幻立喰・ソ

第67回「ああ、よかった!(後編)」

 
 前編のあらすじ→めんどくさいから第66回に戻ってもう一度読んでください。そんなめんどくさいこと出来るかって? それもそうですね……では、少し戻りましょう。

「ああ、よかった!」

 閉店の貼り紙を見て私が発した第一声です。
 悲しいお知らせを前に、ド一見が入店直後の第一声としては不適切、そういう問題ではなく人間としてあるまじき所行すぎて、立喰・ソ神もお口あんぐり。おばちゃん苦笑い。

 
 はたと気付いて「いやいやいやいや、よくないです。よかったけれど、よくないです」とあわあわへらへら。それでもおばちゃんはニコニコうなずいてくれました。この間を逃してはいかん! 「か、か、カレーそばく、ください」と注文しました。



こもろ

 カレーソを待つ間、閉店の真相とか聞けばいいのに、例によって肝心なことには気が回らず(あとで調べたら、あまたのごとくご主人の高齢化だそうです。地元新聞に掲載されておりました)、し、しまった、初体験でカレーはダメでしょ。常連級になってから注文するものです。おつゆの味がわからない……と、狼狽&後悔ですが、そこそこ遠洋まで航海ではなく後悔したら、おまちどうさま〜とカレーソが登場しました。

 立喰・ソのカレーソといえば、カレーライス併用業務カレーかけました仕様が一般的です。これも悪くないのですが小もろのは、とろ〜んととろみの本気仕様でした。だから登場までやや時間がかかったのですね。この感じどこかで食べたような記憶があるんですが思い出せない(未だ)。

 なんですか、この太さ! とろとろんからソをひっぱりだして驚きました。普通のソがパッソルならば、RC211Vクラスのリアタイヤ級極太仕様。こんなのI have never seen ソです。ソが覆われて見えないカレーソだったこともあり、インパクトさらに倍。カレーにしてああよかった〜と、安堵しました。今から思えば、このあたりで気が変わったのでしょう(立喰・ソ神の)。

 いただきます。ずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずる〜るっ。むむむ、こ、こ、これは…なんたることか。

 カレーソはソにカレーがたっぷりからむので、カレー過多の印象が強く、カレーウの場合だと逆にカレー率がやや低すぎるという永遠の問題が発生しがちです。太麺のおかげでカレーと麺の比率が絶妙。こういうのを黄金比というのでしょう。初訪問ではまず注文しないカレーソなのに、こんな僥倖に恵まれるとは、間違いなく立喰・ソ神のお導き。



こもろ


こもろ
カレーソです。ブレているのはいつものことなので、気にしない気にしない。それより天ぷらの追加トッピングしていますね、いつの間にか。天ぷらは北海道仕様の具のないたぬきの集合体です。(2016年1月撮影) 素敵な小上がりがありました。ここに寝転がってカレーをなめながら、ちびちびワンカップなんぞ呑んだら、本人天国、お店にとっては地獄状態です。(2016年1月撮影)

 
 ああ、大満足、ごちそうさまでしたと食べ終わったどんぶりを一段高いカウンターにとんと置いたら、「こ」「も」「ろ」の文字を発見。

 ああああああ、ほしい! 無性に欲しい。出せるものなら8500万円くらいまでなら出してもいい。出せないから持って逃げるか。そんなことをしたら立喰・ソ神のバチが当たります。といいますか明らかに窃盗罪。仮に阻止するおばちゃんを払いのけてケガでもさせようものなら強盗傷害罪。おばちゃんが転んで打ち所次第ではさらに傷害致死罪。初犯でも実刑コースです。「白昼どんぶり強盗逮捕!」と格好のヤフーニューストップネタで、以後一族郎党末代まで大笑い者間違いなし。

 よしんば首尾よく手に入っても、北海道立喰・ソ巡礼初日です。あと3日割れ物のどんぶりかかえて歩くのはいかがなものか。ひょっとして他店でどんぶりどろぼうに間違われるというリスクもリックに背負わなければなりません。冷静になってよーく考えましょう。

