2018年9月27日
第73回 第20章 Kirk Michael
マン島での朝はそれが最終日であっても容赦なく早い。そして寝不足である事は・・・もうどうでもいい。
昨日、まるで悪夢のようなマズいビールを飲んだオレはあの後、帰りの買い出しでアサヒのスーパードライを買って帰った。(スーパーに置いてあったのだよ。)
ピールの街でキッパーを買っていたので家に戻りそれをつまみにみんなと飲んだのだが、やはり日本のビールのクオリティは最高だ。しかもキッパーとの相性も抜群でいい口直しになった。そしてこの日の朝食はハンバーガー。スーパーのレジではちゃんとケチャップとマスタードをもらった。学んだ事は即実行。これがオレのモットーである。
朝食のあとタバコを吸いに外に出た。空には青空が広がっている。マン島に来てから一番と言っていい晴天だ。最終日を飾るにふさわしい。
レースにおいても最高のコンディションだろう。なんといってもこの日のレースはすべてが決勝。ライダー達の気合の入り方も尋常ではないはず。支度を済ませオレは観戦場所へ向かった。先日、下見で訪れたカークマイケルを目指す。
今回はホームステイしているメンバー全員がここでの観戦となる。そのため2回に分けての送迎だ。オレは最初の便に乗せてもらった。
道中、目の前を後ろに二人乗っているトライクが走っていた。封鎖されていない時間にコースを一周してくれる有料のサービスだそうだ。
観戦場所に着くとまだ時間が早いせいで人はまばらだった。このカークマイケルの観戦ポイントは有料である。だがここにはそれだけの価値がある。
マン島TTを象徴するような風景をバックに縦にうねる緩い上りのストレート。そこからハイスピードで切り返すS字コーナー。見どころは多い。環境的にもトイレもあれば飲食できる設備も整えられている。オレは6ポンド(約1000円)の料金を払い中に入った。観戦用の椅子を借りて好きな所を選ぶ。早い時間でよかった。その後は次々と観客がやってきて2便目が到着する頃はほぼいっぱいの状態になっていた。
売店でコーヒーを買いカメラの準備をしながらレース開始の時を待つ。と言っても開始まではまだ一時間以上はある。ホームステイメンバーのやつらと雑談しながら過ごしているとその中の一人が何かに気づいた。そして「今、日本人がバイクで入ってきた」と。
すべてのバイク乗りがヘルメットを被っている状態でなぜ日本人とわかったのだろう。
それを問いただすと「バイクのサイドバッグにチョウセンと書いてあった」のだと言う。
オレは「だったらそれは日本人ではなく韓国人だろう。」と。
ボケたわけではない。大真面目に言ったのだが・・・オレの返答は完全にオヤジギャグ扱いされてしまった。どうやら朝鮮ではなく挑戦だったようだ。気になったのでその人の所へ行ってみた。Iさんと名乗ったその人は日本人で60過ぎの愛想のいいオジサンだった。奥さんと二人でヨーロッパ大陸横断の旅の途中なんだとか。
しかもタンデムではない。奥さんの方も250ccのバイクで一緒に走ってきたらしい。
ちなみに奥さんの方はちょっと陽気な普通のオバちゃんである。何気にスゲェ事やってる人がいるもんだ。
事の経緯を聞くと
昨年、旅行会社のツーリングツアーでウラジオストックからイスタンブールまでバイクで走るツアーに夫婦で参加したのだという。そしてイスタンブールに着いた時、もっと先まで行ってみたくなったんだとか。そこで現地にバイクを預けて一度帰国し、準備し直して再スタート。その途中でこのマン島に寄ったらしい。
それにしても・・・文化も言葉も違う。治安も当然、日本に比べたらよくない。そんな中をたった二人でよくここまで辿り着いたものである。
この夫婦、二人そろって日本語以外は全然ダメらしい。それで大丈夫だったのか聞いてみると「なんとかなるもんですよ」と。
うん、今のオレには分かる。もちろん英語くらいは話せた方がいい。だが何とかはなる。
ただそこにはその人の本気が必要だ。ホームと言える環境では自分は本気だと思ってもそのほとんどはレベルの高いストイックさでしかない。今回、初めて日本を出た事でオレはその事を思い知った。本当の意味での本気は大抵の事を可能にしてくれる。
そもそも大陸横断なんてスケールのデカイ旅、本気じゃなきゃ無理でしょ。
Iさんとそんな話をしている中、彼の奥さんはというと、屈強な体格のバイク乗りにむかって「すいませぇ~ん! 写真撮ってもらえます?」と満面の笑顔を浮かべ日本語で話しかけている。
度胸があるのか単に無邪気なだけなのか、どちらにしても相当の怖いもの知らずである。
Iさんに聞くと道中、ずっとあんな調子だったらしい。
常々思っていた事だが、やはりニッポンのオバちゃんは最強だ。
このまま世界一周くらい行けちゃうんじゃねぇか!?
