2019年4月8日
BMW S 1000 RR もっと軽く! もっと速く! そして、乗りやすく! BMWモトラッドが刻む新基準。その本気度を知る。
■試乗・文:松井 勉
■協力:BMW Japan – Motorrad http://www.bmw-motorrad.jp/
BMWが考える速さ。それは長い間、長距離を快適に信頼性をもって駆け抜ける。そんなタフさを指していた。だから80年代、世界がパワーウォーズに浮かれても、100馬力以上、バイクには不要だと公言し我が道を行く姿勢を貫いた。しかし、90年代を過ごし、21世紀になるや、自らの主張より拡大するユーザーの声に応えたストレートなプロダクトを送り出すよう変化する。その中の一つこそ、2009年に登場したS1000RRである。日本のメーカーを研究し、並々ならぬ走りを身につけたそれは、いわばいきなりデビューウインを飾るような完成度で驚きをもって市場に歓迎された。あれから10年。BMWはS1000RRの第二章を書き下ろし、我々に披露した。軽く、速く、乗りやすく。ありきたりの言葉の中に込められた技術、もたらされた性能、そして楽しさ。それがどんなものなのか。ポルトガルはエストリルで試したのである。
S1000RRとの思い出。
BMWがS1000RRを販売開始した2010年シーズン、スーパースポーツを巡る覇権は、日本の手から明らかに離れつつあった。ドゥカティ、アプリリア、KTM、そしてBMW。それまでのホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキという4強は海外勢の勢いに押され陰りが見えていた。
S1000RRに乗ったときそれを確信したものだ。その速さと乗りやすさ。その印象は、GSX-R1000をより洗練させたような乗り味で、乗り手に「今日は上手く乗れている!」という思いと、パワフルですごい。だけど、安心して走れる電子制御技術の双方を一度に見せてくれた。
最初の一台にして、すでにすごい。その後もS1000RRは、すくすくと進化を重ね、そのパワフルさ、乗りやすさに磨きをかけていった。筆者も、BMWの専門誌の仕事をする関係で、乗る機会が多く、自分の中でもスーパーバイク系の基準となった。特に、新製品のタイヤテストなど、しっかりとした電子制御が頼もしいS1000RR以外、乗りたくないと思ったほどだ。そのテスト時期はきまって1月から2月。真冬で路温も低いサーキットだったりすると、ABSやトラクションコントールを装備しないバイクには正直乗りたくないと思ったほど。雨にでもたたられたらなおさらだ。
なにより並列4気筒という普遍的なレイアウトが親しみやすく、懐深い乗り味も抜群だった。その出会いから10年近くが経過した。
そのS1000RRが変わる。試乗会の会場はポルトガルのエストリルサーキット。そのピットガレージで行われたプレゼンテーションは興味深いものだった。
『EVEN LIGHTER, FASTER, AND EASIER TO CONTROL.』
軽く、速く、そして乗りやすく。目標値は先代より10㎏軽く、ライバルよりサーキットでラップ1秒速い、というもの。それを乗りやすい車体で実現する。開発が始まったのは2015年。まさに現行のヤマハYZF-R1で性能的にも価格的にも日本製の枠を飛び越え、衝撃を与えた頃だ。
具体的に説明しよう。新型の車体は2018年モデルの208㎏から197㎏へ-11㎏軽量化されている。さらにカーボンホイールやカーボンパーツを装着するMパッケージを選べば、193.5㎏と、-14.5kgも減量されているのだ。
エンジンパワーは、199HPから207HPへ。しかし、それはただの高回転高出力のピーキーなエンジンではない。昨年発表された水平対向モデル同様、シフトカムという可変バルブタイミング機構を搭載してきたのだ。
シャーシも大胆な変更を加えている。メインフレームの形状もライディングポジション優先で細身に絞り込んだだけではない。開発者によれば、剛性面という点からみれば先代のようなコンベンショナルなツインスパー形状が一つの理想だとしながらも、ABSの小型化や6軸センサーの小型化など、搭載するあらゆるものが軽量コンパクトになった結果、慣性マスの低減がこうしたデザインでのパッケージでベストを探求できたという。
