2018年7月16日
Africa Twin Epic Tour in Morocco後編 アフリカツインで、憧れのサハラ砂漠を駆ける
ついにEpic Tourはサハラの深部へ。
想像をはるかに超えたスケールとタフな道のり。
アフリカツインは、その生まれ故郷で本領を発揮した。
モロッコ7日間の冒険旅行、その後編。
2018年5月13〜19日 モロッコ王国
●レポート : 春木久史
●写真 : Francesc Montero Photography, BIG TANK
●協力 : Honda, Ride Africa Twin,Japex.net
子供たちとの触れ合いは「痛い」思い出も!
ホテルのレストランで手早く朝食を済ませると、すぐに出発だ。Epic Tourの2日目。すでにアトラス山脈を越え、今日からはさらに南へ走る。サハラの乾燥地帯だ。国道を走るペースは速い。前後にラリータイヤを装着しているため、特にフロントタイヤはブロックの剛性が低いためにフラフラする感じだったが、初日の走行ですっかり慣れてしまった。昼近くには、エルラシディアという小さな街に到着。パリダカのビバーク地として知られる地名で、みんな「ここはエルラシディアだ」といって、地名が記された看板の前で記念撮影をしたり。ぼくも、パリダカに憧れて生きてきた世代のライダーであるから、やはりなにがしかの感慨を覚える。
朝のスタートの時は寒かったけれど、エルラシディアに着く頃にはすっかり暑くなっていた。気温は30℃を超える。
小さな集落では、子供たちが飛び出してきて、ライダーにハイタッチを求める。ぼくのいるグループのライダーたちも、これに応じていたのだが、ある時、ひとりの男の子が思いっきり勢いをつけて掌を叩きつけてきた。痛いのなんのって、あとでグローブを外してみたら、親指の付け根のあたりが赤黒く内出血していた。どんだけだよ! その後は、怖くてハイタッチに応じることができなかった。がっかりさせて申し訳ないとは思ったが…。夕食のときに、みんなでその話題になった。「痛かったよ! あれは労働している人間の手だ。小さい子供なのにね」と、一人が言った。
午後3時、ランチタイムを挟んでオフロードの走行が始まった。両端が見えないほど広い枯れ川の中に、何本もピスト(道)が走っている。アフリカツインの本領発揮で、みんな生き生きとしてライディングを楽しむ。
100kmほどオフロードを走り、国道に出た時には日没近かった。この日はダデスのホテルがゴールだ。ホテルに着く前にガソリンスタンドに立ち寄るのが毎日のルーチンだ。ホテルでは、冷たいビールが待っている。イスラム教の国なので、お酒はあまり飲めないのではないかと思っている人もいると思うが、モロッコではお酒がダメということはなく、またビールやワインも安く、その点でも「安心」なのである。先輩のジャーナリスト、松井勉さんが「これはビール代だ。ちょっと足りないかもしれないけど」と渡してくれた餞別も、最後には少し余ったほどだった。
そのスケールは人間の尺度をはるかに超える。
未明に流れるコーランで目が覚める。ホテルの窓からは、茶色い街並みの上に、ピンク色の朝焼けが美しい。今日は4日目。ワルダダートに近いダデスの町から、メルズーガへ至る長い一日だ。昨日はダデスを基点にした短いループの日だった。アフリカツインは、この大地の中では、ビッグオフロードというよりもジャストサイズのトレールバイクだ。身体にすっかり馴染み、いくらでも走れそうな気分になってくるが、ハイスピードライディングの連続、そして暑さもあって、きっと身体は疲れているのだろう。知らず知らずのうちにスピードが出ていて、転倒が即、負傷につながるのが大陸のライディングだ。気を付けなければ、と肝に命じる。
スタートしてすぐに、また枯れ川(ワジ)のピストに入った。広く、地平線まで続いている。「案外広いなあ」と思ったのは、アフリカ時代のパリダカを見聞したいろいろな記事を読んできたせいだ。リビア、アルジェリアを通過できなくなり、アフリカ北西部に開催地が限定されるようになり、パリダカはルートのバリエーションを失い、後年はマンネリ化が続いた、というのが一般的な評価だ。だが、目の前に広がっている景色は、あくまでも広大で、人間の持つ尺度を超えているように思える。
やがて道は、岩山のトレイルに変わり、オフロードのタイトな峠道になった。ぼくのグループは比較的オフロード経験の浅いライダーが多いということだったが、それでもみんな結構うまくて、特にハイスピードなダートでの開けっぷりがいい。だからいつもついていくのがやっとだったのだが、こうした狭いトレイルは苦手なライダーが多く、逆に、エンデューロが得意なぼくには快適だった。
とはいえ、この岩山の道が、50km以上も続くと、さすがに疲れてくる。まだ午前中なのに、長いエンデューロの終盤のような気分。やっと舗装路に出るが今度は、また大平原の中の枯れ川のピスト。だんだん砂っぽくなってきて、時々、深いサンドピット(柔らかい砂の堆積)に出くわす。砂に突っ込む時は、フロントをすくわれないように、2速か3速でスロットルを開けて、バイクに直進性を与えなくてはならない。ステップに加重して重心を下げるために、スタンディングポジションをキープすることも重要だ。
だんだんサンドピットが頻繁に出てくるようになり、体力が消耗してくる。やっぱり今日は長い!
