2019年2月14日
Power Product Quest 第5回 「奇跡のジャストミート」 模型が出ることで集める視線
農機具、しかもホンダF90耕うん機のような特徴的なモデルのプラモデルとあれば、ホンダファンならずとも機械ファンなら興味あるはず。なぜ今までなかったのだろう……こんな新ジャンルを切り開いた「マックスファクトリー」と「ホンダ」。このプラモデルが出たことで社内外から集めた視線は多く、そして熱い。
写真●依田 麗
男の子なら、例えその後に興味が続かなかったとしても、子供の頃に一度くらいはプラモデルに接し、作ってみたことはあるだろう。ましてやバイク好きならば憧れのGPマシンや自分が乗っていたバイク、もしくはライバルとなるような四輪車のプラモデルなど、何かしらの接点があったのではないかと思う。実際バイクのプラモデルは星の数ほどあり、中でも絶版系名車のプラモデルは本誌読者も楽しんだり、もしくは実際に作ることをせずにコレクションしたりする人も多い。
しかしこのプラモデルの世界と、このパワープロダクツ連載がどうリンクするのか……なんと、ホンダパワープロダクツの耕うん機プラモデルが発売され、しかも販売が好調だというのだ。今なぜ耕うん機のプラモデルなのか。そしてその耕うん機とセットで販売された女の子、みのりちゃんといなほちゃん、この組み合わせは どのようにして実現したのだろう。
異色の耕うん機プラモデル、しかも美少女とのコラボレーションが実現したのは、マックスファクトリーという会社によるアプローチだった。マックスファクトリーはもともとプラモデルではなく美少女フィギュアをメインで扱ってきた会社。補足しておくと、フィギュアは購入した時点で完成しており、組み立てたりする必要はない。それを他のフィギュアと共にディスプレイしたりして楽しむものだ。
マックスファクトリーではこのフィギュアをもう一歩進めた「Figma」というシリーズを展開。1/20スケールで、これまでのフィギュアと違って関節部などが可動することでポーズをつけたりすることができるシリーズだ。これにより同じスケールのものと組み合わせて、様々なポーズをつけて様々なシチュエーションを作りだすことができ、遊び方の幅を広げた。是非マックスファクトリーのホームページ(http://www.maxfactory.jp/f)も確認してほしいのだが、いわゆる美少女系だけでなく、美術品をベースにパロディチックに展開する「テーブル美術館」シリーズや、中には北海道土産で有名なシャケをくわえた熊などオリジナリティあふれる商品もあり、そのリアルさ、かわいさに魅了されてしまう。
そんなマックスファクトリーがプラモデル好きな社長の意向でプラモデルを始めたのは2013年と最近の話。当初ロボット・戦車等、そして得意とする美少女を展開したが、「何か違うことをしたい」という気持ちが強かったという。もちろん、得意とする美少女と組み合わせたいのだが、同社のminimum factory シリーズは1/12よりも小さい1/20のため、バイクでは小さすぎてデフォルメされる部分が多くなってしまう…… 逆にクルマは大きすぎで美少女が脇役になってしまう……。では農機具はどうかとトラクターも検討したが、海外ではトラクターファンも多くそういった商品はすでに存在する。
ここでやっと耕うん機の登場である。珍しくて、美少女フィギュアとのサイズ対比も好ましく、それでいて機械としての造形的魅力や存在感があるもの。それは日本で独自の進化をしてきた耕うん機ではないだろうか。耕うん機のプラモデルは見たこともない。これならばオリジナリティを持たせられるし、美少女とのコンビも上手くいきそうだ、となったわけだ。その耕うん機の中でもマックスファクトリーの高久さんの目に留まったのがホンダのクラシック耕うん機、「F90」だった。
ホンダの耕うん機と言えば「汎用」として親しまれ、去年「パワープロダクツ」と改め統一化された、我々からしてみればなじみのブランドが送り出す製品。この連載でも様々な角度から紹介してきたがまさか耕うん機プラモデルの紹介になるとは!?
