■試乗&文:松井 勉 ■撮影:依田 麗
ヴェルシスに見た進化にナットクだった。2017年モデルとしてフルモデルチェンジをしたわけではないが、ボクが過去に知るヴェルシスと比較して、しっかりと進化を遂げているコトが確認できて嬉しかったのだ。
ライダーの身長は183cm。写真の上でクリックすると両足時の足着き性が見られます。 |
ちょっと時計を巻き戻す。デビュー間もないヴェルシス1000に海外で乗る機会があった。タイヤのテストコースでのこと。ウエット路面だった。それから1年。またも海外で乗るチャンスが訪れた。二度目もタイヤメーカーのテストサンプルとしてヴェルシス1000だったが別の個体。まだヴェルシス1000の初期顔、ライトが縦2灯の頃だ。
タイヤメーカーのサンプルでブランドが異なっても乗れた、ということは、このバイクがヨーロッパの注目株であることは解った。Z1000をベースにしたエンジン、走りのエッセンス。サスペンションストロークは前後150mm、たっぷりとした居住性をもたらすシート、それは840mmの高さだ。大柄なフロントセクションとフェアリング、大型の燃料タンク、標準装備のリアキャリア。どう見てもクロスオーバー系に一泡吹かすためのカワサキの刺客だ。
しかし、その乗り味は、4気筒らしい鋭いエンジンレスポンス、安定感ある直進性、旋回性は、リーン初期は意外とまったり、でもバンク角が増すとキューンと切れ込むように寝てゆく……。
長い足はストローク初期から動きが良いが、それがレスポンスの良いエンジンと相まって、ピッチング方向の動きが敏感になるなど「具は良いのに、下味がちょっと足りないね」と感じたことを思い出す。
もうちょっと全体の調和がほしいなぁ……それが偽らざる感想だった。スポーティーさも、快適さも、豪快さもどれも主張していて、自分の乗り方をどうチューニングするか、戸惑ったのだ。
クロスオーバー。アドベンチャーでもありツーリングバイクであり、街乗りバイクであり、スポーツもする……。とにかく注文が多いセグメントで、造り手のバイクがある暮らしがどう描かれているのか。メーカーの姿勢のようなものまで投影される。だから図らずも勝負のジャンルになる。
多々経験を積んだライダーが注目するセグメントで、肥えた目に詰めの甘さはしょっぱく映る。最高の時間を共にする相棒選びに妥協が無いのだ。複数の人に聞いても、乗った人の意見は大同小異。
それがどうだ。3年前にマイナーチェンジをし、2017年モデルへと進化した今回のモデルは。その一番気になった全体の調和がしっかりと取られている。
初代から車体、エンジンに大きな変更は無い。2017年の環境規制に合わせたチューニングのせいか、以前のモデルよりもエンジン、排気音ともにスムーズで静かになった。以前あったノイズやバイブレーションといった粗さも減じ、質感が上がった印象だ。
シートの座面は肉厚で幅もしっかり取られている。シート高はあるが、足付き感は悪くない。ハンドルバーは、適度な前傾を取るが、幅そのものは狭すぎず広すぎずちょうど良い。Uターンをしても腕が伸びきる感じがないのがいい。
バイクを押して取り回す時も操作しやすかった。願わくばハンドルの切れ角がもう少し増えたら嬉しい、ぐらいだ。
オプションで電源ソケットを選択できるダッシュパネルは、アナログの回転計と液晶モニターが装備されるシンプルなもの。スイッチ類、後方が見やすいミラーの位置など、しっかりと「当たり前」が作り込まれた印象だ。
アシスト&スリッパークラッチ付きにより、ソフトなクラッチスプリングを採用するため、クラッチレバーの操作感が軽い。アクセルワイヤーの遊びは少し詰めたが、それだけでヴェルシスと自分のチューニングは完了。
ブリヂストンのT30 シリーズを履くヴェルシスは、転がり出し感や、低速での乗り心地、低速旋回など、とても良いフィーリングだ。前後のサスペンションの動かし方もいい。低い速度から乗り心地は良いのに、前後へのピッチングは以前のように大きくなく、サスペンションのストロークスピードは適切。静かに荷重を動かしてくれる。
