Z650という名のオートバイは40年前にも存在した。その時は新開発したコンパクトな並列4気筒エンジンを積んだ車体からなる軽快な走りで、風を切り裂くという意味の“ザッパー”という相性で親しまれた。現代のZ650は水冷4ストローク・パラ(並列)ツインエンジンを搭載しストリートファイタースタイルを身にまとったネイキッドモデルだ。昔のZ650とはあらゆるところが違う。けれど軽快な動きで鋭い走りが魅力というところは同じなのである。Ninja650の兄弟車、現代のザッパーと言うべきZ650 ABSの魅力を乗って走って掘り下げた。
■試乗&文:濱矢文夫 ■撮影:小林ヨシオ
■協力:カワサキモータースジャパン http://www.kawasaki-motors.com/
ライダーの身長は170cm。(※前後方向から写した写真は、クリックすると、両足➝片足、片足➝両足着きの状態が見られます。横からの写真は拡大サイズで見られます) |
昔のイメージから脱皮した。
水冷パラツインエンジンを搭載したカワサキのロードスポーツは80年代から存在した。400ccだった日本国内ではハイパフォーマンス化されていくレーサーレプリカの影にあって目立たない存在だったが、その乗りやすいエンジン出力特性や軽快でクセのないハンドリングには定評があった。欧州を中心とした海外では400ccの国内とは違い排気量が少し大きい500ccで、手に入れやすい価格というのもあり、エントリーユーザーを含む多くのライダーに認められロングセラーとなった。
カワサキのこのカテゴリーは21世紀に入ってから排気量を650ccに上げてミドルパラツインの歴史を継続してきた。だからNinja650と、それのネイキッド版になるZ650は突然パッと出てきたものではない。水冷パラツインエンジンロードスポーツは、言うなればカワサキの十八番なのである。Z650の前身になるER-6nは(それの国内版といえるER-4nも2011年モデルから発売された)根強いファンを獲得してきた機種。ずっと取り回しの良いサイズ感と、思うようにコントロールしやすい操縦性を維持してきた。パルス感がありながら程よい瞬発力で爽快なエンジンで街中、ワインディング、どこでも楽しく乗れる知る人ぞ知る良くできたオートバイだった。
そこから完全新設計された高張力鋼を使ったトレリスフレームを使ったこのZ650へとなったのは2017年モデルから。少しクセのある容姿と成り立ちが魅力でもあったがどこかマニアックという姿から、もっと普遍的な現代のカワサキZシリーズらしいものに生まれ変わったのが大きい。トップブリッジより下側にヘッドライトがくる低く身構えたネコ科の猛獣のようなストリートファイタースタイルとディテールで一気にあか抜けた。
今回試乗した2019年モデルの新色、ストームクラウドブルー×パールストームグレーというカラーはZ900RS CAFEなどにも使われている発色をおさえた柔らかいブルーとグレーの組み合わせで、オートバイにはこれまであまり使われてこなかったような色で斬新だ。無機質の機械というよりカジュアルファッション的。風景に溶け込みやすく、ライダーの服も合わせやすいと思う。人によって好みがあるけれど、新しいセンスなのは間違いない。殻を破って今風のイケメンにチェンジ。もう通好みとは言わせない。
コンパクトで良好なフィット感。
スタイルから手強そうで乗りにくそうに感じるかもしれないが、そこは心配しなくていい。いままでの伝統はちゃんと継続してさらに磨きがかかっている。お尻がピンと持ち上がっているようで実は座面は低い。790mmのシート高で、太もも内側が当たるシート部分も細く、そして車体も細いから、身長170cmでそれほど足が長くないライダーだが両足で余裕の足着き。これなら片足をステップに載せもう片足で支える場合ならもっと小柄なライダーでもお尻を大きくずらさずに足が届き信号待ちができるはず。
それをさらに助けるのが軽く感じること。実際に前モデルのER-6nから19kgもダイエットした車両重量=187kgというのもあるけれど、燃料タンクはニーグリップ部分が大きく絞られており、跨ると自然にきゅっと足で挟み込むようにフィットし、ハンドル位置が高めで近く、腕力を必要とせずホールドできて重さを無駄なく支えられる。乗車姿勢をとった時の感覚は400ccクラスと変わらないと思えるほど。
ハンドル幅はグリップの中央部分で左右の幅を測ったら約60cm。同じくグリップの中央部分でトップブリッジ上のクランプ位置から約12cm手前にある。高さはライダーのおへその位置よりこぶし半個~1個くらい上。ライダー側への絞りの角度は分からないけれど、これでイメージしやすいと思う。ステップの位置は乗る人のお尻直下よりやや前。膝の曲がりは強すぎず自由度は大きい。ハンドルを掴むと肘に余裕をもたせて少しだけ前傾といった乗車姿勢。1日中乗っていたが「辛い」という言葉とは無縁だった。
