■試乗&文:濱矢文夫 ■撮影:富樫秀明/依田 麗
■協力:YAMAHA http://www.yamaha-motor.co.jp/
ヤマハMTシリーズのフラッグシップモデルとして登場した、MT-10とMT-10SPに、やっと乗ることができると心を踊らせてたどり着いた試乗会場の伊豆、修善寺の日本サイクルスポーツセンターは無情にも雨だった。小雨とか霧雨とかいうレベルではなく、もうしっかりとした雨。コースは水が流れ川のようになっているほど完全なウェット。思いっきり走れないと残念な気持ちになったが、逆に考えれば路面のグリップが低い雨というシチュエーションだから見えてくるものもあるだろう、とポジティブに考えて乗ることにした。
ライダーの身長は170cm。写真の上でクリックすると両足時の足着き性が見られます。 |
まずは、やはりルックスから語らねばなるまい。デザインコンセプトは“The King of MT”。これまでのMTシリーズ全体に共通する、スーパーモタードとネイキッドのデザインが融合した異種交配シルエットを当然これにも持ち込んだと試乗前に説明を受けた。エンジンと燃料タンクの部分にボリュームが集中し、小顔で小尻なのは確かにこれまでのMTシリーズと共通するものを感じる。フレームマウントされたヘッドライトユニットを含むフロントマスクは、あえてフロントフォークから少し距離を置いて、フローティング感を出して軽さを演出したという。構成される部品が折り重なるように立体化した姿は、これまでのMTシリーズの中でもずば抜けて個性的だ。人によって評価が分かれそうだが、ディテールも感心するほど繊細にこだわって作り込んでいて、他にはないほど表情が豊かだ。写真だと、やはり平面的に見え、アニメ的だな、と思っていたけれど、実際はものすごく立体的で、どこもかしこも単純な面と線がないところに感心してしまう。それらがカオス的に集合しながらシルエットは塊感がある。好き、嫌いをいったん横において、「これはすごいな」というのが先に出てきてしまった。
このオートバイのベースになっているのはスーパースポーツモデルのYZF-R1。それも以前のものを有効活用ではなく、2015年にモデルチェンジした現行型YZF-R1がベースだ。そのR1が装着していたKYBのフォークとリアショックユニットを使って専用にモディファイした足周りの、スタンダードモデルであるMT-10に跨ると、身長170cmで平均より足が短い私でも、両足の先が届いた。シートはお尻が乗っかる座面がフラットで広くクッション性も充分に感じられた。テーパーバーを使ったハンドルはライダーに近く、おヘソより高めの程よく前傾したライディングポジションで、ニーグリップするタンク部分も含めたフィット感が良い。どうしても見た目が戦闘的だから、スパルタンなイメージだけど、姿と裏腹にフレンドリー。
空と一緒の暗澹たる気持ちで雨の中を1周5kmほどのコースに走り出た。クロスプレーンの水冷直列4気筒エンジンは、R1ベースながら40%も変更。クランクの慣性マスを増加して、ストリート日常で使うことが多い低中速でのパフォーマンスはR1を凌駕するというだけあって、のっけから力強く、気持ちいいほど軽やかに加速した。R1より最高出力は低いといっても160psもあるのだからそりゃあ速い。そこで感心したのは、その速さの質だ。スロットル開け閉めに対するレスポンスは素晴らしく、後輪が車体を押し出すのが伝わってくるけれど、低中速のトルクが出ている回転域でギクシャクするようなことがなかったことだ。
スロットルをひねり、加速が始まるまでの動作に唐突なところがなく、例えるなら火薬が爆発する拳銃のタマというよりゴムを使ったスリングショットで飛ばされるタマのような加速。最初の動き出しが常に急激ではない。間違いなく速いけれど、そこに優しさがあって、怖くない。ガバッとスロットルを急開、急閉とやってみても揺すられるようにピッチングする動きが小さい。これはYCC-T(電子制御スロットル)を採用した効果だろう。ワイヤーでスロットルバルブを直接動かす車両だとなかなかこういう風にはならない。こんな水浸しの路面だから、3段階あるTCS(トラクションコントロールシステム)をいちばん効く「3」にしていた安心感もあったが、何も考えず躊躇なくフルスロットルしても動きは乱れない。D-MODE(走行モード)も3段階あって、最もスポーティーな「1」にすると鋭いレスポンスに拍車がかかるけれど、その印象は程度の差であって大本は変わらない。MTシリーズの中で最も力強いだけでなく、扱いやすいエンジンと言える。気兼ねなく思ったようにダッシュできた。スロットル全開固定のままシフトアップできるクイックシフトも付いている。
