2019年2月12日
Vol.152 セパン(マレーシア)・オフィシャルテスト Ain’t Wastin’ Time No More
プレシーズンテストでプレスルームがざわつく、なんてことは滅多にない。午前10時から午後6時までの長いセッション時間では、どちらかといえば各陣営とも淡々とテストメニューを消化する一方、我々取材する側もレースウィークより時間的にも行動範囲的にも比較的自由度が高いため、決勝中のような張り詰めた緊張感は総じてあまり漂っていない。
が、今回のテストでは二日目の夕刻にマーヴェリック・ヴィニャーレス(Monster Energy Yamaha MotoGP)が1分59秒の壁を切る1分58秒897に入れ、ホルヘ・ロレンソが昨年のこのテストで記録した非公式最速ラップタイム(1’58.830)にあと0.067秒差まで迫ったときは、プレスルームでタイミングモニターを眺めていた数名の口からどよめきのような声が漏れた。それまでの順位は、りんちゃんことアレックス・リンス(Team Suzuki ECSTAR)が1分59秒前半の最上位で「今年のスズキは素性が良さそうで、ライダーもノリノリだなあ」という雰囲気を醸成していただけに、ヤマハの復調を示唆するヴィニャーレスのこのタイムはなおさら皆を驚かせた。とはいえ、乾坤一擲のタイムアタックが上々でも、長い周回を戦うレースはまた別モノである。一発タイムの速さは、必ずしもすべての判断基準になるわけではない。とはいえ、限界ギリギリを見極めながらホットラップを高い水準でまとめることができるかどうか、が戦闘力の重要な指標のひとつであることもたしかだ。
その意味では、テスト二日目はスズキとヤマハの存在感を強く印象づける一日になった。
テスト最終日の三日目は、温度条件が比較的穏やかな午前中にタイムアタックを行い、その後に時間を見計らってレース周回を想定したロングランを実施することが多い。このタイムアタックでまたしてもタイミングモニターを眺めていた面々を驚かせたのが、昨年のMoto2チャンピオンで今年から最高峰クラスに昇格するペコ、ことフランチェスコ・バニャイア(Alma Pramac Racing/Ducati)である。
セッション開始直後の10時40分頃に、今年からドゥカティファクトリー入りしたダニロ・ペトルッチ(Mission Wennow Ducati)が1分58秒230を記録して昨年のロレンソのタイムを大幅に更新した数十分後、今度はペコがペトルッチまで僅差の58秒302を記録。高い資質は折り紙付きとはいえ、新人ながらこのタイムにはさすがに唸り声が出る。
これに前後して、三々五々、他の選手たちもタイムアタックで続々と自己ベストを更新。結果的に、ペトルッチ、バニャイア、ジャック・ミラー(Alma Pramac Racing/Ducati)、アンドレア・ドヴィツィオーゾ(Mission Wennow Ducati)とドゥカティ4台が上位を占め、それに続くヴィニャーレスとカル・クラッチロー(LCR Honda CASTROL)も58秒台に入れた。ちなみにこの6人はいずれも上記のロレンソのタイムを上回っている。
これだけ速いタイムが出たのは、ひとつは路面温度がまだ穏やかな午前中だったことはもちろんだが、この三日間のテスト中には雨が一度も降らず、路面にしっかりとラバーが乗り良好なコンディションになっていたことも要因のひとつだと思われる。
今回のテストでトップタイムを記録したペトルッチは、テスト二日目にドヴィツィオーゾとランデブー走行のロングランを実施した。最初はドヴィツィオーゾが前を走ってライディングを見せ、後半はペトルッチを前に出して後方からチェックするという具合で、これがかなり勉強になった、と振り返った。
「最初はドビが前を走って、タイヤをうまく温存しながら速く走る乗り方を見せてくれた。後半に自分が前を走ったときは、旋回から立ち上がりでスロットルを開けるのが少し早いようで、ドビに『もっと落ち着いて、じっくり待ってから開けていくんだ』と教えられたよ」
最終日には、その教えを念頭に置き、あれこれと試行錯誤しながら実践してみたのだとか。
「口で言うのは簡単だけど、ドビに言われたとおりに開けるのを待つのはなかなか難しいよ。0.1秒を争うなかで、どれくらいガマンすればいいのか考えながら、長く待ってみたり、進入でブレーキを早くしてみたり逆に突っ込んでみたり、いろいろ試したんだ」
そこについてはまだ模索中のようで、一発ではトップタイムを記録したものの決勝で表彰台圏内に食い込むのはまだ難しそう、と冷静に現状での自他の戦況を分析した。
ドゥカティは今回のテストでいろんなアイテムを試しているのだが、ファクトリーの2台はテスト三日目に新しいエアロフェアリングを装着して走行。これは、当初の予定では次回カタールテストの際に試す予定だったものだと思われる。さらに、11月のヘレステストでトライしていたトルクアームが、今回再び登場した。総合3番手のミラーは、このトルクアームについて詳細の言及を避けつつも「次のカタールでももう一度試してみたい」と話していることからも、なかなか悪くない感触なのではないかと窺わせた。
加速からトップスピードを武器とする一方、旋回性の向上をつねに大きな課題とするドゥカティにとって、温故知新のトルクアームは減速から進入を安定させる点で、たしかに有用なアイテムではあるだろう。そのドゥカティに対して、逆にブレーキングから旋回を武器とするホンダ(『行った年来た年MotoGP』参照)が、立ち上がり加速の向上を目指していろいろとトライしているのであろうことと併せて考えると、それぞれの陣営のマシン特性と技術面での課題克服の狙いは、たしかに符合しているように見える。