スペシャルゲストとの突然の出会い。
毎日、とにかくランチとディナー(というよりビール)が楽しみで、ただの食いしん坊みたいだが、この日もやっとランチポイントにたどりついてホッと一息。定番のフラットブレッド(現地の常食である堅いパン)にトマトと生ハムを挟んだサンドイッチが最高に旨い。コーラで流し込むようにして平らげ、もうひとつ貰いにいこうとレストランに入ると、なんだか見たことがある男と目が合った。「誰だっけ?」と一瞬考えたが、すぐにわかった。あ、パウロだ。パウロ・ゴンサルベスだ! 憧れのダカールライダー(HRCファクトリーチーム)が、突然こんなところにいるなんて! たぶん、ぼくはまさに「鳩が豆鉄砲をくらった」ような顔をしていたのだろう。周りの仲間たちが大笑いしている。「パウロを知っているのか!?」って、知っているもなにも…。まさにサプライズだ。
このEpic Tourの前の週に、ここではメルズーガラリーが開催されていて、HRC(ホンダ)ファクトリーチーム)も参戦。だから、もしかしたらパウロ・ゴンサルベスとジョアン・バレダがゲストでやってくるのではないかな、と思ってはいたのだが、何もインフォメーションがなかったので忘れていたのだった。まさにサプライズ!
バレダとゴンサルベスは、この日からツアーに合流。新型のCRF1000L Africa Twin Adventure Sportsで、みんなと一緒に走ってくれたのだった。
砂漠のライディングを堪能する一日。
5日目、みんなが楽しみにしていたメルズーガ、シェビ砂丘を走る日だ。そのためにこの日は、メルズーガのトンブクトゥホテルを出発し、エルファードまで125kmという短いルート設定になっている。砂丘でたっぷり遊べるようにしているのだ。
朝、砂丘を背景に記念撮影をした後、グループごとに砂丘のステージに向かう。とはいってもこの種のアドベンチャーバイクで砂丘の本当の深部に入っていくのは難しい。余程、ウデに自信のあるライダーでも、ちょっとスロットルを戻してしまうとたちまちスタックする。砂丘の周辺でも、サンドのライディングは楽しい。
ランチタイムには、ジョアン・バレダとパウロ・ゴンサルベスが、Adventure Sportsでデモ走行。その後、バレダによる砂丘の走り方レクチャーもあって、みんな大満足だ。スペイン語を勉強していないぼくには、あまり理解できなかったが、肝心なのは「スピードを高く、絶対にスタンディングをキープすること、シートに座らないこと」だったようだ。いや、それができないんですよ、バレダ先生!
砂丘を後にして、80kmほどでエルファードの町へ。市街でバイクを止めて写真を撮っていると、若者たちが寄ってきて話しかけてくれる。気さくなのだ。「うちは土産物屋をやっているんだ。うちに来て買い物しないか。見るだけでもいいから」と英語で話しかけてくる若者もいたが「日没前に帰らないと」と断ると、そうかい、としつこくされなかったのが意外だった。
暑さから一転してみぞれ雪に凍えるライダーたち。
エルファードからはひたすら北へ向かう帰還の道だ。サハラの様相から、北に行くに従い、植物が増え、瑞々しい景色に変わってくる。道も砂っぽい路面から、砂利道のようになってくる。
最終日、7日目は再びアトラス山脈を、今度は南から北へ越えるルートになった。暑かったサハラの記憶はまるで遠い過去のようで、緑豊かな景色の中、冷たい雨を浴びながら、アフリカツインの鼓動を頼もしく感じている。峠の標高は2200mほどで、道路わきには残雪も見える。雨はやがてみぞれ雪になり、ぼくたちはすっかり凍えてしまった。
ぼくたちのグループには、アントンさんという経験豊富で信頼のおけるガイドがついている。いつも明るく、ツアーのメンバーの中ではビギナーに近いぼくたちのペースを考え、励ましながら毎日のゴールに導いてくれる。雨はやみそうになく、アントンさんはやがて「あと30kmだ。バモス!」と号令をかけた。土砂降りの中、ぼくたちはゴールに向けて峠を下りはじめた。
次にこの地を走るアフリカツイン乗りは誰だ?
フェズの郊外。夏の避暑地のリゾートで、ツアーは終了した。そこから、バイクはトラックに積み込まれて、船でヨーロッパに戻る。ぼくたちは迎えに来たバスでフェズの空港へ向かい、そこからバルセロナに飛ぶのだ。
Epic Tourは、もちろんレースではないが、なぜか、ラリーのフィナーレの時に感じる充足感、同時に別れの寂しさを感じていた。毎日のライディングの印象は強烈で、いつしかぼくたちは無事に走り切ること、ともにゴールすることを目指す仲間になっていたのだ。
今回、ぼくがこのEpic Tourに参加した目的のひとつは、このツアーを日本のアフリカツインライダーに紹介し、同時に、日本から参加する道筋を探ること。また、日本のライダーに紹介する価値があるツアーであるかどうか、それを確認することだった。後者については論を待たない。大きな価値があると断言しよう。日本のアフリカツイン乗りが参加する道筋については、8月25日、26日に開催される第3回ライドアフリカツイン・アサマビバークミーティングとリンクして、鋭意進行中だ。
https://rideafricatwin.com/
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