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第100回 第7戦カタルニアGP ALWAYS IN OUR HEARTS


 MotoGPのメインイベントはもちろん、最高峰のMotoGPクラスだ。しかし、レースウィークに発生した事故を鑑みて、今回はMoto2クラスの話題から始めることにしたい。
 周知のとおり、金曜日午後のFP2のセッション中にルイス・サロム選手が12コーナーで転倒。現場での緊急対応に続き、搬送先の病院で医師たちによる懸命の救命措置が行われたが、その甲斐なく、サロム選手は命を落とす事態になった。遺族の希望もあって土曜日以降も走行は継続し、日曜の決勝レースでは、ヨハン・ザルコが優勝。2位はアレックス・リンス。3位に中上貴晶が入った。
 同じクラスを走っていたというだけではなく、彼らは個々にサロム選手と深いつながりを持っていた。レースリザルトを故人とその家族に捧げるという意味では、非常に良い表彰台獲得メンバーになった、といえるだろう。レースを終えた3名の選手に、それぞれの故人との思い出を訊ねた。

「今日は、ルイスのためにも勝ててよかった。彼との最高の思い出なんて、今まで考えてみたこともなかったけど……、振り返ってみると、僕らが知り合ったのは、2007年にルーキーズカップで走りはじめたときだった。125ccクラスでも一緒に戦った。僕のほうがひと足先にMoto2に上がったけど、しばらくすると彼もMoto2にあがってきた。憶えているのは、彼のルーキーズカップでのアッセンの初勝利かな。125ccでもたしか勝っていたと思う。とにかくアッセンではやたらと強い選手だったよ」(ザルコ)
「本当にたくさんの思い出がある。去年はチームメイトだったし、2013年のMoto3クラスでは、彼と僕とマーヴェリックで三つどもえのチャンピオン争いになった。本当にスペシャルなヤツだったんだ。コースを離れたら愉快で面白い男で、飛行機で移動するときも一緒だったし、いつもジョークを飛ばしていた。どこに行くのも一緒に行動してたんだ」(リンス)
「スペイン選手権時代から一緒に戦ってきた間柄で、しかも同い年なので、金曜の夜は正直、あまり眠ることができませんでした。彼はスペイン人で僕は日本人だけど、国籍を超えてジョークを交わせる関係で、2014年からはMoto2で一緒に戦ってきた。いいヤツでした」(中上貴晶)
 リンスのコメントでも言及されているマーヴェリック・ヴィニャーレスにも、サロム選手の思い出を少し語ってもらった。
「素晴らしい思い出がいっぱいあるよ。Moto3時代には何度もバトルをしたし、Moto2でもアッセンで激しい表彰台争いをしたよね。数え切れないくらいの、たくさんの思い出がある。いまはまだ、本当に起こったことだと信じられないんだけど……。最高の思い出は、Moto3時代のオーストラリア(2013年)かな。最初から最後まで、ものすごく激しいバトルだったからね。当時はライバルだったけど、僕がMotoGPクラスに昇格してからは友達関係になれた。こんなことは、もう二度と誰にも起こってほしくないよ」


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 ザルコの寂しそうな表情や、ヴィニャーレスのこわばった無理な作り笑いを見ていると、正直なところ、彼らのプライベートな領域に土足で踏み込むような質問をしても良いのだろうか、という躊躇を少し感じたのは事実だ。しかし、良き思い出を共有することや自分たちの思いを語ることをきっと彼らはためらわないだろうし、そうやって話すことがサロムに対する良い手向けになると理解してくれるであろう、と考えて訊ねてみたところ、やはり彼らは、こちらの質問に正直かつ丁寧にこころよく答えてくれた。4名の選手の率直な対応に敬意を表するとともに、改めて故人の冥福を祈りたい。


