2018年12月17日
Kawasaki Ninja ZX-14R 古典落語の安心感
■文:ノア セレン ■撮影:富樫秀明
■協力:カワサキモータースジャパン http://www.kawasaki-motors.com/
話題をさらうカワサキ新機種の影にちょっと隠れがちになってしまったかつてのフラッグシップ。しかし2019年版も確かに発売された。しかもオーリンズ&ブレンボを純正採用したHIGH GRADEに試乗できたためレポートしよう。ZZRの血筋は絶えていなかった……オールドスクールな魅力に迫る。
時代を超えた安定感。変わらない魅力。
最近ユーチューブで落語を見る、というか聞くことにハマっている。手を動かす作業の時はだいたいラジオか音楽をかけておくのだが、音楽はそのうち飽きるし、ラジオも同様で丸一日聞き続けるのはつらくなったりする一方、落語はなかなか飽きない。ユーチューブの自動再生では「もうその話は聞いたよ」という名作が繰り返し流れたりもするのだが、それでも聞けてしまう。もちろん咄手の調子によって好みはあって、「もういっか」と飛ばすこともあるが、しかし落語はほぼ一日中聞いてられる。最近では好きすぎて日常会話の中に「のべつ」とか「やおら」とか「商い」とかを普通に使うようになってしまい、いつの時代の人だかわからない。
ちなみに、「短命」「猫の皿」が特にお気に入りだが、最近聞いたのでは、みんなで飲もうという事になって、でもお金がないもんだからあの手この手で乾物屋から色々せしめてきて、でもみんな滅茶苦茶な江戸っ子だから料理もメチャクチャ。せっかくの食材が台無し。で、その乾物屋の犬がそのせしめた鯛を盗んでいくというオチの噺を聞いてこれも面白かったのだが、なにせ聞いてるだけで見てないからその題目がわからない。「寄合酒」かな?
落語の魅力の一つは安定感だと思う。唐突なことが起こらないし、洗練されているから話に食い違いや矛盾点がない。もしくは矛盾を楽しめるぐらい形が出来上がっている。そしてずっと昔からあるのに、今でも非常に魅力的だ。僕はお笑いも好きでテレビでお笑い番組がやっているとだいたい見ているが、もちろん面白い人たちもいるものの落語とは違って一過性というか、流行り廃りがあるように思えてしまう。それでも時代にあった笑いや良く練られた笑いはしっかりと笑わせてもらえるのだが、じゃあだからと言って同じ話を(時代に合わせてアレンジしたとしても)30年後に聞いてまた同じように笑えるかと言ったら、そういう性質のものではないと思う。
1990年から28年目
ZZRブランドは落語なのか
ZX-14Rの魅力は、ここまでの落語の話でもう語ってしまったようなものだ。新しいZX-10RやスーパーチャージャーのH2、さらにはツーリング性能を追求するニンジャシリーズやネイキッドの頂点を極めようとするZ1000等多くの「近代的な」モデルが注目を集める中、ZX-14Rは落語のポジションに落ち着いているように思える。
対するこれら最新モデルはいわゆる「お笑い」だろうか。当然面白い。楽しい。というのは間違いないのだが、時代に合わせた新しいことをしている。もしくはしなければいけない使命を負わされていると感じる部分があり、それが時に少し無理があるように思えてしまう時もあるのだ。例えば乗った瞬間に良くも悪くもビックリさせられるシャープなエンジン特性やハンドリング、説明書を読みこまなければ理解できないメーターパネルの操作、走り出す前に設定しなければいけない様々な電子制御……などなど。高性能化は確かにしているはずなのに、それと同時にやたらとセンシティブになっていたり、無駄に複雑化しているように感じることはないだろうか。
これに対し、ZX-14Rは静かに、独自の世界の中での進化をすればいいという孤高の立ち位置となっている。そこには28年間でZZRブランドが築きあげてきた性能とブランドイメージが確かにあり、突飛なことはせず、ただ至極真っ当に、地道に、良いものをさらに良くしようという進化が感じられるのであり、今回の試乗を通じてこの大変真面目な進化が落語の魅力とオーバーラップしたわけである。
真面目な進化
フラッグシップの説得力
