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西村 章

スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社、はては欧州のバイク誌等にも幅広くMotoGP関連記事を寄稿するジャーナリスト。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』は小学館から絶賛発売中(1680円)。
twitterアカウントは@akyranishimura

第10戦 アメリカGP コークスクリューは人生の分水嶺、の巻

 いやそれにしても寒いレースウィークだった。定宿の安モーテルからラグナセカサーキットへ向かう午前8時前後の時間帯、レンタカーの気温計はいつも52°F(摂氏でいえば10℃ちょい)前後を示していた。空はどんより曇り、サーキット一帯には靄が立ちこめる。日本では高温注意報が発令されて鈴鹿で灼熱の8耐が開催されているというこの時期に、地球の反対側のアメリカ合衆国カリフォルニア州モントレー内陸部は頭痛がしてくるような気温だった、というわけだ。昼が近づくと靄は晴れて雲ひとつない空が晴れ渡るものの、日射しは強くとも風は相変わらず冷たい。そんな状態にもかかわらず、サーキットのメディアセンター(テントですけどね)は昼になると冷房を入れやがるのだ。これにはさすがに各国の取材関係者から「あんたらバカじゃないか」、と(本当に言ったかどうかは知らないけれども)いう苦情が出て、冷房こそ消されたけれども、とにもかくにもこのコンディションはレース進行やチームの戦略にも大きな影響を与えたようだ。土曜日午前のフリープラクティス3回目は濃霧の影響でセッション序盤に走り出す選手はほとんどおらず、視界の晴れた終盤にようやく各選手はピットアウトしたものの、わずか数周にとどまる程度で、セットアップの煮詰めなど実のあるセッションにはならなかったようだ。決勝日はさらに霧が濃く、午前のウォームアップ走行が1時間延期。決勝レースは定刻に開始されたけれども、タイヤ選択に悩む各チームはグリッドについてもぎりぎりまで路面温度を見極めるにらみ合いが続いた。決勝が始まった午後2時の気温と路面温度は、DORNAの公式発表でそれぞれ18℃と24℃。そりゃ寒いって。優勝したケーシー・ストーナー(レプソル・ホンダ)のリアタイヤは柔らかい方のコンパウンドで終盤に後続を引き離す勝ちパターン、チームメイトのダニ・ペドロサは硬い方のコンパウンドで終盤まで高いアベレージタイムを刻む戦略のつもりが「今回は目論見通りに行かなかった」と話すあたりにも、ラグナセカのコンディションの難しさがよくあらわれていると思う。

第10戦アメリカGP 10戦アメリカGP
朝9時でこれ。晴れてくるのはだいたい10時半頃。 2005年以来一貫してテント設営。午後の空は晴れております。

 レプソルホンダの両選手といえば、今回のレースウィークではダニが2013年用に開発を進めてきた新エンジンと新車体、ケーシーが新エンジンとスタンダード車体、という組み合わせでレースウィークに臨んだ。ヤマハとロレンソの独走を阻止するための、HRCの乾坤一擲の投入だったわけだが、ケーシー優勝、ダニはファストテストラップ記録を更新して3位、という結果を見るかぎり、この戦略はうまく運んでいるといっていいのだろう。ちなみにダニは今回のレースウィークで、金曜のフリープラクティス1回目からニューエンジン(4基目)を使用し、土曜の予選ではさらに5基目のエンジンも使用しはじめている。いうまでもなく、MotoGPのプロトタイプマシンに許可される年間エンジン使用数は6基まで、となっており、サマーブレイク前に5基目までおろしているのはプロト勢ではダニただひとりなのだが、ことエンジンの信頼性と耐久性にかけては天下無双のHRCだけに、残り8戦で未使用1基という状態でもおそらく不安要素はかけらもないものと思われる。というか、むしろHRCの強力なエンジンなら年間2基程度でも充分大丈夫なんじゃないかという気すらするのだが、そんなことを言うとHRC社長の鈴木哲夫氏や副社長兼チームリーダーの中本修平氏から「おまえレースを舐めてんのか。バカなんじゃないか」と言われかねないので(すでに言われてるような気もするけど)、あまり大声では言わないようにします。

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今季4勝目。ランキング首位のロレンソまで32点差。 フランスGPの4位を除き9戦すべてで表彰台という高水準。

 今回のレースウィークの話題といえば、ベン・スピースの今季限りでのヤマハ離脱表明もパドックの皆を大きく驚かせた。SBKでBMWだのAMAのヨシムラスズキでMotoGPスズキ復帰まで時間をつなぐだの、今後の行方については様々な憶測が乱れ飛んでいるけれども、そのあたりについては時期がくればおのずと明らかになるでしょう。それよりも彼については、まるで何かに取り憑かれたかのような運の悪さ、ということに同情を禁じ得ない。雨のレースでヘルメットに浸水したりタイヤがチャンクアウトしたり食あたり(ウィルス性という説もあるけど、そこは問題の本質ではないし)に遭ったり、そして今回は「マシントラブル」で4位走行中に転倒を喫したり……。まさに「踏まれたり蹴られたり」である。今回のアクシデントに関しては、ヤマハからの公式発表では「スイングアームのトラブル」という表現になっているけれども、スイングアームみたいなごつい部品が壊れるなんて普通は考えられない(人間でいえば、ふつうに歩いていたらいきなり腰骨が割れる、みたいな話)わけで、「荷重が抜けてイってしまった」という本人の言葉から類推するに、リアサスのリンクもしくリアサスそのものに何かトラブルが発生した、というあたりが想像される。ダメ元を承知でレース後、ヤマハの現場関係者に尋ねてみたところ、当然ながら真実を明かしてはくれなかったものの、「あー、全然そうじゃないですね」とか「違いますよ」という否定もされなかったところから類推するに、素人なりのヘタな想像でもおそらく当たらずといえども遠からず、といったあたりだったのではないだろうか。真実が明らかにされることは今後もないだろうけれども、いずれにせよ、ベンちゃんにはこの「藁打ちゃ手を打つ」状態から一刻も早く脱け出し、本来の実力を発揮して残り8戦で表彰台争いを繰り広げてほしいものである。(この件については、8/1更新の共同通信コラムで考察しています)

