2018年5月18日
Honda Africa Twin Adventure Sports 試乗 『ビッグタンクから届く 冒険ツーリングへの風』
■試乗&文:松井 勉 ■撮影:松川 忍
■協力:ホンダモーターサイクルジャパン http://www.honda.co.jp/motor/
1988年に初代のXRV650アフリカツインが登場してから今年で30年。その節目の年に、2016年に復活してから高い人気を集め続けるアフリカツインが進化を果たした。登場3年目のアップグレードとなるが、スロットルバイワイヤーの採用を核として、ライディングモードの搭載など電子制御関係のアップデイト、軽量なリチウムイオンバッテリーも採用された。そしてなにより24リッター入るビッグタンクやトールスクリーンを装着した、ロングツーリングに誘うパッケージの“アドベンチャースポーツ”と名付けられたモデルがラインナップに加わったことが大きい。アフリカツインの世界が縦横ともども拡がった印象なのだ。
アドベンチャースポーツにラインアップされたローダウンモデルに乗り、その進化ぶりを堪能した。
ああ、30年。
アフリカツインの登場から30年。初期型となるXRV650アフリカツインは個人的にも思い出が多い。後にマイバイクとして蜜月を過ごしたし、新米記者に毛の生えた当時、このバイクのインプレを取りに北関東へ出かけた日のことは今も鮮明に覚えている。
北茨城周辺の林道での撮影のあと、当時は出入りができた阿字ヶ浦へ。海岸砂丘で走りの撮影をしたのだ。同行した編集のSさんはオフロードビギナー。XLR250R BAJAを買ったばかりで、アフリカツインとSさんが担当する長期インプレの撮影をかねての取材だった。
カメラマンは今も時々ご一緒するFカメラマン。背景を決めて「このあたりでブヒャーっと砂を巻き上げて曲がって下さい。無理のない範囲で……」と。
Fさんの「ムリのない範囲で」は、毎度ボクのスイッチを入れる。ノーマルタイヤだし、砂浜だ。でも、まだ負けん気が強かった若もの(ばかもの?)だった当時、速度を乗せて曲がれと指示されたあたりにアフリカツインを走らせた。カメラ撮影位置前でテールを流す。流れた! そのまま何本かあった四駆の轍を越え斜めに走り続ける。アフリカツインが少し跳ねたが、そのまま、そのまま。最後の轍を越えた時、跳ねたのはボク自身だった。シートから尻が浮き、左のグリップから手が離れた。振られながらもなんとかアフリカツインはスライドを維持、写真に収まった。
その時、慌てたボクは左グリップから離れた左手をグリップに戻したつもりだったが、掴んでいたのは、なんと燃料キャップだった。
何度か撮影したうち、その時のカットが一番砂の飛び方が綺麗だったので、誌面を飾った写真は、実はタンクキャップを握っていたときのもの。後方からの撮影だったので、手の位置は移っていないが、砂浜でアフリカツインを転ばさなかったことは、天に感謝するほかない。
その後も、四国のツーリングラリーに2代目アフリカツイン、XRV750で参加したり、1997年には五大陸を巡る旅に出た故・戸井十月さんの手伝いで、最終型となるRD-07とともに中米諸国を旅したりした。数年毎に一つの大陸を巡る計画だったため、日本に戻ったときはしばらくそのアフリカツイン五大陸号を自宅で預かっていたから、走らせる機会が多かった。その後、初期型と暮らすことになる……。
2016年には新型アフリカツインでルート66やバハを旅する取材も経験させてもらった。場面ごとにあるアフリカツインはやっぱり大きな存在。アフリカツインの30年はラリー同様、平坦な道ではなかったと推察するが、重ねた歴史やファンの思いは綺麗な独立峰として燦然と輝いている。
そのADVENTURE SPORTS魂が
さらに進化した2018年モデル。
2016年に再開したアフリカツインの歴史は世界中のファンにヒタヒタと浸透し続けている。そして2018年。スタイルはそのままにアップグレード版として登場したアフリカツイン。そこに加わったのがアドベンチャースポーツだ。
24リッター入りの燃料タンク、トールスクリーン、サスペンションストロークを伸ばし、さらにオフロードでの走破性を高めたパッケージが特徴だ。
初期型アフリカツインオーナーの視点でみれば、このバイクのセルフカバーっぷりが見事過ぎて、目がハートになる。絶妙なエッジを持つ角張った燃料タンク、白塗装になったフレーム、大型化されたアルミスキッドプレートの形状、エンジンとカバー類の配色、パイプを曲げて造ったリアキャリア、さらに右サイドカバーにある小物入れだって、初期型を知る人なら、思わずニンマリするに違いない。さらには、当時にも増して質感のあるトリコロールカラー。
もうウットリ。ノックアウトされた気分なのだ。
そして今回、そうした外装そのままにサスペンションをショート化したローダウンバージョンも設定された。それでも最低地上高は210mmを確保しているから、足着きと走破性のバランスは悪くないのでは、と想像する。
