MBHCC E-1
 西村 章

MBHCC E-1

スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社、はては欧州のバイク誌等にも幅広くMotoGP関連記事を寄稿するジャーナリスト。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』は小学館から絶賛発売中(1680円)。
twitterアカウントは@akyranishimura

第73回 第16戦オーストラリアGP「カリキュラマシーン」

 フィリップアイランドのレースは、南極方向から吹き寄せる冷たい風や、晴れていたかと思うといきなり凍えるような氷雨が降りはじめる変化の激しい気候が、チームと選手を悩ませる。しかし、今年は三日間を通して晴天に恵まれ、全クラスの全セッションでドライコンディションを維持した。オーストラリアGPで、ここまで気候が温かいのは、この十数年でも非常に珍しいことのような気がする。
 だが、気候に悩まされなかった分……、というわけでもないだろうが、今年のオーストラリアGPは、それ以上の大きな問題が発生し、関係者たちを翻弄した。さらにその結末も、これをお読みの方々ならすでにご存知のとおり、誰も予想し得なかった非常に奇妙な結末を迎えた。
 レースそのものの経緯と顛末、当事者たちのコメントや反応についてはWebSportivaの記事中にまとめたのでそちらを参照していただきたいが、それにしてもいまだに釈然としないのは、なぜ彼らはそのような小学生でもわかる数え間違いをしてしまったのか、また、それに対して、「あのねえ、君らねえ、数をかぞえ間違えてるよ」と指摘してやる者はいなかったのか、ということである。
 念のため、日曜に公示された今回の特別ルールは以下のとおりだ。原文では、リアタイヤは1本あたり10周以上の連続周回は安全性を保証できない、というブリヂストンの通知を紹介したうえで、以下のように記されている。

“Every rider will be required to enter the pits and change to his second machine with fresh tyres at least once during the race. In normal circumstances this means that the riders must change machine only at the end of lap9 or lap10.”
(全選手は、レース中に最低でも一度、ピットに戻って新しいタイヤを装着した2台目のマシンに交換しなければならない。つまり、通常の状況下では、選手たちは9周目もしくは10周目のおわりにのみマシンを交換しなければならない、ということである)
“No rider is permitted to make more than 10 laps on any one of slick or wet tyre.”(スリック/ウェットタイヤのいずれでも、ライダーが1本のタイヤで10周以上の走行をすることは許されない)

 このように文言上で明示されていることから、マルケスと彼のチームは、11周以上の走行をしてもよい、という解釈はおそらくしていなかったはずだ。していたとすれば、この文章を全く読んでいなかったか、あるいはただの素馬鹿である。つまり、マルケス陣営は本来の11周目を10周目とカウントしていたのではないか、ということが推測される。
 では、なぜ彼らはそんな素っ頓狂な間違いを犯してしまったのか。
 かなり強引な理屈だが、ひとつ考えられるのは、‘lap9’‘lap10’という言葉の意味する本当の周回数だ。
 たとえば、MotoGPのレースでラップタイムモニターが表示する‘lap1’とは、1周終了時、ということをあらわしている。つまり、‘lap1’という表記とともに表示されるラップタイムや順位は1周目終了段階のものだが、このときにコース上の選手はじっさいには2周目を走行している。‘lap1’の表示が終了するのは、ライダーが2周目の走行を終えるときだ。だから、上記の英文文言をこの理屈で理解する場合には、‘ at the end of lap9’とは実際にライダーが10周目の走行を終了するとき、‘ at the end of lap10’とは11周目の走行を終了するとき、とも解釈できることになる。しかし、その次の文章で‘more than 10 laps ’と明記されているわけだから、‘ at the end of lap10’はラップタイムモニターが表記するlap10の終了時、ではなく、一般的な意味での「10周目の終了時」ということは明々白々だ。
 あるいは、本人たちは10周目終了時にピットインするつもりでも、サインボードの数字が合致していなかった、つまり、周回数の減算とサインボードの表示が1周分ずれていた、ということも考えられなくはない。しかし、ふだんのセッションでも燃費計算や、それこそタイヤライフの検証などで周回数を厳密に管理しているはずのトップファクトリーチームが、まさかそのへんの草レースを走る素人のような初歩的間違いを犯してしまうとは、およそ考えにくい。

 もうひとつの可能性としては、ライダーがサインボードをよく見ていなかった、という場合だが、これはマルケス自身がレース後に「<BOX>というサインボード表示があったから入ったけど、そのときはすでに遅かった」と話していることから、これはありえない。マルケスはまた、「チームと話していたのは、10周目に(ピットへ)入ることだった」とも証言している。
 ところで、今回のレースでは、マルケスのチームメイトのダニ・ペドロサは決勝レースを走行した全選手のなかでもまっさきにピットインしてマシンを交換している。ペドロサ自身は「多くのマシンが出入りして立て込む前に、早くピットレーンに入って交換してしまおうと思った」とその戦略を説明している。結果的にその作戦は功を奏したわけだが、ペドロサチームの周回数に対する理解がマルケスチームと同様であったとするならば、彼は10周目終了時にピットインしてきたはずだ(ペドロサがピットインしてきた周回数の9周目終了時は、マルケスチーム流に解釈するならば8周目ということになる)。
 つまり、これらの事実と選手たちの発言を総合したうえで類推できるのは、どうやらマルケスチームは「10周目」を字義どおりに解釈せず、上記のlap10表記終了時(=11周終了前)と思い込んでいたために、今回の事態に至ったのだろう、ということだ。レプソル・ホンダ・チームが発行したプレスリリースも、この推測を裏づけている。

