2018年11月30日
Honda クロスカブ110試乗『冒険の記号、クロスカブ。 これで走れば、日本は大陸だ!』
■試乗・文:松井 勉 ■撮影:松川 忍
■協力:ホンダモーターサイクルジャパン http://www.honda.co.jp/motor
僅かな距離を走っただけで、これならどこでも行かれる! という裏付けもないのに自分の中に芽生える自信。それこそ、このクロスカブが希代のアドベンチャーバイクである証拠だ。ビジネスバイク、スーパーカブは、今や仕事の道具だけに収まらず、プロユースの道具としての機能性に魅せられた人達によって旅の道具として、日常の足として活躍しているのは知ってのとおり。クロスカブ110が持つ無限軌道のような広がりは、右に向かって歩きつづければ、地球を一周して左から家に戻れる、に等しい「やればできる!」と思わせる一つの都市伝説なのだ。出来るか出来ないかはアナタ次第、と問いかけるように。
カブ、モペッド、ベスパ……。
初めてオフロードをバイクで走ったのは10代のころ。河原に伸びたオフロードコースだった。砂地、丸石、デコボコ、まるで地球規模の冒険にでも出られそうなほど、その小さいループは無限だった。でも、それは今日に続く始まりの一歩でもあった。と、いきなり大仰だが、今日、クロスカブに乗ってそのことを思い出した。無垢な気持ちで、ああ、何処でも行けそう。そう感じたし、それはいつか実現しそうな予感すらする。
10年ほど前、取材で訪れたチュニジアで、砂漠を巡るモペッドのイベントに遭遇した。大きなバイクならなんて事は無い砂の道を、そのモペッド軍団はアクセル全開、それでも足りなくてペダルを漕ぐ、というエンジン+人力ハイブリッドだった。あえぐ2ストのエンジン。それ以上にライダーの体力消費はハンパなさそうだ。
帰国して「あんな世界があるのか!」と検索すると次に見つかったのがベスパでラリー、というようなイベントがやはりモロッコなどを舞台にある。イメージとしては街のコミューターなのに、遠出する、冒険する、というカウンターが効いていて面白い。
もちろん我が方、スーパーカブのYOU MEET THE NICEST PEOPLE ON A HONDA や、日夜出前をするカブ、新聞配達のカブ、酒屋さんが配達をするカブ・・・・、という日常の優れた道具から、世界や日本を旅する道具としてカブは初めてのオフロードランのような夢を届け続けている(と思う)。
身近な冒険王。
そんな視点でクロスカブを見ると、そんなディテールに満ちているのが嬉しい。どこまでも行こう、という気分にしてくれる肉厚シート。何でも積めそうなガッシリとしたリアキャリア。ヘッドライトガードだって、積めとは言わないけど、積めそうでしょ? とアレンジ心をくすぐるのは知ってのとおり。
50と110があるが、今回乗ったのは110だ。前後17インチタイヤなのはスーパーカブと同様だが、履いているタイヤはセミブロックパターンのごついヤツ。コイルオーバーのリアショックやフロントフォークのインナーチューブに蛇腹ブーツを履いていたりとにかくアウトドアな仕様なのだ。それに、キックスターターも変わらず装備するなんて、嬉しいじゃないですか。使う、使わないより、着いている、着いてないの視点で考えれば、これは欲しい装備だ。今回は一度も出番は無かった。例えばスタバやコンビニにゆけば、ドリップコーヒーぐらいいくらでも飲める。ふと見つけた風景を眺めながらコーヒーを飲みたくなった時、小腹が空いたとき、その場でお湯を涌かせるストーブやコッフェルをいつも持っているだけで安心できるようなもの、それらが揃っていることが冒険心だと思う。
自慢のトレッキングシューズを使える操作性。
最新のスーパーカブをベースにしたクロスカブの外観は先代はもちろん、ハンターカブの名で識られるCT110のそれに近いものがある。マッドフラップのついたフロントフェンダー、110にはリアフェンダーにもフェンダーエクステンションが装備される。メーター周りは先代同様なイメージだ。グリップをにぎり、スターターボタンの一押しで快調にエンジンは始動する。スーパーカブらしい音がエンジンやマフラーが奏でる。
