バイクの性能は数字だけで測れるものではないけれど
イマドキの1000ccスーパースポーツは
出力200ps、車重200kgがアタリマエ。
つまり、パワーウェイトレシオが1、または1を切っちゃう。
もちろん、そんなスゴいバイク、誰でも乗れるのではないわけで……。
■文/中村浩史 ■撮影/赤松 孝
■ブライト http://www.bright.ne.jp/
ライダーの身長は178cm。写真の上でクリックすると片足時→両足時、両足時→片足時の足着き性が見られます。 |
工業製品というものは、年とともに少しずつ、でも確実に終わりなく進化するものみたいだ。それが、バイク、特にエンジン、もちろん車体もタイヤもそうだ。
今年50歳になる僕がバイクの免許を取ったころは、ビッグバイクっていうのはツーリングバイクのことで、大きな排気量のエンジンならではのトルクを使って、快適に長距離を移動するものだった。センパイたちが乗っていたナナハンもゼッツーも、その次の世代のエフもカタナもニンジャも、みんなそう。この辺のレジェンド・ビッグバイクは、スポーツバイクではあっても、決してスーパースポーツではなかったはずだ。
初めて乗ったビッグバイクはエフことCB750Fで、車体の大きさや750ccの大馬力にいささか気圧されたけれど、慣れてしまえばなんとか扱えるような、美味しいエンジン回転エリアや楽しいスピードレンジを味わえるようなバイクだった。出力はたかだか70psの空冷4気筒で、車重は250kgってところ。低回転から湧き出るトルクに驚き、ライダー込み300kgの重さをヨッコラショとコントロールするのが、つまりはあの頃の「バイクに乗る」というスポーツだったのだ。
その流れが明確に変化してきたのは、1985年のGSX-R750の登場だったと思う。油冷エンジン? アルミフレーム? 乾燥重量がライバルより20kgも軽いの? この頃、ちょうど世界的に盛り上がりを見せていた4ストローク車での市販車改(=プロダクション)レースのことも考えて発売されたモデルで、このGSX-R750がスーパースポーツのビッグバイクの発火点だったと僕は思っている。
あれから30年。4ストローク750ccのレースは2000年ごろを境に1000cc化され始め、どんどん進化したスーパースポーツモデルは、ついに出力200ps、車両重量200kg(乾燥重量表示でいうと180kgだ)に届いてしまった。その権化が、いま最新型であるZX-10RR、GSX-R1000R、そしてCBR1000RR-SP2。この世界では、鈴鹿8耐を3連覇し、世界耐久チャンピオンを獲得したYZF-R1に関しても、もう3年も古いオールドバイクなのだ。
正直に告白すると、これらの最新スーパースポーツなんか、とても僕の手に負えるシロモノではない。そりゃあ1000ccのトルクにモノを言わせて低回転でボーボー走るのならできる。いやむしろそんな回転域だって、最新スーパースポーツは十分に速く、軽く、俊敏なバイクだ。乗ってるだけですごく楽しい。もちろん、強烈なレーシングポジションは50歳にはかなりキツいけれど、日帰りツーリングしたり、街乗りするのだったら、普通に我慢できるものだ。世の中のスーパースポーツモデルのオーナーは、大なり小なり、こんな状態で乗っているんじゃないかな。違うの? え? そうなの?(笑)
例えば今回のNinja ZX-10RRのポテンシャルからすれば、この時に使っているエリアなんて、きっとほんの10%だと思う。10RRは、きっと街乗りでボーボー走らせている時の10倍はスゴいのだ。ポテンシャルの100%が100%楽しいわけじゃない、けれどそんなボーボーいわす走り方では、リアルな10RRの楽しさの3割も味わっていないんじゃないかな、とも思うのだ。
それでは、とサーキットに持ち込んでみる。街乗りでボーボー言わせているより、もっとアクセル開度が大きくなって、開けている時間も長くなって。サスペンションもしっかり動かすし、タイヤだってすこしはツブして走ることになる。ヒザだってついて走るし、何度かはトラクションコントロールの警告灯がピピピピ、って点灯したりもする。
それでも10RRはビクともしない。やばい、ブレーキング遅れた、って思っても破たんすることなくシュンと減速するし、その時だって車体が暴れることなんて皆無。やばい、アクセル早く開けすぎた、って思ってもトラクションコントロールが効いてくれて、リアタイヤが大きくスライドすることなんてない。うおぉ、思ったパフォーマンスのナナメ上行ってるなぁ、と思う。
特にこのZX-10RRは、従来のカワサキ・1000ccスーパースポーツZX-10RにRがもうひとつくっついて、レース出場を考えられたSPバージョンと言っていい。カワサキの資料によれば、ノーマルにごく近い姿でレースが行なわれるスーパーストッククラスで、そのまま勝てるようなモデル、サーキットでの速さをひたすら追求したモデル、とある。
エンジンは水冷4気筒DOHC4バルブで、RRバージョンとしてタペットにDLC(ダイヤモンドライクカーボン)コーティングを施し、クランクシャフトのメインベアリングをグレードアップ。クランクケースの高剛性化も果たし、これはよりレーシング仕様に近い、高回転高出力仕様としている内容。しかしタペットのDLCコートの効能に「メカニカルロスの低減だけでなく、エンジンのナラシ時間短縮も図った」とあるけれど、エンジンナラシ時間にまで踏み込んで説明されるなんて、史上初めてじゃないだろうか。
