2019年4月17日
DUCATI Multistrada 950 S ミドルクラスのSバージョン。 待望の装備全部載せの実力を探る。
■試乗・文:松井 勉
■協力:Ducati Japan http://www.ducati.co.jp/
ムルティストラーダ 950のマイナーチェンジに合わせて上級モデルと同等の装備を搭載した950 Sが登場した。しかも1260 Sよりもぐっと抑えたプライスで日本市場にも登場。これはニュースだ。それにも増して950エンジンとの組み合わせで広がる世界を知った今、ムルティストラーダ 950 Sに太鼓判を捺さないわけにはいかなくなったのである。
進化、拡大するファミリー。
ドゥカティのアドベンチャーバイク、ムルティストラーダ。コンセプトとして掲げているのが4 Bikes in1。スポーツ、ツーリング、アーバン、エンデューロの4シーンを走るため、電子制御を駆使したライディングモードを設定、装備し、エンジン、シャーシのキャラクターを変身させることで、それぞれのシーンに合わせ込むのが最大の特徴だ。2010年、2世代目にシフトした時に掲げたそのコンセプトは、2013年にセミアクティブサスペンションを搭載したことでさらに磨かれた。3世代目が登場した2015年、そして2017年にマイナーチェンジを受けた際も、その純度を増して継承されている。
今、ムルティストラーダには4つのキャラクターがそろっている。フロントに120/70ZR17、リアに190/55ZR17というスーパーバイクと同サイズのタイヤを履き、可変バルブタイミングエンジン、テスタストレッタDVTを搭載する1260 S。その1260 Sから4 Bikes in1の「スポーツ」のパートをアップライトしたモデルが1260パイクス・ピークだ。鍛造ホイールや、テルミニョーニのマフラー、カーボンパーツを使い、MotoGPやWSBKで好調なドゥカティのロードレースのイメージを投影。その名の通り、あのヒルクライムで成功を収めた歴史も持つ。サーキットではなく、道を攻略しているのが特徴だ。
「エンデューロパート」を伸張させたのは1260 ENDUROである。フロントに19インチ、リアに17インチのスポークホイールを履き、リアタイヤも170/60ZR17と細身に履き替え、ダートを含むアドベンチャーライドを楽しめる一台に仕立てられている。30リットルのビッグタンクは行く場所を選ばない。
そして950だ。新たにムルティストラーダファミリーに昨年加わったこのモデルは、上級機種2台のいいとこ取りをした構成を持っている。ボディーは20リットルタンクの外装で、フロント19、リア17とスイングアームを含めENDUROのパーツを使う。サスペンションストロークは前後170ミリで、1260 S系と同様。エンジンはドゥカティのスーパースポーツやハイパーモタードなど主要ミドルクラスサイズモデルにも搭載されるテスタストレッタ11ディグリーエンジンだ。水冷DOHC4バルブL型2気筒937ccエンジンとなる。つまり、フレームは異なるが、見た目は同じパーツを使う1260系と同等。エンジンだけが小さい、というもの。
ライトでカジュアル、守備範囲の広さが魅力の950。
950は、1260系ほど圧倒的なプレミアム感こそないが、親しみやすい存在で、デビュー当時、MY FIRST MY LASTというキャッチコピーを付けて売り出した。上級グレードとの差はLEDヘッドライトや電子制御セミアクティブサスペンションをコンベンショナルなハロゲンライトとマニュアルでのフルアジャスタブルに置き換えられ、メーターはLCD、ブレーキ周りも上級グレードとは差があった。イグニッションキーもシリンダーにさして回すタイプを採用する点も上級モデルとは異なる部分だ。
ただ、これで十分という内容に仕上がっていた。例えば、排気量が小さい分、同じ道を走れば1260よりもアクセル開度は多めになるし、シフトチェンジの回数も増える。それが逆に走りの満足感をかもしてくれる。また、フロント19インチのハンドリングは17インチを履く1260 Sと比較すると低速からヒラリ感があり、市街地から軽快さを演出する。それは峠道でもツーリングシーンでも同様。ホイールサイズから、兄貴分のエンデューロに近い守備範囲も持つ。そのクロスオーバー性、価格により2018年、ムルティストラーダ全体の30%を売り上げるヒット作になった。
乗り味で一つ注文を付けるとしたら、電子制御セミアクティブサスペンション、ドゥカティ・スカイフック・サスペンションEVO(以下DSS EVO)は欲しかった。4 Bikes in1の真骨頂、ライディングモードでエンジン特性とシャーシ特性が変化するために欠かせない装備なだけに、オシイ! と思った。
前後170mmのストロークを持つサスペンションに不満はないのだが、ライディングモードを明確化するのに車体姿勢やダンパーの特性も変化させ、さらに走行中はストローク量を演算し適宜フィードバックするDSS EVO、ムルティストラーダをムルティストラーダらしくする大きな役割を果たしていたと思うからだ。
