ヤマハ発動機

 大きなジャンプやフープス(デコボコな道)など人工的なセクションをつくったクローズドコースでスピードを競うモトクロスに対し、丘陵地や森、岩場など全長数十kmにもおよぶ自然の地形を生かしたダートコースを舞台に、技術と体力を競うオフロードレースがエンデューロ、あるいはクロスカントリーなどと呼ばれる競技だ。

 30分程度のスプリントレースであるモトクロスに対し、エンデューロは数時間あるいは2日間以上にわたって行われ、完走することさえも容易くない過酷なレース。日本では主に、MFJとJNCCの両シリーズ戦を中心に展開されているが、昨シーズンそれぞれの選手権を制したチャンピオンが鈴木健二選手と内山裕太郎選手の両名である。いずれもヤマハのマシンでタイトルを獲得しているが、乗っていたバイクはモトクロッサーYZ250Fをベースにしたもので、エンデューロに合わせてサスペンションのセッティングを大きく変更するのはもちろん、ミッションをワイドレシオ化したり、19インチのリアタイヤを18インチ化するなど手間やコストが重くのしかかっていたのは誰の目にも明らかであった。

 そんな背景があるなか、ヤマハが完全新設計となるエンデューロレーサーWR450Fを新たにリリースした。2012年型YZ250Fと同時開発したアルミ製バイラテラルビームフレームに、クロスカントリーで信頼と実績のあるDOHC5バルブ450ccエンジンをFI化して搭載。鈴木・内山の両ライダーも早速5月のJNCC第3戦(鈴蘭)から実戦投入しており、鈴木選手がデビューウインを成し遂げると、続く第4戦(6月10日爺ヶ岳)も連勝。その実力を早々に見せつけている。

 瞬く間にエンデューロ界注目の的となった新生WR450Fだが、JNCC爺ヶ岳大会の会場で試乗できる機会を得た。一般的なライダーには馴染みのないエンデューロレーサーだが、ヤマハの最新技術が結集したニューWRの実力とはいかに……!? サンデーモトクロスを趣味で楽しむ青木タカオが試乗してみた。

 オフロードというと、ブルや水撒きで比較的整備の行き届いたモトクロスコースでしか走ったことがなく、それも未熟な技量をカバーしてくれる高性能なモトクロス専用マシンでしか経験のない私にとっては、オープンフィールドは未知なる領域。今回のコースはスキー場を使用しているだけあって、アップ&ダウンが続くダイナミックなレイアウト。コース幅が十分にあり、その雄大さにまず圧倒されてしまう。

 当日はあいにくの雨で気分が滅入ったが、大会に出場するライダーはみなどこか嬉しそう。雨でコースが濡れればそれだけ難セクションが増えるわけだが、完走すら困難な過酷なレースに自ら好んでエントリーする強者たちだけあって雨も歓迎なのだろう。そう考えれば、少しぐらい雨が降っている方がエンデューロレーサーの試乗機会としては最適と言えるのかもしれない。

 気を取り直してWR450Fと対面すると、コンパクトな車体にまず驚かされる。2012年型のYZ250Fとフレームや基本ディメンションが共通なだけあって、跨って感じるボリューム感はほぼ同じ。ただしシート高はYZ250Fより32mm低い960mmで、その上スタックしてもセルでエンジンがかけられる安心感が上乗せされており、見るからに手強そうなコースにも臆せず走り出すことができた。

 トラクションの良い土質のおかげもあるが、真っ先に言うべきことは450のパワーに戸惑いを感じることがないということ。450のマシンといえば日本人の体格には大き過ぎて、対象は欧米のライダーというのがこれまでの定評だったが、250のシャーシーをベースにしたWR450Fには、それがあてはまらない。とくに上り坂では、アクセルを大きく開けることができ痛快。神経質な部分がないから、コーナリング中はトラクション重視でじんわりとアクセルを開けていればマシンが進み、忙しなくアクセルをオン/オフする必要がない。