そうこうしているうちに観客の来場も落ち着き、コースは封鎖された。マーシャルのマシンが目の前を通過していく。その後を満席のインプレッサが3台、物凄い勢いで立て続けに通過していった。レース前のコースを全開走行してくれるVIP専用のサービスである。
そしてレースの本戦が始まった。最初に行われるのはゼロクラスだ。
そういえばゼロクラスはその予選が何度も雨で流れている。そのためこのクラスのマシンが走る姿を見るのはこれが初めてである。って事は
これは予選なのか? それとも予選抜きでいきなり決勝本番なのか?
もうこのあたりは他のクラスもそうだがスケジュールがシャッフルされ過ぎて訳がわからない。まぁ今さらどうでもいい事ではあるが。
ゼロクラスは実質、電動バイクのレースである。よって排気音は聞こえない。マシンの接近を知るには中継用のヘリの爆音だけが頼りだ。
そしてヘリの音が聞こえてきた。コースをのぞき込むとマシンの姿が見えてきた。
さて未来のバイクの走りとはいかなるものなのか。
音は何も聞こえない。だがマシンが近づくにつれヒュイーーン! という音が聞こえてきた。
それがだんだん大きくなっていく。そしてオレ達の前をブゥ~ンッ!! と空気を切り裂く音だけを残して走り去っていく。
思っていたより全然、速い。最高速は260~270キロくらいだそうだ。
それでも他のクラスに比べると迫力には欠ける。やはりサウンドはあったほうがいい。
街中でこんなバイクを目にするようになるのはそれほど遠い未来ではないのだろう。しかし車で走っててあんな感じで音もなく抜かれたりしたらかなり怖いだろうな。
レースは一周のみであっという間に終わってしまった。フル充電で走れる航続距離はまだそのあたりが限界なのかもしれない。ゼロクラスが終わり矢継ぎ早にサイドカーのレースがスタートした。オレはこのマン島TTで初めて生のサイドカーレース観てかなり気に入ってしまっていた。走りは車とバイクの良いとこどりな感じ。
ライダーとパッセンジャーのコンビネーションも見ごたえがある。そして何より走っている姿がカッコイイ。それはガキの頃、テレビで見て憧れたヒーローもののキカイダーを思い出す。
ヘリの爆音に混じって甲高い排気音が聞こえてきた。
最初のマシンが視界に入る。そして猛烈な勢いで迫り目の間を通り過ぎていく。
その後もカラフルなマシンが次から次へと走り去っていった。
走るラインはそれぞれに違っていたりする。7、8台目だっただろうか、赤の車体に星が幾つも描かれたマシンがオレたちの観ている側をかすめるように通り過ぎた。
その時、オレの横の客が置いてあったカメラの三脚がその風圧(いや、衝撃波か!?)で横倒しになった。
それに呼応するように凄まじい歓声があがる。すると隣のW氏が「今のマシン、乗ってるの女性なんだよね」と。
なるほどこの歓声にはそういう意味合いも含まれているのか。それにしても女性とは思えないような走りである。
このマン島TTという大舞台で今のをファンサービス的にやったのだとしたらとんでもない度胸とテクニックだ。
Iさんの奥さんもそうだが女性のメンタルというのは男には理解し難い強さがある。
そしてそれは実に恐ろしい。
HERO‘S 大神 龍
年齢不詳・職業フリーライター
見た目と異なり性格は温厚で性質はその名の通りオオカミ気質。群れるのは嫌いだが集うのが大好きなバイク乗り。時折、かかってこい!と人を挑発するも本当にかかってこられたら非常に困るといった矛盾した一面を持つ。おまけに自分の評価は自分がするものではないなどとえらそうな事を言いながら他人からの評価にまったく興味を示さないひねくれ者。愛車はエイプ100、エイプ250、エイプ750?。
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