使いやすさと快適性。
十分な切れ角のある舵をフルロックまで切っても私の身長ぐらいだと、肩が回る動きが小さく腕の中にあるような操作感。低速域でのトルクが困らないくらいあり、スロットル操作に対して前後にゆすられるようなギクシャクした動きになりにくく神経質にならなくていいエンジン特性。だからUターンがかなりやりやすい。混雑した道をクルマの後について走る時でも、ゆっくり進むのに気を使うことがなく楽ちん。アシスト&スリッパークラッチを採用しており、レバー操作が軽いのも付け加えておこう。
流して走ったときにすぐに感じたのが、リアサスペンションのしなやかさだ。前モデルのリンクレスシングルショックサスペンションから、ホリゾンタルバックリンクリヤサスペンションと名付けられたリンク式になったことによる恩恵か、低中速走行時で角が取れたような動きで、速度を上げていったときの路面追従性も申し分ない。フロントタイヤも前モデルより落ち着きがあり動き全体が滑らか。それは走りをレベルアップさせているだけでなく快適な乗り心地にもなっている。
軽快で楽しい走り。
1410mmという短めのホイールベースに、160/60 ZR17M/C 69Wサイズの今となっては細いリアタイヤを採用していることもあり、小さく感じる車体を倒したいと思ったらさっと反応して動く俊敏性が楽しい。ブレーキの効きは、このエンジン性能、サスペンション性能、タイヤグリップにあった、ものすごく効くではないけれど、不満のない効きとコントロール性。強く減速しながらスパッとリーンして、特別に意識することなくリアタイヤに荷重がかかって向きを変えて立ち上がっていける。
その時にエキセントリックな動きはなく、どの状態でも常に前後タイヤのグリップを感じられて思い切ってオートバイを寝かせていける。とても軽やかだけど一連の動きの中で確かな安定感。どう乗ればいいのかなんて頭でっかちに考えずに、腕の力を抜いて走っていれば自然にそしてスムーズに小さくコーナーをクリアできるだろう。
これには649cm3水冷4ストローク並列2気筒DOHC4バルブエンジンの特性も組み入れたトラクション性の良さも貢献している。低回転域でも前に押し出すトルクが申し分なく、3千回転から力を増して山や谷のないフラットな特性で、加速感が続くのは9千回転付近までだが、そのままレッドゾーンとなる1万回転までスムーズに吹け上がる。レスポンシブルでありながら、回転の上下が機敏すぎず自分の意思と直結した加速が得られながら気兼ねない。このトルク変動の小ささからいつでもリアタイヤが路面をバイトしているフィーリングを得られる。
このエンジンは以前とくらべるとトルクを増しながら滑らかになった印象。ちゃんと進化を遂げている。驚くような加速はないけれど、遅くてまどろっこしいなんて思わない。当然ながら400ccクラスよりパワーに余裕があって、ストリートで身の丈に合った速さ。進む、止まる、曲がるの性能を、幅広い技量や体格のライダーが無理なく操ることができる使いやすさ。初めて乗ったのに、以前から乗っている自分のオートバイのように感じられるところが好きだ。親和性が高い。
誰にでもオススメできるちょうど良さ。
街乗りでもストレスフリーで、程よくしっかりスポーツライディングができ、いつでもライダーの制御下にあるようなフィーリング。ETCを標準装備していたり、独立したヘルメットホルダーがあったりするのもポイントが高い。Z650は、走り、操りやすさ、装備、車両価格と全体のバランスが良く、ビギナーからベテランまでオススメできるミドルネイキッドだ。
それはある意味で退屈じゃないのかと勘違いされそうだが、そうじゃない。公道でスポーツライディングする悦びは、絶対的な速さではないのはご存知の通り。それを追求するのはナンセンス。重要なのは、どれだけ自分の手足のようにオートバイを気持ち良く安全に操れるかだ。Z650のバランスが良いとは、その手の内にある走る楽しさもきっちり含んでのバランスの良さである。だからポジティブな気持ちで胸を張って“ちょうどいい”という言葉を使いたい。
(試乗・文:濱矢文夫)
テールランプはZパターンに点灯するLED。シートベルトのみでアシストグリップは標準でつかない。 | こちら側にメインキーで使える独立したヘルメットホルダーを備えている。 |
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