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SUZUKI

 初春のことである。SUZUKI SV650/ABSのワールドプレスローンチに参加するため、スペイン・カタルーニャ州のジローナへと向かった。
 成田空港発の機中では、その一年前にもスペインで開催されたGSX-S1000 ABSのローンチのことを考えていた。海外試乗会といえば、それは世界のジャーナリストの中でも腕に覚えのあるトップガンたちが集まる場で、何度かは走ったことがあるバレンシアのワインディングといえども、私自身含め関東近郊のライダーが足繁く通う箱根のようにそのコースを把握しているはずもなく、初めてに等しいコースを「いい」ペースで走るのは、純粋に楽しみという気持ちだけではなく、僅かに不安もあったというのが正直なところである。
 そんな心配をあっさりと吹き飛ばしてくれた前例があるだけに、SV650/ABSにも、同様の性能と性格を期待しながら、バルセロナ・エル・プラット空港へと降り立った(余談だが、GSX-S1000 ABSは、素晴らしくニュートラルなハンドリングと、鋭くも優しく回る絶品エンジンと、そして秀逸なトラクションコントロールシステムを備えている)。
 

グラディウス650をベースに、エンジンだけで60点以上のアップデート、
車体全体では140以上のパーツが更新されている。

 今回訪れたジローナという町は、実はスズキファンには馴染みのある地名かもしれない。チームスズキ・エクスター・MotoGPのマーベリック・ビニャーレス選手の生まれ故郷である。そこは海に面したリゾート地なのだが、その時期は夏には程遠く、ほとんどのホテルやレストランは夏季に向けて準備中で、そんな穏やかな町にVツインエンジンの渇いたサウンドが響き渡ることとなった。
 さあ、いよいよ試乗日の朝。割り当てられた車両にゆっくり跨り、初めて乗る瞬間を大事にする。まず、車体のコンパクトさに深い安堵を覚える。初めてのバイク、初めてのコースを走るならば、なるべく車体が手の内におさまってほしいからだ。手をハンドルにかけ、足をステップに乗せる。ポジションがごく自然、リラックスしすぎることもなく、楽そうに見えて実は前傾を強いる、なんてこともない。スズキ車のポジションはいつも絶妙だが、これも例外ではない。
 Vツインエンジンがもたらしてくれる恩恵は数多くあれど、直列4気筒よりも車体を細く作ることができるため、車体を足の間におさめやすく、足をまっすぐ地面に降ろせるため足つき性もいい。身長183cmの私の場合だと、凝縮感から400ccクラスのように小さく感じるが、狭いことはなかったので、多くのライダーを許容できることだろう。
 また、直列4気筒よりもクランクが短く、ジャイロ効果が少ないことから、切り返しがいっそう楽になる。仮に同じ200kgのバイクでも、直列4気筒とVツインとでは、その動きの軽さは大きく異なるのだ。単気筒になるとジャイロが与えてくれるすわりのような安定感が減る分、ギブアンドテイクの関係になってしまうわけだが、この645ccの90度Vツインエンジンは、パーフェクトバランスだと言いたい。いつでもどこでも軽快で小気味の良い走りを楽しみたいのなら、このパッケージはおすすめだ。
 きっとお気付きの方も多いだろうが、このバイクのベースはグラディウスである。ただし、そこからエンジンだけで60点以上のアップデート、車体全体ともなれば140以上ものパーツが更新されている。今のスズキが持つ最新の技術でもう一度料理したらどうなるか、ただし原点からは離れずに、あくまで同じ具材で調理力を発揮するためにシンプルに留めたなら…というコンセプトが背景にあるのだが、これが実に素晴らしい仕上がりである。
 新型SV650/ABSのエンジンは、ミドルクラスでは随一の出来だろう。誤魔化しがなく、素直に素性が良いといえる。エンジンのフィーリングとは必ずしも直結しない話ではあるが、EURO4排出ガス規制をクリアしながら、前モデルよりも燃費も向上し、最高出力も増している。

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走り出せば一つ目の曲がり角で、
軽快なハンドリングを確認できる。

