2018年10月5日
Honda CRF450L 公道とレーサーの交点。 新たな価値観に驚く。
■試乗・文:松井 勉 ■撮影:渕本智信
■協力:Honda http://www.honda.co.jp/motor/
あれこれ考える前にまたがろう。だって、オフロードファンにとって、これほど性能重視のニューモデルは久しぶりだし、それが大手を振ってストリートを走れるモデルときた。しかも、モトクロッサー、CRF450Rをベースに造られた、と言われたらもうまずは走ってみるほかない。
高い遊び?
話題だ。税込み129万6,000円という車体価格、CRF450Rをベースにしたストリートモデルであり、公道使用を前提に長いサービスインターバルを持たせたエンジン、しかし、騒音などの規制に対応するカタチで最高出力は18kWと額面では250程度。いや、でもバイクは乗らねば解らない。
2015年。ボクは希有な体験をした。公道用にリリースされたMotoGPマシン、RC213V-Sに茅ヶ崎の道で乗った時のこと。そのコンパクトさ、エンジンの軽さ、そして極上な一体感。バイクは馬力なんかじゃ語れない。2000万円以上でコレしか馬力ないの! あのときも揶揄された。が、一握りのMotoGPライダーが乗るバイクを、公道仕立てにしたRC213V-Sは、走る前から驚きの連続。だって、サイドスタンドからスッと起こす瞬間にさえ、歓びが凝縮されているんだもの。
結論から言えば、CRF450Lに乗って感じた歓びは、遠からず同種のものだった。
見た目からはじまる世界感。
レーサーのCRF同様、細身で足周りが悪路と対峙するかのように長い。エンジン下には充分な地上高があり、なによりただ者ではない雰囲気、オーラがにじみ出る。これでもCRF450Rよりシート高はだいぶ低いし、サスペンションだってモトクロッサーほど長くない。ちなみにアクスルストロークをみると、フロントが268mm、リアが300mmとなる。たしかにモトクロッサーよりは短いが、充分なストローク量である。
さらに言えば、マフラーは触媒を内包し、消音のために大型化されているし、電装系を収めた左のサイドカバーは、最小限だがふっくらとしている。しかしヘッドライトやウインカー、テールライト、ライセンスプレート、デジタルのメーターなど、公道走行に必要なものは、取って付けた感じではなく、専用設計されたものを含めて装備される気合いの入れようだ。
サイドスタンドだって軽量なアルミ鍛造だ。隅々にCRF450LというマシンがCRF450Rをベースに造られました、というタグが付いているようだ。ライセンスプレートホルダーなど「ウイリーで竿立ちとかしたら泣き入るな」と自制心がマックスになるほどアルミ製の麗しい部品で構成されている。まるでフェンダーレスキットのようだ。
メンテサイクルは長い。
しかも、エンジンはどこから見てもCRF450系のエンジンだ。それをどのように公道用に合わせ込んだのだろう。
CRF450Lのエンジンは騒音規制、環境規制をクリアするために上限馬力は絞られている。オイルやオイルフィルター交換のインターバルは1000kmもしくは4ヶ月、フューエルフィルターも3000km、もしくは1年と他の公道用モデルと比較したらはるかに短い。
だから乗り方によっては10万kmオイルメンテだけで走れるように設計されたエンジンとは違う。レーサーのエンジンをベースにした、ということはこういうことなのだ。
しかし、大きなパーツにはしっかりと耐久性を持たせた。ここにも上限馬力が絞られたメリットがある。吸排気バルブ、ピストン、ピストンリング、ピストンピン、クランクシャフト、クランクシャフトベアリング、カムチェーンテンショナーなど多くの定期交換部品が3万kmごとと長いサービスインターバルを持たせている。3万kmに一度はフルオーバーホールをして下さい、という認識だろう。
余談だが、ダカールラリーにホンダが復帰した2013年、CRF450Rの兄弟車、エンデューロモデルの450Xをベースにしたラリーマシンでの参戦だったが、ダカールラリーの行程、およそ9000kmを、優勝争いをするトップチームがエンジン無交換で走る作戦は冒険だったそうだ。