 タイトコーナーで車速が落ち込んだところから、急坂を駆け上がらなければならないシーンも低回転域から滑らかなにパワーが盛り上がっていくのは450ccの排気量とワイドなミッションのおかげ。たとえば250モトクロッサーなら2→3→4速へとシフトをかき上げていく必要があるところを、WRは3速キープでオーバーレブすることもなくマシンを坂の頂上へと引っ張り上げてくれる。これは長丁場のレースで、とても有利となるだろう。

 YZ250Fの足まわりをベースに、独自のセッティングが施された前後サスペンションは初期からよく動き、長い下り斜面では連続するギャップに跳ねられることなくしっかりと路面を追従。本来スタンディングで車体の挙動を抑えなければならないときも、シートに座ったままコントロールすることができ、アベレージをキープして淡々と走り続けることができるようになっている。

 ヘッドライトを備えたフロントまわりは若干の重さを感じるが、それはモトクロッサーに比べての話し。ハンドリング自体は軽く、コーナーでは狙ったラインを逃さない。ワダチのできた荒れたタイトコーナーもレールをクロスして踏みつぶせるパワーがあるし、旋回のきっかけがないフラットなコーナーもトラクションが逃げにくいソフトなサスペンションのおかげでコンパクトに旋回できるのだ。

 周回を重ねていくうちに下り斜面にも少し慣れ、アクセルを大きめに開けていくと、案の定ギャップをひろってリアが跳ね飛ばされたが、前後サスが瞬時に踏ん張り何ごともなかったかのようにそのまま突き進む。競技専用車というと上級者のためのものと勘違いされやすいが、それはまったくの誤解で、私のように技量が未熟なライダーの場合、マシンが助けてくれる恩恵がとてつもなく大きい。高性能なモトクロッサーに慣れている私の場合、バイク任せで大きなギャップを乗り越えられたり、ジャンプもできるのだが、ナンバー付きのトレールモデルで同じように走ると極端に体力を消耗したり、転倒してしまうなど必ずしっぺ返しを食らってしまう。

 その点、WR450Fは、モトクロッサーに近いポテンシャルがあり、ライダーの技量をカバーする器の大きなマシン。ここ数年、モトクロスを楽しんでいた仲間が次々にエンデューロレースに転向し、その魅力にハマッているが、今回登場したWR450Fは、その流れをさらに加速させそうな予感がする。ミスを最小限にし、冷静で確実な走りが要求されるエンデューロ。経験のないライダーでも、このマシンなら即参戦が可能で、そこに踏み込んでみようと意欲的になるだろう。

 かつて、YZ400Fで4ストローク・モトクロッサーを開発し、オフロードファンを驚かせたヤマハだが、今度は450エンジンを日本のライダーでも扱えるフレンドリーなモデルとしてリリース。盛り上がりを見せるエンデューロシーンを後押しすることは間違いないし、中村泰介選手が全日本モトクロスIA1クラスにも参戦するなどオフロード界全体にとっても衝撃のモデルといえる。もちろんレースユースだけでなく、オフロードビギナーがクローズドコースでファンライドしたり、腕を磨く相棒として選んでもいいだろう。