「ホンダパワープロダクツとしては、実はこういった模型で何か展開できないかな、と模索していたんですよ」と語ってくれたのはホンダパワープロダクツ事業本部の竹山栄美さん。
「二輪や四輪では多くの模型が存在しますし、それらによってホンダ製品を知ることになったり、憧れや親しみを持っていただくことも多いはずです。しかしパワープロダクツではそういったものが一つもなかった。パワープロダクツらしさも織り込み、何かできないかなと動き始めていたところへ、この上ないタイミングでマックスファクトリーさんがアプローチしてくれたのです」
耕うん機のプラモデル化というレアなケースがトントン拍子に形になったのはタイミングよく双方の意図がマッチした結果だろう。マックスファクトリー高久さんはそのスムーズなプロセスを振り返って笑う。
「マックスファクトリー内で耕うん機で行こう! と決まったけれども、じゃあどうすればいいのかわからないわけです。いきなりホンダに電話して、『プラモ作らせてください』って言ってもダメでしょう (笑)。しかし社内で以前ホンダと関わりのあった人がいることが分かり、直にパワープロダクツの広報グループに繋いでもらえることに。ふたを開けてみればホンダサイドもちょうどそんな展開をしたいと考えていたという事で『キミは飛んで火にいる夏の虫だよ!』と歓迎されたんです(笑)。人の繋がりのおかげでそこからも話はスムーズに進みました」
F90とは?
ところが希望の機種はなんと1966年製のF90、もちろん現行のラインナップも検討はしたものの、機械としての存在感や外装パーツの造形美など今回の美少女との組み合わせにおいて重要な部分を突き詰めていくと、このF90が最もイメージに近いだろうという事になったのだ。この感覚は我々絶版車愛好家にはわかるはずだ。もちろん、最新モデルは、良い。しかし機能的に優れているだけでなく、何か味わいがあるのが絶版車であり、当時の時代背景を映してくれる部分もある。F90はホンダ初のディーゼルエンジンを搭載し、しかもGL400などと同じような 縦置きのVツインなのだ。様々なチャレンジが凝縮されたこのモデルだからこそ、外装も特徴的なものに仕上がったのだろうし、初めてのチャレンジだからこそのエラーというかアソビのようなものもあったはずだ。これが時を超えて再び注目されるのは、本誌読者としてもなんだか嬉しいではないか。ところがこれだけ旧いモデルだと、パワープロダクツ内で資料を探ってもほとんど何も残っていないことが分かった。
「協力したいのは山々ですが、当時の設計図もなく各部の寸法もわからない。さらには詳細なスペックすらハッキリとはわからないという事に気付かされたのです。あるのは当時のカタログなどほんの数点、あとはもてぎのホンダコレクションホールにある実車のみという状況でした」(竹山さん)
プラモデルは実物の縮小版のため、例えば人物や、アニメの乗り物といった空想の物の場合はある程度のアレンジも許されるそう。しかし車やバイク、耕うん機など実物が存在するものについては、実物に忠実に再現しなくては辻褄が合わない。設計図があればそれを元に各パーツを作れるし、最近のものならば3Dデータからすぐに正確な形がわかる。しかしF90は実物があるだけ。それ以外はほぼ何もない。しかし高久さんは初めての挑戦を楽しんだようだ。
「実機から図面を起こしていくというのは初めてのことでしたが、もう、巻き尺を持ってひたすら採寸するしかないですよね! 実物を前に各部を綿密に採寸し、あらゆる角度から正確な写真をとり、そこから忠実に形状を割り出していきました。見れば見るほどその造形美にも気づかされましたし、フィギュアのみのりちゃん・いなほちゃんとの組み合わせによるカッコ良さやかわいさが連想できる作業でしたね。ちょっとゴツイ機械と華奢な女の子。これは今、間違いのない組み合わせですし、F90はそのイメージに非常にマッチしていると実感しました」
現車の採寸だけでなく販売店などにも出向き、F90や接続する後付のアタッチメントなどについても取材したのだが、何せ旧い上に、当時は様々なことがアバウトだったそうで、アタッチメント類も町工場レベルの現物合わせで数点作られただけのものもあったそう。
「マックスファクトリーさんは忠実な再現のために尽くしてくれましたし、ホンダとしてはもちろんなるべく正確にF90を蘇らせてもらいたい気持ちがありましたから最大限の協力をしましたが、調べていくほどにいかにこのモデルについて、すでにわからなくなっていることが多いかを逆に知らしめられました。現物があるとはいえ動態保存状態ではありませんから、操作においても、様々なレバーが何の役割を果たしているのかさえ、実は100%は把握できていません」(竹山さん)