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 土曜日以降に走行を継続するにあたり、安全面の配慮からコースレイアウトに変更が施されて、F1で使用するものになった。この決定は金曜夕刻のセーフティ・コミッションで協議され、コミッションに出席した選手たちと安全協議を担当するロリス・カピロッシたちがじっさいに新しいレイアウトの現場に足を運び、検討をした結果、事故の発生した12コーナーと、その手前の10コーナーも新しいレイアウトで走行をすることになった。
 出席していなかったバレンティーノ・ロッシは、「その時間帯は多忙で出席できなかったので、決定を尊重し受け入れるが、何も問題の無いコーナーまでなぜ変えることになったのかは、少し理解できない」と発言。
 同様に欠席していたホルヘ・ロレンソも「昨年のチャンピオンとして自分も出席すべきだったとは思うが、そのような重大なことを協議するとは知らされていなかった。本来なら(MotoGPクラスの)21名全員が出席して決めるべきことだったと思うので、その意味では残念だが、こういう決定がくだされた以上、明日以降の走行はできるかぎりがんばりたいと思う」と話した。
 セーフティ・コミッション(SC)について少し説明をしておくと、この会合は毎戦、金曜の午後17時30分からMotoGPを主催するDORNAのパドック内オフィスで行われ、同社CEOのカルメロ・エスペレータたちも同席したうえで、選手たちとコースの安全性について忌憚のない意見を交換する場として設けられている。安全面での改修が必要と指摘された部分については、改善要求をサーキット側に申し入れる。SCの提言に法的な拘束力があるわけではなく、選手たちに出席義務もなければ、レギュレーションで何かが明文化されている組織でもないが、この貴重な場と機会を活用することで、これまでにいくつもの安全面の向上が図られてきた。
 SCの発足は、2003年の春に鈴鹿で発生した事故がその背景にある。安全面の改善を要求する選手たちの声を吸い上げる場を設けよう、という目的で活動し始めたのがそもそもの始まりだ。バレンティーノ・ロッシは、その設立と活動にもっとも積極的に貢献した選手のひとりで、拙訳書のバレンティーノ・ロッシ自叙伝にも、たしかそれについて言及しているくだりがあったはずだ。
 ロッシがこの活動に熱心に取り組んできたのは事実で、じっさいに、何年も前にインタビュー時間の調整をしてもらっていた際に、「金曜の17時半は、SCがあるからダメ」と言われたこともあったように記憶している。
 その彼が、昨年にマルケスとの確執がセパンで発生して以来、SCに一度も出席しなくなっていた、ということを今回の件で初めて知った。私情を措いても競技の安全性向上のためにSCを最大限に活用すべき、と言ってきたはずの人物が、いつしか私情を優先するようになっていた、という事実には、驚きとともに、少し寂しいものも感じた。
 今回のSCに出席していた選手は10名。この10名は、選手全員と競技の安全性向上を考えればこそ、レースウィークの多忙な時間をわざわざそのために割いて出席し、協議をしてきたのだから、彼らにしてみれば、「コース変更に文句があるのなら、SCに出席してその場で発言すればよかっただけのことではないか」という反発が起こるのは、当然だろう。
 土曜の走行終了後、一部の選手たちのあいだにそのような若干の感情の行き違いがあったのは事実だが、ともあれ、ルイス・サロム選手の死亡事故という辛い出来事を、パドック全員が気持ちをひとつにして乗り越えた。そして日曜の決勝では、フェアなバトルを繰り広げたロッシとマルケスがレース後に握手と笑顔を交わし、冷え切った彼らの関係が改善の方向へ向かうことにもなった。これらの事柄を踏まえれば、ロッシにマルケスとの同席を避ける理由はもはやなく、次回以降のSCは、かつてのように積極的に出席するようになるのではないかとも推測できる。じっさいに、レース後の表彰台獲得記者会見でロッシは、「金曜はいつも忙しいけど、頑張ってみる」と前向きな発言をしている。


#46

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 また、かつてSCの参加に積極的ではなかった様子のロレンソにも、今回のレースでは、出席を決意せざるをえないような出来事があった。
 決勝レース17周目に新レイアウトの10コーナーで、ロレンソにアンドレア・イアンノーネが後方から追突し、ともにリタイアとなったのだ。クラッシュ直後の映像では、転倒後に立ち上がったイアンノーネが即座にロレンソに駆け寄って何かを話しかけ、それをロレンソが手で振り払いながらコースサイドへ歩き去ってゆく姿が映っていた。その映像からは、おそらくイアンノーネがロレンソに追突を謝罪し、ロレンソが怒りを抑えながら歩き去っているのだろう、というようにも見えた。

 イアンノーネはレース後に、
「ホルヘに接触してしまったのは申し訳ないと思うが、自分はなんとか回避しようと全力でがんばった。けれども、あの状況で接触を避けるのは本当に難しかった」と説明した。「自分はあの周回も、いつもとまったく同じポイントでブレーキに入った。何に問題があったのかわからないけど、ホルヘは明らかにあそこでおかしかった。タイヤなのかバイクなのか、原因はわからないけど……」


#29

 イアンノーネのこの説明には、正直なところ、少し驚いたので、転倒後にロレンソとどんな話をしていたのか、と彼に訊ねてみた。
「転んだ後、『バイクがなにかおかしかったの? すごく遅かったけど何か問題があったの』と訊ねたんだ。『バイクに問題なんかない。もういい』とホルヘにあしらわれて、まあ今はナーバスになってるからしかたないのかな、と思った。申し訳ないことをしたとは思うけど、僕がブレーキを遅らせたわけじゃない。なぜホルヘがあんなに早くブレーキしたのか、ホントに理解できない」

 これに対してロレンソは、
「アンドレアに何があったのかは知らないけど、まるで前に誰もいないかのようなブレーキングで、こちらにしてみれば後ろからいきなり当たられて、衝撃があった瞬間にはもう転んでいた」
 と憮然とした表情で話した。


