MBHCC E-1
西村 章

第88回 第1戦カタールGP Alien Chase on Arabian Desert

 2015年開幕戦は、毎年恒例の砂漠のど真ん中で行われるナイトレースである。過去二年はマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が圧倒的な強さを見せつけて、その後のシーズン展開を予見するようなレースになったけれども、今年は様々な出来事があちらこちらで発生し、じつに盛り沢山のレースウィークになった。
 MotoGPクラスの決勝レースでは、バレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)が、アンドレア・ドヴィツィオーゾ(ドゥカティ・チーム)、アンドレア・イアンノーネ(ドゥカティ・チーム)と三つ巴のバトルを展開し、ラスト2周はバレvsドビの一騎打ちを制して優勝。「自分のレース人生でもベストバトルのひとつ」と振り返った。レース人生20年を迎える36歳とは思えない、全盛期同様の最強っぷりを見せつけたレース内容には、ただ舌を巻くばかりである。
 土曜の予選では、ホンダ勢やドゥカティ勢に対して一発タイムの速さを発揮できず、3列目8番グリッドに落ち着いてしまったところから、決勝レースでは周回ごとに順位を上げてトップに迫り、最後は白熱のバトルを繰り広げるというこの展開は、これはもうケレン味タップリのエンタテイメントさながらである。
 土曜の予選が終わった段階では、ロッシは
「このコースでは僕たちはストレートが遅いんだよ。ホンダに対して7〜8km/h、ドゥカティに対しては10km/hくらい。最終コーナーで苦労することが影響しているんだろうね。でもまあ、土曜から日曜にかけて皆セッティングを変えてくるし、自分たちもそうだから、明日を待ってみるよ」
 と話していたのだが、決勝後には、
「コース後半は、最終コーナーを除いて、かなり力強く走れた。最終ラップは、1コーナーでドビがアウトから仕掛けてきたけど、それを抑えきって、その後もコーナー立ち上がりは自分の方が速かった。最終コーナーではドゥカティの排気音が聞こえなかったからホッとして(笑)、きれいに立ちあがり、ゴールラインまで愉しみながら走れたよ」
 と振り返った。1996年に125ccクラスでグランプリデビューしてから20年目、36歳のシーズンだが「ちゃんと節制して、しっかりとトレーニングすれば40歳までトップで戦えると思う」とのことである。いやホントにすごい選手だ、と改めて感じさせられたレースでありました。

#46 #46
世界最速の36歳。

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  一方、今回の優勝最有力候補と目されていたマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)は、ウォームアップ走行まで完璧な速さを披露していたものの、レースがスタートすると1コーナーで停まりきれずオーバーラン。最後尾からの追い上げになってしまった。以前も最後尾から怒濤のまくり上げで優勝したことがある選手だけに、今回は如何に……、とも思われたが、さすがにトップ集団のペースがすさまじく、そこに追いつくまでには至らなかった。それでも5位でチェッカーを受けているのだから、たいしたもんである。
 最後尾からの追い上げを開始したオープニングラップでは、6コーナーでバウティスタとバルベラの間に隙を見つけてスパッとオーバーテイクしたのだが、その際に、バウティスタのフロントブレーキケーブルやセンサー類に接触してしまった模様。これが原因でバウティスタは一周目を完了せずにリタイアとなってしまったのだが、この出来事に関して
「レース後にビデオを見て初めてわかったんだけど、それくらい小さな接触で、全然知らなかったんだ。アンラッキーな接触で、たぶんぼくのステップが彼のブレーキラインか何かをひっかけてしまったんだと思う。ホントに申し訳ないことをした。彼は運が悪かったんだと思う」
 とシレッと言ってしまえるあたり、いかにもマルケスである。
 ところで今回のレースウィークでは、2012年に27歳で現役を引退したケーシー・ストーナーの鈴鹿8耐参戦が初日に発表され、パドックでも大いに話題になった。そのことについてマルケスは
「ケーシーはまたレースをしたくなったのかな。8耐はキツいレースだけど、ケーシーはまだ若いんだからきっと行けるよね」
 と無邪気に話していたので、「じゃあ、きみ自身は8耐参戦を考えてみたことがある?」と訊ねてみたら、ケタケタケタと笑いながら
「いやいや、ボクは今のところMotoGPで手一杯だから、そんなの無理無理ムリ。引退後ならともかく、今はありえないって!」
 とこちらの腕を軽く叩きながら、さも愉快そうに答えた。こういう天真爛漫なところも、いかにもマルケスらしい。

