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第98回 第4戦スペインGP PerpetualChange

 第4戦スペインGPの優勝で、バレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)はキャリア113勝目。2位のホルヘ・ロレンソ(同)は100表彰台を達成。毎年チャンピオン争いを繰り広げている彼らだから、ある意味では当然の記録とはいえ、それにしてもすごい数字である。なんとか一回表彰台を獲得することにあっぷあっぷする選手が大半であることを考えると、人間の性能というものは凡庸な努力など寄せ付けもせず、しかもその卓越した才能の持ち主ほど、常人が音を上げるような努力をまったく厭わずに平然とやってのける、という、ま、この競技に限らずスポーツそのものが根本的にもつ冷酷な厳しい現実はつくづく恐ろしい。しかし、というか、だからこそ、というか、それらの抽んでた能力の持ち主を努力の人が地道な汗の積み重ねで凌駕してゆくときにもまた、別種の素晴らしい側面をスポーツというものは見せてくれるのだけれども。
 ともあれ、今回のMotoGPクラス決勝レースは、37歳という年齢を考慮すればまさに驚異的なロッシの完勝っぷりが際だった一戦になった。また、日本人にとっては、さきごろ大地震に襲われた九州と縁の浅からぬホンダに所属するマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が3位表彰台に日本の国旗を掲げて登壇したことも、感慨ぶかい風景であった。このトップスリーのレース展開や地震を巡るエピソードなどについては、別稿(Sportiva)にまとめたので、そちらをご参照いただくとして、ここではむしろそれら以外の話題について五月雨式に触れてゆくことにしたい。では参りましょうか。


#46
ちなみに最高峰クラスではこれが87勝目。

#kumamoto

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(左上から時計方向に)マルケス車、ペドロサ車、、鈴木竜生ピット、ミラー車。
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 今回のレースウィークでまず最初に大きな注目を集めた話題は、ホルヘ・ロレンソが来季からドゥカティへ移籍すると正式発表したニュースだ。彼がファクトリーチームへ入ることで、現在同チームに所属するアンドレア・ドヴィツィオーゾとアンドレア・イアンノーネのどちらか片方は、確実にそのシートを喪うことになる。ロレンソの発表について、イアンノーネは走行開始前の木曜に
「正直、全然気にならない。人によってはネガティブな要素になるかもしれないけど、自分のレースに対する集中には影響がない」
 と語った。また、
「旋回性を重視するホルヘのライディングスタイルは、ある意味では僕に似ていると思う。コーナースピードが速く、ブレーキは強いけど強すぎるほどではない。最初のテストからホルヘがドゥカティに合うといいと思う」
 と賛辞を贈る一方で、自分自身の帰趨については明言を避けながらも
「いい話をもらっているので、二、三戦のうちに決めたいと思っている」
 と話しているので、ひょっとしたらホームGPのムジェロあたりで何か大きな動きがあるかもしれない。知らんけど。
 レースウィークに入ると、イアンノーネはリアのスピニングに悩まされ、予選まではその対応にかなり苦労をしていた様子。今回はどの選手も類似の症状を訴えていたが、イアンノーネはマシン特性とライディングスタイルのコンビネーションに由来するのか、とくに大きな影響を被っていたようだ。とはいえ、決勝レースではなんとか帳尻を合わせて、11番グリッドからスタートして7位フィニッシュ。
「スピニングは少しよくなったものの、たいして改善はしていない。そこが大きな問題だったけれども、レースは悪くなかった。マルクやダニと比べても悪くないペースだったので、もっと前の列からスタートできていればもっと良い結果だったかもしれない」
 と27周の決勝を振り返った。
 一方、またもや悲運に見舞われたのがアンドレア・ドヴィツィオーゾである。
 開幕戦は2位表彰台を獲得したものの、第2戦のアルゼンチンではゴール直前の最終コーナーでチームメイトのイアンノーネにやっつけられて表彰台を逃し、13位。続く第3戦のオースティンでは1コーナーの旋回中に、またもやイン側から、今度は転倒したダニ・ペドロサ(レプソル・ホンダ・チーム)のマシンにやっつけられてしまい、ノーポイント。
 そして今回は、マシンにトラブルが発生してリタイアを余儀なくされてしまった。原因はウォーターポンプだったのだとか。
「水が漏れていて3回ほど転びそうになったので、ピットへ戻らざるを得なかった。ここ3戦の結果はチャンピオンシップの面で非常に厳しいし、今回の決勝レースは過去数戦ほどコンペティティブに走れていたわけではなかったけど、この3戦は自分の過失でポイントを失ったわけではないので、そういう意味ではポジティブに考えたいし、次のルマンも最初から速く走れると思う」
 決勝後に、むしろさばさばとした表情で淡々と話す彼を見ていると、判官贔屓ではないけれども、次のレースこそこの不運を払拭して本来の走りを結果につなげてもらいたい、という気になってくる。


