2019年6月5日
ムジェロ徒然草 「イタリア尽くし」な1日
レポートを読むとサーキットで起きていたことの内情や各チームの新パーツなどを知ることができ、改めてMotoGPへの興味がそそられてきたのですが、今シーズンは西村さんの現地直送レポートを毎戦お届けすることができず、例えば衛星放送でレースを見ていたとしても、お馴染みの切り口の情報が得られないことによる物足りなさを感じているファンの方もいらっしゃることでしょう。このページ担当もそのひとりです。というワケで今回、イタリアGPの舞台、ムジェロ・サーキットに赴いた西村さんより「MotoGPはいらんかね?」の続編ということでレポートをお願いいたしました。何と、MotoGPクラスはすべてがイタリア尽くしの凄い1日だったようです。
文・写真:西村 章
写真:Ducati/Suzuki/Honda/Yamaha
はいみなさんどうもこんにちは。すっかりご無沙汰してしまって申し訳ありませぬ……、というわけで数戦ぶりにレースの現場へやって参りました。
今回の舞台はイタリアGP、トスカーナの山中にあるムジェロサーキット。二輪ロードレースが国技のような国だけに、シーズン中で最も盛り上がる会場のひとつである。
イタリアGPのレースウィークは、各クラスに数多く参戦するイタリア人選手たちに本気モードのスイッチが入り、ホームグランプリを記念したスペシャルカラーのマシンやツナギ、ヘルメットなどがあちらこちらでお披露目されて、華やかさにさらに拍車がかかる。特にスーパースター、バレンティーノ・ロッシ(Monster Energy Yamaha MotoGP)の創意工夫を凝らしたヘルメットのアイディアは毎年最も大きな注目を集めるが、今年はイタリアントリコロールをベースとしたモノで、予想外にやや地味な印象もあった。
そのロッシヘルメットよりも、今大会のナンバーワンスペシャルヘルメットという個人的な贔屓目だけではなくパドックでも大いに注目を集めていたのが、Moto3に参戦する鈴木竜生(SIC58 Squadra Corse)のシッチパパメットである。これはいろんな選手が様々な機会で披露してきたスペシャルデザインのなかでも、近年屈指のひとつだと思うのですがいかがでしょうか。
で、日曜の決勝レースには8万3761人の観客が来場。その大観衆の前で優勝を飾ったのがダニロ・ペトルッチ(Mission Winnow Ducati)。イタリアGPでイタリア製マシンを駆るイタリア人ライダーが、そのメーカーのホームコースでキャリア初優勝を遂げたのだから、盛り上がらないわけがない。しかもこの日は、”Festa della Repubblica Italiana”というイタリアの共和国記念日。イタリアの人々にとっては、何重もの意味で記念すべき一日になった、というわけだ。
ペトルッチの過去の成績を振り返ると、初表彰台は2015年のイギリスGPで獲得した2位。2017年にはオランダGP とサンマリノGPで2位に入り、ここムジェロのイタリアGP と日本GPで3位入賞を果たしている。また、昨年はフランスGPで2位。いつもあともう少しのところで優勝に手が届かなかっただけに、今回の勝利に感極まるのもむべなるかな、である。ドゥカティサテライトのプラマック時代にムジェロで3位を獲得した際は、「もし昨日、『日曜に表彰台をくれる代わりに何か差し出せ』と言われていたら、きっと家を売るのもためらわなかったと思う」「レース前にプラマックのボスから『ムジェッロではがんばれ』と激励されたので、『じゃあいっそ金で表彰台を買っちゃいましょうよ』と返答した」と周囲を笑わせるユーモアの持ち主で、多くの人から愛される人物である。
その一方ではかなり無茶なオーバーテイクをするという批判も浴びがちで、過去には、現在のチームメイトのドヴィツィオーゾを真剣に怒らせたこともあった。「いつもレースディレクションに呼ばれているし、イエローカードのコレクションもたくさんあるから、今回は誰にも誰にも接触しないようにしたよ」と語ったのは、2位に入った2017年のアッセンでのことである。
この独特のユーモアのセンスからも窺えるとおり、彼が好人物であることは間違いなく、パドックでは多くの人々に愛されている。今回の優勝後も、昨年までの所属チームのプラマックのスタッフたちが祝福に駆け寄ってきたり、2位に終わったマルク・マルケス(Repsol Honda Team)とチームメイトのドヴィツィオーゾが率先して彼の優勝を称えていたところにも、その愛すべき人柄の一端がよく表れている、といえるだろう。
ちなみに、ドゥカティは去年と一昨年もこのイタリアGPを制している。しかも一昨年はドヴィツィオーゾが、昨年はロレンソが、ムジェロ-モンメロの連勝を果たしている。さて、ペトルッチは次戦、果たしてどんなレースを見せてくれるのか乞御期待、である。
ペトルッチ、マルケス、ドヴィツィオーゾ、というトップスリーと最後まで激しいバトルを続けながら、今回は0.197秒差で惜しくも表彰台を逃してしまったのが、アレックス・リンス(Team SUZUKI ECSTAR)。
「このコースは直線が長いので、自分たちには厳しいと思っていた。でも、今日は勝てるリズムがあると思っていたので、チェッカーを受けたときはとても悔しかった。直線の長い不得手なコースで4位という結果だから、上々だと思う」
と冷静にレースを振り返った。
「チャンピオンシップの面では、現状はマルクとドビが少し抜けているけど、僕たちも88ポイント(でランキング3番手)だし、シーズンはまだこれからが本番。特に後半戦は自分たちの得意コースが続くので、がんばりたい」