例えばレース用エンジンに耐久性を持たせるなら、ケース各部を肉厚にする、振動をおさえるためのバランスウエイト、バランサーを装着する、など耐久性を増す手法はいくらでもある。しかし、それはエンジンの大型化、重量増加となり、車体の理想的な場所にエンジンを搭載するためのコンパクト設計や、運動性のための軽量化、その中でパワーを出すための高回転化などと相反するものになってくる。
だから、レーサーは性能をとるかわりにメンテナンスサイクルが短い。スポーツの道具なのである。もちろん、サービスインターバルより早く各部を交換したり、サスペンションのオーバーホールをしたりすることもこのバイクと暮らすなら趣味の一つになる。交換すれば必ずアップデートされた感触が伝わってくるはず。その辺も楽しみ方の一つだろう。
びっくりする、扱いやすさ。
モトクロッサーのCRF450Rのパーツを多く使いながら、どこまでストリートに近づけるのか。それが開発者達のミッションだった。先述のとおりエンジンは騒音規制、エミッション規制に適合させるため、そして耐久性を高めるための改良が施されている。まず圧縮比は13.5対1から12.0対1へ。音はもちろん、特性を狙ったもの。ピストンリングは2本から3本へ。フリクションロス低減の点からレーサーは2本だが、エミッション対応と耐久性を考えての3本チョイスだ。
エアクリーナーボックス、マフラーなどの吸排気系の細部、諸元もCRF450L専用。トランスミッションは6速化。CRF450Rの5段ギアボックスよりも、よりクロスさせた配分のギアに、クルーズ用の6速を加えている。スペックを見ると18kW(24ps)/7500rpm、32Nm/3500rpmと控えめなのが解る。額面から言えばCRF250Lと馬力は同じ、トルクもレーサーと比較すればかなり控えめだ(現在、CRF450Rのスペックに表記はないが、かつての表記があったものを参考までに。2008年モデルCRF450R・最高出力41kW(55.7ps)/9000rpm、50.3Nm/7000rpmと強大)。
エンジンはあっさり始動する。下げた、とはいえ高い圧縮比。広いボアを持つエンジンだ。水温が上がってきた頃、少しアクセルをブリッピングしてみると、そのレスポンスは紛れもなくCRF450系のもの。ヴァン、ヴァン、ヴァンとクランクマスを増加させたにもかかわらず回転上昇も下降も鋭い。感心するのは振動が少ないことだ。
跨がると、シート高というよりシートの着座位置がハンドルバーの高さに比べ少し低めな印象だ。肩から腕をグリップに落とす角度が少し足りない感じなのだ。CRF450R用の肉厚なシートがそのままCRF450Lに装着できるそうなので、ポジションを改善するのは難しくないそうだ。
ステップペグは足を載せただけでバイクに荷重がかけられそうな絶好なポジションに着いているし、そのサイズ、長さとも足から操舵をすることが簡単にできそうな予感がする。
手応えのあるクラッチレバーを引き、1速へ。ブーツを通して感じるタッチの良さもレーサーベースらしい。シフトペダルから感じる剛性感のようなものが嬉しい。
クラッチを繋ぐ。その動力伝達はとてもスムーズ。ボトムトルクもしっかりあるし、アクセルに対するレスポンスも適度に丸い印象で、ガツガツこないのが嬉しい。雨に濡れたアスファルトを走り出す。CRF450Rと比べてキャスター、トレールも安定方向にセットされているCRF450L。低く抑えたシート高の関連もあり、個人的にはリアの車高をもう少し上げるか、シートを嵩上げしたい。前輪が少し遠く感じたからだ。
チョイノリでここまで自分の好みのセットアップとの違いを感じるのも、純度の高いスポーツマシンならでは。車体の剛性やサスペンションの減衰力、そしてタイヤのグリップ感などからそうした対話がすぐに楽しめる。
ツーリングペースで林間に続くワインディングを走る。シフトアップ、シフトダウン、その都度エンジン回転数、トルク感の繋がりの良さに感心する。ダララララ、と低中回転域で走るとエンジンの許容範囲の広さが公道走行によくフィットしている。また、前後のブレーキのタッチも、適度なタイトさと、制動力のバランスの良さで、短いレバーから幅広いコントロールをする的の広さを思わせる。