そして今日、テストしたのがそのローダウンバージョンだ。サスペンションが短いこと、足着き以外にもメリットがあるはず。それも探すべくランデブーをスタートさせた。
シートはそのまま、がキモ。
ポジションは自然なまま。
跨がると確かに足着き性がいい。長身の僕(身長183cm)では足が横に拡がってもべったり地面を捕らえられる。
嬉しいのは、ローダウンしたサスペンションでも、シートがスタンダードと同じ形状のため、ステップ、ハンドルバー、シートの三角形が自然なこと。
たとえば、ローシートを標準として輸入されるアドベンチャーバイクは少なくないが、シートだけが低いと、止まった状態での足着きはよいが、バイクを走らせコトンロールする時、ハンドルのグリップが相対的に高くなり、グリップを掴む手の角度、動きが低速時や旋回時にバイクの挙動に影響を出してしまうことがある。低速のふらつき感や曲がらない感に繋がる事もあり、足着きと走る楽しさの一部がトレードオフの関係で気になることがある。
ハンドルクランプの位置を32.5mm上げたアドベンチャースポーツだけに、これは重要なポイントだと思う。
走りに加わったパンチ感。
新型の大きな特徴の一つがライディングモードの搭載だ。これはスロットルバイワイヤー(TBW)を搭載したことで、よりきめ細やかなパワーデリバリー特性を可変させられる事から盛り込まれたものだ。
正直、これまでのCRF1000Lアフリカツインのエンジン特性に不満はなかった。ライディングモードを装備しているバイクにも乗るが、僕の場合使ってみるとそう頻繁にモード変更をすることもない。舗装路、ダートを行き来するアドベンチャーバイクではダートに入った時、オフロードモードに変更するのが便利に感じるぐらいだろうか。
とはいえ、今のバイクなら利便性として欲しい装備の一つなのは間違いない。新型の場合、TOUR 、URBAN 、GRAVELとデフォルト設定で3つのモードが用意されている。イメージとしては、ツーリング用、市街地用、林道走行用、というもの。走らせてみると舗装路用TOURとURBANは、他モデルでの経験からすると、TOURがスポーツモード、URBANがTOURモードかな、と最初は感じた。
かつてみっちり乗った2016年モデルの記憶と照らし合わせても、TOURモードはアクセルを開けたときのパンチ感がけっこうある。そしてURBANモードの印象がこれまでのアフリカツインとよく似ていると思えたからだ。ただ、乗り慣れるほどにTOURが持つパンチ感、というか、ダッシュ感も悪くないと思いはじめる。1000㏄のアフリカツインからすれば、排気量の大きなライバルと走ればこのぐらいがちょうどいいのかもしれない。
そして2018年モデルはより印象的なアフリカツインサウンドを奏でるように思う。これもパンチ感があるからより美味しい音に聞こえる、という魔法にかかっているのもたぶんにある。タンクやスクリーン、ハンドル位置が上がるなど、受ける印象としては大柄になったにも関わらず、一体感があるのは、こうしたエンジン特性があるからなのだろう。
加速のパルス感とパンチ感。これが最初に感じとった新型の特徴だった。それは、市街地を一定速度で走りながら僅かにアクセルを開けたとき、ゼロ発進の時、低速からアクセルを大きめに開けて加速する時、そのどれでもTOURモードなら感じられるものだった。
アクセル開けはじめの部分がよりマイルドで開けたなりの加速が欲しいならばURBANモードがいい。パンチ感はTOURにゆずるが、トルキーな加速はいかにもアフリカツインらしい。市街地用モードで時にダルな設定のモデルもあるが、かったるさがないのも嬉しい。
市街地の走りでローダウンサスにありがちな一定のストロークから先で急にガツンと突き上げるような所作は見受けられなかった。しっかりとしたストローク感がある。足が着くかわりに、乗り心地は勘弁ね、という言い訳はしないタイプだ。これも造り手が拘った部分に違いない。
高速道路はより快適に。
これまでオプションで用意されトールスクリーンを標準装備したアドベンチャースポーツ。高くなったハンドルバーと相まって遠出に活用する高速道路ではより快適性が高まっていた。上体が起きても尻にかかる荷重が増加するようなポジションでもないため、2時間ほどの移動も快適にこなしてくれた。特にシートを低いポジションに合わせていると相対的にスクリーン高が上がるので、快適面ではより高まるのだ。
そもそも標準スクリーンでも快適だったアフリカツイン。高いスクリーンの実力はもっと長距離、あるいはタンデムライダーが体感する部分なのかもしれない。また、24リッター入りとなった燃料タンクは、航続距離へのマージンを稼いでくれている。標準モデルのタンクが生み出す運動性も魅力的だが、日本のガソリンスタンド事情を考えると、ビッグタンクはやっぱり嬉しい。連休で混雑するサービスエリアを通過し、目的地まで足を伸ばす、という旅程も組めるのだから。
低い車体がもたらすワインディングの安心感。