と話し、「もし今年チャンピオンを獲れなかったとしても、来年は勝てると思う」と力強い言葉も発した。去年の後半から着実に強さを発揮しているスズキは、いまやトップチームと言っても差し支えない強豪陣営である。
今回5位に入ったのは日本人選手の中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)。昨年の最高峰クラス昇格以来、今回がベストリザルトになった。しかも、トップが潰れて繰り上がった上位フィニッシュではなく、序盤からしっかり先頭グループについてゆき、安定したペースで走り続けて着実に前の選手をパスしていった結果の、真正5位である。
「今回はスタートがうまく決まりました。レース序盤のポジションアップがずっと課題だったのですが、今回は序盤から集中して走れることができて、トップグループについていき、タイヤもうまくマネージできました。序盤からこの位置につけることができていれば、いつもインディペンデント勢のトップにつける自信はあります」
と語る充実した表情からも、今後の戦いに向けて良い手応えと自信を得た様子が窺えた。とくに今回は、チームメイトで2019年型マシンに乗るカル・クラッチロー(LCR Honda CASTROL)との直接対決を制して、初めて彼の前でゴールした、という点でも意義が大きい。
「一番最初のライバルであるチームメイトの前でゴールできたのは、良かったと思います。レース後にカルと話すと、どうやらリアタイヤに問題があったらしいということだったのですが、それでも、よくやったと走りを評価してくれました。バイクも違うし様々なレース環境が違うのですが、カルには勝ちたいと去年からずっと思っていました。去年はとても彼の前でレースを終えることなどできなかったのですが、今年は自分たちのパッケージもいいし、経験を重ねているぶんだけ、できれば何戦かはカルの前でゴールしたいという強い意志を持っていました。とはいえ、ここは直線も長くてコースレイアウト的にも厳しいので、まさかムジェロでそれを達成できるとは予想していませんでした。今後も、何戦かカルの前でゴールをできるようにがんばります」
さて、問題はこの人、バレンティーノ・ロッシである。土曜の予選ではQ1から浮上できずに6列目18番手スタート。決勝レースが始まってもペースを上げることができず、5周目に前にいたジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)を抜こうとして後ろから突っついてしまい、ともにコースアウトして最後尾に後退。そこから少しでも浮上をを狙っていた8周目にアラビアータ二個目でさっくり転倒してリタイア、と、なんだかもう一事が万事ダメダメで、「藁打ちゃ手を打つ」状態。
じつはロッシとホームコースのムジェロの間には魔法のような相性があり、2002年から2008年までは7年連続して優勝を飾っている。その後も、2017年には4位、2018年は3位表彰台を獲得。しかし、なかにはうまく行かない年ももちろんあるわけで、たとえば2016年もリタイアでノーポイントレースになった年だった。このときは2番手走行中の9周目にエンジンブローが発生、というアクシデントが原因なので、今回とはかなり事情が違う。
ロッシは今回のレース終了後に、「2016年は本当に悔しくてがっかりした」と、そのときの出来事との比較で、今回のレースについて述べた。「あのときはポールポジションからのスタートで、速さもあった。何年かぶりで勝てるレースだったけど、エンジンが壊れてしまった。だからすごくがっかりしたけど、すくなくともあのときの自分は速さがあった。だからまだ希望もあったけど、今回は遅かった。その意味で、今日のレースは悔しいというよりもむしろ寂しさを感じる。そこが大きな違い」
なんともやるせないコメントだが、「今は厳しいけど、少なくともシーズン序盤は優勝に近いところで戦えていた。だからさらに集中して取り組み、がんばりたい」と、諦めきってはいないという意思表示も示した。
また、2016年以降のヤマハは、シーズン序盤はそこそこライバル勢に互した戦いをするものの、中盤戦以降になると苦戦を続けてしまう理由について、「ライバル勢は新しいマテリアルがたくさんあってセットアップにレース数がかかる一方、自分たちはそれが少ないためにベースセットアップを見いだす時間もかからないので、シーズン序盤は比較的いい状態で戦える。シーズンが進むに従ってライバル勢がバイクを合わせこみ、問題を解決してくると、自分たちは対照的にアドバンテージがなくなって厳しくなってゆく」と説明しているのだが、おそらくこの点についてヤマハの技術者に話を聞けば「そんなことはありませんよ、我々もプレシーズンからライバル勢に劣らないほど豊富なマテリアルを投入していますよ」と回答するのではないだろうか。おそらくこのコメントは、ロッシが、メディアを使ってヤマハ開発陣を外側から刺激し、マシン開発に拍車をかけさせようとしているのかもしれない、と、彼の話を聞きながらそんなことを思った。
というわけで……、本日、ここまで(『新・八犬伝』ふうに)。
西村 章:
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはMotosprintなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」受賞。
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