2010年の9月に米国で電動オートバイを開発・製造・販売する Zero Motorcycle 社(以下単に ZERO 社)を訪問しました。 VP World Wide Sales の John Lloyd 氏に社内を案内して貰い、30-40分ほど試乗させて貰いました。


電動二輪車のこと


 何年も前から中国では電動スクーターが大量に走っており、本誌でも幾つか取り上げられたりと、電動車はそれほど珍しくない存在になりつつあります。 しかし ZERO 社が目指しているのは電動スクーターではなく、スポーツ・モデルです。

 一見して分かるように、がっしりしたアルミの現代的なフレームと、太い倒立型のフロントフォークがスポーツ車であることを主張しています。



先に数値的なスペックを出しておくと、

●直流ブラシモーター 4 kW
●最高速 : 105 km/h
●航続距離 : 80 km
●充電時間 : 4 hour
●車重 : 123.8Kg
●フレーム重量 : 8.9Kg

と、なかなかのものですが、むしろZEROのスポーツ性はこうした数字からは見えてこない部分にあります。そのあたりを中心にお伝えしたいと思います。
(4kW は数字上は 5 馬力程度に相当しますが、5 馬力のエンジンとは直接比較できませんので念のため。また前号で掲載されたエレクトリック・モータースポートのネイティブ Sが14.2kWとなっており、ちょっと筆者にはこのあたりの数字の意味が正しく解釈できません。)


ZERO社と MODEL S のこと


 ZERO 社はカリフォルニア州のスコット・バレーにあります。山ぎわのそれほど大きくない町なのですが、いわゆるシリコンバレーと呼ばれる地域から西に向かってひと山越えたあたりです。

 山ぎわにあるために試走には非常に便利が良く、一階のガレージで試作車を組み立て、そのまま走り出して結果を確認することができます。

 今回はこの社屋を出て数分で到達するワインディングロードを試走させてもらいました。

 タイトとは言いませんが、それほどオープンでなく広くもないコースを、先行してくれた John はしかし慣れた感じで突っ込んで行きます。おそらく ZERO 社のホーム・テストコースなのでしょう。


ZERO S

 写真は ZERO 社玄関前です。今回試乗した車体とともに。

 試乗車はオンロード・モデルの ZERO Sです。 現在ほぼ共通の車体によるストリート、ダート、そしてデュアル・スポーツのバリエーションがありますが、車格はどれも既存の 200cc クラスあたりです。

 従来のエンジン位置にはバッテリーがあります。 タンク部分にはフレーム以外に何があるのかわかりませんが、案外ホールディングのためだけの空洞かもしれません。

 とにかく機構部品がほとんどないことがわかります。 未来の電動車はもっと自由なデザインを取る事が出来るようになるでしょう。


ZERO S

 スイングアームのピボットにはさまれた位置にあるスリットつきのドラムがモーターです。ここからチェーンで後輪を駆動します。

 後ろから見るとフレーム、バッテリー、モーターの位置関係が良く分かります。

 モーターにつながっているダクトは冷却用で、座席後ろ、リアフェンダー下あたりにある排気ファンで強制排気します。

 ただしファンが回るのはよほど条件の悪いとき(長時間負荷を掛けているが速度が出ないような場合)だけとのこと。

 実際、筆者が30分ほど試乗した時も、モーター、バッテリー共にまったくヒートしていませんでした。


試乗・無音、スムーズそしてパワフル


 またがると車体の頑丈さをまず感じます。キーを on にすると、2, 3 秒ほどコンピュータがシステムチェックを行います。

  電動車にはシフト機構がないので、操作するものはアクセルと前後ブレーキだけで、とても簡単です。ニュートラルのための操作もなく、システムチェック時に音が出るわけでもないので、なんだか落ち着きません。

 特筆すべきは走り出しのスムーズさです。 アクセルをゆっくり開けていくと、スルスルと動き始めて何の不安も感じさせません。もちろんこの間も無音。 それでいて出力は大きく、表通りに出てアクセルを開けると驚くほどの加速を見せます。