 で、そのベンちゃん以上に大きな注目を集めた(というか開幕以来延々と集め続けている)のが、バレンティーノ・ロッシの来季の行方、なのだが、ドゥカティかヤマハか、さあどっちだどっちだ、というこのワイドショー的盛り上がりにはなんだか徒労感を憶えるのも正直なところではある。職業柄もちろん関心がないわけではないし、じっさいどちらに張るかと問われれば<人生しょせん小博奕だもの、みつを>という座右の銘に従えばここはひとつヤマハにありったけ全額どん、と賭けたくなるのも人情ではあるのだけれども、とはいえその一方で「下衆の勘繰りなんざいくら凝らしてみたところで、そんなもんなるようにしかならんでしょ。わたしら本人じゃないし、わからんもんはわからんです」というふうにも思う。”Don’t ask me. I don’t know!”と叫んだオジー・オズボーンの気持ちがちょっとわかるような気がしないでもない。まあいずれにせよ、次のインディアナポリスGPまでには彼の行方はおそらく明らかになっていることでしょう。(で、これについては、あまり投げやりではなくそれなりに真摯な考察をSportiva に寄稿しています)

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あれさえなければ4位は確実だったろうに……。 2013年のシート決定まで、あと2週間弱??

 ところで、twitterのアカウントでは、ときおり日本語以外の言葉でこれらのパドック情報に関するあれやこれやを発作的につぶやいたりすることがあります。それ以外の大半は、うどん喰いたいとか背中がかゆいとか、うわごとのようなどうでもいいことばかりなのですが。その辺のリスクとリターンを秤に掛けて、気になる方はいちどフォローをお試しください。気に入らなけりゃすぐに解除すりゃいいし。Facebookはほぼゲームに使ってるだけのような状態なので、ま、無視していただいていいです。なんかあの「like!」ってボタン、馴れ馴れしいっつうか妙に押しつけがましくて、どうにも鬱陶しいしね。

 
 ま、いろいろありますわな。というわけで、また次回。

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代役参戦。ラグナの走行経験があるわりには苦戦。 表彰台を後ろから見たところ。それもまた非常にアメリカ的。 三日間総計の動員数は137,221人。昨年より1,000人増。
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即興で絵を描くおじさん。見事なもんです。 一糸乱れぬダンスを披露するクールなマーチングバンド。 じゃあ、来年のラグナで会おうぜっ!!
■第10戦 アメリカGP
7月29日 ラグナセカ・レースウェイ 曇りのち晴
順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #1 ケーシー・ストーナー レプソル・ホンダ・チーム HONDA
2 #99 ホルヘ・ロレンソ ヤマハ・ファクトリーレーシング YAMAHA
3 #26 ダニ・ペドロサ レプソル・ホンダ・チーム HONDA
4 #4 アンドレア・ドヴィツィオーゾ ヤマハ・テック3 YAMAHA
5 #35 カル・クラッチロー ヤマハ・テック3 YAMAHA
6 #69 ニッキー・ヘイデン ドゥカティ・チーム DUCATI
7 #6 ステファン・ブラドル LCRホンダ HONDA
8 #19 アルバロ・バウティスタ ホンダ・グレッシーニ HONDA
9 #41 アレックス・エスパロガロ アスパーチームMotoGP ART(CRT)
10 #17 カレル・アブラハム カルディオンABモトレーシング DUCATI
11 #14 ランディ・デ・ピュニエ アスパーチームMotoGP ART(CRT)
12 #68 ヨニー・エルナンデス BQR BQR-FTR(CRT)
13 #5 コーリン・エドワーズ フォワードレーシング SUTER(CRT)
14 #22 イバン・シルバ BQR BQR-FTR(CRT)
RT #46 バレンティーノ・ロッシ ドゥカティ・チーム DUCATI
RT #11 ベン・スピース ヤマハ・ファクトリーレーシング YAMAHA
RT #77 ジェームス・エリソン ポール・バード・レーシング ART(CRT)
RT #9 ダニロ・ペトルッチ イオダ・レーシングプロジェクト IODA(CRT)
RT #54 マティア・パシーニ スピード・マスター ART(CRT)
RT #24 トニー・エリアス プラマック・レーシングチーム DUCATI
RT #51 ミケーレ・ピロ ホンダ・グレッシーニ FTR(CRT)

第10戦アメリカGP
※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

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