何が真面目なのか。何か新しい事を投入すれば新型になった、もしくは進化した、というアピールがしやすいのに対し、ZX-14Rは今どきクイックシフターすらついていない。パワーモードもたった2つ。目に入るメーター中央の液晶画面のドットは荒く、旧さを感じさせると言っても過言ではない。正直、乗るまでは懐疑的であった。ツアラーというカテゴリーはアドベンチャーモデルにとってかわられ、300キロが優に出るという性能はもはや世界的にコンプライアンス等の言葉により葬り去られたアピールだろう。ツアラーと言ってもポジションは楽ではないし、とにかく重い。世紀をまたぐ頃に盛り上がったこのカテゴリーはもう絶え行くというのは、明らかかのようで、この重たく大きい乗り物にあまり期待をしていなかったというのが本心だ。今さらいったいどのような魅力をこれに見いだせるのだろうか、と不安だったのだ。
ところが跨った時点でその素晴らしい足着き性能にまずはホッとした。近年のスポーツバイクはすべからくシート高が高い。ライダーを高い位置に座らせて、積極的な入力でバイクの運動性を引き出そうという発想らしいが、足が着かないというのは重量車にとって絶対的なマイナスポイントであり、それを犠牲にしてまで求めるスポーツ性など不要だというのが持論だ。ZX-14Rは、もちろんライダーの体格に左右されるものの近代的なモデルに比べると圧倒的に足着きが良い。これだけで重さや大きさに対する怖さが和らぎ「なんだか乗れちゃいそうだな」という気にさせてくれる。
次に驚いたのが始動後の静かさだ。最近騒音規制が世界基準になったことで、大型バイクの多くは常用域での排気音量が実質上大きくなっている。これはエンジンをかけた時点で気づくもので、ノーマルマフラーでもいきなり威圧的な音を発するものも散見される。しかしZX-14Rはその巨大な2本のサイレンサーのおかげもあり、1400ccを超える排気量を持ちながらも非常に静かだ。これは威圧感を抱かせないだけでなく、バイクの上品さに大きく寄与する。規制が変わっても上質さを捨てずに静かさを引き継ぐところにもとても好感を覚える。もっとも、マフラーはとても大きく、これを軽量な社外品に交換しただけでかなり運動性が上がるんじゃないか、なんていうことも考えてはしまうのだが。
クラッチの軽さ、そしてミッションの滑らかさ。ツルリと一速に入り、ガッチャコン!といった大げさなメカニカルノイズはない。走り出してもミッションの好印象は変わらず、変速にクラッチは不要かと思うほど。シフトアップはアクセルを少し戻し回転を合わせればスルリと入るし、シフトダウンでさえ、回転を合わせればクラッチなしで滑り込ませることができる。オドメーターは僅か20キロというこのド新車ですでにこの上質さなのだから素直に驚かされた。クイックシフターがついていてもこんなに素直にチェンジできないモデルもあるのだから、むしろ本当の作り込みを怠って電子制御で帳尻合わせをしているモデルもあるんじゃないかと疑ってしまいたくなるほどだ。
アクセルの素直さもまたコレと同じことを連想してしまった。アクティブさの演出なのか、乗った瞬間に「スゴイ!」と思わせたいのか、アクセルレスポンスがやたらと敏感、さらには過敏とまで思わせるモデルも少なくないのに対し、ZX-14Rはとにかくスムーズ。アクセルを微開した時の、その入力が超正確に後輪へと伝わっていくのがわかる。エンジン性能を考えるともしかしたら途中でわざとその反応をぼやかしてくれているのかもしれないが、例えば他機種のレインモードなどのように明らかに間引かれているのがわかりそれがもどかしく感じてしまうのではなく、どこまでもライダーに忠実なのである。これがハード部分の作り込みでやっているのならば素晴らしいことであり他のモデルはもっと真面目にやるべきだろうなどと思うし、仮に電子制御の力で演出された一体感ならばそれも凄いことであり、やはり他のモデルももっと真面目にやるべき、なんて思ってしまう。そう、ZX-14Rのどこまでも忠実で従順でライダー主役で突き詰めた作り込みを見ると、最近チマタをにぎわせている新機種がチャチで、ややもすると手を抜いているんじゃないか?と感じてしまう瞬間すらあるのだ。
決して話題の新機種を否定はしないし、もちろん漫才やお笑いも否定はしないけれど、ZX-14R、その突き詰め度合いはやっぱり落語のそれのように感じ、試乗前の懐疑的な心持ちは完全になくなり、走るほどに畏敬の念を抱くまでになったのだった。