#46 #46
擦っちゃった人。 擦られちゃった人。

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 優勝を飾ったロッシと対照的に、16周目までトップを走っていたチームメイトのホルヘ・ロレンソは、ラスト数周で突然タイムを落とし、表彰台を獲得した3選手に一気に距離を開かれてしまった。レース後、やや憮然とした表情の彼に話を聞いてみると、どうやらヘルメットの内装がずり下がってきて、視界が悪くなったためにペースを落とさざるを得なかったのだとか。
「ラスト7周くらいだったかな。ヘルメットの中で内装が落ちてきて、ドビが自分を抜いていったときも、はっきり見ることができなかった。それまでは(1分)55秒9で走れていたけど、それが発生してから0.5秒くらいペースが落ちた。周回ごとに少しずついい感じで乗れるようになってきて、コースの後半セクションもどんどん速く走れていたから、ストレートでドビに追いつかれないくらいまで引き離そうと思ったんだけど、こんなふうになってしまったので、転倒を避けるためにスロットルを閉じなきゃしようがなかった……」

 話を聞けば、そりゃあ気分も悪くなるわなあ、という事情である。「今までに同様の(ヘルメットの)問題が発生したことはあるの?」と一応訊ねてみたのだが「いいや。そんなの一回もなかったよ」とホルヘ。機嫌が悪いところにヘンな質問をして申し訳ない。しかし、彼の悔しい気持ちは察するに余りある。次のオースティンでは、捲土重来を期待しています。

#99
AraiかSHOEIなら、こういうことは発生しないんですどね……。

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 予選で2番グリッドを獲得し、決勝レースでもトップグループの一角に目されていたダニ・ペドロサ(レプソル・ホンダ・チーム)は、スタートからいまひとつピリッとしない走りで、全22周のレースを終えてトップと10秒差の6位フィニッシュ。レース後に彼のコメントを取ろうとチームオフィスの前に集まった取材陣を待っていたのは、じつに意外な結末だった。
 今回に限りいつものような質疑応答はしない、と担当者からの告知があり、映像用コメントとジャーナリスト用の囲み取材を一度にまとめてダニがステートメントを述べる、との説明に続いて現れたダニが話した内容の全文は、以下のとおり。
「長い話だけれども、簡潔にいえば、腕上がりに悩まされる状態が一年間続いていた。そのせいでいろんな問題が出てしまって、去年は苦戦していいレースをできなかった。そのためにリザルトもついてこず、この問題を解決しようとずっといろいろやってきたけど、単純な答えがあるわけないので、簡単じゃなかった。
(2014年に)一度手術をしたけれども、あまりうまくいかなくて、公表はしないでおいたけれども、厳しかった。ホンダはこのことをわかってくれていて、この冬は世界中のいろんな医師にも意見を求めたけれども、手術をして今年に備えたほうがいいのかどうか訊いたら、リスクとの両天秤にかけると、手術をしないほうがいいだろう、というのが幸いにも共通した見解だった。そのアドバイスに従い、穏やかな方法で対応をしてきた。
 今日のレースでも状況はよくなくて、フィーリングもよくなかった。レースが終わり、思うようにレースをできないという現実を直視して、この問題を解決する方法を捜さなければならないと決意せざるをえなかった。
 この状態ではレースをできないし、いい走りをできないので、今はこの腕の問題を解決したいと思っている。言ったとおり、医師たちも手を施しかねているので、どうなるかは自分でもはっきりとわからないけど、この問題をしっかりと解決したい。チームも理解してくれている。今、言えることはあまり多くなくて状況は不明確だけれども、できるかぎり早くいいお知らせをできればと思う。いい方向に向かうように、やってみるよ。レース人生のなかでも厳しい今の時期を支えてくれているホンダとすべてのスポンサー、ファンに感謝したい。僕を支えてくれて本当に感謝している」

#26 #26
プラクティスではこういう笑顔も見せていたのだが…… まずは一刻も早い回復を祈りたい。

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 さて、今回が復帰戦となったチーム・スズキ・エクスターは、アレイシ・エスパルガロが11位。最高峰クラスデビュー戦のマーヴェリック・ヴィニャーレスが14位。
 プラクティスではセッションによって好調なときもあったものの、予選順位が11番手だった兄エスパルガロは、決勝に向けて
「セッション4番手というのは現状の実力じゃないかもしれないけど、予選11番手もリアルじゃないと思う。レースではもうちょっと前に近いところで走れるはず。ホンダやヤマハ、ドゥカティについていくのはたいへんだと思うけど、7位は目指せるんじゃないかな」
 と話していたが、結果は11位。今回のようなコースではトップスピード不足が特に厳しかった、と、正直なところやや口惜しそうな様子。とはいえ、シーズンは始まったばかり。今後のマシン開発の進捗を楽しみに待ちたい。
 一方、ヴィニャーレスはあらゆる経験が新鮮で、たくさんのことを吸収しよう、と高い意欲で開幕戦に臨んだ。セッションごとに着実にタイムを詰め、土曜の予選もあわよくばQP1からQP2進出、というパフォーマンスを発揮した。
「決勝レースではたくさんのことを学びたい。そしてトップテンでフィニッシュできるようにがんばりたいな!」
 と目をキラキラさせながら話していたが、レースは14位。トップテンという高い目標はクリアできなかったものの、最後までしっかり走りきってまずは2ポイントをゲット。よろしいのではないでしょうか。