「逆にわからないからこそ、アバウトでもいい部分も出てきました。各部の機能だとかもホンダでも分からないものがある。そうなるとただただ現車に忠実に作るしかないのですが、販売店で『これはこういう風に使うんだよ』と教えていただいたり。作業を進めていく中で様々なことを発見していくのは興味深い体験でした。少し謎に包まれている部分があるのもイイですよね。R2D2みたいな、ポンコツサポートメカ的な魅力もあります」(高久さん)
熱心な模型会社とホンダの全面協力によって、クラシック耕うん機のプラモデルは少しずつ形になっていったのだった。
耕うん機のプラモデル化は我々工業製品ファンにとっては新しいアプローチで嬉しいわけだが、そこに組み合わされる美少女はどうだろう。いわゆる「農ガール」という事なのだが、バイクにドップリな我々からしてみるとちょっとドキッとするぐらい精巧で、カワイイのである。そもそも美少女フィギュアを得意とするマックスファクトリーなのだから美少女とセットになるのは当初からの決定事項。しかし農ガール、これが流行るのだろうか。
「女の子と機械の組み合わせは多々あります。オイルに汚れてスパナを持っているようなのから、対局だと女の子の体の一部が機械化していて機械と一体となっているものまで様々で、これはけっこうファンがいる分野なんです。F90という特徴的な耕うん機と農ガール、イケるでしょう!」と高久さん。ダボダボのオーバーオールや麦わら帽子に加え、麦茶ややかんなどの小物もセットになっており、素直に「かわいいなぁ!」 なんて思ってしまう。しかもショートヘアのみのりちゃんは活発そうな顔、三つ編みのいなほちゃんはおっとりした顔と細かな表情まで作り込んであり、さすがの美少女フィギュアメーカーである。さらにはオーバーオールの上半分を下げたスポーツブラ姿のバージョンもあり、フィギュア好きも鼻の下を伸ばしてしまう事だろう。
耕うん機フィギュアへの協力は惜まないホンダだが、こんなカワイイ女の子とセットという事についてどう考えたのだろうか。
「実はホンダの耕うん機のカタログや資料には多くの女性が登場するんですよ。F90の実物を見ると、これを扱える女性はかなり力強くなきゃいけないな、というイメージではありますが、当時のホンダの販売戦略としては女性でも扱いやすい農機具を作っていますよ、というアピールだったようです。そう考えると不自然さはないんですよね。無骨で個性的なホンダ製耕うん機にカワイイ女の子、良いと思います!」(竹山さん)
事実、このプラモデルが登場してホンダ、パワープロダクツにとってもプラスのことが多かったという。まずは社内のいたるところに竹山さんがみのりちゃん・いなほちゃん&F90のポスターを貼って告知した。パワープロダクツとは無縁の社内の二輪・四輪の人からも注目される機会となり、また役員の目にもつくことでホンダ社内では小さな部署であるパワープロダクツの活動が知られることに。さらにアマゾンなどのメジャーな販路で販売されたことで、今までパワープロダクツが持っていなかったチャンネルでのアピールもできたのだ。
「社内外で興味を持ってもらえていますし、パワープロダクツのアピールにも繋がっていると感じています。このような素敵な商品が出たというだけでなく、例えば静岡ホビーショーではF90の実車を展示していただいたりと、あまり広く知られていないようなホンダの一面を出していくチャンスにもなりました。今回はかなり旧い機種のモデル化になりましたが、これをきっかけに現行商品のアピールにつなげて良ければと思っています」(竹山さん)
こうして実現したホンダ×マックスファクトリー、耕うん機×美少女のコラボ。2018年5月に発売されたみのりちゃん&F90は高い人気で追加販売が決定し、バリエーションモデルとして2019年2月発売予定のいなほちゃん&F90水田車輪バージョンもすでに完売。スケールモデルとしてはヒット作となったのだった。
パワープロダクツとしては初めてのチャレンジでありこれまでの「汎用製品」時代からしてみればまるっきり新しいアプローチであっただろう。しかし二輪製品や四輪製品同様、プラモデルがきっかけになって「もう一つのホンダ」、パワープロダクツにも親しんでもらえれば、それはそれで良いことだ。今回のプラモデルになった歴史的なF90は、もてぎのホンダコレクションホールに展示されている。是非ともその造形美と共にチャレンジングな構成も見て欲しい。