MBHCC E-1
西村 章

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スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社、はては欧州のバイク誌等にも幅広くMotoGP関連記事を寄稿するジャーナリスト。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』は小学館から絶賛発売中(1680円)。
twitterアカウントは@akyranishimura
第17戦 オーストラリアGP

 やはり寒かった。今年は昨年より2週間ほど時期の遅い開催だったので、従来よりも厳しい寒さが少しはましになるかなと期待したのだけれども、無理でした。毎年、オーストラリアGPは熱帯のマレーシアと連戦になるので余計に寒さが堪えて、そう感じてしまうのかもしれないけれども。
 金曜から土曜にかけてのフリープラクティスと予選では、どのクラスでも温度条件はかなり厳しく、冷えたドライコンディションからいきなりざっと驟雨がやってきてウェットになったかと思うとあっという間に路面が乾いていく、といういつもの難しいパターンを繰り返した。決勝日の日曜は風も収まって日射しも垣間見え、三日間のレースウィークで最も穏やかなコンディションになった。とはいえ、それでもMotoGPクラスの決勝時刻計測で気温は15℃、路面は26℃、という厳しい状態。で、レースウィークが開けた月曜になると、それまでの辛く厳しいコンディションから一転。風も凪いで暖かい陽射しが降り注ぎ、ラジオのアナウンサーが告げる天気予報の温度は27℃、というじつに清々しい一日に。これが日曜日のコンディションだったなら、レースは果たしてどんな展開になっていただろう……と思わないでもないけれど、まあ、なにごともえてして世の中というのはそうしたもんです。

フィリップアイランド フィリップアイランド フィリップアイランド
強い風の影響で雲の動きも早い。 氷雨も寒空も、レース好きには無問題。 三日間の観客動員は12万人超。
 

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 では、前戦マレーシアGPで話題が沸騰したMoto3クラス、マーベリック・ビニャーレスの一件から。前回までのお話は「なんか契約とかいろんなことでチームにダマされて、なんかもう我慢できない!」と怒髪天を衝いたビニャーレス父子がマレーシアGP前夜にレース参加を拒否してスペインへ突如帰国してしまい、「さて次戦、詰むや、詰まざるや!?」(←古い)みたいな状態で今回のレースを迎えたわけだけれども、結局なんのことはない、いったんスペインへ帰国したビニャーレス側がチームに詫びを入れる形で決着がつき、バルセロナからメルボルン空港へ降りたってフィリップアイランドサーキットへやってきた。
 金曜午前のフリープラクティス前には記者会見を開き、「チームのみなさん、スポンサーのみなさん、ごめんなさい。たくさんめいわくをかけてほんとうにすいませんでした。ぼくはとてもはんせいしています。もうしません、まる」という反省文を読み上げて決着がついた。まさに泰山鳴動して鼠一匹。英語で言えば”Much ado about nothing”。スペイン語では何というのかわからないけれども、とにかくあっけないくらいの幕切れで、うやむやというかぐだぐだな結末を迎えた格好になった。
 で、当の本人は、というとこれがけっこうシレッとしたもので、反省文を読み上げたら万事終了とばかりに、まるで何ごともなかったかのようにごく普通にレースウィークを過ごしておりました。予選は8番手で決勝は転倒リタイア。ランキングは現在3位。どっとはらい。

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カル ドヴィツィーオーゾ
体調を崩していたにもかかわらず、表彰台獲得。天晴れ。 熾烈な4位争いを制す。こちらもまた天晴れ。
バウティスタ ブラドル
激闘の末に5位。「直線が伸びなかった」と本人談。 最高峰初年度で、今回も着実に高い順応性を発揮した。

 そのMoto3クラスは、前戦マレーシアGPでチャンピオンが決定したけれども、Moto2クラスとMotoGPクラスは、今回のレースでそれぞれチャンピオンが確定した。Moto2クラスは事実上マルク・マルケスの王座獲得秒読み状態だったので、今回で決まることはほぼ折り込み済みだったとはいえ、MotoGPクラスのチャンピオンがここであっさりと決まってしまったのは、ちょっと拍子抜けした。
 拍子抜け、とはいっても、あくまでチャンピオン獲得の顛末が予想外にあっけなかっただけであって、レースそのものはじつに感慨深い一戦だった。後続に9秒以上の差をつけてチェッカーを受ける展開は、普通なら退屈きわまりないはずだけれども、今回に限っては、引退を目前に控えたケーシー・ストーナー(レプソル・ホンダ・チーム)のホームGPで、しかも負傷から復帰したとはいえ怪我を抱える右足首は完調からほど遠く、さらにそんな体調にもかかわらず地元の大観衆の前でホームコースレース6年連続制覇、という圧巻のレース展開は、観る者をして充分おなかいっぱいにさせるに足る内容だった。
 惜しむらくは、2周目の4コーナーであっさり転倒してしまったチームメイトのダニ・ペドロサが最後まで持ち堪えていれば、最終戦バレンシアのチャンピオン争いがさらに緊迫した内容になったのに……とも思うが、それはあくまで<たら・れば>の仮定の話だ。彼としてはあそこでイン側に入ってきたストーナーに前を譲りたくなくてがんばってしまった結果、フロントが切れ込んで転倒してしまったのだろうから、まあ、しかたない。
 <そういうものだ>とは、カート・ヴォネガットも言っているのだし。