プロリンクタイプからフルフローターとしたリアサス周りも同様だ。リアサスユニットがメインフレームに近いほうが重心という点では理想だ。
しかし、先代のスイングアームを見るまでもなく、ピボットに近い位置にスイングアームのブレースにあるアルミパネルで覆われたトンネンル形状の中にレイアウトした結果、リアサスはエンジン熱の影響を常に受け、限界走行では熱ダレの影響も無視できなかったという。
なにより、ハイパフォーマンスを意味したHPではなく、この世代からBMWの四輪同様、スペシャルモデルにMの名を冠してゆくという新たな方向も打ち出された。どうやら、BMWの関係筋の話を聞いていると、このSのようなスポーティーモデルばかりか、多くのバイクにM仕様のようなもの、あるいは、HP4RACEのように、カーボン一体型フレームやカーボンホイールを纏ったスペシャルモデル、とまではいかなくても、セダン、クーペ、SUVにまで用意されているMのようにエンジン、シャーシ、内外装に至るまで特別なカタログモデルが居並ぶ四輪のような特別感すら展開されそうな予感すらする。
雨のエストリル。
期待のS1000RRのテスト当日、予報は雨。実際に雨だったのである。207馬力のパワーを、濡れた初走行のコースでトライするのはあまりにも酷だ。
最初のセッションは標準装備タイヤの一つ、ブリヂストンのS21を履いた車両で慣熟走行することになった。路面はセミウエット。雨はやんでいる。このまま乾けば、午後にはスリックタイヤにまで履き替え、搭載されたライディングモードと、国内には標準装備されるライディングモードPROに含まれる多彩なセッティングにトライできるハズだ。
これはサーキット用モードといえるもので、トラクションコントロール、ABS、アンチウイリー、エンジン特性、エンジンブレーキなどの効き具合を細かく調整し、自分と路面状況に合わせて走る、というもの。新型で可能になったこうしたパーソナライズ、先代ではレーシングキットに含まれたソフトをインストールしたラップトップから行うようなものまで含まれるという。経験者の話では、新型でできることは、コンピューターのモニターで行っていたセッティングの70%をカバーするのではないか、とのこと。TFTモニターとハンドルスイッチからそれを構築できるという。
ちなみに残り30%はと聞くと、各ギアで、どの回転数時点のパワーカーブなど、サーキットのどのカーブに合わせ込む相当細かなセッティングであり、先代でもその設定をするのが絶対条件では無かった部分だという。
ライディングモードはレイン一択。
とにかく、デフォルトで用意されたライディングモードは4つ。レイン、ロード、ダイナミック、レースだ。それにライディングモードPROで選択可能なRACE1、2、3の三つのパーソナライズエリアがあることだけを頭に入れ、レインモード一択で走り出す。
ちなみに、ロードとダイナミックでは1速、2速で。レインでは1速、2速、3速でトルクを制御したエンジンマネージメントになる。また、サーキット用のレースモードでもABSの全キャンセルにはならず、前後ともミニマムに介入する。どうしてもオフにしたい、という場合、テールランプやナンバープレートをマウンとするステーごと取り外し、その上でDCTボタンを長押しすればABSはキャンセルされる。つまり、公道では事実上キャンセルできません、ということだ。また、ライディングモードPROに含まれるパーソナライズエリアに入るには、設定前にモニターにあるRace trackというダイアログにチェックを入れるなど、自己責任ですよ、確認から始まるのも、今風だ。
話はそれたがとにかく走り出す。ピットレーンエンドから菅生のように、1コーナー内側をぐるりと180度回りメイントラックに合流する。マイルドなのだろうが、作為的なマイルドさはあまりない。ガス欠のような変なつまみ方ではない。
2周目から先導のペースが上がる。しかし、アクセルを開けていけば速度は乗るし、何より、トルク感たっぷりで5000~6000rpm前後でも爽快な加速を見せる。999㏄というより1200ccぐらいありそうな力感だ。これがシフトカム効果だろう。