 走り出す前から、SV650/ABSの利便性を感じた。それは Suzuki Easy Start system という、GSX-S1000で初めて搭載された機能で、スターターボタンを一度押すだけでエンジンがかかるまで確実にスターターを回してくれるというものだ。気温が低く、エンジンが冷え切った状態でも、適切な制御で火を入れてくれるのだから、心強い。バイクを停めて休憩するたびに、この機能の便利さが身に沁みた。手間のかかる所作は少なければ少ないほど、本筋に集中できていいものだ。
 ギアを入れ峠へと駆け出し、一つ目の曲がり角で車体の軽さと、軽快なハンドリングを確認する。数分も走れば、動きにクセがなく、自分の愛車かのように操縦できていることに気付いた。冷静に考えても、これは好みかどうかではなく、車体自体の性格だと理解した。他のジャーナリストたちにはレーシングスーツ勢が多く、少し気が引けていたが、自分の走りでマイペースに楽しもうと決めた。
 と言いながらも、走ることに夢中になってしまい、せっかくのスペインの景色を見ないまま走りすぎてしまった。不覚、と言うほどでもないが、実は雨の中でもペースをさほど落とすことなく、シールドに当たる雨粒は風情があるものだなんて思う余裕すらあった。これは、Vツインのトラクションと、ABSのおかげだろう。
 90度バンクのVツインは4気筒と比べて、あたかも燃焼の一発一発がトラクションのひと蹴りに変換されているかのように推進力の発生具合とグリップを感じやすく、スロットルワークに自信を持つことができる分、濡れた路面でもタイヤから爪を生やすことができる。これで立ち上がりは問題ない。また、ブレーキにおいても抜かりはない。ニッシンの新世代ABSユニットの制御が品良く、そして丁寧なのだ。まず、介入が早めで穏やかだからこそ、唐突に感じず、そして解除もなめらかだ。かつては、ABSが効いてしまうことでかえって驚いてしまったものだが、最新のABSは優しいものである。
 
 そんな進む性能と止まる性能を備え、曲がらないわけがない。リッターバイクや重量級バイクと比べれば、気楽に大きくスロットルを開けられるためバイクが軽く速やかに起き上がり、Vツインのおかげでスリムなボディはパタンと寝てくれる。リズミカルにひらりひらりとこれを繰り返すことで、気付けばワインディング区間でバイクを起こしている時間がどんどんと短くなり、面白おかしくコーナーを楽しく紡いでいた。やはりバイクの醍醐味から、バンクすることは欠かすことができない。寝かせて起こして、寝かせて起こして、ただこれを繰り返すだけなのに、このバイクとなら何回やっても飽きることがない。
 ハンドリングの性格としては、意識しただけでフロントがややイン側へと進もうとする傾向を見せ、舵角にバンク角が付いてくるイメージだ。つまりバイクが自分から曲がってくれるため、一日を通して長距離を走っても疲れることはなかった。試乗会当日は、高速コーナーに合わせるためにリアのプリロードを2段階かけてあったことで、より開けやすく、よりスポーツ走行に適したセッティングとしながらも、市街地の低速でもバンクするほどに曲がる感覚を楽しむことができた。
 
 ここまでで、素直にいいバイクだなとじっくり噛み締めていたわけだが、実はそれだけではないのだ。一味違う強みと、そして得難い魅力が込められている。単気筒や2気筒を知るライダーには、中排気量のように回る高回転を。そして4気筒を駆るライダーには、鼓動と大地を掴むトルクを。これはスズキからの贈り物といってもいいだろう。
 右手のわずかな動きでバンク角をコントロールし、低い回転から太いトルクで加速を始め、そのギアのままレブまで引っ張り、高回転で淀みのないパワーで車速を乗せていく。そうだ、何かくすぐったさを感じていたが、正体が分かった。このバイクのパッケージから、エンジンがはみ出してしまっているのだ。エンジンが速くて、出来が良すぎる。
 右手をひねる度に、エンジンパーツが緻密にコツコツと動いている姿が目の前に浮かぶようだった。回転を上げるほどに振動が減り、最後にはモーターになってしまうのではと疑うほど、回転の上下にドラマがある。そして、ピーキーさは微塵もなく、脳と地面が直結するレスポンスがまた良い。スロットルを開けていても閉じていても、エンジンがライダーの気持ちと直接接続されているかのようにズレがなく、またそれに答えるサスペンションやシャーシ、そして操作系パーツのホールドのしやすさなどもあって、人車一体の快感があるのだと確信した。爽快で気持ちがいいのは、とにかく隙がないからだろう。
 