そしてWSBKマシンゆずりといっていい、各種類の電子制御機能も搭載されている。電子制御技術っていうのは、つまり車体がラップタイム向上につながらない動きをすると、それを抑え込む技術のこと。これは、装備やシステムなどは各ライバル横並び、と言ったところなんだけど、あとはセッティング、味付けで差が出てくる、というわけ。
簡単に言えば、たとえばトラクションコントロール(TC)は、バイクがバンクしている時にアクセルを開けて、出力がリアタイヤグリップ力を越えてタイヤが滑り出すときに、出力を抑え込む技術のこと。これを、タイヤが滑り始めたらすぐに出力を抑えるのか、出力の抑え方も点火を間引くのか、ガソリンを噴射しなくするのか、その出力の抑え込み方が自然で、なるべくパワーロスなく制御するのが、味付け、セッティングなのだ。
ZX-10RRは気持ちが良かった! バイクがバンクしている時の立ち上がりのTCより先に、発進トルクの出方すら制御が入っていたのだ。つまり、200psもの超高出力エンジンともなれば、ローギアで不用意にアクセルを開けると、アッという間にタイヤがスピンし、フロントアップしてしまうレベルのものなので、いきおい僕は、アクセルをそっと開けることになる。
すると、案外平和だ。おぉ、これくらいは大丈夫か、なんてアクセル開度を少しずつ大きくしたり、開けるスピードを早くしていくと、なんともトルクの立ち上がりが絶妙なのだ。パッと開けても、トルクがドンと来ることはなく、ジワッと、バラバラバラッと燃え始める。ちょうど、口径の大きすぎないキャブレター車に乗っているような、そんなフィーリング。これがセッティングの妙なのだ。
パワー感は、フラットトルクというより、グンと回転数に応じて盛り上がりを感じさせるもの。ただし、この盛り上がりがどこまでも続いちゃう感じがするので、最高出力を発生させる1万3000回転なんかとてもじゃなけれど、使いきれない。せいぜい1万回転くらいでシフトアップ、そうするともう次のコーナーが迫っていて、ギューンとブレーキを掛けることになる。
こうなると、次は車体のセッティングを味わうことになる。この10RRはひとり乗り専用モデルのため、サスペンションのセッティングもひとり乗り専用。このため、2人分の体重を考えなくていいため、ひとり乗りでもサスペンションがよく動く。バネレートだってひとり乗り専用、伸びと圧側の減衰力の出方だってひとり乗り専用。これがキモチいい。
ABSを信じてブレーキレバーをギュッと握っても、フロントフォークがきれいに沈んで踏ん張ってくれて、リアサスが瞬時の伸びあがりを抑えながら伸びてくれる(ような感覚)なので、ブレーキングで姿勢を崩すこともなかった。もちろん、これにはフレーム剛性とかスイングアームの長さ、タテ剛性、ヨコ剛性とか、いろんな要素が複雑に絡み合ってのテイストなので、一概にサスペンションがよくて、とは言いづらいのだけれど、ひとり乗り専用のセッティングがいい印象につながっているのは確かだ。ちなみにギアチェンジはシフトアップもシフトダウンもクラッチレバーを握らなくていい。このシステムの、なんと減速に集中できることか!
コーナリングだって、ペースを上げるまでは、寝かし始めの安定感があって、あぁコレは怖くないからいいなぁ、と思ったんだけれど、スピードを上げていくと、さっきまでの安定感はどこへやら、フロントからクルッと曲がり始める。回頭性がいいというのか、コーナリングの一発目がよく曲がる。こんな印象を持つバイク、しかも1000ccなんて、僕は初めてだった。
街乗りにも使用したけれど、そっちは相変わらずボーボー走るばっかりで(笑)、10RRのポテンシャルの10%ほどしか使わないんだけれど、そのときだって、レース志向モデルだからナニカを犠牲にしているとか、ナニカにガマンしなきゃいけないとか、そういったものは少ない。もちろん、ポジションはキツいけどね(笑)。
結論、10RRはレース志向モデルだけれど、サーキットでこそ真価(に近いところまで)を味わえるのはもちろん、公道じゃ面白くないよ、なんてことはなく、一般道だってじゅうぶんに楽しいモデルだった。
ちなみにサーキットでのラップタイム向上のために搭載されている電子制御をはじめとした装備の数々は、公道では「安全」に効くことだってある。今回、雨上がりのワインディングで何度かウェットパッチを踏んだし、枯葉にも乗っちゃったんだけれど、10RRは何事もなかったかのように、TCのランプをなんどか灯すだけで走り抜けてくれたのだ。
スーパースポーツ、極限まで行くと、一周回ってライダーに優しくなる……のかな。
(試乗・文:中村浩史)
レース志向モデルなRRバージョンだけに、ひとり乗り専用のシングルシートオンリー。シングルシートカバーは取り外し式で、カバー内には申し訳程度の車載工具が収まる。小物入れスペースはなく、ETC取り付けに苦労しそうなスペースの狭さもRRならでは。 |
リアブレーキはφ220mmローターと1ピストンキャリパーの組み合わせ。ディスクローターは、前後とも2016年モデルからペタルディスクを廃止し、新円ローターを採用。RRバージョンはひとり乗り専用で、当然タンデムステップはなし。マフラーステーのみが残る。 |
ZX-10RRの専用装備の数々。パルサーカバー、イグニッションキーに「RR」ロゴをあしらい、タンク上にはカワサキレーシングチームのロゴ、スクリーンのボトムに「冬」ロゴを取り付けている。長い日本のバイク史の中で、テスト車の真っ黒カラーレプリカは初めてかも。 |
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