MBHCC E-1
MBHCC E-1

西村 章

スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社、はては欧州のバイク誌等にも幅広くMotoGP関連記事を寄稿するジャーナリスト。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』は小学館から絶賛発売中(1680円)。
twitterアカウントは@akyranishimura

たかが4kg、されど4kg。新レギュレーションを巡るHYの重い悩み

 プレシーズン2回目の合同テストは、2月28日から3月1日までマレーシア・セパンサーキットで実施された。参加したのは1回目のセパンテストと同じ10チーム15台。そのときの様子をレポートした前回は今シーズンから導入されるCRTについて言及したので、今回はファクトリーマシンに注目してみたい。……とはいっても、排気量が1000cc化されてパワーがどうなるとかタンク容量は去年までの据え置き21Lなので燃費がどうしたとか、すでにあちこちで言い尽くされているようなことはざっくり割愛する。今回取り上げたいのは、2012年レギュレーションで取り決められている乾燥重量についてだ。

 MotoGPに詳しい人は御存知だろうが、昨年12月14日、2012年のマシンレギュレーションに一部変更が施され、乾燥重量が153kgから157kgへと改められた。発表文章では
“The minimum weight limits for 1000cc machines in the MotoGP class will be increased from the current 153 kilos. Effective 2012 157 kilos Effective 2013 160 kilos”(MotoGPクラスの1000ccマシンに関する最低重量は現在の153kgから以下のとおりに増加する。2012年から 157kg  2013年から 160kg)
 と、こともなげにあっさりと記されていたために

「ふーん、4kg増えたのか」

 と軽く受け流した人もいたかもしれないけれども、じつはこれ、けっこう由々しき問題なのである。だってたとえば成人ひとりが4kgの減量をしようと思ったら、たいへんな努力を必要とするわけで、有酸素運動と筋力トレーニングと食生活改善を数ヶ月継続しないかぎり容易に達成できる数字ではない。ボクサーだって数百グラムを減量するために文字どおり汗みどろの努力をする。同様に、グランプリマシンも軽量化のために各メーカーの技術者は重箱の隅をつつくような努力を重ねてきた。各部の肉抜きや軽量素材の使用など、ひたむきで懸命な研究開発の結果、2012年のマシンは153kgを達成しているのだ。

 にもかかわらず、「やっぱ、重量制限は153kgじゃなくって157kgね」などといきなり、しかも欧州各地で実車テストを開始した後に言われてはたまったものではない。この事態に対して、HRC副社長でチーム代表の中本修平氏は「昨年最終戦バレンシア事後テストの後に、突然レギュレーションが変更された。フェアな行為ではないと思うし、その意味で非常に残念。4kgの追加重量は、ダミーウェイトを積めばいいという簡単なものではない。ホンダの哲学として、ごくわずかでも変化を加えた場合には、最低でも2000kmのテスト走行を実施して信頼性や安全性を検証する。それらにかかる費用もけっして安いものではない」と話す。


今回もトップタイム。やはり今年もチャンピオン候補最右翼。
今回もトップタイム。やはり今年もチャンピオン候補最右翼。

ホンダマシンへスムースに順応。上位陣を脅かす走りに注目。
ホンダマシンへスムースに順応。上位陣を脅かす走りに注目。

最終日にはヤマハ最上位へ浮上。この人にも要注目である。
最終日にはヤマハ最上位へ浮上。この人にも要注目である。

トップから1秒差。いいムードで三日間のテストを終えた。
トップから1秒差。いいムードで三日間のテストを終えた。

 ヤマハ発動機MS開発部部長でヤマハファクトリーレーシングを率いる中島雅彦氏も「マシンの重量が1kg変われば、トラクションやアジリティ、ブレーキング等に大きな影響を及ぼす。それが4kgなのだから……。告知からレギュレーションの発効まで一年間のリードタイムがあるのならばともかく、すべてできあがったあとで、12月になっていきなり『来年から変更します』なんてあり得ない。個人的には非常に不満に感じる。技術的な案件というよりもむしろ、政治的な案件といったほうが妥当なのではないか」と述べる。

