン・レイ(英国)が参戦し、話題となった。今年はWSBでの苦戦も伝えられ、鈴鹿8耐に来る、来ないと騒がれていたが「カワサキのために、勝つために決断した」と第1回8耐テストにやって来た。レオン・ハスラム(英国)にトプラック・ラズガットリオグル(トルコ)のラインナップで挑む。レイとハスラムは幼馴染で、絶大なる信頼を寄せる間柄。レイは、公開テスト1回目のみの参加だが「レオンが、僕のボスみたいなものだから、彼に任せておけば安心」と語った。ニューエンジンを搭載し精力的なテストを行った。2回目のテストにはレオンとトプラックが参加。トプラックは、昨年の全日本最終戦鈴鹿にスポット参戦、いきなり2分6秒台を叩き出し、注目を集めた。しかし直後に転倒して本戦走らず、幻のライダーだったが、テストではレオンと変わらないタイムで、存在感を示した。レイはワークスチームとなり「技術者が増え、力強いサポートが得られてチーム力がアップしている」と語った。体制強化し26年ぶりの勝利を目指す。
鈴鹿8耐になくてはならない存在がヨシムラだ。エンジンチューニングにおいて神の手を持つと言われたポップヨシムラ(故吉村秀雄)が第1回鈴鹿8耐で強敵のホンダを破り勝利、この劇的な展開が町工場・ヨシムラvs巨大ワークスホンダの図式を象徴、大きな者を弱者が倒すという物語が鈴鹿8耐の核となり、強いワークスチームにプライベーターたちが立ち向かう戦いが多くのレースファンの胸を焦がし続けている。
第1回から唯一参戦しているヨシムラは“8耐参戦”を命題としており、熱狂的なファンを持つ。昨年はレースウィークギリギリまで参戦ライダーを決めなかったが、今年はエースゼッケン12にちなみ、6月12日に体制発表。電撃移籍で自らが代表を務めるチームカガヤマからヨシムラに移籍した全日本JSB1000の加賀山就臣、ヨシムラ2年目を迎える渡辺一樹、スズキのMotoGPテストライダーのシルバン・ギントーリ(英国)で挑む。
加賀山は「鈴鹿8耐までにマシンを仕上げて優勝を狙う」と目標を定め、全日本を戦って来た。ポップヨシムラの孫でもある加藤陽平が監督就任した2007年、加賀山は鈴鹿8耐にヨシムラから参戦し優勝を飾っている。ヨシムラ最後の優勝は10年前、雨の鈴鹿だった。ヨシムラが5度目の勝利を目指す。
ヤマハ体制発表会で辻幸一MS統括部統括部長が「ライバルに対抗するためには220周という高い目標を掲げ、YZF-R1をさらにパワー、燃費、信頼性を向上させている」と語った。
ホンダは「打倒R1」を目指してモデルチェンジを果たしたホンダCBR1000RR SPを駆る全日本JSB1000で高橋巧が絶好調、鈴鹿では2分3秒874という驚異的なタイムを叩き出している。宇川徹監督は「220周で勝てるとは思っていない」と更なる周回数を課していた。
カワサキZX-10RRを駆ったレイは、昨年の鈴鹿8耐でカワサキ23年ぶりとなるポールポジション(2分5秒303)を獲得、そこから、更に熟成が進んでいる。
ヨシムラが駆るSUZUKI GSX-R1000Rも、加賀山は「シーズン当初の方向性から、更にマシンを見直しポテンシャルアップに取り組んでいる」と語る。
最多周回数は2002年に加藤大治郎とコーリン・エドワーズが、ホンダVTR1000SPWで記録した219周。この時2輪シケインはなく、サーキット全長は現在よりも短く、更にホンダは、通常のピットインが7回のところを6回とする挑戦を成功させての記録だった。速くて燃費のいいVTR1000SPWだからこそ成し得たと言われており、現在の主流であるインライン4エンジンでは、燃費の面で219周すら厳しいというのが一般的な見解だ。
だが各メーカーは新記録達成を目指している。全日本を見る限り、ライダー、マシンのレベルアップは著しく、上位5~6台が予選でレコード更新が続いている。耐久仕様となれば、タイムは落ちるが、天候によっては新記録となる周回数達成への期待も高まっている。
※追記:戦うのはライバルだけではなく、年々、上昇する気温、酷暑との戦いもある。ピットから、1コーナーを見ると陽炎が立ち、幻想的な風景が広がる。革ツナギにヘルメット着用で熱いエンジンをかかえて1時間近くも走行するライダー、そしてピットレーンで働くメカニックたちは耐火素材のツナギ、ヘルメット着用が義務つけられている。メディアも同様で、ピットレーンの取材はツナギ、ヘルメット着用だ。オフィシャルもピットではツナギを着込みヘルメットを被る。観客も、汗だくで熱戦を観戦するのだ。戦う者も、支える者も、見守る者も、耐久。だからこそ、鈴鹿8耐の勝利は輝くのかも知れない。
勝者への尊敬と感動で胸をいっぱいにして見上げるチェッカー後の花火が綺麗に見え、解き放たれた気分になるのは、辛いからなのかなと、最近、思う。
(取材・文:佐藤洋美)