 しかし、冷静になって我が身を俯瞰すれば、どんぶりを前に思案中。入店直後大騒ぎ→しなびた春菊→カレーソ食べてにやにや→食べ終わったら思案顔。間違いなく挙動不審です。まずい。いや、おいしかったのですが、まずい。
「こ、こ、こんなに太い麺は初めてです。帯広で立喰・ソも初めてなのですが帯広では太麺が普通でしょうか」と尋ねてみました。
「昔は立ち食いそばも何軒かあったんですよ、でも今ではうちと前のビルにもう一軒あるだけじゃないかな(もう一軒は夜だけ営業だそうです)。帯広だから太麺っていうんじゃなくて、うち用に作ってもらっているんですよ」と、不審がる気配もなく教えてくれました。「好みはそれぞれですけれど、うちに来てくれるお客さんは、この麺じゃなきゃダメだと言ってるんです」と。いいお話聞けました。ん? 特注なんですか?? ということは閉店しちゃったら、もう食べられないってことですよね?「そういうことになっちゃいますかねぇ」、なっちゃいますよ! と、とんでもない事実も変わらずにこにこ教えてくれました。



こもろ


こもろ


こもろ
すてきな三文字がなんとも心をくすぐりまくって、眠っていた物欲を呼び起こします。もらってどうする? エコボーイを気取ってマイどんぶりとして持ち歩くもよし。自前の車内持ち込み用どんぶりとして活用するもよし。頭に被ってヘルメット代わりにするもよし。地べたにゴザを敷いて、置いておくといつのまにやら小銭が貯まる機能もあるし、用途は無限大です。(2016年1月撮影)

 
 これはまずい。いや、ものすごくおいしいのですが、まずいんでねえですかい。
「か、か、かけそばください」
 入店直後大騒ぎ→しなびた春菊→カレーソで食べてにやにや→食べ終わったら思案顔→かけそば追加注文と、不審者状態加速中です。しかしまったく意に介すことなく「はい、かけそばね〜」とすぐに作ってくれました。ひょっとして、帯広では2杯食べるのがでデフォルトですか? デフォルトといっても債務不履行のことではありません。念のため。
 太麺に負けないカツオだしの効いたやや甘めのおつゆにうっとり。思わず深いため息をついていました。ますます不審者です。カレーソのおつゆを飲み干して、おなかふくれていたのに。今日はあと3軒は回る予定なのに……今日は私、なんだか変。自分が自分じゃないみたい(自分がないのはいつものことですが)。



小もろ


小もろ
あと3軒回る予定なのに、気がつけば飲み干していました。(2016年1月撮影) かけそばです。かけのくせにかなりそそります(2016年1月撮影)

「よ、よ、よ、よろしければ、あの、この、どんぶりを、ゆゆゆ、譲っていただく訳には……」と、口走っておりました。

 一瞬きょとんとしとおばちゃんですが、次の瞬間思いもよらないことを言うではないですか。

「いくついりますか?」

えええええ!? では20個ほど……ではなくて、もう、そんな、ほんと、ほんのひとつで十分です。ほんとはあるだけ欲しいですが……ところで、おいくらぐらいで譲っていただけますでしょうか。旅の途中で路銀が乏しいものでして←急にケチになる(本来の姿に戻るともいう)。