ライダーが主役でいる事
ライダーが欲すること
動力系の作り込みにはただただ感動した。ピーキーさはなく、トルクに包まれて超低速域から超高速域まで自由自在。シフトをサボッてもアクセルひとひねりでワープできるようなオートマ感を備えているため巨体を動かすことは容易だ。底なしのパワーをライダーの意思に忠実に、いつでも欲しいだけ使うことができ、しかもそれはどの回転域でも上質なのだ。ではその巨体の方はどうなのか。
非常に低く構えている独特のフォルムなのだが、低い着座位置と合わせてこれが低速でとても軽やかなのだから驚く。左右に切り返す時のライダーの移動量が少ないからだろうか、本当にキビキビと走ることができ巨体を感じさせない。ポジションはそれなりに前傾ではあるもののこの軽いとまで思わせてくれる扱いやすさに、いざという時は足がスッと付くという安心感がプラスされ、低速域はむしろ得意とすらいえる。巨大なバイクを軽々と振り回すライダーがカッコ良く映ることがあるが、ZX-14Rならばそのハードルは高くない。
スピードを増してくると今度は路面とくっついているのではないかというような圧力を感じる。カウルの形状によるダウンフォースも効くのだろうが、速度が増すほどにビタッと安定し突き進んでいくのだ。スーパースポーツモデルなどは速度が増してもハンドリングは軽快であり続ける事があるが、そのような特性とは対照的で、どんどんと安定感が高まっていく。逆に速度が高い時の方が重量を感じさせるかのようだ。とはいえ、それがマイナスかと言えばそうではない。SSのような超高速域でも軽やかなのはサーキットなどではもちろん武器なのだが、様々な状況が起こりえる公道では必ずしも魅力ではなく場面によっては怖さに繋がらなくもない。現にZX-14Rは超高速域でも横風などの外乱にビクともせず、また路面が悪くなっても常に一定の接地感を提供してくれる。速度が増しても安心感が続き怖さが起きにくいのだ。
この特性は現代の主流スポーツバイクが追求している路線とは違うように思う。どこまでも軽快に、速く、正確に、というのとは違うのだ。速度に比例して危険度も増していくなかで、いかにライダーを怖がらせないのか、いかにライダーが自信をもって扱い続けることができるのか、あらゆる要素が降りかかってくる公道においてどこまでもライダーが主役であり続けられ、それを車両側の懐の深さでサポートし続けられるのか……といった要素を追求していくと、このZX-14Rのような特性が良いのではないかと納得してしまう。今回の試乗では大阪まで行ったのだが、距離が伸びるほどにZX-14Rに説得されてしまった思いだ。
変わらずに、追求すること
特に電子制御技術が進んだことでガラリと進化したここ数年の新機種たちだが、カワサキはもともと熟成の路線が得意のはずだ。Z650のザッパーエンジンやGPZ900Rニンジャのエンジンなどどこまでも使い続け、そのたびに良さを引き継ぎつつ進化させてきた。ガラリと何かを変えてしまうのではなく、細かなアップデートを繰り返すのは得意なメーカーなのだ。
ZZRブランドもしかりである。先述したようにアドベンチャーカテゴリーにとってかわられたように見えるこの大型ツアラーであり、カワサキからも先のEICMAショーではヴェルシス1000の新型が発表されるなど確かにそのような流れではある。しかしZX-14Rはツアラーだとかスポーツだとか、そういったところから解脱した、独自の「本当にいいもの」を突き詰めた結果のように映る。クイックシフターの話同様、穿った見かたかもしれないが近年の電子制御技術の飛躍的な高性能化により、逆におざなりになっている部分があるんじゃないか、逆に本質的な部分で手を抜いているんじゃないか、なんてことも妄想してしまうほど、ZZRの血統の集大成であるZX-14Rはまっすぐで、いい意味で旧く、まさに落語であったのだ。
時代に左右されない、普遍的な魅力を持っていて、新しいものに振り回されてしまいそうなライダーの気持ちを、どこまでも真っ当で懐の深い高性能で諭してくれるZX-14R。隠れがちではあるが今もラインナップを続けているという事はカワサキもその本当の良さに自信を持っているという事だろう。唯一注文を付けるなら、グリップヒーターとETCは標準装備してほしかったという事ぐらいだ。
(文:ノア セレン)