1260 Sと同等の装備を搭載した950 S。
人気モデルの950に1260系のような装備を付け足したら。今回紹介する950 Sは期待の一台だ。その外観で目を引くのは、新しい1260 S系同様、サイドウイング(サイドパネルをそう呼ぶ)、ライト周りをフェイスリフト。さらにライトユニットは、コーナリングランプを含むロー、ハイともにLEDライトのレンズ群が並ぶ。
メーターパネルはLCDからTFTのカラーモニターになり、その表示方法もインターフェイスがぐっとわかりやすくなった。DSS EVOの搭載や、ハンズフリーキー、クルーズコントロール、クイックシフターの装備、フロントのブレーキキャリパーはラジアルマウントのモノブロックに、マスターシリンダーもラジアルポンプとなり、見ても触れても質感は1260 Sと同様になった。
そして価格だ。比較対象を他のムルティストラーダファミリーとすると、これは相当に戦略的だ。2019年モデルのプライスリストで見ると……。
ムルティストラーダ 950
173万6000円(レッド)このモデルは受注生産。
ムルティストラーダ 950 S
196万5000円(レッド)
200万5000円(グロッシー・グレイ)
ムルティストラーダ1260 S
265万5000円(レッド)
269万5000円(アイスバーグ・ホワイト/ボルケイノ・グレイ)
ムルティストラーダ1260 パイクス・ピーク
309万9000円(パイクス・ピーク専用カラー)
ムルティストラーダ1260 ENDURO
278万9000円(レッド)
282万9000円(サンド)
1260 S以外、レッドを基本価格としてその他が4万円高になっている。950と950 Sは23万円/27万円の差だ。これは装備差を考えたら相当にお買い得に思える。
そして同等の装備となる1260 Sと950 Sが69万円~73万円差。1260パイクス・ピークとは113万4000円差、1260 ENDUROとは同じレッド同士で82万4000円差と大きくなっている。ライバルを見渡してみても、輸入車で同等の装備を持つ機種が厳密には無いため、参考程度だが、800~1000cc前後のミドルレンジのモデルならムルティストラーダ 950 Sはやや高めだがその装備比較で見たら十分に視野に入る位置にいるのが解る。
走りはじめて伝わる足の良さ。
メディアテストが行われたのはスペインのバレンシア。市街地を含む郊外への高速道路、ワインディングを含むツーリングルート、320キロで行われた。テスト車は2タイプが用意された。スタンダードなキャストホイールの一台と、欧州で販売されるスポークホイール仕様に、オプションで設定されている「パーソナライゼーション・パッケージ」と呼ばれるセットオプションから、パニアケース、グリップヒーター、センタースタンドを装備した「ツーリングパック」装備車だ。スポークホイールは国内でもオプションで選択できるという。
キャスト車に比べ、スポークホイールを選択すると、車重で5キロの増加となる。
午前中、ツーリングパックを装備したスポークホイール車で走り出す。試乗のスタートはドゥカティ・イベリカ。いわばスペイン支店か。会社があるのは倉庫街。周辺の道は流通のためコンテナトレーラーが多く走る道で、路面は荒れ所々アスファルトが掘れ粒状の小石になっている。ライディングモード、アーバンを選択して走り出す。彼の地で多いスピードバンプなども通過しつつ郊外へと向かう高速道路を目指す。こんな道でDSS EVOの足さばきは見事。路面の接地感は伝えるが、ゴツゴツやそれによる車体の揺れをほとんど吸収してくれている。フワっとした乗り心地だ。フワフワではない。フワなのだ。ダンピングはソフトに効いているのに、バネ下だけが動く感じがすごい。
その乗り心地の良さは、加減速が増えても変わらず。これまでも何度も体験してきたDSS EVOだが、その上質な乗り心地に細かな進化を感じるのだった。いくつかのロータリーを通過し、高速道路へ。ライディングモードをツーリングに変更する。それまでよりもダンパーが引き締まった印象になったのと、75馬力に制限されていたエンジン出力がフルパワー化される。アクセルレスポンスもリニアに。
120キロから130キロで流れる高速道路を淡々と進む950 S。4500~5000rpmあたりからおいしいトルクゾーンに入り、アクセルを開けた時の吸気音、加速感に気持ちよい一体感が出る。フロント19インチが持つ安定感と適度な手応えのある車線変更時の動きは、ツーリングシーンでも信頼感がある。シフトアップ、ダウンに使えるクイックシフターの存在は大きい。駆動力の途切れが少ないのは乗っていてもラク。巡航時にはオートクルーズをセットしておけばいい。どちらも「要るの?」と思われる方もいるだろうが、一度体験すると二度と離したくない装備なのだ。
路面、荒れてた?