#29

#41
現在ランキング10位。 いったい何に取り憑かれているのか……

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 スズキ陣営は、アレイシ・エスパルガロが5位、マーヴェリック・ヴィニャーレスが6位という結果で終えた。車体に関しては、両選手とも開幕以来2015年仕様で臨んでいるようだが、オースティン事後テストではヴィニャーレスが2016年仕様の好感触を伝えてもいたようなので、今回はどちらで行くのかふたりに確認をとってみた。兄エスパルガロは2015年仕様のフィーリングがやはり良いようで、ヴィニャーレスも金曜と土曜に比較をしてみた結果、やはり使い慣れた2015年仕様で決勝に臨む、と話した。
 決勝レースでは、兄がダニに食らいつく好走を見せたが最後は差を開かれて5位チェッカー。
「終盤は、彼のペースが速く追いつけなかった。低速コーナーのゼロ加速がダニに比べて非常に厳しかったけれども、高速コーナーではホンダよりも自分たちのほうが安定して速く走れていたと思う。でも、ホンダやヤマハとの距離は確実に縮まっているし、全員の士気も高いので、いまはチーム全体がとてもいい雰囲気だよ。表彰台も近いと思う」
 と締めくくった。
 一方、ヴィニャーレスはロレンソが脱けたあとにヤマハファクトリーへ移籍するのではないか、という噂がもっぱらである。本人もその話があることは隠しておらず、現在は来年に向けた移籍市場の中心人物になっている。決勝結果のヤマハファクトリー1−2フィニッシュ、自分たちスズキは5位と6位、という現実に対しては
「(来季に関する意思決定について)もちろん、まあ、多少は考えるよね」と言いながらも「でも、僕たちはスズキを信じているし、きっとこれから良い結果を出せるとも思っている」とも話した。最終的に彼の結論が落ち着くまでにはまだしばらくの時を要するのかもしれないけれども、まずは今後のレースでスズキの戦闘力を向上させ続けて、早くホンダやヤマハ、ドゥカティと互角の勝負を見せてほしいと思う。
 


#29

#41
2戦連続の5位フィニッシュ。 トップシックスはもはや見慣れた風景に。

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 ところで、本稿ではトップスリーの話題にここまでほとんど触れていないので、少し言及しておくと、最近になって気がついたのだが、我々の日々の取材時や会見場で、ロッシがときおりロレンソやマルケスをファーストネームで呼ぶようになっている。
 昨年の一件以来、ロッシは彼ら二人の名前を口にするのもいとわしいというような様子を露骨に見せていたのだが、本当にごくまれに、何かの折りについ油断をした際、「マルク」「ホルヘ」とぽろりと言ってしまうことがある。会見場などで距離が接近したときの彼らの緊張感は相変わらずだし、このロッシの言葉遣いの変化はおそらくただの偶然だろうからそこに過剰な意味を読み取る必要もないとは思うのだが、ちょっと気がついたので記しておく。
 彼らが去年の今ごろまでのように(たとえ表面上とはいえ)笑顔を交わすようなことはおそらく今後もないだろう。でもひょっとしたら、三人全員が引退して20年くらいの時間が経過すれば、あるいは彼らがふたたび多少の言葉を交わすことくらいはあるかもしれない。知らんけどね。それまで気長に待ってみるのも、ファンの愉しみのひとつではあるだろう。


