MBHCC E-1
 西村 章

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スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社、はては欧州のバイク誌等にも幅広くMotoGP関連記事を寄稿するジャーナリスト。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』は小学館から絶賛発売中(1680円)。
twitterアカウントは@akyranishimura

第63回 第4戦フランスGP「2000t of Rain」

 それにしてもこの<不安定なル・マンの天候>という見事な安定っぷりはどうだろう。寒くて雨が降る例年どおりの厳しいコンディションは案の定で、MotoGPクラスに関していえば、今年は土曜までは一応ずっとドライで推移して、決勝日になってウェットコンディションへと一転した。
 おそらくどのチームもこの条件変化くらい想定済みとはいえ、難しい状況になったことはまちがいない。その悪条件を制して2戦連続の優勝を達成したダニ・ペドロサ(レプソル・ホンダ・チーム)は、序盤周回のA・ドヴィツィオーゾ(ドゥカティ)とのバトルから中盤以降の独走モードまで、じつに満腹感のあるレース運びであった。2位のカル・クラッチロー(モンスター・ヤマハ Tech3)は、これがMotoGP自己ベストリザルト。前日の走行で転倒した際に右脛の上部にクラック(ヒビ)が入る怪我をし、本人は「歩くと痛いけど、バイクに乗るのは問題ない」と語るものの、そんな手負いの状態で表彰台を獲得したのだから、やることがじつに男前である。3位のM・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)は、MotoGP初のウェットレースにもかかわらず尋常ではない学習能力を遺憾なく発揮して4戦連続表彰台。超弩級の天才っぷりを、今回もしっかりと披露した。

フ「ドビがこんなにながくトップを走っていたのは、正直、驚いた」とダニ
「ドビがこんなにながくトップを走っていたのは、正直、驚いた」とダニ。
ダニ カル マルク
MotoGPではどうしても勝てなかったル・マンでついに勝利。 チームのホームGP、タイトルスポンサーの冠レース。完璧。 4戦連続表彰台。しかも、怒濤の追い上げ。どんなんや。

 彼らと対照的に、悪い流れに泣かされてしまったのが、ヤマハ・ファクトリー勢である。
 通常なら難攻不落の安定感を誇るホルヘ・ロレンソが、序盤2周こそトップを走行したものの、以後はどうしたことかずるずると順位を落としてゆき、このひとに似つかわしくない追い下げっぷりで、最後はなんとか7位でフィニッシュ。決勝後には、「リアタイヤがしっかりと作動しなかった。それが今日の最大の問題」と苦りきった表情でレースを振り返った。
「コーナー進入では氷の上を滑っているような状態で、コーナーのなかはグリップがなく、立ち上がりのトラクションでもスピニングを起こして、あらゆるコーナーで転びそうな状態だった。昨年のレースでは、今日と同じようなコンディションでも20秒差で勝っている。なのに今日は(トップから)30秒差……。決勝レースでは朝のウォームアップよりも普通なら速く走れるものだけど……」
 と本人が話すとおり、午前のウォームアップ走行では1分44秒307を記録していたのに対して、午後2時スタートの決勝では最高でも1分45秒261(16周目)にしか至らなかった。レースのタイヤ選択は、全選手が前後ともソフトコンパウンドのウェットタイヤで臨んでいる。「セットアップもそんなに変えたわけではないし、全然走れなかったのはタイヤが原因としか考えられない」というロレンソ自身のことばとも相まって「これは、はずれタイヤをつかんだのか!?」という推測も一部で流れた……のだが、そのような速断に飛びつく前に、まずは状況を少し整理しておきたい。
 決勝グリッドに着く前のサイティングラップで、ロレンソはフロント−ハード/リアーソフトというウェット用タイヤでピットアウトした。サイティングラップを終えたロレンソは、フィーリングが芳しくないことを訴え、グリッド上でフロントタイヤをソフトコンパウンドへ交換している。その際に、リアサスのリンクも変えたという話もある。フィーリングが得られない問題を、フロントに関してはタイヤの交換で、リアに関してはサスペンションでおもに対応を図ろうとした、ということだろうか。
 ちなみに、ハード/ソフトという組み合わせでサイティングラップに向かい、グリッド上でフロントをソフトへ交換したのはロレンソのみ。ドゥカティファクトリー2名とスピースの代役で参戦したピッロの計3選手は、ハード/ハードでピットアウトして、グリッド上でソフト/ソフトへ交換している。結果として、全選手が前後ともソフトコンパウンドでレースに臨むことになった、という経緯なのだが、レーススタートまでのこの推移を勘案すれば、ロレンソ本人のことばとは裏腹に、タイヤだけの単純な原因というよりも、もう少し複合的な要素が絡んでいるようにも見える。ともあれ、今回の7位とう成績は彼には珍しいリザルトであることに違いはなく、トップシックスを落とすのは、転倒等をのぞけば2008年最終戦バレンシア(8位)以来である。

