2018年9月12日

ホンダCRF450Lは何がどうすごいのか。 開発責任者のインタビューを交え詳しく検証する。

■試乗&文:濱矢文夫 ■写真:依田 麗/HMJ
■協力:ホンダモーターサイクルジャパン http://www.honda.co.jp/motor/

 
 ホンダからCRF450Lが国内発売された。これは日本のオフロードバイク好きにとって大きなニュースとなった。その理由は、ホンダとしては1985年代に発売されたXL600R ファラオ以来となる400cc以上の国内市場公道向けオフロード車というだけでなく、ベースとなった車両が、同社のオフロードコンペティションモデルでは最高位となるモトクロッサーのCRF450Rだからである。

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 ホンダからCRF450Lが国内発売された。これは日本のオフロードバイク好きにとって大きなニュースとなった。その理由は、ホンダとしては1985年代に発売されたXL600R ファラオ以来となる400cc以上の国内市場公道向けオフロード車というだけでなく、ベースとなった車両が、同社のオフロードコンペティションモデルでは最高位となるモトクロッサーのCRF450Rだからである。

 250ccクラスにCRF250Lという公道用オフロードバイクがあるが、モトクロッサーのCRF250Rとは共通部品がまずない別物だ。これまで、それは残念なことではなく、当たり前のことだった。なぜなら、レースに勝つための車体やサスペンション。高出力なエンジン。どれも高性能ながらメンテナンスサイクルが短く、閉鎖されたコースが主体で舗装路もある一般公道を、時には長距離走るようには作られていない。オフロードバイクと言っても、レース用車両と一般公道向けとは分断された世界があった。だからこそ、CRF450Rを下敷きにした公道モデルという事実が与えた驚きは大きい。やや極端な表現になるけれど、これをオンロードに当てはめるならば、MotoGPワークスマシンRC213Vと、それをベースにした公道モデルのRC213V-Sとの関係に近いもの。そう表現するとオフロードバイクにあまり興味がないライダーにも伝わるだろうか。

 開発責任者として、このCRF450Lの開発を指揮した本田技術研究所の内山幹雄さんに、大いに気になる誕生までの経緯をうかがった。

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内山さんはLPL(Large Project Leader=開発責任者)として2017~2018のHRC Factory CRF450R/250Rと、市販のCRF250R(2013、2018~2019モデル)、CRF450R(2014~2015、2017~2018)、CRF450X(2019)など、レーサーCRFシリーズを担当してきた。公道モデルとしては、CRF250LのシャシーにPL(Project Leader)としてたずさわった。

内山幹雄さん:「企画がスタートしたのは2017年にCRF450Rがフルモデルチェンジした時でした。ヨーロッパや北アメリカでダートを走る環境が変化したことがあります。走るコースが公道により分断されてしまっている状態になり、走った後に他のトレール(山道や林道など)へ行きたくても、トランポに1度積んで移動する必要が出てきたんです。そうするとトランポがあるので走り抜けて行けず、また出発点に戻らないといけない。そういう不便さから、お客様の声として、煩わしくなく気軽に走り抜けられ、かつハイパフォーマンスな車両が欲しいという声がユーザーや販売店から聞こえてきました。そこで公道を走れる本格的に走れる高性能なオフロードバイクを送り出したいということになったんです」

 それで最初からモトクロッサーCRF450Rをベースにしようと開発陣は決めた。そうすると、日本より大きなマーケットがあるヨーロッパや北アメリカなら理解はできるけれど、ひと昔前より確実にラインナップが少なくなった昨今、決して盛り上がっていると言えない国内のオフロード市場でも販売することにした理由が気になってくる。

内山さん:「いちばん大きいのは国内と欧州の環境規制がほぼ同じになったことです。これによって、コストをかけて日本専用車を作らなくてもよく、ヨーロッパと同じ車両をそのまま持ってくることが出来るようになりました。そして日本の中でも昔からモトクロスなどオフロード趣味を楽しんでこられたコアなオフロードバイク好きの方々がいることです。ちょっとやそっとのオフ車に心が動かず、本物志向の大人のエンスージアスト。そういうユーザーは今は見えなくなっているだけで、確実にいると思うんです。そういうライダーに喜んでもらいたい。そしてタイミングも良く今が出すチャンスでした」

