そうなのである。ドゥカティのスクランブラーが売れているのである。情熱的な赤をCIカラーにも使う彼らが、別ブランドを立ち上げるかのようにイエローを前面に出し、既存のドゥカティではなく、イタリアではスクランブラー・ドゥカティを打ち出しこのモデルを展開しているのだ。それはドゥカティ・ジャパンのWEBサイト(http://www.ducati.co.jp/index.do)からSCRAMBLER DUCATIのアイコンをクリックすればお解り頂けるはず。そのページを見ただけでスクランブラーの世界にフワフワっと引き込まれる不思議な効果効能があるのである。
で、このスクランブラー、6月13日、14日にディーラーで行われたデビューフェアで当初販売目標としていた台数が予約完売に。慌てたドゥカティ・ジャパンはイタリアに追加発注し、年内にあと300台ほどが海を渡って来る予定だという。この台数もスクランブラーの初速からすると、右から左になる可能性も高いのでは……。とにかく、迷っている暇があったらこのインプレをご覧になり早めのご決断を。
確かに今、カフェレーサー、カスタムビルド、レトロモダン等々、バイク界で芳香を放つキーセンテンスを持つバイクが売れている。このスクランブラーもその一種だが、それだけでこんなにも売れるものなの?
さっそく試乗で確かめた。
ライダーの身長は183cm。(※写真上でクリックすると両足時の足着き性が見られます) |
スクランブラーとドゥカティの意外な関係。
ドゥカティとスクランブラー。今までは想像が付かないカップリング、と思っていたファンも少なくないだろう。ドゥカティと言えばスーパーバイク、モンスターという認識がデフォルトだろう。さて、このスクランブラーという言葉、世にデュアルパーパスやらオフ車なんて言葉が生まれる以前、’50年代後半から’70年代前半にかけて多くのバイクメーカーがラインナップしていた「オフ車」を指す名称である。他のメーカーがそうであったように、ドゥカティも積極的にこのジャンルに向けたモデルを出していた。1959年、200㏄の4サイクル単気筒を乗せたスクランブラーを皮切りに125、250、350、450を後に加え、’70年代にはこのオンオフ両刀使いのスクランブラーにとどまらず、2ストエンジンを載せたレゴラリータ、シックスデイズなんてガチのエンデューロバイクを販売していた時期もある。
話を戻す。ドゥカティが現代に蘇らせたスクランブラーは、こうしたやんちゃな遊びセグメントバイクが、当時から続いていたら、21世紀のドゥカティスクランブラーはこうだ、というオマージュとトレンドを練り込んで作られたのである。
現代版ドゥカティス・クランブラーの作り方はこうだ。エンジンは空冷2バルブLツイン、フレームは今やドゥカティの顔でもあるトレリスフレームを採用する。それでいて往年のバイクのように、エンジンの存在がしっかり表現され、シートと後輪の距離感、前後フェンダーとタイヤのクリアランスにも土の上を疾走して楽しむイメージが注がれている。スクランブラーのために専用設計されたピレリMT60RSなるブロックタイヤも、トレッドデザインが「なんちゃって」じゃねーぜ、と主張しその意気込みが盛り込まれている。あえてフロントを18インチしたことも走りに影響していることは想像に難くない。
ドゥカティは新生スクランブラーに4モデルを用意した。ベイシックな「アイコン」、’60年代、’70年代のスクランブラー風味をより濃く表現した「クラシック」、オンもオフも楽しめる当時物のバイクの匂いをさせる「アーバン・エンデューロ」、そしてダートトラック風味を入れた「フル・スロットル」である。それぞれでしっかりとキャラを分け、エンブレムも専用にデザインするほどの力の入れようだ。
その基本を下敷きにモデルキャラによってキャストホイールとスポークホイールを使い分け、コーディネイトを整えている。だからファッションも含め各部に刺さるトレンドとしてパッケージされているのである。
新しいのに懐かしい。
なんだコレ!と笑みがこぼれる走り。
今回、スクランブラー・アイコンを走らせた。目の前にすると、そのコンパクト感が印象的。14リットルに満たない小ぶりなタンクと肉厚だが全体に短いシート。その上物のサイズ感ですっぽりホイールベース内に納まるのも身軽さの源泉。2014年を最後にディスコンになっていたモンスター796のサイズ感よりもコンパクト。そしてこのモデルを最後に途絶えていた空冷Lツインの歴史がスクランブラーに繋がるわけだ。スクランブラー用エンジンは、各カバー類に専用の造型が施されたキャストパーツを使い、ビンテージ感を誇張するのではなく今のトレンドに巧くフォーカスした造りになっている。それがむしろ斬新。カスタムパーツのような仕立てだ。
タンクの横にアルミのプレートが貼られた2トーンの印象は、60年代の単気筒スクランブラーにタイムトラベルするかのようだ。しかし、ダイキャスト製のへの字型スイングアームやエンジン下から短く生えるサイレンサーとステンレスパイプで作られたエキゾーストは今風。ヘッドライトの周囲やテールランプもLEDを使い、丸い単眼メーターもデジタル表示。倒立フォークの採用や、前後のラジアルタイヤ、ABSを標準装備するブレーキ周りを含め、古へのオマージュだけではないコトが解る。
