2018年8月17日
鈴鹿8時間耐久レース・インサイド「カワサキ、魅せた!」
■文:佐藤洋美 ■写真:赤松 孝
今年の鈴鹿8耐のトピックの一つが、ジョナサン・レイ(カワサキ・チーム・グリーン)のエントリーだった。カワサキは「レイが勝ちに来る」と発表したのだった。レイは、スーパーバイク世界選手権(SBK)で2015~2017年、史上初の3連覇を飾ったスーパースターである。
レイと共に世界を戦うレオン・ハスラム、そして渡辺一馬のカワサキ・チーム・グリーンが、スズカで魅せた。
鈴鹿8時間耐久が始まったのは1978年で、今年41回目大会を迎えた。2017年までの戦績を見るとホンダが27勝、ヤマハが7勝、スズキが5勝、カワサキは1勝である。だが、カワサキの存在感は鈴鹿8耐の中で際立っている。無骨で義理人情に厚く、何事にも懸命に取り組む姿勢でレースファンの心をくすぐり続けている。
1970年代から’80年代には、モリワキがカワサキZ1を改造して参戦、それを駆ったワイン・ガードナーが脅威のポールタイムを叩き出した。1980年には、後のロードレース世界選手権500㏄チャンピオンになるエディ・ローソンがZ1を駆り2位となっている。世界耐久選手権(EWC)でのカワサキKR1000の活躍は欧州ファンの心を捉え、全身緑(カワサキカラー)の熱烈ファンが急増した。1989年、EWCのフランス、ル・マン24時間耐久には、鈴鹿とルマンが姉妹都市になったことを記念して参戦した全日本カワサキライダーの多田喜代一/塚本昭一/宗和孝宏が3位表彰台にも上がっている。
そして1993年、カワサキZXR-7を駆りワールドスーパーバイク(SBK)のスコット・ラッセル/アーロン・スライトが鈴鹿8耐初優勝を飾った。翌年には、スライトがホンダに移籍し、ラッセルとライバルとなり、前年の優勝コンビがチェカ―間際までの暗闇の中でギリギリのバトルを見せ、スライトが勝つが、この戦いは鈴鹿8耐の名勝負の一つに数えられている。
そのカワサキがチーム・グリーンとして13年ぶりに鈴鹿8耐に帰って来たのが2014年だった。柳川明/渡辺一樹/藤原克昭で挑み、一時は2番手を走行するが、転倒があり12位でチェッカーを受けた。2015年は柳川明/渡辺一樹、アジアロードレースのハジ・アジ・アハマッド・ユデイスティラで9位。2016年は新型NinjaZX-10Rを投入し、柳川明/レオン・ハスラム/渡辺一樹で2位となる。2017年はアジアロードのアズラン・シャー・カマルザマン/レオン・ハスラム/渡辺一馬で連続2位表象台を獲得した。
SBKでは、ジョナサン・レイ(カワサキ)が2015年~2017年、史上初となる3連覇を飾った。レイの活躍のニュースが届くたびに「カワサキが本気で鈴鹿8耐に勝ちたいならレイを呼ぶべきだ」と囁かれるようになる。鈴鹿8耐のラインナップが発表される度にレイの名前を探しても見つからず、がっかりして来たのだ。それが、今年は3月のモーターサイクルショーで釈迦堂利郎監督が「レイが勝ちに来る」と発表した。昨年、2位表彰台を引き寄せたレオン・ハスラムと渡辺一馬で戦うカワサキは一気に優勝候補へと躍り出た。
5月開催の全日本ロードレース選手権第3戦オートポリスでは、台風の影響で不順な天候を読み、大粒の雨が落ちるスタート時、ライバルがレインタイヤを装着する中で、カワサキ勢はスリックタイヤを選択。雨雲が去り、路面が乾き始め、怒涛の追い上げで渡辺一馬が勝ち、2位に松崎克哉が入り、カワサキのワンツーとなり11年ぶりの勝利を飾った。チェッカーフラッグの後にスコールのような大粒の雨が落ちるドラマチックな勝利に、今年のカワサキは、雨雲さえ味方にしていると誰もが思った。
ハスラムとレイは幼馴染で、家族ぐるみの付き合い。ブリティッシュスーパーバイク(BSB)ではチームメイトとして戦った経験もあり、レイを「勝てる」と8耐に誘った。レイは「25年ぶりのカワサキ8耐勝利の瞬間を味わうことが出来たら最高だ」と語った。ハスラムは3月、5月、6月、7月とテスト参加し、渡辺と共にマシン開発に積極的に参加、その結果をレイに伝えていた。
