MBHCC E-1
西村 章

Vol.122 第10戦 チェコGP Píseň bohatýrská

 2017年後半戦の端緒を切ったチェコGPの舞台はブルノサーキット。決勝日の天候は朝の雨で路面がしっぽり濡れた状態から、MotoGPクラスの決勝時刻になると路面が少しずつ乾き始める状況で、久々にフラッグ・トゥ・フラッグが本格的に適用されるレースになった。こういう展開になるとめっぽう強さを発揮するマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が、今回もレースを制して今季3勝目。
「今日は勝負をしようと思っていた」と語るマルケスは、大半の選手がミディアムコンパウンドのリア用レインタイヤを装着するなか、グリッドでソフトに交換して勝負に打って出た。だがソフトコンパウンドのタイヤはスピニングが激しく、その影響でみるみる順位を落としていった。タイヤ選択が裏目に出たかと思いきや、マルケスは2周目終了時にピットへ戻ってスリックタイヤのマシンへ交換。どんどん乾いていく路面でこの判断が功を奏し、やや後れてマシン交換に戻った選手たちよりもいち早くスリックのペースを作った分だけ、圧倒的な優位を築くことになった。マルケスは、こういうところの勝負勘というか、機を見るに敏な判断力がじつに長けている。チームの迅速な対応力とも相俟って、的確な読みが勝利を決定づけた格好になった。
 2位に入ったチームメイトのダニ・ペドロサは、マルケスより2周遅い4周目終了時にピットへ戻ってマシン交換。レース後に「もう1周早く戻っていれば、ということが悔やまれる」と話しており、たしかにマルケスの好機を逃さなかった判断と比較すると、ピットインがやや遅きに失したようにも見えるものの、とはいえ、このあたりに関してはある程度結果論の要素もないではない。
 同じタイミングでピットインしたホルヘ・ロレンソ(ドゥカティ・チーム)は、チーム側の準備がまだできていなかったためピットアウトに手間取り、これがリザルトに致命的な影響を及ぼすことになった。ちなみに、ピットインしてからコースへ戻るまでの時間は、ロレンソのほうがペドロサよりも11秒余計にかかっている。15位で終えたロレンソの総レースタイムからこの11秒を引き算してみると、6位でフィニッシュしたチームメイト、アンドレア・ドヴィツィオーゾから約6秒落ちになり、(あくまで机上の単純計算だが)8位あたりでゴールできていたことになる。


スペイン人選手が表彰台を独占
スペイン人選手が表彰台を独占。

苦手のフラッグトゥフラッグでなんとか4位

ダッシュボードメッセージの「行き違い」が敗因
苦手のフラッグトゥフラッグでなんとか4位。 ダッシュボードメッセージの「行き違い」が敗因。

 このようにピット作業に手間取った原因は、どうやらダッシュボードメッセージのコミュニケーションミスにあったようだ。
 レースをご覧になっていた方ならお気づきだろうが、ドゥカティはダッシュボードメッセージでマシン交換のタイミングをライダーに通知するシステムをすでに採用している(ホンダとヤマハは未対応)。ロレンソの場合は、チームがメッセージを送信したタイミングが、おそらく想定していたよりも早くなってしまい、ピットロード入り口を通過したところでロレンソがメッセージを受け取ると思っていたら、ロレンソは最終コーナーのいくつか手前でメッセージを受信したためにピットへ戻ってきてしまった。で、チームはまだスリック用マシンの準備を完了できていなかったために、ピットアウトに思いのほか時間を要してしまったのだとか。レースを終えてやや憮然とした様子のロレンソの説明によれば、以上のような経過が真相のようだ。つまり、これもいわばある種の「メカミス」ということになるだろうか。
 ロレンソについては、今回のレースウィークではもうひとつ話題があって、空力対策を施したフロントのニューフェアリングが大きな注目を集めた。
 このニューフェアリングはロレンソとプラマックレーシングのダニロ・ペトルッチに投入されているのだが、両者の形状はやや異なっている。ペトルッチ仕様のフェアリングは縦の箱形で二層構造のような形状になっていて、その二層目部分のない一層構造の仕様がロレンソのフェアリングに採用されている(文字の説明ではわかりにくいと思うので、写真をご参照ください)。この下層部分(とさらに箱形フェアリング内部の切り欠き状の構造も?)は、どうやらネジで脱着できる仕組になっているようだ。