 そういうわけで、車体姿勢をスロットルの繊細な操作で的確にコントロールできるからこそ、より高みへと向けて育ててみたいと思った。ミドルクラスのライバルたちが誰も持っていない、上級スペックのサスペンションやブレーキがつい欲しくなった。ハイグリップタイヤを履いてサーキットに持ち込んでみたくもなった。そう感じたのは私だけではないようで、今回の試乗会には2気筒で行われるレースに参戦する海外ジャーナリストがおり、次期マシンはこれに決めたと息巻いていた。最高のベース車になるに違いないと、容易に想像することができた。
 あたかも400ccクラスかのような引き締まった身体と、そして2気筒でありながら高回転まで回り続けるトルクとパワーの両方を持つ心臓が、SV650/ABSを特別な一台にしている。すべての部品がきちんと同じ方向を向いており、そんな風に素材をまとめ上げた総料理長役のプロジェクトリーダーや、料理長兼味見役の開発ライダーのセンスが光る仕上げとなっている。真面目なスズキが力を入れると、いつもこうして正統派の直球で勝負を仕掛けてくる。これには競合メーカーも焦ることに違いない。

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東京での使い勝手を検証したくてジローナの市内を走る。
狭い路地や小さな曲がり角……、早く日本でも乗りたくなった。

 ハイペースの試乗コースでは、結局はツナギ勢と楽しく気持ち良く駆け抜け、むしろ低速域でのキャラクターを味わいたくて、ひとり市内へと移動した。スペインらしいオレンジ色の外壁に夕方の光が当たり、街のコントラストが強くなった頃だ。信号機が少ない代わりに、ラウンドアバウト(環状交差点)があるおかげで、止まらずに延々と走れてしまうため、何度かわざわざ路肩に停車し、発進の挙動なども確かめるように日本での使い勝手を検証してみた。
 発進時の回転の落ち込みを緩和してくれる ローRPMアシスト機構のおかげで、クラッチワークだけで簡単に発進ができ、渋滞時の低速走行やUターンの際も回転の落ち込みを感じにくく、安心感を得られる。これはきっと東京の渋滞でも便利だろうと、早く日本で乗りたくなってしまった。また、狭い路地裏や、小さな曲がり角では、車体の小ささと軽さが体力の温存を助けてくれた。毎日乗りたい相棒には、こういう気楽さが大事ではないかと思う。極端な派手さは仰々しさがあり、気軽さとは天秤の関係にある。それこそ通勤や通学の下駄にもなり、高速道路や峠に持ち込めばスニーカーにもなりそうだ。

 地元の紳士がエスプレッソをちびちびと舐めるカフェの前に停めて、落ち着いてバイクのスタイルを眺めてみると、無駄のない清楚なラインが際立っていることを再確認した。意外と、古典的な丸目のヘッドライトは今や当たり前ではなく、外装含めてカスタムの可能性を感じる点も、長く付き合いたいと思わせてくれる。長い時間をかけて、少しずつこういうバイクを育てていくのは、きっと楽しいことだろう。ベースの良さがあってこその贅沢に違いない。
 
 おそらくこのバイクは、ファッションの定番アイテムであるデニム生地のジーンズにように、毎日そこにある定番の一台になるのではという気がした。高性能すぎる新型がひっきりなしに登場する昨今だが、本来のバイクらしいバイクを今の技術で作り直してくれたこの一台こそ、兵器的な機械や結果を求める手段ではなく、なんでもどんなことでも一緒に遊んでくれる友達のような存在になるのではないだろうか。
 
 最後に、個人的な思いだが、免許を取ったばかりの頃の10代の自分でも、サーキット通いが趣味の今の自分でも、きっとぴったりの選択肢だ。その間、十数年。ずっとSV650/ABSと過ごしていたのなら、きっとライダーもバイクも大きく成長していたことだろう。
 欧州や北米での発売の動向からSV650/ABSの日本デビューを期待したい。ミドルクラス・Vツイン・ライトウェイトスポーツ、このキーワードにピンときたのなら、ほんのちょっとだけ待つべし。このバイクは既読スルーするべからず。
(レポート:REI)
 