レイはホンダの秘蔵っ子として期待を集めていた逸材だった。2007年鈴鹿8耐にエントリー、前哨戦の鈴鹿300㎞で清成龍一と組んで優勝するが、本選には出してもらえず、優勝を飾ったのは2012年のTSR(ホンダ)だった。常に優勝候補として鈴鹿を訪れたが、ペアライダーの転倒などで優勝は一度きりだ。SBK王者となったレイの速さはBSBの兄貴分だった清成が「驚くほど速くなっている」と驚嘆するほどで、レイにとって、鈴鹿8耐は凱旋レースでもあった。イギリスのスポーツ選手の人気投票で2位(1位はオリンピックの金メダリストであるモハメド・ファラー)となったレイはイギリス王室のウイリアム王子から賞を受け取り、名誉も得て鈴鹿へとやって来た。
レイは公式テスト2回目のみの参加だったが、SBKイタリアでダブルウィンを飾り、すぐにテストに駆けつけた。テストを待ちかねていたように、シグナルグリーンと同時に、真っ先にコースインするレイの走りに誰もが引き付けられた。そのすぐ後を追った渡辺は「アウトラップが速い」と驚嘆している。4年ぶりの鈴鹿を躊躇することなく攻めるレイは、この時から驚速を披露した。レイが走り出すと明らかに鈴鹿の空気が張り詰めるように変わった。
レースウィークに入っても、その存在感は変わらず、計時予選では2分5秒168を叩き出す(参考までに2016年のポールタイムは2分6秒0)。ハスラムが2分6秒636、渡辺が2分7秒541で3人の平均(EWCルール)で暫定ポールを獲得。「トップ10トライアル」は台風を考慮して中止となり、同時出走の予選に変更されています。レイがそれを上回る2分5秒403でトップに立ち、23年ぶりにカワサキがポールポジションを獲得する。レイの速さはもちろんだが、ハスラムは来季からSBK復帰が決まり、その速さはレイに匹敵しており、この時点でカワサキはライバルを圧倒していた。
10年ぶりにワークス復帰したホンダは第3ライダーが決まったばかりで調整が続いていた。4連覇を目指すヤマハは絶対エースの中須賀克行が転倒して、決勝への参戦が危ぶまれていた。ヨシムラは参戦ライダーが決まったばかりで、カワサキ優勝への障害は見当たらなかった。
決勝は、大型の台風が鈴鹿サーキットを横断、イベントのほとんどが中止され、スタート直前に大粒の雨が落ちてウェットコンディション。ハスラムがスタートライダーとなり、トップ争いを展開する。天気は気まぐれで、雨は上がり、コースはみるみるうちに乾き始めハーフウェット。16ラップ目にピットイン、レイに交代。レイが首位に立つ。しかしガス欠で、スロー走行となり、ピットに戻るアクシデント。さらに突然の雨で、セーフティーカーが導入され、その間にスリックタイヤで走行中のレイが転倒。自力でピットに戻り、マシン修復して渡辺が3番手で復帰するが、その後2度のセーフティーカーが入り、トップとの差が広がってしまう。懸命なライディングをみせるが、残念ながらポジションを挽回することは出来なかった。だが、暗闇に輝く緑色のファンが翳すライトは、どこよりも鮮やかに光って、チェッカーライダーを務めるレイの背中を押していたように感じた。
カワサキは3位となり、25年ぶりの鈴鹿8耐優勝を掴むことは出来なかった。しかし、レイが驚速タイムを常に叩き出し、本気で鈴鹿8耐に挑んでくれたことで、どよめくような観客の歓声が渦巻き、ライバルたちの士気が上がり、いくつものドラマが生まれたのだと思う。常に速さを求めてくれたSBK王者ジョナサン・レイが鈴鹿8耐のレベルを引き上げた。
今季の鈴鹿8耐のスターは、紛れもなくジョナサン・レイだった。カワサキの鈴鹿8耐の歴史が、またひとつ刻まれた。
優勝は中須賀克行を欠いたヤマハがSBKのアレックス・ローズとマイケル・ファン・デル・マークのふたりで走り切り4連覇を飾った。優勝記録はホンダが27勝、ヤマハが8勝、スズキが5勝、そしてカワサキ1勝となった。
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