収納棚小型仕様

収納棚完成形仕様
収納棚小型仕様。 収納棚完成形仕様。

 参考までに、レギュレーションでは、ボディワークの形状は同じメーカーのバイクであっても選手ごとに違っていてよい、とされており、アップデートは選手一名につきシーズンあたり一回が許可されている(テクニカルレギュレーション”2.4.4.7.10.c”の項)。今回のドゥカティのニューフェアリングに関しては、ロレンソ仕様とペトルッチ仕様はそれぞれ異なるアップデート、というよりもむしろ、ペトルッチ仕様が完成形で、ロレンソ仕様はイナズマンに対するサナギマン状態、という解釈になるのだろうか。よくわからんのですが。
 いずれにせよ、ロレンソは、このニューフェアリングの感触が上々のようで「アンチウィリー効果も高いし、フロントの接地感も良くなっている」と述べている。
 効果は確かに高いのだろうが、それにしてもこのフェアリングはちょっと不格好でイヤだなあ、というのが正直な印象である(個人の感想です)。たとえば、このレプリカモデルが出たら買いますかといわれると……、ねえ。茶箪笥じゃないんだから。レーシングバイクは、とくにドゥカティの場合は、官能的な美しい形状の進化を遂げてほしい、と思っているので、こういう形のフェアリングが主流化していくのはちょっとなんだかなあ、と思わないでもない(個人の感想です)。
 見た目の美しさはひとまず措いておくとしても、現在のレギュレーションに合致する範囲内でウィングレットに匹敵する効果を狙ってこういうモノを作り出してくるのだから、ジジ・ダッリーニャ率いるドゥカティ開発陣のアイディアにはある種、脱帽する。この彼らの手法を、ルールの抜け穴捜しと誹るのか、合法な手法を巧みに見つける卓抜な発想力と評価するかは、人によって異なるのだろうが、まあそのあたりの見方の差異は大陸法と英米法の発想の違いというか判例主義と成文法主義の考え方の違いというか、おそらくそういったようなものなのだろうから、ルールというものがあるかぎりこのいたちごっこはいつまでたっても続くのだろう。

 ところで、レースに話を戻すと、3位は4戦ぶりの表彰台となったマーヴェリック・ヴィニャーレス(モビスター・ヤマハ MotoGP)。この結果、スペイン選手の表彰台独占となった。8月3日に交通事故が原因で亡くなったスペイン二輪界のレジェンド、アンヘル・ニエトの追悼という意味でも最高のレースリザルトになった。
 この結果により、年間ランキングは首位のマルケスとヴィニャーレスが14点差。その7点背後にアンドレア・ドヴィツィオーゾ。さらにわずか1点差でバレンティーノ・ロッシ、9点後方にダニ・ペドロサ、という、相変わらず予断を許さない状況である。
 というわけで、今週末は連戦の第11戦オーストリアGPでヨーデル食べ放題。さて、どんなレースになりますやら。
 


こども監督

今回は集団に揉まれながらも8位
こども監督。 今回は集団に揉まれながらも8位。

 




■2017年8月6日 
第10戦 チェコGP
ブルノサーキット

順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #93 Marc Marquez Repsol Honda Team HONDA


2 #26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team HONDA


3 #25 Maverick Viñales Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


4 #46 Valentino Rossi Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


5 #35 Cal CRUTCHLOW LCR Honda HONDA


6 #04 Andrea Dovizioso Ducati Team DUCATI


7 #9 Danilo Petrucci OCTO Pramac Yakhnich DUCATI


8 #41 Aleix Espargaro Aprilia Racing Team Gresini APRILIA


9 #44 Pol Espargaro Red Bull KTM Factory Racing KTM


10 #94 Jonas Folger Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA


11 #42 Alex Rins Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


12 #5 Johann Zarco Monster Yamaha Tech3 YAMAHA


13 #17 Karel Abraham Pull & Bear Aspar Team DUCATI


14 #43 Jack Miller Marc VDS Racing Team HONDA


15 #99 Jorge Lorenzo Ducati Team DUCATI


16 #45 Scott Redding OCTO Pramac Yakhnich DUCATI


17 #53 Tito RABAT EG 0,0 Marc VDS HONDA


18 #22 Sam Lowes Aprilia Racing Team Gresini APRILIA


19 #29 Andrea Iannone Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


20 #8 Hector Barbera Avintia Racing DUCATI


RT #38 Bradley Smith Red Bull KTM Factory Racing KTM


RT #76 Loris BAZ Reale Avintia Racing DUCATI


RT #19 Alvaro Bautista Pull & Bear Aspar Team DUCATI


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