道を選ばず、長時間の移動に適した大排気量デュアルパーパスというカテゴリーは欧州のみならず、日本でもじわじわと人気が高まって、休日に郊外へ走りにでかければ少数とは言えないほど普通に出会うことが出来る。
そこにKTMから新型が登場した。2006年に発売されたKTM 990 ADVENTUREからフルモデルチェンジ。後継となるモデルは2種類で、1190 ADVENTUREと1190 ADVENTURE Rである。
ダカール・ラリーで勝利を手にしたマシンを先祖に持つだけあって、これまでの990 ADVENTUREは、その中でもオフロード性能に定評がある一種独特の存在だった。それによって、これじゃなきゃだめだと言うコアなファンを獲得していたと言えよう。
1190の2台は、まず見た目から大きく違う。ダカールレーサーの面影を残した990からがらっと変わり、手の込んだ現代的なルックスを手に入れた。らしさは無くなったが、引き換えにカラーグラフィックも含め高級感を手に入れた感じ。それでいて強いオリジナリティも感じられる。この2台はキャラクターの違いを明確にしている。
先にシートに跨ったのは1190 ADVENTURE R。フロント21、リア18インチホイールの、よりオフロードに特化したモデルだ。最初に説明しておくが、一方の1190 ADVENTUREはフロント19インチ、リア17インチホイールのより舗装道での使い勝手を考えた仕様である。
1190 ADVENTUREのシートは運転席の高さを調節可能にしたセパレートタイプ。こちらは後ろ側との段差が小さいワンピースタイプを採用。オフロードでシチュエーションによって必要になってくる積極的な体重移動のしやすさを考慮してのことだろう。シート高は890mm。身長170cm、68kgの私にとって高い。両足だと爪先も厳しい、片方をステップに載せてもう片方を地面に伸ばしてやっと足指関節が曲げられるくらいである。
もちろん走る場所はダートだ。それでも走りだしてしまえば足つきはほとんど気にならなくなった。フロントとリア共に220mmとADVENTUREより20mm増加されたホイールトラベル。KTM御用達のWPサスペンションはフルアジャスタブルだが、スタンダードの設定のまま。トコトコとゆっくり走りだしてもよく動き、路面を追従しショックをいなしてくれるので、少々荒れたところを通過しても怖さを感じない。安定感が高く、ちょっとした難所的なところに積極的に突っ込む勇気を与えてくれた。時々停止したりしても、さっとお尻をずらして足を出せば問題ない。個人的にこのシート高は許容範囲だ。
しかし、これは万人そうかと言えばそうではないだろう。筆者はここ最近、オフロード走行にハマっていて、林道のみならず、250エンデューロレースモデルを使ってコース練習、クロスカントリー、エンデューロレースに積極的に参加している。上手いとは口が裂けても言えないけれど、普通にオフロードの経験がある走れる人。重さと大きさはまったく違うけれど、シート高の数値はいつも乗っているレースバイクよりこちらの方が低いから、それほど気にならなかった。「オフも楽しく走れるよ」と表現しても、普通に考えてオフロード経験が少ない人は間違いなく厳しいだろう。これは道具の問題ではない。乗れば誰でもホイホイと楽に土道を走れると勘違いはしないと思うけれど。
裏を返せば、オフロードにある程度乗れる人にとって、ADVENTURE Rは流石ダートを知り尽くしたKTMと唸るほど面白いものになっていると感じた。
オンロードもオフロードも基本的なものは変わらず、フロントサスペンションを縮めてこそより良好な旋回性が発揮できる。土の上は滑りやすいからと、怖がって適切な荷重をかけてやらないとマシンはなかなか曲がっていかない。小排気量から中排気量のダート専用バイクは大きなギャップなどいろんな走行を想定して、通常姿勢ではそれほどフロントに荷重がかかっていない。だからコーナーリングの時はライダーが体をより前方に持って行き曲がりやすくしてやる。ADVENTURE Rは、このカテゴリーの例に漏れず燃料タンク部が大きいので、前方への積極的な体重移動はそれほど大きく出来ない。そのためもあり、最初から前にある程度荷重がかかっている。この設定が絶妙で、コーナーリング初期にフロントが大きく逃げて怖い思いをする重ったるさはない。それでいてどかんとシートに座ったままでもすっと向きが変わる。当然大きさは感じるものの、それほど気兼ねしないで走れた。