‘The team made a mistake, understanding he was able to complete ten laps and come back in before completing lap eleven, and the ‘BOX’ instruction on his pit board was therefore one lap late.’
(チームは、マルケスが10周を完周して11周目を完周する前に戻ってくればよいものと理解をしていたが、それは間違いであり、したがって、サインボードの指示は1周遅かった、ということになる)

 いずれにせよ、ケアレスミスというにもほどがある稚拙なボーンヘッドで、獲得できていたかもしれない25点を失ってしまうのはあまりに愚かしく、もったいない。とはいえ、マルケスは依然として2013年総合優勝の最有力候補であり、次の日本GPではリザルト次第で史上最年少チャンピオンが誕生する。台風の接近も予測されているだけに、どのような気象条件と路面コンディションになるのか気になるところだ。
「次の日本GPは、20センチの水のなかでレースしなきゃいけないかもしれないね(笑)」
 と、今回のレースで3位表彰台を獲得したバレンティーノ・ロッシは冗談めかして話してたけれども、現実にはそうならないことを祈ります。いや、まじで。

#93 #93
日曜午前のウォームアップでは、圧倒的な乗り換え時間の速さで周囲を圧倒したのだが……。

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 ところで、MotoGPクラスの第16戦決勝レースが周回数を大幅に減らし、しかもドライコンディションにもかかわらずフラッグ・トゥ・フラッグという特殊な進行になったのは、今年から路面が新しくなったフィリップアイランドサーキットのグリップがタイヤメーカーの予想を上回るほど非常に良好で、タイヤの発熱が高くなって破損を生じやすくなってしまったため、というのがそもそもの原因だ。MotoGPはフラッグトゥフラッグという既存ルールを今回に限り特別に適用して、レース興業としての面目をなんとか保った格好だが、Moto2クラスは13周に減周し、超スプリントレースとして行われた。あっという間の短い周回数だが、それでもやはり順当に速い選手がきっちりと勝つべくして勝ち、大番狂わせのような事態には至らなかった。
「今回のように舗装が変わってグリップが良くなったコースでは、あらかじめテストをしておくのはいい考えだと思う。ドライコンディションの状況で今日のようなレースをするのは、ライダーにとって危険だと思う」(ロレンソ)
「テレビで見る限り、今日のようなレースは楽しいだろうと思うけど、チームや現場で仕事をしてる人間にとっては、ちょっとした悪夢みたいなもの。ホルヘが言ったように、今回のようなことは次回からは起こらないようにしてほしい」(ペドロサ)
「舗装が変わった場合は1日か2日、タイヤメーカーが速いライダーでテストを実施してほしい。速いライダーでやらなければ、意味がない」(ロッシ)
 今後、サーキットの路面が全面改装された場合、タイヤメーカーがテストを行うような流れになるのかどうかは現在のところ不明だが、選手たちの主張は確かに一理も二理もある。
 実際にテストを実施するとなると、タイヤメーカーが負担する金額は大きなものになるだろう。しかし、レースで万が一、不測の事態が発生した場合に毀損されるブランドイメージやそれに伴う逸失利益、要するに、金のかかるであろうタイヤメーカーテストを実施しないことによる機会費用とテストを実施する経費を両天秤にかけた場合、はたしてどちらの選択肢が企業にとって有益なのだろう、ということの判断に行き着くのだと思う。
 というわけで、今週末はいよいよ日本GP。ではみなさま、晩秋のツインリンクもてぎでお会いしましょう。また次回。

#99 #46 #26
「王座防衛可能性は2〜3%から、20〜30%くらいにはなった」とレース後に。 「フラッグトゥフラッグで表彰台を獲得できたのは、今回が初めてだと思う」 「チャンピオンは難しいが、まだできることはある。次のレースも集中する」

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橋 パドック入り口 ハリモグラ
本土からフィリップアイランドにかかる唯一の橋。 観客動員は三日間総計で7万7200人。 オーストラリアは、希少種の宝庫なのであります。
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■第16戦 オーストラリアGP

10月20日 フィリップアイランド・サーキット 曇り時々晴

順位 No. ライダー チーム名 車両
1 #99 Jorge Lorenzo Yamaha Factory Racing YAMAHA
2 #26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team HONDA
3 #46 Valentino Rossi Yamaha Factory Racing YAMAHA
4 #35 Cal Crutchlow Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA
5 #19 Alvaro Bautista Go & Fun Honda Gresini HONDA
6 #38 Bradley Smith Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA
7 #69 Nicky Hayden Ducati Team DUCATI
8 #29 Andrea Iannone Pramac Racing Team DUCATI
9 #4 Andrea Dovizioso Ducati Team DUCATI
10 #14 Randy De Puniet Power Electronics Aspar ART(CRT)
11 #41 Aleix Espargaro Power Electronics Aspar ART(CRT)
12 #5 Colin Edwards NGM Mobile Forward Racing FTR-Kawasaki(CRT)
13 #68 Yonny Hernandez Paul Bird Motorsport ART(CRT)
14 #8 Hector Barbera Avintia Blusens FTR(CRT)
15 #9 Danilo Petrucci Came IodaRacing Project Ioda-Suter(CRT)
16 #23 Luca Scassa Cardion AB Motoracing ART(CRT)
17 #71 Claudio Corti NGM Mobile Forward Racing FTR Kawasaki(CRT)
18 #70 Michael Laverty Paul Bird Motorsport PBM(CRT)
19 #52 Lukas Pesek Came IodaRacing Project IODA-SUTER(CRT)
20 #7 青山博一 Avintia Blusens FTR(CRT)
21 #50 Damian Cudlin Paul Bird Motorsport PBM(CRT)
- #67 Bryan Staring Go & Fun Honda Gresini FTR-HONDA(CRT)
- #93 Marc Marquez Repsol Honda Team HONDA
※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

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