#99

「誰でもミスはするものだと思うけど、それならまず最初に謝るべきでしょうよ。『ごめん、ミスしてしまった。申し訳ない』って。彼の場合はそうじゃなくて『バイクどうかしたの? エンジン壊れた? なんかおかしかった?』と聞いてきたんだ。レースディレクションが僕のテレメトリーをチェックしたところ、僕は以前の数ラップよりも深くブレーキしていた。それが自分側の事情だけど、彼は謝ってこなかったし、そもそも自分がミスしたことをわかっていないんだ。ミスしすぎだよ。自分だけじゃなくて、彼はほかの選手を巻き込むからね。でも、たとえばオースティンでダニがドビを巻き込んだとき、ダニはどうした? 本当に申し訳ない、ってすぐにドビに謝っていたよね……。最悪だよ」

 ロレンソの怒りもむべなるかな、ではある。
 この出来事を受け、レースディレクションはイアンノーネに対し、次戦アッセンでグリッド最後尾からのスタートという処分を申し渡した。しかし、それでもロレンソの憤懣はおさまらない。
「10年前に僕がもてぎでミスしたときは、1戦出場停止になったよね(250ccクラスのレースでアレックス・デ・アンジェリスに追突。次戦のマレーシアGPで参戦停止処分を受けた)。でも今は、今日のイアンノーネみたいに、2回ミスしたら最後尾スタート。その次にやったらピットレーンスタート。その次でやっと1戦出場停止。サッカーなら、レッドカード一枚で出場停止だよね。こっちは命のかかってるレースなのだから、もっと厳しい罰則を与えないと、これじゃあ彼の乗り方がいつまでたっても改まらないよ」
 そして、自分自身が得たかつての教訓を振り返り、こうも話した。
「僕は17歳のとき、危険なライダーだったと思う。自分ではそう自覚していなかったけどね。2005年にペナルティを受けなければ、それに気づかず、同じことを繰り返していたと思う。だから、今回のペナルティでアンドレアが危険性を自覚するかどうかはわからないけど、同じことを繰り返さないために彼は変わらなきゃいけないと思う。他のライダーに対して、また同じような危険なことをやってしまわないためにね。
 だから、たぶんアッセンではSCに出席して、この件について話をすることになると思う。同様のことを繰り返さないために、(ルールを)変えていかなきゃならないこともあるし、同じ意見の選手もいると思う」
この出来事について、第三者の意見をふたつ紹介しておこう。
「誰しもミスはするけど、あの場合、イアンノーネはインに寄せるんじゃなくてアウトに出ればよかったんじゃないかな。停まれそうにないときは、アウト側に出た方が良いと思う。とはいえ、結果論だから今はなんとでも言えるけど、ミスはだれにもあり得ることだからね」(ロッシ)

「映像から判断する限りでは、ホルヘのスリップについてブレーキング動作に入り、リアが動いてコントロールを失いかけて、何らかの理由でイン側のラインを取った、ということなんだろう。イアンノーネはうまく停まれていなかったけど、意図的なものではなかったのはたしかだと思う。あそこは新しいコーナーだしね。バレンティーノが言うように、外野がいろいろ言うのは簡単だけど、バイクの上にいるとまた話は別だから。ホルヘにしてみれば、ダメージは大きいけどね」(ペドロサ)


#26

*   *   *   *   *

 次戦はオランダGP。今年からダッチTTの決勝日は土曜から日曜へ変更になるので、くれぐれもお間違えなきよう。では、TTサーキット・アッセンでお会いしましょう。


 



■2016年 第7戦 カタルニアGP カタルニアサーキット

6月5日 

順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #46 Valentino Rossi Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


2 #93 Marc Marquez Repsol Honda Team HONDA


3 #26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team HONDA


4 #25 Maverick Viñales Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


5 #44 Pol Espargaro Monster Yamaha Tech3 YAMAHA


6 #35 Cal CRUTCHLOW LCR Honda HONDA


7 #04 Andrea Dovizioso Ducati Team DUCATI


8 #19 Alvaro Bautista Aprilia Racing Team Gresini Aprilia


9 #9 Danilo PETRUCCI OCTO Pramac Yakhnich DUCATI


10 #43 Jack Miller Estrella Galicia 0,0 Marc VDS HONDA


11 #8 Hector Barbera Avintia Racing DUCATI


12 #6 Stefan Bradl AAprilia Racing Team Gresini Aprilia


13 #50 Eugene Laverty Aspar MotoGP Team HONDA


14 #53 Tito RABAT Estrella Galicia 0,0 Marc VDS HONDA


15 #51 Michele PIRRO OCTO Pramac Yakhnich DUCATI


16 #45 Scott Redding OCTO Pramac Yakhnich HONDA


17 #68 Yonny Hernandez Aspar Team MotoGP DUCATI


Not Classified #41 Aleix Espargaro Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


Not Classified #99 Jorge Lorenzo Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


Not Classified #29 Andrea Iannone Ducati Team DUCATI


Not Classified #38 Bradley Smith Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA


※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

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