990から進化しながら排気量が増えたVツインLC8エンジンは、スロットルを開けるとどっと前に進む瞬発力がある。レスポンスが鋭い。マイルドでまったりよりガツガツいく感じでレースに強いKTMらしい。流して走っていて、欲しい時にはスロットル操作ですぐに欲しいパワーが取り出せる。もう死語になった言葉を使うと肉食系。でも粗野ではない。取り扱いは容易でギクシャクという擬態語を使いたくなるシーンはなかった。
MTCと名付けられたトラクションコントロールが備わっていて、モードはストリート、スポーツ、レイン、そしてオフロードの4種類がある。走行は出力が100ps(最大出力は150ps)までに抑えられたオフロードモードで。低中速域がトルクフルで力の出方がマイルドな性格になる。少し派手目にテールを流すような派手な写真が欲しくて、うっかりこのトラクションコントロールをオンのまま(オフにも出来る)やってしまった。最初だけざっと滑ったかと思うとすぐにグリップを取り戻して普通に立ち上がっていく。何が何でもテールをスリップさせないと強く制御が働いて、モワ~っとした感じでやる気を挫くような設定ではない。さじ加減がいい。
ブレーキはフロントブレーキを握ると自動でリアも効くコンバインド機構になっている。ABSと一緒に機能して、スリップさせずに安定しながら短距離で停止出来ることを狙ったもの。オフロードモードにすると、前後の連動が切れてリアのABSも解除になるので意識的にブレーキロックを使えるのが嬉しい。
技量や路面状況によって使い分けると強い味方になるだろう。走りやすいダート道だったこともあり個人的にはMTCとABSをオフにして走ったのが楽しかった。
このカテゴリー、この大きさでここまでダートでやれるとは。
跨ってすぐに気がつくのは何よりもシート高。ADVENTURE Rより確実に低く、足つきは改善。ADVENTURE Rでなんとかなると書いたけど、やっぱり低けりゃ低い方がいいと思うのは人の常だ(長身の人を除く)。このカテゴリーは圧倒的にオンロードを主体に使う人が多数派。だから市場に並ぶのはオンロードに重点を置いた機種が多い。そんなジレンマを解消するかのように、よりオンロード使用を考慮したこのモデルが用意されたわけだ。
ADVENTURE Rのエンジン前方にあったプロテクションパイプがなくなり、スッキリした姿をしている。スポーツモードにして走ってみた。より小径の、フロントに120、リアに170サイズの太いタイヤにより車体横方向に広がったタイヤ接地面積。おかげでコーナーリングの高い安定感と旋回性は大きく違う。ADVENTURE Rがトレール車的(これはこれでヒラヒラと個人的には好きだが)なのに比べ、フロントがグイグイ入っていく。現代のネイキッドバイクのようとまではいかないけれど、’70年代から’80年代にあった19インチフロントの大排気量スポーツよりスポーティー。狭く曲がりこんだワインディングでも気持よく走れた。サスペンションはロードに適した動きで切り返しの速さと落ち着きも良好だ。瞬発力のあるエンジンに鞭打って走っても、しっかり減速出来て、リアタイヤは適切に路面を捉える。日常的な速度で足廻りが音を上げるようなことはない。ABSの介入も自然なもの。
モードを変更しながら、少し飛ばし気味に走る。快適な乗り心地。高速道路でなくても。ADVENTURE Rより高いスクリーンは向かってくる風がライダーに当たるのを防いでくれているのが分かる。完成度の高いツーリングモデルだと思った。マイルドでサルーンのような乗り味を求めるライダーによっては、レスポンスが良くパワフルなエンジン特性が気になるかもしれない。積極的に走る楽しさとコインの裏と表のようなものか。当たり前だけど、UターンはADVENTUREの方が小さく回れて、足つきが良いので気兼ねがない。意外とこういうところを万能ロードツアラーとして重要視するユーザーは多い。
2台を乗り終えて、「どっちを買う?」と聞かれると困る、悩む。
間違いなく、走るのは舗装道の方が多いけれど、それほど飛ばして乗ることはないのでADVENTURE Rでもまったく困らない。どころか充分すぎる。最近オフロード走行にハマっているから、やはり惹かれる。
ADVENTUREはよりロード向けというだけでフラットなダートくらい楽々だ。高速道路、ワインディング、小さい温泉町の狭く曲がりくねった坂道、時々林道など様々なシチュエーションが出てくる旅に出て困らないのは、足つきも良く、高い速度に対して快適性に優れるこっちが万能だ。