1速にシフトする。そのとき、文字に書くとガチョンなのだが、前後に揺れるショックが遙かに少ないのが現行カブの美点。ミッションをニュートラルから停止時に入れた時の印象だ。アクセルをあければ、フリクションロスを低減させたエンジンからは、ゆとりのあるトルクが供給され、タメのある独特なサウンドとともに加速をする。ペダルを踏んで2速に。二つのクラッチが連携する駆動系はかつてのショックが懐かしいほど繋がりがスムーズだ。今や、カブのシフト方式ほどマニアックなものはない、と思っている私にとって、巧く乗れた感があるのがとにかく嬉しい。スクーターのようにCVTを使ったオートマミッションだったらもっとラクできるのに、とは思うものの、自分のタイミングでギアを選択できることは、やっぱり運転の楽しさに繋がる。
なにより、チェンジペダルがシーソー式だから、自慢の靴を履いていてもつま先が痛まないのもこのバイクの自慢だ。
元気なパワーと素直な乗り味。
跨ぎ空間を作り、ステップスルーというコンセプトで、だれでも乗りやすいバイクを目指したスーパーカブ。そのため、エンジンやフレームを低く配置したレイアウトは60年前に登場した初代から変わらない。もちろん、このクロスカブでもだ。シートに座った股の間に燃料タンクはない。ニーグリップをタンクでする習慣があるライダーにとって、すきま風が吹くような思いをする場面があるかもしれない。
しかし、クロスカブはスーパーカブ同様、しっかりとした乗り味でふらつかないので、そんなこと10分で忘れてしまうだろう。前後のドラムブレーキも、最初はじわっと、握り進めるとレバーストロークの奥ではしっかりと効いてくれるタイプで、制動力の調整がしやすい。これもカブ独特のライディングポジションを考慮した程よいパッケージになっている。
里山の道を走った。ちょっとした登り坂でも4速のまま平然と登るクロスカブ。真上が60km/hを指す速度計が盤面の半分にしかすぎず、その速度を維持するのはとても簡単。スムーズでアクセルにも余裕がある。トルク型の特性だが、必要とあらばシフトダウンでけっこう加速を引っ張れるエンジンの回り方でも対応してくれる。ハンドリングも嬉しい。セミブロックタイヤだが乗り心地やグリップ感にゴツゴツ感はないし、フワッとした乗り心地の前後のサスペンションではんなりとアスファルトを舐めてゆく。乗りやすいのだ。
砂利道も得意技。
さらにダートの道にも踏み込んだ。160mm弱ある最低地上高はこうした道でも安心感がある。それにブレーキやサスペンションの特性もこうした道を余さず走ってみたいと思わせるもの。軽い車体が生む機動性をしっかりと活かせる。ダム湖脇をゆくその道の先まで楽しめたのはいうまでもない。途中、釣りをする人がそのダートを歩いていた。静かにするりと通過してお邪魔にならないステルス性まで得意ジャンルのようだ。
オフロードタイプのバイクとは異なるが、クロスカブもこうした道が得意だ。アウトドアのマストアイテムのような存在で、雰囲気を濁さず走ってゆくクロスカブ。カップラーメンをツーリング先のふとした場所で食べるのが密かに流行っているそうだが、このクロスカブなら確かにどこでもレストランだ。
これはバイク界の軽トラかも。
コンパクトな排気量とどこでも溶け込む存在感。そして荷物は乗り手が腕をふるって工夫できるほど様々なスタイルを受け入れてくれる。その辺はスーパーカブをベースにしただけに拡張性も高い。クロスカブはまさにバイク界の軽トラのような存在だと思った。たぶん、バイクなのに、薪の束や灯油の容器を積んでも様になるし、アイリスオーヤマの押し入れケースを積んだって右にでるものはいないだろう。この、出かける先にも、出先で何をするか、についても、何を積むのか、にも制限がなく、人それぞれに使えそうなところは正に軽トラと比肩するライフスタイルものだ。モペッドやベスパでサハラを行くのも、クロスカブでナニかに縛られずに走るのも全くの同義だと感じた。なるほど自由な乗り物だ。60年たっても変わらないスーパーカブ魂はここにもしっかりと受け継がれている。
(試乗・文:松井 勉)