 一般に中型の電動車として挙げられる特徴は第一にパワフル、そして静寂であることと思います。

 以下そのあたりを中心に、簡単に試乗した印象をまとめてみます。


無限にさえ感じるような加速感


 表通りに出てアクセルを開けると驚くほどの加速を見せます。

 試乗した車体はテスト用だけあって、写真のようにスロットル部分に目印が打たれていましたが、筆者はこの 4 段階目盛りの 3 のところまでしか開けられませんでした。

 軽い登りだと言うのにあっという間に 90Km/h 近くまで加速するのです。

 またレシプロエンジンにある「頭打ち」がほとんど感じられないため、無限に加速していきそうな気さえします。

「頭打ち+シフトアップ」を繰り返す従来的なイメージが頭から抜けないために、大排気量のトルクフルなエンジンをピークより遙か下で扱っているような錯覚を覚えるのです。

アクセルグリップ

変速機構がないということは


 先に書いたように、電動車にはシフト操作が必要ありません。

 モーターは 0rpm から最大トルクが発生し、かなりの高回転域までそれが持続するからです。

 シフト操作が不要である、ということはスポーツ走行体験に決定的なインパクトを与えます。

 ただアクセルを開けて、あとはコーナーを待つだけですから、乗り手はコーナー進入時にはブレーキを握るタイミングと旋回操作に集中できます。

 書くと何でもないことに聞こえますが、実際にやってみるといかに今まで複雑な事をしていたのか分かります。

 減速中のシフトダウンとクラッチ操作、加速中のシフトアップ、旋回中に回転数をパワーバンドの下側で維持すること、それらすべてを同時にやっているのですから。


 しかし良い点ばかりではありません。 こちらも幾つかピックアップしてまとめておきます。 

課題1・エンジンブレーキが効かない


 モーターは原理的にエンジンブレーキがほぼ全くありません。

 スロットル操作はコーナリング時を含めて2ストローク車と同様の on / off 的な動きになりますが、モーターは本当に抵抗がないため、まるでニュートラルギアに入れての旋回とほぼ同じ状況になります。

 さすがにこれは 4 ストローク車に慣れた筆者にはちょっと難しい状況でした。

 ZERO は回生ブレーキを採用していないのですが、それに対応すると重量増は必至ですし、導入さえすれば簡単にパーシャルアクセルを含めた従来的なトラクション・コントロールが再現できるわけでもないでしょうから難しいところです。

 四輪の電動スポーツカー、Tesla に試乗した経験としては、強めに設定された回生ブレーキがスポーツ走行時のアクセルコントロールに非常に有効でした。

 しかし旋回中のアクセルコントロールの失敗が事故(転倒)に直結する二輪車と四輪を同列には考えられないでしょうし、このあたりをどこまで追求するか難しい問題と思えます。


課題2・重心が高い


 最も重いパーツであるリチウムイオン・バッテリー(このモデルでは27Kg)のマウント位置を見ると想像がつくと思いますが、全体の重心が幾らか上の位置にあります。

 また米国人向けにはあまり問題ないかも知れませんが、ストリート向けのデザインとは言え、シートも若干高いため余計に重心が高く感じます。

 バッテリー下の空間にはチャージャーがありますが、チャージャー自体はそれほど重くなく隙間もありますから、チャージャーの位置を変えて、バッテリーを変形させてもっと下げるなり改善できる可能性があります。バッテリーはメカ部品と違って形状が比較的自由に作れますからね。


 幾らかネガティブな事を書きましたが、まずこれは短時間での試乗による筆者の個人的な印象であることを前提に読んでください。

 特に筆者は4ストローク、それも直列4気筒スポーツの経験が長く、逆に2ストロークに慣れた人では印象が大きく異なる可能性があります。

 ともあれ筆者にはエンジンブレーキを利用したトラクション・コントロールが期待できず、重心が高い、という組み合わせはコーナリングで不安を感じる要素となりました。

 最初に書いたように ZERO はスポーツ走行の志向性が強いメーカーですから、コーナリングの楽しさはポイントのひとつであるはずです。

 もちろん 200cc クラスの車格・性能で価格が $9,995 (80万円強)ですから、当面は実用性やコスト・パフォーマンスより先進性や趣味性を第一に考えるエンスージアスト向けと思われます。

 その意味では不満があることより美点があることが最重要であり、こうした点は改善可能である限り致命的な問題ではないとは思います。


市街地走行での実用性は


 ところで皮肉な事に、エンジンブレーキがなく、スロットル off 時にニュートラル状態で空走することは市街地走行では非常な利点となります。

 つまり空走区間が長く取れるため、信号発進で加速して一定速度に達したらそれ以降ずっと空走、次の信号なり曲がり角に合わせて減速、という走り方が可能です。

 ときどきアクセルを足す程度でかなりの距離を転がす事ができるので、実質燃費が良くなります。もちろん市街地ですから高速コーナリングに際した不安定問題などは表に出ません。