同時比較をしたわけではないので結論的なことは言えないが、ローダウンのアドベンチャースポーツはアスファルトでの走りがより際立っていると感じた。そもそもアフリカツインのロード性能が高いのは確認済みだ。そして今回登場したアドベンチャースポーツは、フロント22mm、リア20mm長いストロークを持っている。そして今日走らせているローダウン仕様は、フロント185mm、リア181mmというストロークだという。サスペンションストロークの分、重心も下がることで、安定感ある走りを楽しめたわけだ。また、短縮化したストロークのなかで特性造りをしっかりされているため、むしろソフトな動き出しのあと、スワっとしっかりタイヤに荷重が乗るようなしなやかで確かな接地感を伝えてくれるのだ。
その印象が強かったのは里山の中を左右に曲がり、アップダウンを繰り返して進むワインディングでのこと。大きな車体を左右に切り返しながら寝かす時、その動きを短時間のうちにこなせることに気が付いた。ロードモデルのような鋭さではないが、充分に軽快に走れる、というレベルにある。大きな21インチの前輪、18インチの後輪という組みあわせは変わらずだが、舗装路での走りで魅了するとはさすがだ。
だから、ツーリングバイクとしてアフリカツイン・アドベンチャースポーツを舗装路ツアラーとして選んだとしても間違いがない。ダートにはまず行かない、というプロファイルのライダーならば、ローダウンモデルは体格を問わずオススメできる。フルアジャヤスタブルのサスペンションの減衰圧、イニシャルプリロードを調整すれば、さらに舗装路仕様に仕立てることもできるだろう。
林道では「さすが、アフリカツイン!」
リバウンドストロークが走りに恩恵をもたらす。
短い距離だが林道も走ってみた。ライディングモードをGRAVELにして入り込む。シートを低いポジションに合わせ、シッティングで走行する。右、左と短いタームで曲がる道にあわせ、バイクの向きをかえる。そんな場面でしっとりと前輪に荷重が乗っている重量配分のため前輪の接地感は豊富。減速時のブレーキングでも同様で、サスペンションストロークが活き、しっかりとタイヤの接地面めがけて車体の重さ、減速Gをふんわりと乗せてくれる。とにかく安心感が高い。コツコツしたキックバックが手首にこないサスの動きの良さ、吸収性のよさが伝わってくる。
カーブの途中、シッティングからアクセルを開けても、フロントタイヤの荷重が抜け、アンダーが強まるような素振りも無く、フロントの伸びストロークがあるため、接地感とアクセルワークの関係が掴みやすいと思った。
新しい制御とTBWの恩恵が感じられたのは、ダート路で感じるトラクションコントロールの仕事ぶりだった。段階的に数値を減らし、介入度を減らしてゆく。最終的に最も介入度の低い「1」で走った。
従来モデルでは砂利ならばトラコンの介入度を最小にすると振り回すようなペースではテールを流してもしっかり加速する絶妙なものだった。反面、加速しながらテールを流したい、という場面では効き過ぎな印象もあった。今度のモデルは、その辺がよりオフロードコンシャスに細分化して設定できるようになっている。
トラコンの介入度最弱で林道を走ってみると……。
今回は砂利の道でも、グリップ走行からアクセルを開けてテールを流して曲がりたい時でも、トラクションコントロールはライダーの意を汲んだかのように欲しい角度までテールを流してくれる、という「ここまでは放任します」というエリアが広く深くなった。流しやすくなった、という表現がピタリとはまる。前作のそれは、あえて寝かしながらのブレーキングや慣性を使って滑る姿勢をライダーが作り込んだ上でリアタイヤをパワーでブレークさせ、そのドリフト角を維持しやすい、というものだった。
つまりより経験者向けだったのだ。新作は、じわっとアクセルを開ければ、ズズズウっとリアタイヤを優しくブレークしてくれたうえで、必要以上は流さない、という制御の恩恵をライダーに与えてくれる。結論を言えば、楽しくなったし、コントロールの敷居も低くなった。
実はこれ、ローダウンモデルであえてショートストロークだからよりダイレクトにその辺を体感出来たのかもしれない。もしかするとこれもローダウンの恩恵とも言えるのかもしれない。
冒険ツーリングは土、日では収まらない。
アフリカツイン・アドベンチャースポーツで進化度を体感したことでこのバイクで遠出をしたい欲求がムクムクともたげてきた。遠く数百キロを走り、そこから目的のツーリングをスタートさせる。途中、絶景を眺め海沿いに近い宿泊地点に。そこで1日の思い出を仲間と語り、翌日もたっぷりと走る。
たった二日だと1000kmレベルのツーリングでもこのバイクだと短く感じるはず。3日間、いや、一週間走り続けたい。海を渡って国境を越えながら走ることも夢では無いだろう。夢を計画に替えるアプリ、思いを「気力」と「体力」に分解する酵素。それがこのバイクだ。ローダウンながら限界の低さを感じなかったテストで、思い浮かんだ言葉がそれだった。
(試乗・文:松井 勉)
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