音読みと訓読み。小学校で習ったような気もするのですが、本来の意味はきれいさっぱり忘れ、音と訓もどっちがどっちだか定かではありません。なんだかんだ、あきはばら、おかちまち、うえのと50年以上生きながらえておりますが、幸い音訓で、にっちもさっちもブルドックになったことはありません。と、いつでも撤退できる体制を整えてから今月も始めます。
ではさっそくファイナルアンサー、「池北」と書いてなんと読むでしょう?
「なんと読もうが自由だ、俺は自由だ! フリーダム!」
はいはい、そうですね。しかし線をつけて「池北線」になると、そうはいきません。周辺に昭和世代の鉄がいる状況で、うっかり「いけきたせん」なんて読もうものなら「あ〜ん?? いけきたせんってどこにあるんだよ。いけがみせんの間違いじゃね〜の、トーシローがっ!!」と鬼の首を取るどころか、オニ23が某所で現存している様を撮ったようなお祭り騒ぎになることでしょう(意味不明だと思いますがスルーしてください)。
北海道にあるメロンとワインで有名な池田から、とにかく寒いことで有名な北見まで140kmを結んでいたのが国鉄池北線です。1987年の国鉄分割民営化によりJR北海道に継承された後、1989年に第三セクターの北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線となりました。しかし2006年に力尽きて全線廃止となってしまった長大なローカル線です。現在は一部分のみですが、ふるさと銀河線りくべつ鉄道として動態保存されているという、ありがたくもすばらしい稀有な例です。
池田と北見なら「いけきた」線でいいじゃないと思いますが、「ちほく」線と読みます。乗り切れないほどの廃線フィーバーがニュースになった、広島県の三次(みよし)と島根県の江津(ごうつ)を結んでいた三江線の場合は「さんごう」線ではなく「さんこう」線と読みます。つまり、路線名は音読みが原則です。命名した国鉄は公共企業体(三公社五現業←学校で習いましたね、昭和世代は。全部言えますか?)=バリバリのお役所ですから、路線名命名にもルールがあったはず。で、そのルールとは? それは知りません。肝心なことは知らないのに、ちょこっとでも知っていることを一方的にまくし立てるから、鉄は忌み嫌われるのですねぇ……。
国鉄の路線名が全部音読みならばスッキリですが、何事にも例外はあります。例えば米沢(山形県)と坂町(新潟県)を結ぶ米坂線は「べいはん」線ではなく「よねさか」線、松本と糸魚川を結ぶ大糸線も「だいし」線ではなく「おおいと」線です(松本と糸魚川ならば、なんで松糸線ではないのかは、複雑なので割愛、というかよく知らない)。岡崎(愛知県)と多治見(岐阜県)を結ぶ予定だった岡多線(おかた)線は、訓読みと音と訓のハイブリッドです。
ところで音読みと訓読みの見分けかた知ってますか? 読み方の2文字目に「うんちくきつい」の一文字が入っていると音読みだそうです。へ〜っ。つい先ほど知ったのですが、これ学校で習いました?
今回ご紹介させていただく立喰・ソは「ちほく」です。札幌駅に直結したデパートの地下街の奥まった場所にあり、口頭で説明するのは難儀なのですが、地下鉄東豊線乗り換え動線上で、常に人通りが絶えない場所です。トレードマークであるお品書きを書いた衝立の向こう側にいつもお客さんがいました。札幌のみなさまは、たとえ食べたことはなくても「ああ、あそこの立喰・ソね」という、大通のひのでと双璧をなす有名店です。
2015年はどういうわけか12回も札幌に行きました。ほぼ12回×2=24回ちほくの前を通過したのですが、実食したのはなんと3回のみ。翌年も何回か行ったはずですが、立喰・ソ帖の記録に残っているのは11回だけでした。もちろんすべて「ちほく」と記されていました。
ちほくという店名ですが、池北線沿線、あの超大物アーティストのご実家あたりの地方名だろうと思っていたのです。北海道の人に尋ねたら「池北地方なんて聞いたことないねー。そだねー。もぐもぐ」というではありませんか(一部脚色)。え? あわてふためき「ちほく そば」で検索したら、立喰・ソのちほくの他にヒットするのは「チホクうどん」ばかり。全国区になった北海道が誇るローカル番組「水曜どうでしょう」にチホクうどん(カタカナ表記みたいです)が登場した影響のようです。恐るべしチホクうどん!(←麺通団の名著のパロディという名のパクリです)ではなく、水曜どうでしょう。
北海道は日本一のそば産地ですが、ちほくといえば足寄町の小麦を使ったうどん。しかし札幌でちほくといえば立喰・ソ。なんともおもしろいですね。いや、それほどおもしろくはないか。そもそも、店名のちほくが池北の音読みなのか、ひょっとしたら、ちほくさんが社長だったとか、「ちょう・ほっかいど-・くーる」の略かもしれませんし。
先日写真を見ていたら、衝立のお品書きが2015年9月に撮った写真から変わっていることに気がつきました。視線をさらに上げた次の瞬間、心臓が止まりそうになりました。止まっていたら駄文をさらけ出すこともなかったのですが、残念ながらそう簡単に止まりません。なにをそんなに驚いたかと申しますと、お品書きどころか、店名がちほくから弁菜亭に変わっていたのです。ちほくはいつの間にか幻立喰・ソになっていたのですが、そんな重大事を目の前でスルーしていたのです。
私がいかに散漫人であるか十分ご理解いただけましたか、さらにちほくの本来の意味も永遠の謎となったのです。といつもなら安易にこれでシメなのですが、今回はさすがにこれで、終われないのです。
「あそこの麺は」とか「つゆの出汁が〜」とか「天ぷらのあげ方が〜」「ねぎの切り方が〜」「食券のいろつやが〜」「かかっているラジオが〜」など重箱の隅ならぬ立喰・ソの隙間をつつきまくっているのに、かんじんのソの違いにまったく気づいていなかったのです。初食とか、年一食ならともかく、弁菜亭は札幌駅のホームにもあり何度も食べているのです。唯一の希望は、ちほくと弁菜亭のソがまったく同一ということですが、そんな奇跡がおきるなら、宝くじの1等が当たってほしいです
ちほくの消滅は、はからずしも私のバカ舌っぷりといいますか、立喰・ソに対する姿勢そのものを否定しかねない、大問題を白日のもとに晒してしまったのです。
目の前を通りながら、何度もどスルーしていたちほくの復讐でしょうか。呆然とする私の耳には、なぜだかユーミンの名曲「真珠のピアス」のリフレインが止まりません(と、大問題をまるで問題ないようすり替えてまた来月)。