静かに進化を重ねてきたCB650Fシリーズがガラリとモデルチェンジ。
「ママチャリバイク」という裏コンセプトで、普通のミドルクラスを目指した初代。
パワーアップとLED化した灯火類など採用した二代目。
そして今回、新たなネオスポーツカフェコンセプトと共に三代目に進化した。
実直なCB650が「R」になって帰ってきた。
■文:ノア セレン ■撮影:松川 忍
■協力:ホンダモーターサイクルジャパン http://www.honda.co.jp/motor/
■衣装協力:アライヘルメット http://www.araihelmet.com/
アルパインスターズ https://www.alpinestars.com/
素直に「カッコいい」
初代から試乗経験があり、二代目については長期にわたりレポートも展開し、さらには兄弟車種のCB1000Rにも長く乗ってきた筆者は、これらシリーズに対しての思い入れも芽生えている。特に650については多くのライダーが教習所でお世話になったであろうかつてのCB750のような、スタンダードスポーツバイクの現代版として、無理のない、いい意味で「普通」のミドルクラスマシンとして好感を持っていた。その650が、ホンダの展開する新たなシリーズ「ネオスポーツカフェ」の一員としてルックスを刷新すると共に、足周りの強化、そして初めて車名末尾を“R”にしてモデルチェンジ。試乗を楽しみにしていた。
実車の細部の紹介などはすでに紹介済み(http://www.mr-bike.jp/?p=158143)だが、おさらいするとエンジンの5馬力アップ、フロントに倒立フォークとラジアルマウントキャリパーの採用、そしてテールを含めて兄弟車とのスタイリングの共通化、が柱となる項目だろう。併せて「直4らしさ」や「フケ上がり様(ざま)」というのも開発者へのインタビューで何度も出てきた言葉であり、先代以上にマルチならではの高回転フィールを追求したというのが狙いだ。
筆者は何でも高性能化すればいいという考え方ではなく、用途に足るだけの性能がカッコ良くまとまっていれば良いのではないかと思うタイプ。だからこそ先代までの正立フォークの採用は、玄人好みというか、何だか親しみを抱いていた。このクラスなら正立フォークで十分なんだ、と。ところがいざ倒立フォークが採用され、いかにも効きそうなキャリパーが装着されると、新しくなったスタイリングと共に「おお! カッコいいナァ!」と素直に感じてしまった。こういった装備やスタイリングをきっかけに、もともと良かったCB650シリーズに改めてスポットが当たるのならそれはそれで良いじゃないか! と天邪鬼は思い直したと同時に、倒立フォークがもたらす運動性の変化にも俄然興味が湧いてきたのだった。
ニューコンセプト
待ち望んだ試乗は、「都市のライフスタイルに興奮を」のキーワードで開発されたその狙いにのっとりアクティブに走れる早朝の都内に設定。そう、車名末尾にRがついたと同時にこのCB650Rはコンセプトそのものを転換させているのである。これまでのモデルは文頭に書いたように、スタンダードなスポーツモデルといった位置づけだったのに対し、この三代目はもっと明確にスポーツを追求しているのだ。そのためハンドル位置は下げられ、ステップ位置は上げられ、エンジンは高回転型になり、軽量化やスリム化のためタンク容量は少なくするなど、スポーティな乗り味にするための各種の変更が加えられている。
以前の撮影会時に「ずいぶんとコンセプトが変わっていませんか?」と開発者に聞いた時の答えが「Rですから!」だった。なるほどまさに「ずいぶんとコンセプトが変わっている」のだ。
実際に接すると先代との違いはすぐに感じられた。まずは排気音。音量は抑えて中低音域の音圧を上昇させている、との説明だったが、明らかにハスキーな音がしかも耳によく届き、それだけでアドレナリンが溢れ“R感”のようなもの(?)が刺激される。排気音以外にメカニカルノイズという意味でも、撮影会の時にエンジン始動した際これまで以上に静かで、緻密に回っているような印象があったが、実際に動きだしてもその印象は変わらず、しかもクラッチがものすごく軽くさらに「ホンダらしい精密さ」のようなものが感じられ、飛ばさずとも満足感が得られる。
“R”の名に恥じない
スタンダードスポーツネイキッドから、ファイター的なロードスターへと変貌を遂げた新CB650“R”。長距離ツーリングなどよりはショートトリップでの興奮や満足感に重点を置いた変更であり、先のインタビューでも「仕事が終わってから夜の首都高を気持ちよく走るような状況で高い満足感が得られるように」などという話が出た。忙しい都市の生活の合間に、限られた時間の中でも濃密な息抜きができる、というわけだ。ならばそのような状況で乗らねばならないだろう、と濃い目のコーヒーを飲んで覚醒してから休日の朝走りを想定して早朝の首都高へと勢いよく登った。