“タイミングが良い”とは、現行の騒音と排出ガスの規制であるユーロ4をなんとか通すことができるから。2020年からを予定としているもう一段厳しくなるユーロ5はCRF450Rベースでは通せないと言う。そして国土交通省が2輪車の安全性強化の一環として、原付一種を除き2018年の10月から販売する新型車両はABSを装着しなければならないと決めたこと。9月に発売されたこれはそこに当てはまらない(継続生産車は2021年10月までに義務化)。ここから、CRF450Lがこのままの姿で販売できる期間はそれほど長くないだろうというのが分かる。タイムリミットまで国内で販売を続けたとしても新車が手に入る期間は2年ほどしかない。
 

開発の狙いは限りなくCRF450Rの血統を残すこと。

内山さん:「Rに保安部品だけを取り付けてそのまま出したいという気持ちが原点です。そこを崩さずに市販車として必要な要件を入れていきました。長距離移動を考慮してトランスミッションを5速から6速に、それと使い勝手を考えてタンク容量を6.2Lから7.6Lに増やすこと。それ以外はRのままを使おうという気持ちを開発チーム内で徹底しました」

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写真右が現行型CRF40R、保安部品が装着された左がCRF450L。おおまかな構成はそのまま引き継いでいるのが分かるだろう。


 
 それによって、CRF450Rから受け継いだ部分は70%にも及ぶ。耐久性、耐候性を考えるとこれは驚異的な事である。変更した30%についてここから詳しく説明しよう。

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倒立フロントフォークはセッティングが違えど構造、中の部品はシールも含めCRF450Rとまったく同じ構成のもの。アウターチューブは若干形状を変更している。これは剛性の最適化をしたからで、グレードダウンにはならない。「セッティングを変更すればモトクロスコースで楽しめるポテンシャルはあります」と内山さん。ブレーキホースもレーサーとは違い公道市販車としての耐久性を考慮したものを採用。


 
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ブレーキキャリパーはひとつ前の型のものを装着している。これはキャリパーピストン径が現行モデルより大きく耐フェード性に優れることから。焼結メタルパッドを採用。写真では見えていないが、ブレーキローターは同じような形状ながら耐久性を上げるために厚くなっている。インナーチューブのガードはCRF450Rと同部品。ハンドル切れ角も共通の44度。


 
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リアホイールリムはモトクロッサーの19インチではなく、エンデューロモデルや公道オン・オフモデルが採用しタイヤが選べる18インチ外径に変更。リムはJATMAの法規に適合するためにCRF450R純正とは違う断面形状をしたD.I.D製を採用。カラーもシルバーじゃなくブラックアルマイト。純正タイヤはCRF250Lも履いているIRC製のGP-21F/GP-22R。


 
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リアサスペンションそのものの構造は使用しているダンパーも含めCRF450Rと同じだが、リンク比を最適化するなど専用のセッティング。5速から6速にするためにクランクケースの幅を広げたのにともない、アルミフレームのスイングアームピボット部分の幅も広げられている。


 
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セル始動のユニカムバルブトレインの449cm3水冷4ストローク4バルブエンジン。トレールで扱いやすい低回転域での粘りを出すためクランクマスを12%上げている。CRF450Rのピストンは2本リングで、CRF450Lは3本リング。より乗りやすくする目的で、圧縮比も13.5から下げた12に。フィンガーロッカーアームも形状を変更している。共通部品に見えるエンジンマウントも剛性を最適化。


 
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ホンダお得意のチタンの燃料タンク(7.6L容量)はクロスカントリーレースモデルであるCRF450Xのもの(燃料は無鉛プレミアム指定)。ラジエターには電動ファンが標準装備される。フロントフェンダーは共通部品。テールランプやフェンダーを装着するためにシートレールを延長。


 
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公道車として必要になったラジエターのリザーバータンクは、アンダーフレームのふた股に分かれた部分に収まっている。そのままでは注水しにくいので、注ぎ口を横に伸ばした(クランクケース前方にある黒く小さい丸いキャップがそれ)。


 
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灯火類はホンダオフロードモデルとしては初めてとなる全LED。軽さと省電力でメリットがある。光量を確保しながら顔を小さくするために縦型2灯。


 
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バッテリーには従来のものより圧倒的にコンパクトで軽量な、他の電池に比べエネルギー密度が高いリチウムイオンバッテリーを採用。「問題はまったくないです。性能もいいですし、鉛バッテリーと違い自己放電が少ないので保管後の再始動性もいいですよ。」と内山さん。


 
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ウインカーステーは90度曲げても折れないフレキシブルなものになっている。転倒しても破損しにくいというオフロードでの使用を考慮したもの。「ちょっとその辺を走りに行くのに、わざわざ取り外さなくてもいいように」と。テールランプは法規をクリアできる最小のものということで、グロムから流用。CRF450Rの2本出しマフラーとは違い1本出しにしたのは、エミッション対応のために使われているキャタライザーを集中して効率的に働かせるために。右側に重いマフラーがあるので、左側に電装関係部品を持ってきてバランスを取った。