 今回の試乗に伴い、ヤマハ開発陣はFIセッティングを変えた3種類の仕様を用意してくれた。まず最初は点火時期を遅らせてマイルドなセッティングとしたものだが、スロットルレスポンスのツキが鈍くなり、トラクションの良い今回のコースでは上り坂やコーナーの立ち上がりでヒット感が乏しく、結果的にアクセルを開閉する忙しい時間が多くなって疲れやすいと感じた。ただし、雨で濡れた岩場や首都圏の河川敷のコースのようなカチカチに乾ききった硬質のスリッピーな路面では、臆せずにアクセルを開けていけるだろうから、この方向のセッティングが威力を発揮するだろう。
 次に点火時期を早めてレスポンスを良くしたセッティングを試したが、コーナーの立ち上がりで鋭く加速してくれるから、進入時やコーナリング中にアクセルを開けるのを我慢しなければならないところで閉じて待つことができ、メリハリの効いた走りができる。上り坂で失速してアクセルを開け直しても加速してくれるから、今回のシチュエーションではもっとも好印象であった。
 最後に燃調を濃くし、中高回転域でトルクをより発揮する仕様も体験したが、高回転域をキープし続けて走らすことのできない私としては、ピークエンド付近での力強さが増したことより、スロットルレスポンスが若干鈍くなったことが気になる。
 とまぁ、このようにセッティングを自由自在、素早く簡単に変えられるのはなんといってもフューエルインジェクション化による恩恵で、付属のパワーチューナーの働きのおかげ。気温や標高など刻々と変化するエンデューロレースで、大きな武器となるのは言うまでもない。これだけでもニューWR450Fの価値は絶大である。
ライダーの身長は175cm、体重67kg。シート高は960mm。
ヘッドライトは35/35Wのハロゲン球を使用。ライトの上はゼッケンプレートになっており、エンデューロレースに即参戦が可能。戦闘的なフロントマスクはレーサーならでは。 アルミハンドルはPROTAPER製で、グリップ位置を従来モデルより10mmライダー側にセット。よりコンパクトなポジションとなっている。セルボタンはハンドル右側に備え、燃料タンク容量は7.5L。
KYB製倒立フロントフォークは2012年モデルYZ450F/250Fと同タイプで、エンデューロに最適な専用セッティングが施された。前後ブレーキはウェイブ形状のディスクローターを採用。 標準モードで速度計、オドメーター、時計、トリップA/Bなどを表示するデジタルスピードメーター。モードを切り替えると平均速度やタイマーなどを表示する。燃料警告灯も備えた。
1次バランサーを内蔵し、振動を抑えたDOHC5バルブエンジン。ワイドレシオの5速ミッションが組み合わされ、扱いやすいながらも450ccならではのパワーもある。 ヤマハ・エンデューロレーサーとしては初となるフューエルインジェクションの採用。標高や気象の変化に合わせてのセッティングが不要となっただけでも大きな武器である。
工具を使わずにワンタッチで開閉ができるエアクリーナーボックス。エレメントの脱着もスピーディ。パワーチューナー接続用のカプラーもボックス内にあり、雨や泥の直撃を避ける。 エンデューロに最適な18インチリアホイール。前後アルミリムはEXCEL製で、ミディアム路に広く対応するワイドレンジタイヤ、ダンロップGEOMAX MX51を履く。
テールエンドにはLEDランプを装備。アルミ製のサイレンサーはYZ450F用をベースに専用設計。左のサイドカバー内側にはクーラントのリザーバータンクを配置した。 パワーチューナーが同梱されるのは、FI仕様になってからのYZ450Fと同じ。フィールドにノートパソコンを持ち込むことなく、コース状況や好みに合わせて素早く簡単にセッティング変更できる。
写真左:JNCCチャンピオン鈴木健二車 中央:WR450Fスタンダード 右:全日本モトクロス参戦中の中村泰介車。
驚異的なスピードでスタンダードのWR450Fを走らせるエンデューロ界の雄、鈴木健二選手と内山裕太郎選手。ニューWRでタイトル獲得を目指す。
■YAMAHA WR450F主要諸元■
●全長×全幅×全高:2,160×825×1,276mm、ホイールベース:1,465mm、最低地上高:335mm、シート高:960mm、車両重量:124kg、燃料タンク容量:7.5L●水冷4ストローク単気筒DOHC5バルブ、排気量:449cc、ボア×ストローク:95.0×63.4mm、圧縮比:12.3、燃料供給装置:電子制御燃料噴射装置、点火方式:TCI(トランジスタ式)、始動方式:セルフ・キック併用式、潤滑方式:強制圧送ドライサンプ、最高出力:NA、最大トルク:NA、ミッション:常時噛合式5段リターン、1速:2.417、2速:1.733、3速:1.313、4速:1.050、5速:0.840、一次減速比:2.652、二次減速比:3.846●フレーム形式:セミダブルクレードル、サスペンション前:テレスコピック式(倒立タイプ)、後:スイングアーム式(リンク式)、キャスター/トレール:27°00′/117mm、ブレーキ前:シングルディスク、後:シングルディスク、タイヤ前:80/100-21 51M、後:120/90-18 65P●価格:817,950円


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