 しかし、悪法もまた法なり、という古諺に従うわけではないけれども、決まってしまったものはしかたがない。ホンダもヤマハも、現在は2012年のマシンにウェイトを積み増しすることで、規定の157kgという<新>重量をクリアしている。将来的にはバイクの部材をより重いものへ変えてゆくことで、ダミーウェイトを減らしてゆくのだろうか、と思いきや、ヤマハ中島氏は「どんなに小さなパーツでも、慣性モーメントや重量配分を考慮したうえで素材を決定している。その重量が変わると、マシンのバランスにも大きな影響を及ぼす。だから、そう簡単にエキパイの素材を変えたりクランクケースを重くしたり、というわけにはいかない。おそらく今シーズンは、4kgのウェイトを積んだまま最終戦まで走ることになるのではないか」と、やや苦々しげな表情。HRC中本氏は、前回のテストで4kgのウェイトを積んでいたことを認めたうえで、「もうすでに少しずつ始めているよ」と意味深な言葉もつぶやく。今回も4kgのウェイトをフルに積んでいるのかどうかに関しては、笑みをうかべながら首を傾げてあいまいにぼかすものの、「シーズン最後までに(ダミーウェイトからバイク重量への転化を)すべてやりきれるかどうかは、わからないけどね」とも漏らすそのあたりが、正直なところなのだろうか。

 とはいえ、マシン面で不利な条件を呑まされることになった両陣営は、この2回のセパンテストでいずれも好タイムを記録している。だからこそ(といういいかたも語弊があるけれども)、今回の重量変更は深刻な議論に発展していないのだろう。だが、だからといって競技の公平性を担保するべきルール改訂に関わる議論が、「まあまあ、みなさん。ホンダとヤマハは速いんだから、別にいいじゃないの。結果オーライと言うことで、ね?」というようななし崩しで済ませてしまっていいものでもないだろう。


ウェットコンディションで良い手応えを掴めた、と上機嫌。

ピット風景にも手作り感が漂うCRTのガレージ。

前回テストの好感触から一転、「むーん……」という雰囲気に。
ウェットコンディションで良い手応えを掴めた、と上機嫌。 ピット風景にも手作り感が漂うCRTのガレージ。 前回テストの好感触から一転、「むーん……」という雰囲気に。

 近代スポーツである以上、ルールはその競技を構成する団体や競技者に対して垂直的にも水平的にも公平である必要がある。この公平性を実現するためには、ルールを頻繁に修正できる合理性も必要になるけれども、この合理性を実現するためにはルール決定システムにも透明性と平等性が保証されていなければならない。

 ルールの運用と解釈を巡る議論は、どんな種目にも常につきまとうものだけれども、モータースポーツの場合は工業技術に関わる部分も大きいだけに、どうしても些末なものと捉えられて見過ごされがちな場合もあるように思う。でも、それではいかんのだよね、きっと。そのためにも、MotoGPの現場でなにが起こっているのか、そしてそれはどういう意味を持つのか、ということを平易に理解するための素材を提供するチャンネルが必要なのだろうな、とまるで他人事のようにほざいているんじゃなくって、自らを戒めてさらに精進いたします。はい。ということで、次回は開幕直前のヘレステスト。では。


走行の合間にtwitterでつぶやき中。

泰然と構える息子よりも父親の方が、気が気でない様子。

湿気と熱気と強い日差し。部屋とTシャツと私。
走行の合間にtwitterでつぶやき中。 泰然と構える息子よりも父親の方が、気が気でない様子。 湿気と熱気と強い日差し。部屋とTシャツと私。

[第34回へ][第35回][第36回へ]
[MotoGPはいらんかねバックナンバー目次へ]
[バックナンバー目次へ]