ロレンゾ ロッシ
まさかこんなリザルト、レース内容になろうとは……。 それでもやはり、観客の拍手はこの人がいちばん多いのだ。

 一方、バレンティーノ・ロッシは表彰台争いを自らの転倒で逃し、再スタートを切って12位でチェッカーを受けた。
「スタートも良かったし、セッティングもよかったので攻めることができた。ブレーキングも強く、加速も悪くなかった。愉しく走りながらいいリザルトを狙えるチャンスだったのに、ブレーキングでバンプ(路面の凹凸)に乗ってフロントが切れこんでしまった」
 と、転倒までの経緯を振り返った。この決勝レースでロッシを悩ませた最大の問題は、ヘルメットのバイザーの曇りだったとか。
「昨年から、ウェットではいつも問題を抱えていた。昨年のマレーシアでも同様で、曇って全然前が見えなくなり、バイザーを開けなければならなかった。今年は改善されてきたけど、まだ充分じゃない。この問題のために、レースでは前を走っていたカルに接近することができず、少し距離を保って走行しなければならなかった」
 ロッシと同じヘルメットメーカーのステファン・ブラドル(LCRホンダ)にも同様の現象が発生しており、メーカー側の対応は急務を迫られるだろう。
 さて、次戦は過去に数々の奇跡を成し遂げてきたホームGPのムジェロだが、
「勝つのは難しいと思う。ムジェロは大好きなコースで、ヤマハのマシンで復帰するのはとてもうれしい。ぜひともいいリザルトを残したいけれども、自分たちはまだドライで勝てるだけのものを獲得していない。勝つ前に、まずはもっと速くならなければならない」
 と、一筋縄ではいかない展開も覚悟しているようだ。だが、優勝争いのできるパッケージを探って苦悩する姿には、かえって彼の人間くささ、アスリートとして覚悟がくっきりと浮き彫りになっているようにも思う。
 ともあれ、第5戦ムジェロもドラマチックな展開のレースウィークになることは必至。リザルトという平明な数字の水面下にある複雑な展開をいつものようにちょこっと探るべく、来週はトスカーナへ行ってきてレポートをお送りいたします。それまでしばらくのあいだ、皆様どうぞお達者で。ではでは。

青山 高橋 中上
土曜は電気系トラブルで二台とも走行不能に。決勝はなんとか走りきって19位。 次戦のムジェロは、間に合えば新フレームを投入する可能性も。 初ポールトゥウィンは目の前まで迫っていたのだが……。次回に期待。
フランスGP フランスGP フランスGP フランスGP フランスGP
フランスのおねいさん。シェルブールの雨傘。
■第4戦 フランスGP

5月19日 ル・マン・サーキット 曇りのち晴
順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team HONDA
2 #35 Cal Crutchlow Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA
3 #93 Marc Marquez Repsol Honda Team HONDA
4 #4 Andrea Dovizioso Ducati Team DUCATI
5 #69 Nicky Hayden Ducati Team DUCATI
6 #19 Alvaro Bautista Go & Fun Honda Gresini HONDA
7 #99 Jorge Lorenzo Yamaha Factory Racing YAMAHA
8 #51 Michele Pirro Ducati Test Team DUCATI
9 #38 Bradley Smith Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA
10 #6 Stefan Bradl LCR Honda MotoGP HONDA
11 #29 Andrea Iannone Pramac Racing Team DUCATI
12 #46 Valentino Rossi Yamaha Factory Racing YAMAHA
13 #41 Aleix Espargaro Power Electronics Aspar ART(CRT)
14 #9 Danilo Petrucci Came IodaRacing Project Ioda-Suter(CRT)
15 #17 Karel Abraham Cardion AB Motoracing ART(CRT)
16 #5 Colin Edwards NGM Mobile Forward Racing FTR-Kawasaki(CRT)
17 #70 Michael Laverty Paul Bird Motorsport PBM(CRT)
18 #8 Hector Barbera Avintia Blusens FTR(CRT)
19 #7 青山博一 Avintia Blusens FTR(CRT)
RT #68 Yonny Hernandez Paul Bird Motorsport ART(CRT)
RT #14 Randy De Puniet Power Electronics Aspar ART(CRT)
RT #52 Lukas Pesek Came IodaRacing Project Ioda-Suter(CRT)
RT #71 Claudio Corti NGM Mobile Forward Racing FTR-Kawasaki(CRT)
RT #67 Bryan Staring Go & Fun Honda Gresini FTR-HONDA(CRT)
※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

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