ストーナー ダニ
「引退前にどうしても一勝しておきたかった。最高の形で勝てた」 2013年レプソル・ホンダチームのこのコンビの活躍や、如何に!?

 で、その結果、2位でフィニッシュしたホルヘ・ロレンソ(ヤマハ・ファクトリー・レーシング)が2012年のチャンピオンを確定させた。ここまでの17戦では、第7戦で転倒に巻き込まれてノーポイントになった以外はすべてが優勝か2位(優勝6回・2位10回)という高水準の走りをあらためて振り返れば、年間総合優勝を達成するのも当然、とうなずける。さらに、王座獲得は2010年以来の2回目、最高峰クラスで複数回の王座獲得はスペイン人選手で彼が初めて、しかも年齢は未だ25歳、という諸々を考えれば、
「ふだんは節制して体調管理を心がけているけど、今晩だけはこの世の終わりかというくらいに飲む!!」
 というくらいのことは、そりゃあ、許されるはずだ。なんたって、世界チャンピオンなのだから。
 世界チャンピオンといえば、2010年のチャンピオン獲得時と同様に今回も、王座獲得記者会見の後に、ロレンソは”We are the champions”(Queen)を朗々と歌いあげた。上手いか下手かというと、そりゃまあ本家のフレディ・マーキュリーと比較するのはそもそも無茶な話ではあるけれども、それにしてもなんというかまあ、人間ひとつくらいはちょっとした隙くらいはあったほうが、だいたいほらあまりに完璧すぎる人格は愛嬌もへったくれもあったもんじゃないじゃないし、ということでひとつ。ともあれ、そんなこんなも含めて、人間味に溢れた素晴らしいチャンピオンである。
 ホルヘ・ロレンソ選手、2012年MotoGPクラス総合優勝おめでとう。

ホルヘ
チャンピオンを獲得した瞬間から、来年に向けた戦いははじまっている。
■第17戦 オーストラリアGP
10月28日 フィリップアイランド・サーキット 晴のち曇
順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #1 ケーシー・ストーナー レプソル・ホンダ・チーム HONDA
2 #99 ホルヘ・ロレンソ ヤマハ・ファクトリーレーシング YAMAHA
3 #35 カル・クラッチロー ヤマハ・テック3 YAMAHA
4 #4 アンドレア・ドヴィツィオーゾ ヤマハ・テック3 YAMAHA
5 #19 アルバロ・バウティスタ ホンダ・グレッシーニ HONDA
6 #6 ステファン・ブラドル LCRホンダ HONDA
7 #46 バレンティーノ・ロッシ ドゥカティ・チーム DUCATI
8 #69 ニッキー・ヘイデン ドゥカティ・チーム DUCATI
9 #17 カレル・アブラハム カルディオンABモトレーシング DUCATI
10 #41 アレックス・エスパロガロ アスパーチームMotoGP ART(CRT)
11 #14 ランディ・デ・ピュニエ アスパーチームMotoGP ART(CRT)
12 #8 エクトル・バルベラ プラマック・レーシングチーム DUCATI
13 #9 ダニロ・ペトルッチ イオダ・レーシングプロジェクト IODA(CRT)
14 #51 ミケーレ・ピロ ホンダ・グレッシーニ FTR(CRT)
15 #22 イバン・シルバ BQR BQR-FTR(CRT)
RT #84 ロベルト・ロルフォ スピード・マスター ART(CRT)
RT #5 コーリン・エドワーズ フォワードレーシング SUTER(CRT)
RT #77 ジェームス・エリソン ポール・バード・レーシング ART(CRT)
RT #26 ダニ・ペドロサ レプソル・ホンダ・チーム HONDA
※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

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