また、ドライブチェーンの駆動音もさらに静かになり、純粋に並列4気筒の音が耳に届く。静かだけど充実感あるサウンドに満足だ。
ブレーキの初期タッチから制動が立ち上がるまでの感触をアスファルトでは少し高めたい印象だったが、荒れたアスファルトやフラットダートを走る事を想定したら、これもセッティングの妙なのだろう。街乗りではリアの制動力をもう少し高めたい、とも思った。タンデムやオプションにもあるパニアに荷物を詰めたら、と想像すると、やっぱりリア主体でもう少し速度をコントロールしたくなる。
エンジンパワーをフル、ローで選択できるのがヴェルシス1000の特徴でもある。フルに対しローモードでは最高出力を75%とするそうだが、このクラスで全開にする場面はまず無いから、ローでも充分。市街地を走っていても不足を感じる場面はない。微少開度から4気筒らしい滑らかなパワーデリバリーを引き出せる。
ただし、変速操作後、クラッチを繋ぐ、アクセルを開け、駆動が後輪に伝わる瞬間モワッとした僅かなラグを感じる場面もあった。雨でのスリッパリーな路面を見越して、ドンと来ないように仕立てたのだろうが、40キロで5速が実用できるフレキシビリティーを持つ4気筒ユニットだ。この辺の味付けをもう一声、ダイレクトさが欲しいのも事実。
過去のヴェルシス1000の記憶では、フルパワー側だと開けはじめが少々神経質で、車体挙動を出してしまいがちだったが、新型では、フルでも右手とのマッチングがよい。2500回転あたりからのアクセルを1/4程度開けたときのトルクの涌きだし感は、スーパーバイク系エンジン由来の4気筒とは思えない充実振りで、いきなりエンジンだけダエグの1200になったような重厚で迫力あるものだ。ローとフルでは違いが明快。エンジンが静かになった分、純粋にわき出すトルクを実感しやすい。
4000、5000と回すほどに「ああ、4気筒はいいね」と素直に思えるヴェルシス。回転を上げなくても、高めのギアでアクセル開度だけで充分な加速を引き出せる点も魅力だ。もはやそれ以上の回転域は、言葉で表現できない甘美なる誘惑の世界。そっと心にしまっておきたいほど速いしパワフル。10Rのような突き抜ける快感は無いが、4気筒だけに許された世界がそこには存在した……!
やや荒れたアスファルトのS字を抜ける時も軽快で一体感がある。ここで言う軽快感とは、以前のモデルで体験したソフト目の足周りにより、前後サスの動き方をライダーが調整しないと、曲がり始めが過敏になったり、イマイチ旋回性が立ち上がらないなど小難しいことがない。狙った通りに曲がってくれるし、気持ち良いライントレースを見せてくれる。
新しいヴェルシスは心が軽快。250キロの重量に大きな変化はないから、シャーシ設定が適正化されたのだろう。それにタイヤの選択も間違い無し、という印象だ。それだけでバイクそのものが以前よりタイトでコンパクトに感じるのは、こうした一体感の煮詰めだからだろう。これなら長い距離やもちろん、長期休暇を走り倒しても、疲れて気持ちが萎えるコトが無いだろう。こうした塩梅こそ、クロスオーバー系モデルに世の辛口ライダーが求める部分だと思う。
上下に65mm高さが変わるスクリーンは機能的だった。確実に走行風圧をコントロールしている。惜しいのは、ライダー側から可変させるためのスクリューを回せないこと。信号で停まったスキにバイクを降りて操作できるほど簡単なものだが、高速道路でこそ威力を発揮するこの機構、停まらずに変更可、を是非、目指して欲しい。長旅に疲れると、ライダー心理として、なんとか停まらずに動かしたくなるからだ。
今、このクラスで4気筒を載せたクロスオーバーは、BMW S1000XR、ホンダのVFR800X、VFR1200Xぐらいだ。並列のライバルならBMWだけ、となる。各車、装備や価格で開きはあるが、ヴェルシス1000の充実感は、その独自のポジションを築いていると確認できた。さらに魅力的に思える成長を見据えて、カワサキの旅力をどう投影するのか。そこにも期待したい。
(試乗:松井 勉)
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