790mmの高さを持つシートは肉厚だが先端が細身にシェイプにされ、足付き性に不満はない。ステップ周りもしっかり細身に仕立てられ、足がストンと着く。足付きの良さにはクランプから手前に引かれ、立ち上がったハンドルバーも貢献する。グリップ位置が体に近く、腕を前に伸ばす必要がない。腕は肩から肘、手首ともゆったりしている。183cmの僕には余裕ありすぎ感もあるが、その恩恵もありとにかく上体が起きる、まっすぐ立つかのように足がストンと着く印象なのだ。
熟成された空冷Lツインは目覚めも良く、回り方はスムーズ。軽いクラッチを握りローにシフトして走り出す。メーターに仕込まれた回転計を見るまでもなく、アイドリングのちょっと上からガツガツすることなく走り出す。
軽い。18インチの前輪がもたらすバランスなのだろうか。とにか安定感のなかに軽快感がある。アップライトなポジションだから目線からの眺めよし。雑然とした街中もしっかり見ながら走り出せる。ミッションも軽いタッチでシフト可能と、小難しさがないのが嬉しい。これまでのドゥカティ試乗で、最速でニンマリさせてくれたモデルだ。
前後のブレーキの効き具合とフロントサスのストローク感もバランスしていて、いわゆるピッチングに身構える必要がない。
スクランブラーの美点は800㏄ツインが生み出す充分なパワーとトルクがありながら、それをマイルドに引き出せる特性だ。アクセル開度初期の部分で1速、2速でちょっとガッツある出だしをする部分があるが、そこさえ馴れたら実に扱いやすい。市街地、郊外でも2000回転代から実用域で、鼓動感を楽しみつつ高めのギアを使い楽しめる。ガツガツ、ギクシャクしないのが嬉しい。前後150mmのサスペンションのストロークとMT60RSの組み合わせは、ワッフルソールのワークブーツのような当たりの柔らかい乗り味。このパターンにして走行ノイズも低い。
海沿いの高速道路を80km/hで流す。70km/hでもイケル。トップ6速で味わうフレキシブルなLツイン。いいなぁ、このまったりした走りの世界。ドドドド、と排気音がかき消されない速度で感じる風が心地よい。飛ばせば風圧は比例して強くなるが、急いで遠くにゆこう、という気分にならないのもこのバイクの個性だ。街中をキビキビ、郊外、高速道路ではゆったり。これもスクランブラーの楽しみ方のようだ。
バイクって面白いのだが、ポジション、エンジン特性、サスの特性などによって、自ずと快適ペースが決められているかのように思う。
でも、やっぱり飛ばすとどうなのかは気になる。生半可はイカン、と思いミニサーキットに持ち込んだ。まずはパドックにパイロンを並べ、自作特製コースを走ってみる。あいにく雨あがりで路面は濡れている。
1速、2速中心の狭いコースをゆったり走り出す。左右への切り返しは軽く、ブレーキング時の安心感が高い。ブロックパターンに見えるタイヤだが、グリップが良く濡れた路面も全然恐くない。
馴れたところで少しペースを上げる。アクセル、クラッチ、ブレーキの操作系が軽く意のままに扱えるため、手強さがない。最初のビッグバイクがこれだったら、上達も早いのではと思う。800㏄のバイクにして、まるで250のモタードでも振り回しているような感覚になるまでそうは時間が掛からなかった。
じゃ、スクランブラーの実力をひきだすべく1速で回転を上げ、コーナーの前では強くブレーキング、という攻めの走りをしてみた。
エンジンは低速の扱いやすさ感そのままに4000、5000rpmあたりからの全開加速へとスムーズかつパワフルに移行する。その時、わき出すトルクが把握しやすくこれまた恐くない。それまでの市街地や郊外、高速道路でゆったりと流す分には感じる事の出来なかったスポーティーさ。スクランブラーは楽しめる二面性を持っていた。狭いカーブでバンク角も深くなる。寝かしてもしっかりと路面を捕らえるタイヤとアップライトなポジションの恩恵で、狭いコーナーをリーンアウトでぐいぐい攻めていた。立ち上がりでウイリーをして、直線部分をキャッホーな感じで通過、慌ててフロントを落とし、濡れた路面でフルブレーキング! リアブレーキのABSが作動。それでもしっかり減速感があり、バイクが直立していればアタマの中では寝かしこむタイミングを探っていられる。サスペンションもウイリーの着地やフルブレーキングでも前輪のストロークを使い果たすような事もない。凄くいい!
バイク乗り歴うん十年。正直、スクランブラー世代ではなく、オフ車はモノショック世代の自分にとって、かつてのスクランブラー乗りはこうしてバイクを楽しんだのだろうか、とまたもや笑みが漏れる。
狭いコースを出て、ミニサーキットにそのまま突入した。乗り易さ、走りやすさはそのまま。旋回時の荷重が掛かるため、バンク角を使い果たすのが早めだが、それでも楽しい。スクランブラーにダートトラック風モデルがあるのがよくわかる。とにかくあれこれ遊びたくなるバイクなのだ。
ヤングアットハートを自認する人へ。
結局、あれこれ乗り倒し、気になったのは街中で感じたアクセルの開け始めのドンと出る部分だけだった。攻めているとその領域を飛び越えるので気にならないが、街中でのマナーのためにも、その部分だけ丸めてもらえたらドゥカティのスクランブラーは僕にとって満点だ。
雨の日攻めて楽しいバイクって、相当出来のよさがあるはず。じゃないと無邪気になんて走れない。経験則からいって、それは間違い無い。メーカーの人は「ハートの若い人、それがこのバイクを楽しめるお客様です」と言っていた。なるほど、巧いこと言うね。タンクのマークをかたどったようなお洒落なキーを抜いて降りると、素直にまた乗りたい、と思える1台、それがドゥカティのスクランブラーの正体だったのである。
<試乗:松井 勉>