上質さに包まれて流しているうちは、すぐに5馬力の向上を感じさせることもなく普通に走れ、どことなく高級感を増した乗車フィールに身を任せることができる。むしろ最近まで乗っていたCB1000Rに比べると絶対パワーが限られているがゆえに安心してコントロール下に置いておきやすいとも感じ、しかも先代の650よりもコンパクトに感じ一体感は高い。パワーモードなど無いが、そんなものは必要ないほど良く作り込まれ懐が深く感じるのは、Rになったとはいえ先代から不変の性格だ。
一方でアクセルを大きく開けた時の回転上昇は前モデルより一枚上で、中回転域から勇ましい排気音と共にグワッと高回転域へと繋がっていく。この高回転域は本当に胸をすく加速で、100馬力に満たないとは思えない瞬発力がある。また近年は排気量の拡大などにより4気筒は低回転域での潤沢なトルクやスムーズさがアピールにもなっていた中で、このCB650Rは久しぶりに「回して楽しい」4気筒というイメージ。積極的にギアチェンジして高回転域を上手に繋ぐ、という行為はかつての400ccクラスに通じるものがあり、高回転型DOHC4気筒はかくあるべき! と思い出させられた想いだ(もっとも、リッタークラスも気持ちよく回るモデルは存在するが、何せパワーの強大さによりそれを楽しむ機会が限られているのである)。
エンジンの性格は従来の扱いやすさに高回転域での興奮がプラスされたため純粋に進化と捉えられたが、ではハンドリングの方はどうだろう。倒立フォークの採用はかなり印象を変えてくれそうである。
ところが普通に走っている分には、いい意味でほとんど違いは感じられなかった。ハンドルが下がってステップが上がったライディングポジションの変更により、自然とフロントの方にライダーの重心が寄ってはいるものの、通常のストリートライドの領域でのハンドリングは自然で、特別クイックであったり硬質であったりということはなく安心できるものだった。しかしペースを上げてバンク角が増えてくると違いが明らかに。タイヤ銘柄の変更やライポジの変更、外装部品の変更による重心の変化もあるため倒立フォークのおかげだけとは思わないが、バンク角が深くなるほどグイグイと曲がりたがる性格に変化していくのだ。その時にフロント周りに塊感があり、ステム周りに高い剛性があって、なんの外乱にも影響されずにグイーン!と曲がっていく感じは先代にはなかった、明確な性格付けに感じた。のんびりと流している時には見えなかった「ファイター感」がのぞいたかと思いきや、ペースが上がるほどに強烈にアピールしてくるのだ。
ハンドリング味付けの変更はなかなか刺激的で、確かな“R感”を提供してくれる。エンジンと同様、日常領域では押しつけがましいスポーツ性があるわけではないが、その気になったら興奮させてくれるような、そんな奥ゆかしさも伴う、ストリートに向けたR化といえるだろう。
進化と変化
エンジンの味付け、ハンドリング共に、先代までのCB650シリーズの良いところをうまく継承し、新たな楽しさを追加した良い進化をしていると感じられた試乗だったが、それとは別に、先代から変化した部分にも触れておこう。
何よりも気づくのはポジションのスポーティ化だ。フロントに体を預けてグイーンと曲がっていく運動性を作りだすポジションではあるが、一方で前傾姿勢が強まったのも事実であり長距離を想定するユーザーによっては先代の方がしっくりくる可能性もある。併せてタンクやシートの形状もスポーティ路線に変わっており、長距離ツーリングやタンデム時の快適性・汎用性は今回のR化において追求しなかった部分といえる。なお、首都高に登る時に気づいたのだが、ETCも標準装備してほしかったところ……。
しかしこれは“R”なのだ。筆者が気づいてしまう「もうちょっと便利・快適だと良いな」といった項目は皆“F”モデルに期待するような装備であり、言ってみれば「お門違い」な指摘なのだ。開発者が力を込めて言った「Rですから!」は真実だ。確かにこの運動性はRでありもはやFの領域ではない。性格が明確になった事、そしてスタイリングも兄弟車と共通になったことで改めてCB650シリーズに注目が集まるだろう。今まであまり琴線に触れてこなかった人も、是非ともドリーム店などで試乗してほしいエキサイティングなスポーツミドルの誕生である。
(試乗・文:ノア セレン)
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