「どうせ、もうすぐ使わなくなっちゃうから差し上げますよ」

 えええええええええええ!! マジですか、、ほほほ、ほんとうによろしいんですか。50円くらいなら払えます。「ああ、よかった!」(←本性を現す)。

「ははは、ほんとにいいんですよ。使い込んであるやつと、新しめのやつ、どっちにしましょうか」
 では、両方……と言いたいところですが、これはかの有名な金のどんぶり、銀のどんぶりの罠にちがいありません(←罰当たり)。ここで、両方! と叫ぶとおばちゃんが、ずぶずぶずぶと鍋に沈んで鬼が現れるのです。超難しい選択ですが、欲を出して鬼が出てきたら困ります。節分にはまだ早いので豆もありません。
 では中を取って、そこそこ使い込まれた感のあるやつをお願いします(われながら名回答)。
 ほどよい感じのどんぶりを選んでくれたおばちゃんは、そのまま奥に引っ込んでしまいました。
 あれ? 名回答じゃなくて大はずれ? 鬼がですか、それとも「にーちゃん(ほんとはおっさんですけど)、えらいことゆーてくれたな。うちのかわいいどんぶりに、なにさらすんじゃ。このボケっ、いてこましたろか!」みたいな恐いおじさんが出てくるんでしょうか。ぼったくり立喰・ソですか……
 しばらくすると、おばちゃんが戻ってきました。「これで大丈夫かしら」と、どんぶりを丁寧に新聞でくるんでコンビニ袋にまで入れて。なんたる人でしょう。一見の超弩級の不審者にも関わらず、この超神対応。なのに、ぼったくり立喰・ソなんて思った私は超しょっぺーゲスの極み。重ね重ねすみません、どうもありがとうございます。感謝感激です七重の腰を八重に折り、帯広ですてきな立喰・ソと、太麺と、そして立喰・ソ神、いや女神のおばちゃんと、まさに一期一会、今思い出しても、不思議な夢のようなひとときでした。

 ですが今思い返すと、お店を出るときに喜び勇んで、「ああ、よかった!」と叫んだような気がします。まったくもって人間ができておりません。いただいたどんぶりを前に、深く反省しつつも、「ああ、よかった、ほんとによかった」と思う私であります。



小もろ


小もろ
こののれんも欲しかった。もらってどうするの? と聞かれても困りますが。物欲のかたまりですから。(2016年1月撮影) この看板も欲しかった。どうやって持って帰るの? というのは、また別次元のお話。(2016年1月撮影)


どんぶり
夢のような一期一丼、ありがとうございました。おかげさまで、どんぶりは割れることもかけることもなく、我が家まで持ち帰ることができました。もしもの時はお棺に同梱してねリスト入りの宝物です。(2016年1月撮影)

●立喰・ソNEWS 2016

海外から帰ったらまず食べたいものグランプリ第一位は、鮒寿司でも鯉こくでもイナゴの佃煮でもなく立喰・ソです。景気のよかった頃、社員旅行は海外でした。当時台湾便とチャーター便以外は成田でしたから、帰国後は東関道の酒々井PAで立喰・ソが恒例でした。あの立喰・ソを味わうために海外に行ったと言ったら、あきらかに過言です。が、かつて欧州便が給油のため立ち寄ったアンカレッジには、一杯千円(現在の立喰・ソ価格に換算すると1万円くらい?)もして、たいして美味しくないと評判ながら大繁盛した名物立喰・ウがあったように、海外帰りの立喰・ソは違うのです。そんな顧客でウハウハだろうと思っていた羽田空港国際線ターミナル駅近くの大江戸そばが昨年9月30日に幻立喰・ソになってたようです。一回食べたことあります。品名を見るとストマックが激しく揺さぶられる限定メニューの「北陸新幹線開業記念、能登いかと塩昆布のかき揚げそば」(NREの商売上手! ほとんどがいろいろな意味で裏切られますけど)を注文し、一口かじったら中がどろんどろんの半生。へ〜、配送品ではなくお店で揚げているんですかと感心しつつも、おばちゃんに「中まで火が通ってないみたいだよ〜」とおそるおそる差し出したら「そんなはずはないんですけどねえ」といいながらもきっちり返金してくれました。ソ自体に何の問題もないので美味しくいただいてしまいましたので、タダ食いしたような結果になり、しょっぱい思い出の立喰・ソでした。海外帰りに立喰・ソというような時代ではないのでしょうか。それとも、半生が日常茶そば時だったのか、今となっては闇の中。



大江戸


大江戸

バソ
バ☆ソ
日本全国立ち喰いそば全店制覇を目論む立ち喰いそば人。現在800店以上のデータを収集したものの、ただ行って食べるだけで、たいして役に立たない。立ち喰いそば屋経営を目論むも、先立つものも腕も知識も人望もなく断念。で、立ち喰いそば屋を経営ではなく、立ち喰いそば屋そのものになろうとしたが「妖怪・立ち喰いそば屋人間」になってしまうので泣く泣く断念。世間的には3本くらいネジがたりない人と評価されている。一番の心配事はそばアレルギーになったらどうしよう……。


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