セッション後半、コースになれてきた。長いストレートエンドに控える1コーナーは筑波の1コーナー的だし、3コーナーと4コーナーは岡山のダブルヘアピン風だ。気持ちよく速度が乗る裏ストレートにも、くの字のカーブがあって、全開ではいけない。その先にはもてぎの3、4コーナーのような左があって、上り下りのある短いストレートの先には減速しながら右に駆け下り、そのまま短い直線と出口は広いが、その先に菅生のモーターサイクルシケインのようなタイトなセクションが待ち構えるから、道幅一杯には左に脱出できない……。極めつけは最終コーナーで、これがまたクリップが解らない筑波の最終をもっと長くしたような感じなのだ。
エストリルは日本のサーキットのややこしいセクションで構成されたかのようなコースだ。
そこをS1000RRは抜群の乗りやすさを見せ駆け抜ける。スロットルワークにギクシャクすることもないし、タイヤの接地感が薄れることもない。しっかり減衰はきいているが、スプリングだけが強くて荷重を載せると滑りそうで恐い、ということが無いのだ。表現が変だが、ガチっとしたというよりも、モワっとした柔らかい印象で路面を掴む。
旋回性はコーナーのアプローチからクリップを超え立ち上がるまで一環して想像通りに走れるし、アクセルを開けていってもフラットなトルク特性ゆえ開度初期がだるくて、あるところから突然カーンと盛り上がる、ということもない。
次こそは、を打ち砕く雨脚。
これでもう少し路面が乾けば、その印象はさらに良くなるかもしれない。しかし、別のグループが走行している時から冷たい風が吹き、雲が雨を運んできた。オーガナイズ側は、S21からレーシングレインに履き替える決断をする。
次もレインモード一択。それが結局最後のスティントまで続くことになる。
先を急ごう。最終スティントでの印象だ。この最終だけ新品未走行のレインタイヤを履いた車両が回ってきた。最初の数周、タイヤの様子を見るうちに一緒にスタートしたグループは見えなくなり、一人旅を楽しむ。時折、アスファルトの上が煙るほどの雨量になる。大きくはないが、コースの低い部分には水たまりが。毎週新鮮な気分でビビリミッターが作動する。レーシングレインのグリップの良さと、素直でわかりやすいハンドリング、そして扱いやすいエンジン特性に助けられ、エストリルを攻めてみる。
カーブこそ荷重を載せてぐいぐい曲がる感じにまではなれないが、ストーレトでは207馬力を堪能。「とにかく滑るから最終コーナーは無理をするな」との忠告をまもり、ジワジワ立ち上がりながらも、1コーナーのブレーキングポイントに余裕を持ちながらも280km/h近くまで一直線に速度は伸びる。250m手前から全制動をかけるが、そのときのフロントフォークの受け止め方、リアの接地感の薄れなさは見事。毎週、あと30メートルは詰められた、と思うのだが、レザースーツ越しにも腕、肩に当たる雨粒が痛いほどの雨量。無理は禁物、と思いながらも、このコンディションでの扱いやすさに感謝した。
実のところ、雨のエストリルで解ったのは抜群の扱いやすさと、電子制御の介入が自然でとても滑らかだったこと、立ち上がり加速でも、DTC作動を知らせるランプがTFTモニターの右側で素早く幾度も点滅することぐらい。それでいて加速感はしっかりある。
同様に、シフトカムがどのタイミングでローからハイに切り替わったのか、という部分もを察知することはできなかった。R1250GSをテストしたとき同様だ。シームレスなエンジン特性で、想像どおりにパワーを引き出せる。
軽く、速く、乗りやすい。それは明らかだった。
モードでの差異やパーソナライズしたらどうなる、という本来重要なテストテーマはまるでできなかったエストリルでの1日だった。しかし、軽く、速く、乗りやすいという開発テーマは間違いなく伝わった。キャスターがたち、トレール量が短くなり、それでライディングポジションがアップライトになった。そう聞いてフロント周りがキョロキョロする運動性方向になったのだろうか、と思った。しかしそれは杞憂だった。先代同様、不要な軽快さはなく、旋回中なら旋回Gで生まれた力をしっかりと路面に伝えるようなシャーシ、ドンツキが無いのに開けたら欲しいだけのトルクを右手通りに後輪に伝えてくれるエンジン。
ラップタイム向上に、ライダーが気持ちよく走れるコト、という部分を知っている人が味付けをしたんだな、と解るプロダクトだった。
だからこそまたいつかドライでしっかりと試したい。雨であれだけ楽しめたのだから。
(試乗・文:松井 勉)