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REI。ファッションモデル兼モーターサイクルジャーナリスト。モーターショー、モーターサイクルショーやイベントなどではMCとして、走行会ではインストラクターや先導ライダーとしても活動中。鈴鹿8耐とMotoGP日本グランプリでは、外国人選手の通訳を務める。趣味はサーキット通いで、国際ライセンス昇格を目指して奮闘中。最近では、モトクロスを始めたばかり。1982年生まれ、身 長183cm、体重65kg。
250216_019.jpg SV650/ABS開発スタッフのみなさん、ジローナの海と。この時期は、ちょうど冬から春に変わるタイミングで、上着が手放せなかった。峠では、寒いほどだった。ライディング以外にも、ロケーションやグルメなど、素晴らしい体験に感謝。
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実は今や当たり前ではない、王道の丸型ヘッドライト。古き良きバイクらしい形でなじみが良い。この新設計のヘッドライトと周辺部品によって、ハーネス類が見えないように配置され、洗練された印象を受ける。 インストルメントパネルは、GSX-S1000と共通のLCDディスプレイ。スピードメーター、タコメーター、オドメーターなどに加え、ギアポジションインジケーターも備える。デジタルメーターに一度慣れてしまうと、様々な情報を同時に一目で読み取れる。 ローRPMアシストは、発進時にエンジン回転の落ち込みを緩和してくれるシステムだ。これによって、エンジンストールを未然に防ぎ、クラッチワークだけでも簡単に発進することができる。渋滞中の低速走行時なども、エンジン回転の落ち込みを感じにくく安心感を得られる。他車種にも是非搭載してほしい、実に便利だ。
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前φ290mm、後φ240mmのディスクブレーキと、従来よりも830g軽量なニッシン製のABSユニットを新たに採用し、介入も解除も穏やかで意識的にABSを効かせた走りをできるほど。 車体上部のラインと、フロントアクスルからテールへと向かうラインが、スリム・ライトウェイト・Vツインエンジンの力強さを主張する。無駄のないボディラインがあらゆるライダーの体格をカバーする。 Vツインエンジンのナローさに沿うコンパクトな作り。ライディングのみならず、取り回しの際にもおさまりがいい。東京のような狭い都市部でも、日々の友として存分に活躍してくれることだろう。

sv650-details-012.jpg SV650_A_L7_Seat.jpg details-event_024.jpg
リンク式リアサスペンションは、7段階のプリロード調整機能付きで、ストローク量は63mm。フロントフォークは、Φ41mmの正立タイプ。コシのあるスポーティーな味付けで、スロットルを開けるほど美味さが増す。 785mmのシート高はクラス内でトップクラスの低さであり、スリムなシート形状と相まって、足つき性は実に優秀。ほどよいしっかりとした硬さでスポーツライディング時にはリアタイヤを感じやすく、長距離でも疲れることがない。 ツインLEDテールライト。視認性と信頼性が高く、テールにシャープでスマートな印象を与えている。昔ながらのバイクらしいバイクがいま見直されているが、技術そのものは最新に勝るものはない。
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軽量鉄素材のトラスパイプフレームが、贅肉をそぎ落としたデザインと、強靭なVツインエンジンを強調する。シンプルなベースゆえ、カスタムの可能性を感じる。 13.8Lものタンク容量を保持しながら、人間工学に基づいた造形で、もてあますことがないよう設計されている。シートの形状と合わせて、実にホールドがしやすい。 欧州、北米などでは4色展開。左からメタリックマットブラック、パールミラレッド、パールグラシエホワイト、メタリックトリトンブルー。日本市場にどのカラーが導入されるか楽しみである。
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●SV650〈ABS〉 主要諸元

■全長×全幅×全高:2,140×760×1,090mm、ホイールベース:1,445mm、シート高:785mm、車両重量:195〈197〉kg、燃料タンク容量:13.8L■エンジン種類:水冷4ストロークV型2気筒DOHC4バルブ、総排気量:645cm3、ボア×ストローク:81.0×62.6mm、圧縮比:11.2、始動方式:セルフ式、最高出力:56.0kW/8500rpm、最大トルク:64Nm/8100rpm、変速機形式:常時噛合式6速リターン、ブレーキ(前×後):油圧式ダブルディスク × 油圧式シングルディスク■タイヤ(前×後):120/70R17M/C 58W × 160/60R17M/C 69W、懸架方式(前×後):テレスコピックフォーク × リンクタイプサス、キャスター角:25°、トレール:104㎜

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