ハンドリングは軽快そのもの。997ccだってことを忘れるくらい軽い。素晴らしいブレーキで減速しながらフォークをストロークさせリーンと共に旋回に移行する一連の動きがスムーズにこなせながら、高い安定性がある。アルミのデルタボックスフレームを使う車体のベースもR1で、60%の部分が変更されたもの。ホイールベースはR1の1405mmに対して1400mmとさらに短くなっている。それでも神経質でクイックすぎるようなことがない。スーパースポーツのR1は誰よりも速く走るために、素早く向きを変える動きだが、MT-10はそれとは違い、スポーツネイキッドらしく、速さだけにこだわらず、コーナーリングの自由自在感と、旋回する楽しさがある。水しぶきを飛ばしながらも、前後のサスペンションの動きが良く、フロントとリアのタイヤのグリップを把握できたから水の上でグリップを失う恐怖心より、積極的に走る面白さが勝って、どんどんペースを上げていけた。常にライダーのコントロール下にある。このコースの舗装はいわゆるレースをやるサーキットとは違い、一般道に近く、ところどころひび割れもある。トラクションコントロールは装備されているがR1のスライドコントロールやコーナリングABSはない。頑張って走っていると、フロントタイヤもリアタイヤもスルスルっと流れる時もあった。しかし、その場面でも制御できる自信が持てる車体。跨った時に感じた良好なフィット感は、下半身のホールド感が良くて、とかくハンドルに力を入れて掴まりがちな人でも、自然に腕から力を抜いた、正しい乗り方ができるだろう。
ライダーシート後方にちょんまげのようにシートストッパーが載っかっているけれど、今回の試乗でそれを意識する場面はなかった。それよりもスポーツライディングする時も含めて、シートそのものの出来の良さの方が記憶に残った。ストリートモデルということで、この日はライディングブーツではなくエンジニアブーツで乗ったけれど、そのソールと細いアルミペグとの相性が悪く、雨に濡れたブーツ裏で踏み込むとツルっとよく滑ったのには閉口した。些細なことすぎるがそこが不満と言えば不満だった。
前後にオーリンズの電子制御サスペンションが装着されたMT-10SPに乗る前は、スタンダードのMT-10のサスペンションでも充分すぎると思っていた。誤解されたら困るので補足すると、スタンダードで走る楽しさにおいて間違いなく不満はない。ただ、こっちはずるい。それはもっと良いからだ。荷重がかかっていない時の動き、減速時の動き、バンプを通過した時の動きがしなやか、かつ抑制されている。スポーツ性を高めただけでなく、上質で快適だ。価格差に納得。スタンダードMT-10はより安かろう悪かろうではなく、納得できる完成度。ただ、MT-10SPを表現するなら高かろう良かろうだ。スタンダートと異なるもうひとつのトピックの、パワーモード、TRC、YRCなどを電子制御の介入を項目ごとにセットできるYRC(ヤマハ・ライド・コントロール)は、試乗時間の関係で、介入度高めの状態であったモードDでしか走っていないので、その部分は語れない。
「YZF-R1のネイキッドではない」とヤマハは主張する。部品などを流用するがR1とは違う哲学を持った新しいスポーツネイキッドだと。走りの安定感とストリートでライディングプレジャーを味わえる自由度の高い軽快な運動性。他とは違う見た目のインパクトのみならず、確かにスーパースポーツとは違う走り。ただ、これまであったストリートファイター系とも違う。これがヤマハのMTシリーズなんだろうが、このトップモデルは群を抜くもの。バッグ類の装着など荷物を積載することも考慮して、R1のマグネシウム合金製シートレールではなく、スチール製に変更するなどツーリングも考慮した作り。それらを含めコースではなくもっと一般道で検証してみたい。この雨の中、短い試乗時間で自分なりにMT-10/MT10SPを見極めるのは、はっきりいって難しい。だから今度、街中から高速道路に乗って、ドライ路面でもっと長い時間乗って堪能してからあらためて評価をしたい。今のところかなりの好印象だ。
(濱矢文夫)
“フローティング”をイメージしたヘッドライト周りのデザインが個性的。LEDヘッドライト&ポジションランプ。ウインカーもLED。 | SP仕様ではフルカラー、写真のスタンダードタイプではモノクロTFT液晶メーターが装備される。アルミ製テーパーハンドル、クルーズコントロール対応多機能スイッチ。 | 17リットル入り燃料タンクは樹脂製タンクカバーで覆われる。 |
SP仕様のシートでは、よりプレミア感のあるシート表皮が採用される(写真はスタンダード)。強烈な加速を予感させるシートストッパーを装着。実際に効果的だとか。 | 排気効率とマスの集中化を図る4-2-1ミッドシップマフラーを採用。 | LEDテールランプに、LEDウインカー、LEDライセンスランプとフルLED化。 |
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