2019年7月10日
青木拓磨が二輪でサーキットに戻ってくる! 拓磨が二輪に再び乗った、その最初の走行がこれだ!
青木三兄弟が、今年の鈴鹿8耐に戻ってくることが発表された。1997年のテスト中の事故による脊髄損傷によって車いす生活を余儀なくされている青木兄弟の次男、青木拓磨が、なんとCBR1000RRで鈴鹿を走るというのだ。
青木拓磨(Takuma AOKI)
青木三兄弟の次男として1974年に群馬県で生まれる。兄弟とともに8歳からポケバイに乗り、以後ミニバイクを経て、1990年からロードレースに挑戦。1995・1996年の全日本ロードレース選手権スーパーバイク・クラス連覇。翌1997年にはロードレース世界選手権(WGP)にフル出場。戦闘力の劣る「ホンダNSR500V」で表彰台を獲得しランキング5位。「今年はチャンピオンを獲れるのではないか?」という期待が高まっていた1998年シーズン前テスト中の事故によって脊髄を損傷し下半身不随となり、その後車いす生活を余儀なくされている。しかし、レース・フィールドを四輪に移し、パリダカ(ダカールラリー)参戦、そして2020年にはル・マン24時間レース出場に向けて精力的に活動を行っている。また、身体障がい者のモータースポーツ参戦へのハードルを取り除く活動にも積極的に取り組んでいる。
その拓磨だが、現在は車いすレーサーとして、さまざまな活動を行っている。知られたところではレン耐やHARUNAシリーズ、Takuma-GPカップのプロデュース、そしてN-ONEでのワンメイクレースからスーパー耐久シリーズ、ダカールラリー、GTアジアといったレースに参戦。アジアクロスカントリーラリーにはこれまでに12年もの参戦を続けている。さらに世界三大レースと呼ばれる「ル・マン24時間レース」への挑戦を目指し、現在、そのル・マン本戦への参加資格を取るため、欧州での「ウルティメイトカップ」シリーズに参戦を続けてもいる。
ただ、現在のレース活動についてはすべて四輪である。そんな中で、今回立ち上げられた企画が、拓磨が二輪に乗って鈴鹿を走るというものだ。世の中には二輪車に乗ってサーキット走行を楽しむ身体障がい者が存在しており、動画サイトなどにもそんな動画が上がっている。
そこで、青木兄弟が「これだったら拓磨も走れるんじゃないだろうか?」ということで、この企画がスタートした。そして、この企画は三兄弟がそろって活動をするということも注目のポイントだ。なんといっても事故後は3人で活動を行うことがなかったのだから。
今回の発表からさかのぼることひと月強。5月末のある日、青木兄弟は千葉にある袖ケ浦フォレストレースウェイに集合していた。この企画がトントン拍子で進んでいく前に、拓磨が実際にバイクで走れるのかどうか、を確認するためだ。拓磨は、今回の発表までに何回かのテスト走行を行っているが、これが拓磨にとって、21年ぶりの二輪初走行である。
使用する車両は三男・治親の所有するホンダCB1000R(SC60)。これのステップを交換する。通常のステップからスポーツ自転車にも採用されているビンディングのついた特殊なステップに付け替え、拓磨のライディングブーツにクリートを取り付け、これで足を固定する。またシフト操作はできないので、ボタン式のシフターをハンドル横に設置。シフトアップとダウンはこのスイッチを押すだけでクラッチを握ることなくシフト操作が可能となる。フロントブレーキは右手で操作が可能だが、リアブレーキ(右足側のペダル)は間に合わなかったので、暫定的に制動操作はフロントブレーキのみという状態だ。
サーキット走行ということで、このために用意された新品のセパレートタイプの革ツナギに拓磨も袖を通す。「ツナギってこんなにきつかったっけ?」と21年ぶりの走行となる拓磨にとって、もちろん21年ぶりの革ツナギだ。上半身はまだしも、いうことの利かない下半身にパットの入ったツナギ、さらには、ブーツと装着も手間がかかる。このツナギと苦戦をしながらもなんとか着替えを終える。それでも拓磨は上機嫌だ。普段からも常に明るく振舞っている拓磨が、見たことのないほどの笑顔で、ツナギの感触を確かめている。
装備に着替えてからも、もちろんバイクにまたがるのも大変な作業。現場に集結した最少人数の関係者(記念すべきタイミングだということで元全日本チャンピオンの松戸直樹さんも駆けつけた)総出で拓磨を担ぎ上げ、車いすからの移乗を行なった。
バイクに乗車した拓磨は、すぐにエンジンを掛けると、早くもコースイン。スタッフだけでなく、たまたまこの日その場に居合わせた四輪走行会参加者らピットにいた誰もが彼に拍手を贈っていた。
最初は極めて慎重にコースを確認するかのように走り出した拓磨。上半身だけでの操作となるため、多少ぎこちなかったものの、周回を重ねるごとに、徐々にスピードを上げていく。ピットやコースサイドで見守る兄弟とスタッフは「転倒しないだろうか?」と冷や冷や。しかし、元GPライダーは無事に何事もなく走行を終えた。
満面の笑みでバイクを降り、車いすに収まった拓磨が「久しぶりに風を感じた」と話す。彼の表情がそのすべてを語っていた。なにかコメントでも貰うべきだろうが、こちらのほうが泣き出してしまいそうで、とてもコメントをもらうことはできなかった。
3人は、さっそく本番に向けて、ステップの取り付け角度や、シートクッションなどの改善点の協議を始め、それぞれのスケジュールを確認し、次の走行までに改善を行うことなどをチェックしていく。3人がそろって、この同じ企画について話し合う、そんな姿もほほえましい一日であった。