海沿いに併走する高速道路を50キロほど走り、山に向かってランプを降りた。交通量は少なく、快適なツーリングルートだ。市街地、集落などをのぞけば一般道の制限が時速100キロとなるこちらの道。950 Sを気持ちよく走らせられる。2017年秋に試乗した950ではワインディングに入ると、ソフト目なサスペンションとブレーキング時の減速の立ち上がりがやや突発なフロントブレーキが、ノーズダイブを大きめに見せたが、ラジアルポンプ式のマスターシリンダーと電子制御サス、DSS EVOの組み合わせで、前後荷重移動を適度に保つ設定だ。安心して見知らぬ道を楽しめる。
スロットルオフで入るカーブの前半部分、ややアンダーステアを感じた950に対し、950 Sではよりニュートラルステアなのも、こうした車体姿勢の制御が効いているのだろう。とにかく気持ちが良い。この頃にはパニアケースの存在も意識の中から消え始めた。それほど走りに没頭できる。
シフトダウンして旋回し、加速する。速度域以外、道の感じが日本のワインディングにも似ている。右側通行という決定的な違いはあるが、この手の道はアドベンチャーバイク全般にとって得意分野だ。中でも950 Sは足とエンジン特性のバランスが良いこともあってマッチングが素晴らしい。さらに見た目は荒れたようにみえるのだが、サスペンションの吸収力が高く、全くそれを感じさせないのだ。
さらに軽快なキャストホイールの乗り味。
ランチタイムを挟み午後はノーマル車両に乗り換えた。すでにポジティブな印象を持っているが、午後も走り出しからさらに驚きの走りを体感することになる。言われてみれば当たり前だが、軽量なホイール、パニアケースなしなど、コーナーへの旋回の軽さが際立つのだ。ライディングモードをスポーツにすれば、その印象はさらに鮮明に。1260系と比べたら、ワインディングの脱出加速であたかも体の血液が背中側に偏るような圧倒的な剛力感はないが、スムーズに一直線にパワーが立ち上がるこのエンジンも走らせていて気持ちが良い。ここまでいいと、1260 Sのように、前後17インチというパタンも試したくなるのが人情。それほど950 Sが見せてくれた奥行きは深い。ドゥカティ・イベリカに戻ったときは、もっと走っても良かった、と思ったほど。
950 Sの魅力とは。
320キロと聞いて、長い一日になる。そう思ったが、意外にも楽しさのまま終わってしまった。950を一日走らせたときは、今日よりもう少しタフだった。これもDSS EVOがもたらした乗り味、さらには、ライディングポジションから見る眺めが1260系同様の質感にしつらえられた恩恵なのかもしれない。走ることにストレスがない。
先述したように1260系とは価格差が大きい。しかし、ボディを共用するムルティストラーダに上下関係的ヒエラルキーはなく、装備で拮抗した今、正々堂々「ダウンサイジングエンジンですから」と言えるバイクだ。
そして走りは魅力的だったことはすでにおわかりいただけるだろう。なにせ、320キロ、ほぼ1日中山道(旧中山道の読み間違いギャグを思い出すほど走ったのだ)。それを感じさせないほど。今までも多くのムルティストラーダの試乗をしてきたが、文句なしで一番だった。
となれば、装備と走りのバランス、そしてこの価格だ。1260を選んだつもりで950 Sにオプションを足していけば、自分流の一台を作ることも簡単だろう。走りも楽しみ方もマルチ。そんな950 Sなのである。
(試乗:松井 勉)