さらにドゥカティのニューアイテムではもうひとつ、モトクロスでポピュラーなレーススタート時のホールショットデバイス的なモノをどうも使用しているようなのだが、ドヴィツィオーゾはそれがホールショットデバイスであるのかどうかについて「どうなのかなあ。わからないなあ」と曖昧な受け答えで、スタート練習で効果があるのかどうか訊ねられても再度、「わからないなあ」とハッキリした言及を避けた。
ドゥカティ勢に続く総合5番手タイムのヴィニャーレスは、昨年の課題だったタイヤの急速な消耗がかなり改善傾向にあるようで、手応えのある三日間になった、と今回のテストを総括した。
「制御は減速側でうまく働いてくれるようになった」と話し、「加速側で、もっとトラクションを得られるように電子制御を向上させて行きたい」と述べた。細かい部分ではまだ煮詰めなければならない要素を残しているようだが、今年のエンジン選択についてはヤマハが用意したスペックの中から、すでにロッシと合意に達している模様。「地に足を着けてベースセットアップを積み上げ、カタールテストではレースに向けてしっかりと仕上げることが重要」とヴィニャーレスは締めくくった。
まもなく40歳の誕生日を迎えるロッシも「この二年は厳しかったけれども、ヤマハががんばってくれて良い方向性を見いだせている。ライバル勢は強いけど、自信を持って自分たちも戦っていける」と、今回のテストでかなりポジティブな感触を得た様子だった。ロッシの総合順位は10番手。若手ライダー育成を目的としてスタートしたVR46アカデミー出身のバニャイアやフランコ・モルビデッリ(Petronas Yamaha SRT)が自分よりも上位タイムでテストを終えたことについては、「悲喜こもごも」と冗談交じりで話した。
「彼らがアカデミーに来たときは、こんな問題が発生するとは思っていなかったよ。まさか自分と戦うことになるなんて、ねえ(笑)。大変だけど、その反面ではとても誇らしくも思うよ」
ホンダ陣営でトップタイムを記録したのはカル・クラッチロー(LCR Honda CASTROL)。昨年終盤戦のオーストラリアGPで大きな転倒を喫して右足首を手術したクラッチローは、以後のレースと二回の事後テストを欠場。今回が久々の現場復帰だが、それでトップから0.541秒差の1分58秒780を記録するのだから、たいしたものである。クラッチローの右足首の骨のレントゲン写真を見ると、大きなプレートとボルトの補強が入っており、そんな状態でも強さと速さを発揮する姿からは、同国の英雄バリー・シーンを彷彿させる。まさに不屈のジョンブル魂そのものである。
ホンダ陣営2番手は日本人選手の中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)。三日連続してトップテン圏内を維持し、着実な成長を感じさせる三日間だった。12月に左肩の手術を施したマルク・マルケス(Repsol Honda Team)は、周回数こそ少ないながらも濃密なテストメニューを消化した模様で「HRCが持ってきたモノもいろいろと試せた。リズムもよかったし、バイクもしっかり走ってくれた」と充実した手応えのテストになった模様である。
今回の総合7番手は、アプリリア陣営のアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing Team Gresini)。「現状のパッケージでは、いいところまで詰めていけたと思う」と、こちらもなかなか手応えの良いテストになったようだ。
「2018年仕様は方向性をハズしていたから、19年仕様は17年の進化形なんだ。本当は、これを去年の後半に待っていたんだけどね 。今のバイクはアグレッシブに攻めていけるし、転倒せずに限界まで攻めて気持ちよく59秒台で走れたよ」
次の課題は、エンジンパワーの向上なのだとか。
「電子制御はこのテストでだいぶよくなったし、車体もすごくいい。でも、上位陣とはエンジンパワーの差がある。ホンダとドゥカティは加速が卓越していて、2速から4速でしっかりとパワーを路面に伝えている。旋回性はアプリリアの強みだと思うので、加速とトラクションを改善していきたい」
残るもうひとつのファクトリー、KTM勢は最上位がヨハン・ザルコ(Red Bull KTM Factory Racing)。ベストタイムは1分59秒640で、トップタイムのペトルッチからは1.401秒差。
「59秒前半には入れなかったけど、2分00台でかなり周回できてだいぶよくなってきた」とポジティブな手応えを得た模様。
「改善すべき課題は立ち上がりのトラクション。パワーだけ、グリップだけ、制御だけという単独の問題ではなくて、それらの組み合わせでいかによくしていくかが重要なのだと思う。今、僕たちが戦っている全メーカーだって、何年もかかって問題点をよくしてきたのだから、自分たちはできるかぎり速やかに改良を進めていきたい」
KTMファクトリー3年目を迎えるポル・エスパルガロも、ザルコと同様の認識で問題点を把握しているようだ。
「一発タイムはまだまだで、スピンしはじめてからグリップが厳しくなるのは、制御の課題でもあるしリアのセッティング面の課題でもある。でも、レースペースのリズムは良くて、今日の熱いコンディションでも00秒台4~5で走れたから、これは大きな前進といっていい」
ただ、KTM陣営ではハフィス・シャーリン(Red Bull KTM Tech 3)の苦戦傾向が続いている。KTMはなかなかにフィジカルなバイクのようで 、昨年11月のバレンシアテスト以降、陥穽にハマってそこから抜けだすのに苦労をしている様子だ。次回のカタールテストでは、そこから脱出する光明を見いだせるだろうか。
というわけで、セパンテストの現場からの報告は以上です。今回もいっぱい取材してしまってごめんなさい。
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