ちなみにこのブレーキ周りもCRF450Lが公道を走ることを勘案した専用設計となっている。基本的にモトクロストラックでは向きを変える準備として減速をするなど攻めている時のコントロール性に焦点を合わせるが、カーブに合わせて減速をするなど緩く長く減速する場面が多い公道に合わせたチューニングだ。タッチがシビアだったり制動の立ち上がりが急だったり、ということよりも、滑らかな制動とそれに向けた思い通りの操作感が求められる。それもしっかり作り込まれていた。
林道では格の違いを実感。
短い林道も走ることが出来た。“Attack next trail”を開発キーワードとしたCRF450L。アメリカなどからのリクエストによると、オフロード用ビークル向けのオープンエリアを楽しむ上で、エリアから別のエリアに公道を使って移動する場合があり、いちいちトランポに積まずとも移動が可能なストリートリーガルが欲しい、というものだった。
つまり、主眼はオフロードを楽しむためにドンズバ、ナンバー付きのCRF450が欲しい、というものだったのだ。それだけにダート路、林道などはCRF450Lを試すのにうってつけだ。
舗装路を走っている段階ではややリアの減衰が強めに感じていた。しかし、アクセルを開けて林道を上りはじめ、荒れたカーブやそこからの立ち上がりで加速をしても、リアはしっかりと路面追従性を発揮してくれる。フロントフォークもギャップにはじかれることなく、縦方向の衝撃を吸収しつつ、手首に無粋なキックバックがない。初期から作動性がよく、吸収力、車体剛性がよくマッチしていて、とても走りやすい。
さすがにカーブのミドルでアクセルを開け、一発で向きを変えるほど急激にハジケる力感はないが、むしろそれが乗り易さに繋がる。クロスしたミッションを活かし、ラインと加速タイミングを乗り手が計っていけば、一体感が増す。この乗り味は正にレーサーDNAだ。いわゆるデュアルパーパス系モデルとはやっぱり格の違いを見せつける。
嬉しいのは下りだ。運動性に優れた軽さがあること、チタン製タンクなどで重心位置より高い場所に重みが少ないため想像以上に軽快なコントロール性を味わえる。また、その時のエンジンサウンドが刺激的。CRF450Lは俄然生き生きした走りを見せる。
エンジンのフィーリングはスムーズなトルク特性と、急激過ぎないパワーの恩恵が特徴だ。従来の市販モデルよりややハイスロな印象のアクセルグリップで表現すると、開度0から40%あたりまでを使ってパワーを引き出すと、エンジン特性とマッチングが良いように思えた。例えばアクセル低開度から急激に開けると、スロットルボアが大きいキャブ車のように、少しトルクの谷に入るようなパワー感の減衰を感じた。息付きを起こすわけではないが、スムーズな加速にはライダーはアクセル操作にも神経を注いで対話を楽しむコトを勧めたい。
雨上がりのオフロードコースにも入ってみた。富士山の火山灰とゴロ石、そして森の中は黒土という滑る要素満載の場所。標準装備されたIRCGP-21F、GP-22Rというチューブ入りのトレールタイヤだが、エアを適度に落とすだけでトラクション性を引き出し、加速し、登坂してくれた。こんな場面はパワー任せではどうにもならない。オフロードタイヤを履き、フルパワーだとしても、制御するのが逆に大変になる。路面をかっぽじり(壊しながら、とも言える)走るのも豪快だが、轍が掘れるライディングをしなくても、このCRF450Lのパッケージの良さに助けられた。
短時間ながら充実した対話が出来たことに満足できた。本気のオフロードライディングを意識した一台だけに、今後の動向も気になる。オフロードエリアと公道を渡り歩くためにCRF450Lは造られたが、450が出来てみると、今度は250で、という声も上がり始めているという。
また、250Lにラリーが加わったように、CRF450RALLYというダカールレーサーがあるだけに、そうした展開にも注目したい。ストリートが走れて、ラリーも許容する市販車。まさにスゴイ価値観を持ったバイクになるのではないだろうか。
あとはこうした高い趣味性を持ったバイクを求めるユーザーを、ショップがどのように関係を醸成するのか。ドリーム店のお手並みにも期待をしてみたい。オフロードの趣味性はどっぷり嵌った人なら先刻承知だが、深いからだ。
(試乗・文:松井 勉)
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