#29

#93
来年赤くなる人と(たぶん)オレンヂのままの人。

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 中小排気量にも少し触れておこう。Moto3はECU違反で最後尾スタートというペナルティを受けたブラッド・ビンダーが、ちぎっては投げちぎっては投げ、みたいなオーバーテイクであれよあれよという間にトップグループに食い込み、ラスト数周には独走で優勝するという劇的な展開になった。
 その後方で大集団バトルを続けていた鈴木竜生(CIP-Unicom Starker/マヒンドラ)は、15位でフィニッシュし、今季初ポイントゲット。
「今シーズン初めて、レースらしいレースをできました」
 と納得の表情でレースを振り返った。
「マヒンドラとホンダはポジティブな部分が正反対で、僕たちのバイクはコーナーが速いけれど、ホンダは加速から直線が速いので、抜いては抜かれ、追いついては追い抜かれ、という厳しい展開でしたが、最終ラップでチャンスを狙える位置につけることができて、ポイントを獲得できました」
 一方、おのきゅんこと尾野弘樹(Honda Team Asia)は、前戦で負傷した右足第五中足骨骨折を抱えた状態でのレースウィークになった。決勝レースはポイント圏内フィニッシュを狙ったが3周目の6コーナー立ち上がりで転倒に巻き込まれ、ノーポイント。
「前で一台がハイサイドしたんですけど、僕はこけずに避けられたんですよ。それでグラベルにコースアウトをしたら後ろから車輌が突っ込んできて、それで転倒してしまった格好です。それがなければコースに戻れたんですけど……」
 と、本人が語るとおり、なんとも残念無念な結果である。次のレースまでに、牛乳をたくさん飲んで骨折部位を早く治すべ。
 Moto2の中上貴晶(IDEMITSU Honda Team Asia)は序盤に集団に飲み込まれ、そこから後半に猛チャージで追い上げたものの、やや時遅く7位でゴール。
「今日の午後は一気に温度が上がって、この週末通して一番高い温度条件になりました。その影響で序盤からフロントタイヤのフィーリングがあまり良くならず、勝負どころでなかなか強みを出せませんでした。終盤にフィーリングが戻ってきて追い上げたものの、時すでに遅し、という状況でした。まだまだ上位を狙わないといけないので、反省点はいっぱいです」

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 というわけで、次回はムジェロあたりで皆様にお目にかかる予定であります。では今回はこれにて失礼をば。

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■2016年 第4戦 スペインGP ヘレスサーキット

4月24日 


順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #46 Valentino Rossi Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


2 #99 Jorge Lorenzo Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


3 #93 Marc Marquez Repsol Honda Team HONDA


4 #26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team HONDA


5 #41 Aleix Espargaro Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


6 #25 Maverick Viñales Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


7 #29 Andrea Iannone Ducati Team DUCATI


8 #44 Pol Espargaro Monster Yamaha Tech3 YAMAHA


9 #50 Eugene Laverty Aspar MotoGP Team HONDA


10 #8 Hector Barbera Avintia Racing DUCATI


11 #35 Cal CRUTCHLOW LCR Honda HONDA


12 #38 Bradley Smith Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA


13 #76 Loris Baz Avintia Racing DUCATI


14 #6 Stefan Bradl AAprilia Racing Team Gresini Aprilia


15 #68 Yonny Hernandez Aspar Team MotoGP DUCATI


16 #51 Michele PIRRO OCTO Pramac Yakhnich DUCATI


17 #43 Jack Miller Estrella Galicia 0,0 Marc VDS HONDA


18 #53 Tito RABAT Estrella Galicia 0,0 Marc VDS HONDA


19 #45 Scott Redding OCTO Pramac Yakhnich HONDA


Not Classified #04 Andrea Dovizioso Ducati Team DUCATI


Not Classified #19 Alvaro Bautista Aprilia Racing Team Gresini Aprilia


※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

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