 
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シュラウドはCRF450RXと同じ形状(洗車や摩擦に強いインサートフィルム成型のシュラウド一体型グラフィックを採用)。より薄いクッションのシートは、ベースがCRF450Rと同じなので流用してハイシートにもできる。シート高はCRF450Rより45mm低い895mm。またがるとストロークたっぷりのサスペンションが沈むので数値以上に低く感じる。実際、身長170cm(短足)でも両足を伸ばしてつま先が接地した。オフロードレース車両を知っている者からすると、「低い!」という印象になる。


 
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軽量でコンパクトさを優先したデジタルメーター。写真には写っていないけれど、ハンドルスイッチは専用設計。キーシリンダーのマウントや、このメーターをマウントするためにトップブリッジ はCRF450Rとは違う専用品。


 
 開発していく中で最も苦労して思い出に残っているものはどこかとの問いに内山さんは「いろいろあったんですが、いちばん大変だったのは音ですね」と答えた。

内山さん:「音をどれだけ規制内におさめるか。やっぱりエンジンはモトクロッサー譲りなので、市販車よりガシャガシャと大きな音が出てしまう。それがなかなか下がりきらなかったんです。原因を突き止めながらその都度手を打ち、最終的には樹脂製のエンジンカバーを採用しました。他にもいろいろ音のために手を入れました」

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音をおさえるためにクランクケースを左右から覆う黒い樹脂カバー。


 
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見た目からはまったく分からないけれど、音対策としてアルミスイングアームの中に発泡ウレタンフォームを流し込んでいる。指で叩くとCRF450Rのスイングアームとはまったく違う低くデッドな音。ドライブチェーンが触れるチェーンスライダーの下側にもスポンジが貼り付けてある。


 
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一般的な公道用市販車のようにハブダンパーが設けられていないので、スプロケットにゴムを巻いてドライブチェーンの打音を小さくしている。エアクリーナー(湿式フィルター)も吸気音を小さくするために新設計したBOX形状に。


 
●気になるメンテナンスサイクル。
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 保安部品を装着し、市販車としてここまで微に入り細に入り変更して車両重量はCRF450Rの112kgから約20kgだけ重い131kgにおさえたのは立派だ。ちなみにCRF450RXは116kg、排気量が小さいCRF250Lは144kgである。

 とことんCRF450Rを貫いたことが伝わってくるけれど、この車両のスペックが発表になった時に、周りの一部ライダーから最高出力18kW [24PS]/8,500について「低いのではないか」という感想が耳に入ってきた。オートバイの楽しさはスペックだけ語れないと知られてはいるけれど、実際にこういう声があることを内山さんに直接ぶつけてみた。

内山さん:「これは乗っていただかないと分からないですが、楽しくて充分に走れるエンジンに仕上がったと自信を持って言えます。スロットルを開けた時にガツンとくるフィーリング、ヒット感を極力おさえて低回転域を豊かに。スペックを追い求めるならば高回転型にすればいいのですが、コースとは違いトレールだと実はあまり面白くないんですね。3千500回転をピークにして6千回転付近までフラットに出てくる大きなトルク(最大トルク=32N・m[3.3kgf・m]/3,500)がありますから確実に面白いと言い切れるものができました」

 剛性を見直したヘッドパイプには使っていないボス穴が空いている。それとフロントブレーキの耐フェード性を向上させているところなどから、これから派生するモデルも考慮しているのではないかと、どうしても勘ぐってしまう。内山さんは笑いながら販売計画台数の500台をクリアしたら250も含めて次のモデルというのにつながるのかもしれないとはぐらかした。好事家としては、どうしてもダカールラリーレーサーのレプリカモデルも期待してしまう。

 それはさておき、まずはモトクロッサーベースの高性能というだけでなく、現在の国内ではそれほど大きなマーケットとは言えないオフロードバイク、それも同カテゴリーでも一見さんではなく少数のコアライダーが中心となる排気量クラスに、メーカー希望小売価格129万6000円(消費税8%込み)で、それも保守的という印象もあるホンダから販売されたことを喜びたい。オフロードバイクに乗らないライダーにとっても、少数でも本当に好きな人が喜ぶ商品を作りたいという開発陣からの大きな熱量を感じるものが発売されたことは注目すべきところである。気になるその走りの印象は後日。報告をお楽しみに。
 
(インタビュー&文:濱矢文夫)



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