メーター


 つまり意外にもZEROは現在で既に街乗り用としては十分に実用性が高いのです。

 メーター内、液晶パネル右端のレベル表示がバッテリー残量です。

 筆者が 30-40 分ほどワインディングロードを走らせて戻ってみると容量が半分となっていました。 筆者がまだZEROに慣れていないことと、市街地を含めて一般的にはアクセルを閉じて空走させる区間が遙かに多い事を考えると、市街地ではフル充電すれば 50Km 程度は楽に走りそうです。

http://www.zeromotorcycles.com/range/zero-s-2010/index.php/にZERO Sによる実走行試験が載っています。



少数精鋭のベンチャー企業ZERO社


 写真を中心に、社屋等について紹介しましょう。

ZERO 社社屋

 ZERO 社は典型的な米国式ベンチャー企業で、現在はこの小さな社屋で設計・試作などの開発作業を行っています。

 バッテリーや電装部品の組み立てもここでやっていますが、出荷用の車体の組み立てとメンテナンスは道路をはさんだ向かい側の倉庫で行っています。

 筆者はこうした立ち上がり時期のベンチャー企業が好きでよく訪問します。 ZERO 社も良い雰囲気で、少人数で楽しくやっているようでした。



 




 ガレージにあったバンはWebタイトルのイメージで飾られていました。

 他に停まっている車も RAV4 EV (電動)モデルやハイブリッドの Prius などが多く、社員自身が電動車の未来に賭けていることが伝わってきます。


 TTXGP 2010 で優勝した車両も飾られていました(写真下)。 バッテリーを二つ積んでいる以外はほぼ同じ構造のようです。 タンク部分はホールディング用のダミーでしょうか。


TTXGP 2010

 ベンチャー企業らしく、玄関を入ったところに各種の賞状・トロフィーや過去のプロトタイプなどが飾ってありました。

 これは初期の試作車の一つで、現在の Dirt モデルに近いものと思いますが部品がもうすこし華奢なようです。


おわりに


 米国では幾つかの電気自動車のメーカーがありますが、最も成功している Tesla Motors を含めてまだどれもベンチャー企業であり、投資を集めて開発を続けている状態です。

 そして面白い事に、Tesla, Fisker, Aptera など多くの会社がカリフォルニアを本拠としています。シリコンバレーがあるために、技術志向の会社がベンチャー・キャピタルからの投資を受けやすい地域である事などが理由でしょう。

 そして ZERO 社も IT 企業とのつながりが深く、創業者の一人であり現在の社長(CEO)である Gene Banman 氏は IT 産業分野の出身です。前職には Intel, Sun Microsystems, Mirapoint, NetContinuum などシリコンバレーの IT 企業の名前が並びます。 彼らがこのスコット・バレーに拠点を構えたのもさまざまな意味で合理的だったのだろうと想像します。

 ちなみにすぐ目と鼻の先に、ハードディスクで有名な Seagate 社があります。


 ベンチャー企業が手がけている、ということ自体、まだまだ完成度が低いことを意味しています。

 特にスポーツ志向の、あるいは趣味性の高い電動車にとっては、今後どうやって乗り手に車体をコントロールする楽しさを感じさせるかが大きな課題であり、開発を重ねて完成度を高めなければならない点だと筆者は考えています。何しろレシプロエンジンとは全く違うパワーフィール、その静粛性などから、従来的な二輪車に対して非常なアドバンテージがあることは間違いないのです。

 これを殺さず、モーターによる新しい乗り方、楽しさも育てていく必要があります。

 幾らかネガティブな事も書きましたが、筆者はそれらを含めてZERO社のアプローチに期待しています。本気で個人輸入を考えたくらいです。(ちょっとお金が足りませんでした、、、)

 彼らは米国では普通に販売しており、顧客の中には近いからと買って自走して帰る人もいるそうです。(シリコンバレー地域なら十分届く距離です。)

 日本にはまだ ZERO 社の代理店は無いようですが、誰かが名乗りを上げる事を期待しています。


安田豊
●筆者紹介 安田豊(やすだゆたか)
`80年代バイク全盛期に学生だった世代。
京都の紫野で育ち,いまは岩倉在住。
せっかく復帰させたCBX 400Fに乗る機会がなく残念なこのごろ。

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