#41 #25
シングルフィニッシュは次回にお預け。 着実に2ポイントをゲット。

 最後に日本人情報も少し。2011年のデビューシーズン途中にチームから解雇されて以来、復帰を目指して苦しい闘いを続けてきた尾野弘樹が、アジアドリームカップ総合優勝(2013)からCEV(旧スペイン選手権)総合3位(2014)と確実に結果を出して、今季からMoto3クラスに戻って来た。二日目のセッションでは2番手タイムも出したものの、予選は15番手。決勝レースでは追い上げを狙っていた7周目のヘアピンで転倒。残念ながらリタイアとなってしまった。

「集団に追いついて、はやく上がろうとしすぎちゃいました。自分のミスですね……。硬めのタイヤで決勝に臨んで、序盤は離れていたけど徐々に追いついてきて、タイヤもいい感じになってこれから、というところで転んじゃいました……」
 つまりは、焦りがミスを誘発したという恰好か。次戦のオースティンでは気持ちを切り換えて、冷静でアツい走りを見せてほしいぞ、尾野きゅん。
 また、今季からMoto3に参戦した高校生ライダー・鈴木竜生は23位で完走。初めてのカタール、初めてのナイトセッション、と慣れない環境でのレースウィークだったが、決勝レースでは自分のいる位置なりの集団バトルも繰り広げ、チェッカー後は充実感のある笑みも見せた。
「ポジションは低かったんですけれども、しっかりバトルをできたので、そこはポジティブでした。バトルをしながら(2分)09秒台前半から08秒台で走れていたので、予選までとくらべれば全然良くなったと思います。結果そのものは悔しいけれど、この週末でようやく初めてたのしく走ることができました」
 ハキハキと話す彼の言葉遣いを聞いていると、レースやオートバイ等に限らず、学校教育では学べないたくさんのことを、鈴木竜生はこれからの一年で吸収してゆきそうな気がする。

#76
がんばれ尾野きゅん。
#24
フランスの高校に通っています。
#29
今季こそ過去二年の積み上げを活かしてほしいところ。

 一方、Moto2クラスでは、IDEMITSU Honda チームアジアの中上貴晶は苦しみながら14位でチェッカー。アズラン・シャー・カマルザマンはライディング改善に取り組みながら18位で完走。がんばってください。お願いします。

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 というわけで、いろんなことがあった2015年の開幕戦でした。次回は、スペイン・ヘレスあたりにお届けする予定です。では皆様、それまでご機嫌よろしう。

#カタール #カタール
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■2015年 第1戦 カタールGP

3月29日 ロサイル・インターナショナル・サーキット


順位 No. ライダー チーム名 車両
1 #46 Valentino Rossi Yamaha Factory Racing Yamaha
2 #04 Andrea Dovizioso Ducati Team Ducati
3 #29 Andrea Iannone Ducati Team Ducati
4 #99 Jorge Lorenzo Yamaha Factory Racing Yamaha
5 #93 Marc Marquez Repsol Honda Team Honda
6 #26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team Honda
7 #35 Cal Crutchlow CWM LCR Honda Honda
8 #38 Bradley Smith Monster Yamaha Tech 3 Yamaha
9 #44 Pol Espargaro Monster Yamaha Tech 3 Yamaha
10 #68 Yonny Hernandez Pramac Racing Ducati
11 #41 Aleix Espargaro Team Suzuki MotoGP Suzuki
12 #09 Danilo Petrucci Pramac Racing Ducati
13 #45 Scott Redding Estrella Galicia 0,0 Marc VDS Honda
14 #25 Maverick Viñales Team Suzuki MotoGP SUZUKI
15 #08 Hector Barbera Avintia Racing Ducati
16 #06 Stefan Bradl Forward Racing Forward Yamaha
17 #69 Nicky HAYDEN Drive M7 Aspar Honda
18 #50 Eugene Laverty
Drive M7 Aspar Honda
19 #63 Mike Di Meglio Avintia Racing Ducati
20 #15 Alex De Angelis Octo IodaRacing Team ART
21 #33 Marco Melandri Aprilia Racing Team Gresini Aprilia
22 #76 Loris Baz Forward Racing Forward Yamaha
RT #17 Karel Abraham AB Motoracin Honda
RT #43 Jack Miller CWM LCR Honda Honda
RT #19 Alvaro Bautista Aprilia Racing Team Gresini Aprilia
※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

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