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西村 章

スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社、はては欧州のバイク誌等にも幅広くMotoGP関連記事を寄稿するジャーナリスト。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』は小学館から絶賛発売中(1680円)。
twitterアカウントは@akyranishimura

第4戦フランスGP「ストーナー引退宣言に思う “レース人生”と“ふつうの人生”の狭間で」

 やはり今回の話題は、ケーシー・ストーナーに尽きるのだろうと思う。木曜17時からの定例事前記者会見の場で彼が発表した今季限りでの引退声明は、その場にいた全員を大いに驚かせた。

 引退の理由として第一に挙げた「レースへの情熱が薄れてしまったこと」を、ごく表層的に捉えるのならば、様々な賛否両論もありえるだろう。じっさいに、彼の引退声明を受けて、「終盤戦になれば発言を撤回するのではないか」「あとできっと後悔するにちがいない」などという声がいくつかあがったのも事実だ。たしかに、「まだ先の展望がある状態にもかかわらず、こんなに若くして引退するのは自分が初めてかもしれない」とは、ストーナー自身も認めている。わかりやすく例示するなら、彼の同郷で5連覇の偉業を達成したミック・ドゥーハンが最初に世界タイトルを獲得したのは、彼が29歳のとき。対するストーナーは、この11月に引退するときはまだ27歳にすぎないのだから。だが、彼は「自分がなにを手放そうとしているのかは、自分が一番よく理解しているし、この結論に至るまでずいぶん考えた」のであり、発言の真意を理解しようとしない、ためにする曲解や憶測こそが、彼にこの世界を倦ませてしまう大きな要因にもなったのだということは指摘しておいてもいいだろう。

第4戦フランスGP 第4戦フランスGP
今季限りの引退発表後は肩の荷が下りたのか、非常にリラックスした笑顔も。

 思い起こせば、2009年に、乳糖不耐症からシーズン中盤の数戦を欠場して休養した際にも、大仰すぎるとか怠慢だとか、あるいはメーカー側との駆け引きの作戦だとかいった口さがない言説が散見されたが、あのときの彼の疾病(といっていいのだと思う)に対する無理解と、今回の彼が示した多様な価値観のありかたに対する無理解は、かなりの部分で重なりあうところがあるように見える。じっさい、木曜の会見の際には09年の乳糖不耐症に対する周囲の無理解に関して言及してもいる。これがどれほど、病を抱える身にとって悔しく辛いことであるかは、いうまでもないだろう。

 さらに、価値観ということで言うならば、いわゆる地位や名声、金銭等に先だつ選択肢があることを身をもって明快にあらわしたという意味で、今回の彼の決断は勇気に満ちた素晴らしい行為だとも思う。一説によれば、来年の契約更改に際してホンダ側はかなりの金額のギャランティを提示し、ストーナーはその評価を非常に喜んだともいう。おそらく、この高額提示は、内心で引退の意を固めていたストーナーが「これで本当にもう何も思い残すことはない」と思い定める要因になりこそすれ、むしろ彼を引き留めるという意味では逆方向に作用したのではないかという気もしないではない。

 彼にとって大事なのは目の前に積み上げられた札束を手にすることではなく、その数字はあくまで評価基準のひとつであり、自分自身をそれくらいに高く「買って」くれているという事実さえ確認できれば、貨幣自体は特に重要ではないという、おそらくはそういうことなのだろう。もちろん、そのような決断が可能なのはすでに充分な額を稼いでいるからだ、という指摘も可能かもしれない。が、たとえそうであったとしても、彼の金銭や名声への執着が低いことは間違いなさそうだ。

 木曜の会見で、ストーナーが「うまく説明できないのだけど……」とやや躊躇い気味に話したのとおそらくは同じ意味で、こちらとしても、彼の真情の奥底に対しては憶測の域を出ないし、金曜走行後の囲み取材でもこの件に関してさらに突っ込んだ質疑応答が行われたけれども、共通して言えるのは、いつもと同じように、彼は包み隠すことなく自らの思うことを真摯に話していた、ということだ。我々メディアに対して今までずっと変わることのなかったこの姿勢は、残り14戦も同じように明け透けなくらい正直なものであり続けることだろう。

 雨の決勝になった日曜のレースでは、ストーナーは終盤にバレンティーノ・ロッシと激しいバトルを繰り広げて3位でチェッカーを受けた。いつものように独走優勝で終わるのも、それはそれで悪くなかったかもしれない。だが、2位争いに敗れたとはいえ、今回の激しいバトルは、おそらく多くの人々に忘れようのない強烈な印象を与えたことだろう。現実は常に予定調和な予想を上回るものだ。

 そして、今回のストーナー引退発表の結果、来季はレプソルホンダのシートがひとつ空くことになって、契約更改状況はにわかに混沌の様相を呈しはじめた。「冗談から駒」という状況も文字どおり冗談ではなくなりつつあるようだが、そのヘンの話はまあ、機会があれば改めてということで。ではまた次回。

第4戦フランスGP
超ハイレベルの技術と安定度で優勝をさらったものの、話題はさらわれた人。
第4戦フランスGP
問われるたびに「来季のことを語るのは時期尚早」と繰り返す人。
第4戦フランスGP 第4戦フランスGP
マレーシア期待の星、ズルファミ・ハイルディンはMoto3で参戦中。 とにかく寒いレースウィークだった。決勝日の気温は13℃。

■第4戦 フランスGP
5月20日 ル・マン・サーキット 雨
順位 No. ライダー チーム名 車両
1 #99 ホルヘ・ロレンソ ヤマハ・ファクトリーレーシング YAMAHA
2 #46 バレンティーノ・ロッシ ドゥカティ・チーム DUCATI
3 #1 ケーシー・ストーナー レプソル・ホンダ・チーム HONDA
4 #26 ダニ・ペドロサ レプソル・ホンダ・チーム HONDA
5 #6 ステファン・ブラドル LCRホンダ HONDA
6 #69 ニッキー・ヘイデン ドゥカティ・チーム DUCATI
7 #4 アンドレア・ドヴィツィオーゾ ヤマハ・テック3 YAMAHA
8 #35 カル・クラッチロー ヤマハ・テック3 YAMAHA
9 #8 エクトル・バルベラ プラマック・レーシングチーム DUCATI
10 #19 アルバロ・バウティスタ ホンダ・グレッシーニ HONDA
11 #77 ジェームス・エリソン ポール・バード・レーシング ART(CRT)
12 #54 マティア・パシーニ スピード・マスター ART(CRT)
13 #41 アレックス・エスパロガロ アスパーチームMotoGP ART(CRT)
14 #51 ミケーレ・ピロ ホンダ・グレッシーニ FTR(CRT)
15 #68 ヨニー・エルナンデス BQR BQR-FTR(CRT)
16 #11 ベン・スピース ヤマハ・ファクトリーレーシング YAMAHA
17 #7 クリス・バーミューレン フォワードレーシング SUTER(CRT)
18 #22 イバン・シルバ BQR BQR-FTR(CRT)
RT #9 ダニロ・ペトルッチ イオダ・レーシングプロジェクト IODA(CRT)
RT #14 ランディ・デ・ピュニエ アスパーチームMotoGP ART(CRT)
RT #17 カレル・アブラハム カルディオンABモトレーシング DUCATI
第2戦スペインGP
※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも本誌に引き続き掲載中です。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中。

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